8 / 45
第一章 ジゼルとヨハン
ケルビム・サリュ
しおりを挟む
「今回の報酬で、先月生まれた弟におもちゃを買ってやろうと思ってる。母さんにも、プレゼント贈ろうかな、って。ヨハンは、どう思ってる?」と、ディートヘルムが嬉しそうに言う。
「ん?ああ、俺ね……俺には、ジゼルちゃんしかいねぇから……家族も、兄妹も」
そう言って、ギルドからの帰り道、ヨハンは空を見上げた。
「そういうんじゃなくて……何を買うか、って話だよ」
「うーん、3割ほど使ったら、あとは貯金かな」
「そうか、お前は偉いな、ヨハンネス」
「あんがとよ」
そう言って、ヨハンはネクタイを締め直した。ジャケットを着直す。
「俺は大聖堂に寄って行って、ジゼルに会ってくる。じゃあな、また火曜日に、ディートヘルム!」
そういって、ヨハンネスは手を振って駆けだし、ディートヘルムと別れた。
「相変わらず、妹さん一筋だなぁ……」と、町中どこからでも見渡せる、空までのびるかのように見える大聖堂を見上げて、ディートヘルムは呟いた。
(ジゼルちゃん……ジゼルちゃん……ジゼル……!!)
と、走り出すたびに、ヨハンは胸の高鳴りを抑えられなかった。
ひとっ走りして、大聖堂のふもとにたどり着いたヨハンは、入り口からドアをキシ……と押して入った。
サン・ミシェル大聖堂だ。高い天井まで伸びるステンドグラスのアートが、美しく陽光を受けてきらめく。
「お兄ちゃん!」と、祭壇の中、司祭様から祝福を受けて、十字架の神に向かって祈っている少女……彼の愛妹であるジゼルが、後ろを振り向いて小さく叫んだ。
司祭様が、「行っておいで」と優しく言うので、ジゼルはお祈りをやめて、少し息を切らしているヨハンのもとに駆けだした。
「ジゼル!!」と言って、兄妹二人は抱き合った。
「今日もいい子にしてたか、ジゼル?仕事の方はどうだった?」
「刺繍に取り掛かっているのだけれど、前作ったハンカチの刺繍、売れ行きがよかったみたい」と、ジゼルが微笑む。
「そうか、それはよかった」
「お兄ちゃん、今日は怪我してない?大丈夫だった?」
「ん?オレ?ああ、ちょっと、打撲があるけど別に……」
そういって、少し赤面しておろおろし始めるヨハンをよそに、ジゼルは兄の上着を脱がそうとした。
「お兄ちゃん、見せて。私、治すわ」
「ジ、ジゼルちゃん……分かったよ、自分で脱ぐから」と言って、慌ててヨハンは上着を脱いだ。
司祭様と、数人のシスターたちが、心配して駆け寄ってくる。
よく見れば、ヨハンネスの右腕の上腕部、および肋骨当たりにも、紫色のあざが複数個所あった。
「お兄ちゃん、骨折はしてないみたいだけど……。今日、誰かと戦ったの?」と、ジゼルが心配そうに言う。
「ああ、そうなんだ、ジゼル。町に貴族さんの娘さんが人さらいにあってな。その悪玉グループとドンパチしたの。お兄ちゃん」
「さすがお兄ちゃん!人質さんを助けたのね!」
「ああ、そんなところ。ジゼルちゃん」
「待ってて、お兄ちゃん」と言って、ジゼルが自分の長袖の服をまくって、治療を始めた。
「智天使・救済」
そうジゼルが言って手をかざすと、あたたかな黄色い光がヨハンの傷のあたりの上にふりそそいだ。
ヨハンは、温かい、心地よい力が自分の体の傷口に注ぎ込まれるのを感じた。
数秒して、紫色のあざが消えていく。
「いいですよ、ジゼル、その調子!」と、ジゼルの医療魔法の先生であるシスターたちが囁く。
「ってっ……」と、痛みに顔をしかめていたヨハンも、次第に表情がやわらぐ。
「ありがとう、ジゼルちゃん」と、治療が終わり、上着を着ながら、ヨハンがにっこり微笑んで言った。
「良い妹さんをお持ちですね」と、3~40代の司祭様がヨハンに言う。
「ええ、司祭様。いつも妹がお世話になっています」
「いいんだよ、ヨハン君。兄妹、いつまでも仲良くね」
そのあと、会衆席の一つの椅子に座り、聖書を開いたヨハンネスのもとに、祭壇でシスターたちと祈りを捧げるジゼルの声が聞こえてきた。
「正しさを守ってくださる神、
わたしの叫びにこたえ、
悩みのなかにも憩いを与え、
わたしをあわれみ、心に留めてください。
人よ、いつまで心を閉ざし、
むなしいことを追い、見せかけを求めるのか。
神はわたしを選び、ご自分のものとされた。
神はわたしの叫びに耳を傾けてくださる。
神をおそれ、罪を犯すな。
床の上で静かに心を調べよ。
正しいいけにえをささげ、
神により頼め。」
ジゼルとシスターたちは、ともに祭壇の十字架に向かって跪き、祈りの言葉を唱える。
(ふーん、ジゼルちゃん、この前までは聖書を見ながら言っていたのに、今は暗記してるのな)と、ヨハンが気ままに思う。
しばらくし、思うままにジゼルが祈祷をした後、兄妹は司祭様とシスターたちにお礼を言って、教会を去ることにした。
「ジゼル、もしかして今日もあのペンダントを……?」
帰り際に、手を握って帰るのだが、手を握りながら、ヨハンがジゼルに問う。
「ん?ああ、俺ね……俺には、ジゼルちゃんしかいねぇから……家族も、兄妹も」
そう言って、ギルドからの帰り道、ヨハンは空を見上げた。
「そういうんじゃなくて……何を買うか、って話だよ」
「うーん、3割ほど使ったら、あとは貯金かな」
「そうか、お前は偉いな、ヨハンネス」
「あんがとよ」
そう言って、ヨハンはネクタイを締め直した。ジャケットを着直す。
「俺は大聖堂に寄って行って、ジゼルに会ってくる。じゃあな、また火曜日に、ディートヘルム!」
そういって、ヨハンネスは手を振って駆けだし、ディートヘルムと別れた。
「相変わらず、妹さん一筋だなぁ……」と、町中どこからでも見渡せる、空までのびるかのように見える大聖堂を見上げて、ディートヘルムは呟いた。
(ジゼルちゃん……ジゼルちゃん……ジゼル……!!)
と、走り出すたびに、ヨハンは胸の高鳴りを抑えられなかった。
ひとっ走りして、大聖堂のふもとにたどり着いたヨハンは、入り口からドアをキシ……と押して入った。
サン・ミシェル大聖堂だ。高い天井まで伸びるステンドグラスのアートが、美しく陽光を受けてきらめく。
「お兄ちゃん!」と、祭壇の中、司祭様から祝福を受けて、十字架の神に向かって祈っている少女……彼の愛妹であるジゼルが、後ろを振り向いて小さく叫んだ。
司祭様が、「行っておいで」と優しく言うので、ジゼルはお祈りをやめて、少し息を切らしているヨハンのもとに駆けだした。
「ジゼル!!」と言って、兄妹二人は抱き合った。
「今日もいい子にしてたか、ジゼル?仕事の方はどうだった?」
「刺繍に取り掛かっているのだけれど、前作ったハンカチの刺繍、売れ行きがよかったみたい」と、ジゼルが微笑む。
「そうか、それはよかった」
「お兄ちゃん、今日は怪我してない?大丈夫だった?」
「ん?オレ?ああ、ちょっと、打撲があるけど別に……」
そういって、少し赤面しておろおろし始めるヨハンをよそに、ジゼルは兄の上着を脱がそうとした。
「お兄ちゃん、見せて。私、治すわ」
「ジ、ジゼルちゃん……分かったよ、自分で脱ぐから」と言って、慌ててヨハンは上着を脱いだ。
司祭様と、数人のシスターたちが、心配して駆け寄ってくる。
よく見れば、ヨハンネスの右腕の上腕部、および肋骨当たりにも、紫色のあざが複数個所あった。
「お兄ちゃん、骨折はしてないみたいだけど……。今日、誰かと戦ったの?」と、ジゼルが心配そうに言う。
「ああ、そうなんだ、ジゼル。町に貴族さんの娘さんが人さらいにあってな。その悪玉グループとドンパチしたの。お兄ちゃん」
「さすがお兄ちゃん!人質さんを助けたのね!」
「ああ、そんなところ。ジゼルちゃん」
「待ってて、お兄ちゃん」と言って、ジゼルが自分の長袖の服をまくって、治療を始めた。
「智天使・救済」
そうジゼルが言って手をかざすと、あたたかな黄色い光がヨハンの傷のあたりの上にふりそそいだ。
ヨハンは、温かい、心地よい力が自分の体の傷口に注ぎ込まれるのを感じた。
数秒して、紫色のあざが消えていく。
「いいですよ、ジゼル、その調子!」と、ジゼルの医療魔法の先生であるシスターたちが囁く。
「ってっ……」と、痛みに顔をしかめていたヨハンも、次第に表情がやわらぐ。
「ありがとう、ジゼルちゃん」と、治療が終わり、上着を着ながら、ヨハンがにっこり微笑んで言った。
「良い妹さんをお持ちですね」と、3~40代の司祭様がヨハンに言う。
「ええ、司祭様。いつも妹がお世話になっています」
「いいんだよ、ヨハン君。兄妹、いつまでも仲良くね」
そのあと、会衆席の一つの椅子に座り、聖書を開いたヨハンネスのもとに、祭壇でシスターたちと祈りを捧げるジゼルの声が聞こえてきた。
「正しさを守ってくださる神、
わたしの叫びにこたえ、
悩みのなかにも憩いを与え、
わたしをあわれみ、心に留めてください。
人よ、いつまで心を閉ざし、
むなしいことを追い、見せかけを求めるのか。
神はわたしを選び、ご自分のものとされた。
神はわたしの叫びに耳を傾けてくださる。
神をおそれ、罪を犯すな。
床の上で静かに心を調べよ。
正しいいけにえをささげ、
神により頼め。」
ジゼルとシスターたちは、ともに祭壇の十字架に向かって跪き、祈りの言葉を唱える。
(ふーん、ジゼルちゃん、この前までは聖書を見ながら言っていたのに、今は暗記してるのな)と、ヨハンが気ままに思う。
しばらくし、思うままにジゼルが祈祷をした後、兄妹は司祭様とシスターたちにお礼を言って、教会を去ることにした。
「ジゼル、もしかして今日もあのペンダントを……?」
帰り際に、手を握って帰るのだが、手を握りながら、ヨハンがジゼルに問う。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる