上 下
9 / 45
第一章 ジゼルとヨハン

ワンネス

しおりを挟む
「うん、お兄ちゃん!お母様の失われた鎖ミッシング・リンク……」
 二人の母が、ヨハンが7歳の時、去り際に残した形見、その青いペンダントを、二人は「失われた鎖ミッシング・リンク」と呼んでいた。
 なぜなら、司祭様から、「このペンダントはこう呼びなさい。君たちの母上様からのご通達です」と言われたからだ。
「ジゼルちゃん、悪いことは言わない、その失われた鎖ミッシング・リンクの謎の問いかけには、もう答えるのは無理だと、お兄ちゃんは思うよ……。今日も、司祭様たちと、旅人を待っていたんだろう?」
「うん、お兄ちゃん……。だって、お母さまが私たちにたくしたものなのよ?絶対に解かなきゃ……。それに、お兄ちゃんも、あと少しで成人する年だもの」
 時はイブハール歴4352年の春であった。ヨハンも、もうすぐ18歳、成人となる。
「ジゼルちゃん、俺は……」
 と言いかけて、ジゼルと手をつなぎながらの帰り道、ヨハンが立ち止まる。
「俺はね、ジゼルちゃん。君が元気で、楽しそうに笑顔で過ごしてくれれば、それでいいんだ。失われた鎖ミッシング・リンクにとらわれてばかりいたら、お兄ちゃんは、よくないと思うんだよ……」
「でも……」
「うん、そうだね、ジゼル……。でも、きっと、お母さまは、俺たちを見捨ててしまわれたんだよ……。その形見も、きっと、何かのおもちゃなんだ……」
 失われた鎖ミッシング・リンクは、大粒のサファイアのようなブルーのペンダントであったが、裏面にスイッチがあるのを確認していた。そのスイッチを押すと、失われた鎖ミッシング・リンクから光が投影され、謎の問いかけが壁面などに照射される、という仕組みだ。
 二人は、小さいころから、暗い部屋で、壁に光を投射して、謎の問いかけに答えようとした。しかし、あれから約10年、何の答えも見つからなかった。
「ジゼル……」そう言って、運河沿いの道を歩いて帰っているとき、ヨハンがふいにジゼルを抱きしめた。
「お、お兄ちゃん?」と言って、ジゼルが顔を赤くする。
「うん、しばらく、こうさせて……」と、ヨハンが顔をジゼルの肩にうずめる。
「お兄ちゃん……」ジゼルも、兄がなんだかんだ言って、大好きなのだ。ヨハンの抱擁を受け入れ、ジゼルも、兄をぎゅっと抱きしめた。
 夕日がまぶしく二人を包み込む。通りを行き交う人たちも、特に二人には目をとめない。
「ジゼルちゃん、俺、今日も疲れちゃった……。ワンネス、してくれない?」
「うん、お兄ちゃん」ジゼルは、笑顔でにっこり微笑み、
一なる状態ワンネス」と言って、背伸びしてヨハンの口にキスをした。
「あ!」と、キスをし終えて、ジゼルが言った。
「お兄ちゃん、“智天使ケルビム”を付けた方がよかった?お兄ちゃんが疲れたって、本当?これじゃ、治療の意味が、ないかも……」
「いいんだよ、ジゼルちゃん……。お兄ちゃん、疲れたってのはうそだったけど、ジゼルちゃんのキスで、疲れもふっとんだから……。ああ、ジゼル……俺の、たった一人の妹、ジゼル……」
 そういって、ヨハンはちょっと調子に乗って、ジゼルを持ちあげると、二人で笑いあってぐるぐると回転木馬のように回転した。
「キャハハ、」とジゼルがかわいらしく笑う。
「ジゼルちゃん、」と言って、回転をやめると、ヨハンはジゼルを地におろし、
「じゃあ今度は俺から」
 と言って、ジゼルにキスをした。
「俺には、ジゼルちゃんみたいな、治療効果のあるキスなんてできないけど、でも、俺も、ジゼルちゃんのこと、大切に思ってるから……」
「お兄ちゃん……」
「お兄ちゃん、私、いつか素敵な人のところにお嫁にいくまでは、ずっと、お兄ちゃんと一緒にいるし、お兄ちゃんのこと、私も、大好きだから……。お兄ちゃん、ずっと私と一緒にいて……」
「ジゼルちゃん……」
 そういって、二人の兄妹は再び抱き合った。夕日が暮れかかり、落ちるころ、二人は再び手をつなぎ、家に向かって、静かに歩き出した。
「そういやあ、ジゼルちゃん、俺、明日休みなんだよ。ジゼルちゃんも、日曜日は、朝のミサをのぞけば、教会学校はお休みだろ?お兄ちゃんとチェスやろうぜ、チェス!」
「うん、お兄ちゃん!」
「俺が勝ったらワンネスな」
「もう、お兄ちゃんったら!」そう言って、ジゼルがクスクス笑う。
「ジゼルちゃん、」と、ヨハンが空を見上げ、にっと笑う。
「夜は冷えるな……家まで、あと15分ぐらいかな……。お兄ちゃんの背広、着てな」
 そういって、ヨハンがジャケットを脱ぐ。
「で、でも、お兄ちゃんが寒いよ!」
「いーの、ジゼルちゃん!俺はいいから……ほら、着ろよ」
 そういって、ヨハンがジャケットをジゼルのワンピースドレスの上からかけてあげる。
「この前も風邪ひいてただろ?お兄ちゃん、心配したんだぞ」
「はぁい……」
 しばらく歩いていると、
「あ、お兄ちゃん、ジャケットの肘のところ、穴空いてるよ」と、ジゼルが言うので、
(ああ、それはゴッドハンド・スプラッシュの時のか……)と、ヨハンは思ったのだが、
「ん?ああ、ちょっと今日ドンパチやったせいで、お兄ちゃんのジャケット、ちょっと傷んじゃったみたい!ははは……」
 と、うまくごまかす。妹の前で、間違っても「ゴッドハンド・スプラッシュ」などとは言えない。
「じゃあ、私が帰って、縫ってあげる!」
「そう?ありがとうね、ジゼル」
 そういって、兄妹は仲良く家路についた。
 ヨハンが風呂をあびて出ると、ジゼルが夕食のカレーを作っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

溺愛されてる貴族令嬢は、小さな竜人を義弟(おとうと)にしました。

竜ヶ崎彰
ファンタジー
ここは、魔法が存在するとある世界。 そこに存在する国の1つ「オルガリス王国」には家族仲良く暮らす領主の貴族一家「アスタルト家」がいた。中でも次女で末っ子のリタ・アスタルトは明るくて優しい性格である為に、両親や2人の兄と、1人の姉、領民達に可愛がられていた。 ある日、リタは森の中で倒れている少年を見つけた。少年の名前はティオ。実はティオは竜の血を受け継ぐ竜人(リューマン)と呼ばれる種族であったが、リタは彼の純粋で無邪気な所にメロメロ。 ティオはその後リタの使い魔兼貴族の養子=リタの義弟として迎えられリタと共に楽しくも平和な日々を送る事となった。 心優しい貴族令嬢の少女と無邪気で純粋な竜の血を引く少年の義姉弟によるゆるやか活発おねショタファンタジーここに開幕!! ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載してます。

処理中です...