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現在:恋の名前

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 冬。

 息が白く目の前を揺らめく。その靄の先。

 きちんと正装している見たことないほど綺麗な男が、のぶと杉原さんに笑顔でご祝儀を渡していた。
 ボロボロに泣いているのぶの背中を、杉原さんは優しく撫でていて……。俺の瞳からも涙がこぼれて落ちた。

「……梓……」

 聞こえるほど大きな声で名前を呼んだわけじゃない。だけど梓は俺に気付き、のぶに見せていた笑顔を一瞬消した。

 だけど、すぐにふんわり微笑むと、のぶに視線を戻してその腕をとんっと叩いた。

「じゃ、僕はこれで。お幸せに」

 そう言って立ち去ろうとするから慌てて引き止めようとしたけど、先にのぶが叫んだ。

「待って! 柄沢さんに会って行って!」

 そう言ってくれるのぶに、ちょっと感動した。
 けど……。

「もう会ったよ」

 そう言って立ち去って行く梓に、のぶがはっと俺を振り返った。

「柄沢さん!」




 早く引き止めろと言わんばかりに名前を呼ばれる。
 分かってる。分かってるよ、このチャンスを逃したらもうおしまいだって。きっとこれが千載一遇のラストチャンスだ。

「梓!」

 呼び止めるだけじゃ足りない。

「待って!」

 腕を掴んで振り向かせるだけじゃ足りない。

 恐ろしく綺麗になっている梓だったけど、俺を見るその瞳には、昔のような無邪気さや愛らしさはなくて、感情を完全に殺しているような色を浮かべていた。
 だというのに──。

「お久しぶりですね。元気でしたか?」

 そう言って、わざとらしく微笑んだ。

 何をどう言えば梓を振り向かせることが出来るだろうか。どうすれば、もう一度やり直せるのだろうか。
 好きだと言えばいいのか。優臣を忘れると約束すればいいのか。どう言えば……どうすれば……。

「いつ、こっちに帰ってきたんだ……?」

 なのに……口から出て来たのは、そんな当たり障りのない言葉で……。
 そんなことが言いたいわけじゃない。聞きたいわけじゃない。本当はたくさん言いたいことがある。聞きたいことがある。不躾に、今全部を言っていいのなら言わせてほしいことだってある。

 なんで……俺を置いて行ったんだって……。

 泣いてしまいたいし、縋ってしまいたいし、もう一人にしないでくれと子供のように我儘を言ってしまいたくもある。
 けどそんなんじゃダメだ。振られた五年前。散々……、散々泣いて、願って、謝って、頼んだ。やり直してくれと。

 でも、叶わなかった。
 五年前と同じじゃ……、また俺はこの手で何も掴めない。
 どうすれば、梓に俺の想いが伝わるんだ……。
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