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第一章:ミステリアスでスリリング
ーside 日下ー 1
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エレベーターから降りた時、加藤くんが実家に帰ったのだとすぐに気付いた。玄関先のエレベーターホールに見慣れた赤い自転車が置いていなかったからだ。せっかく今日は二人で鍋にしようと思ってたくさん買い込んできたのに、無駄になってしまった。
「どうしよう。やっぱり朝にちゃんと聞いておくべきだった」
今日は僕の誕生日。自分から今日は誕生日だから一緒にご飯食べようね、なんて口が裂けても言えない。僕よりずっと年下だろうと思われる彼に、誕生日だからとワァワァ騒ぎ立てるのもおかしな話だ。
「今年もまた一人かぁ」
玄関の鍵を開けて、ひんやりした部屋に上がる。分かってはいるが真っ暗だ。彼はいない。今日はもう帰ってこない。
真っ先に暖房を入れて重い荷物をテーブルに置いた。小さなメモが残されている。
『おかえり。今日は実家に帰ります』
「……知ってるよ」
あの自転車がない日は、いつもこうやってメモが残されている。相当遅くなる日もメモを残すみたいだけど、それだってかつて一度しかないことだ。
──僕は、彼の正体を知らない。
何一つとして知らない。教えてくれないから。
初めて会ったのは、夜中の公園だった。ちょうど去年の今頃だったと記憶している。仕事帰り、人身事故で大幅にダイヤの乱れた電車のせいで、いつもより帰りの遅くなった僕は、冷え切った冬の風に凍えて、公園で温かいココアを買った。するとどう間違ったのか、自販機のココアは二つも出てきて、ラッキー、とひとつをコートのポケットに仕舞い込んだ。
その日は本当に寒くて、雪でも降るんじゃないかと思うほどだった。悴んだ手を温めるようにココア缶を握り、アパートへと向かおうとした時。公園のベンチに座り込み、俯いている松葉杖の少年がいて……、それが彼だった。
最初、高校生かと思った。
時間はとうに〇時を回っている。住宅街のこの辺りでは、もちろん人気はなく、男の子と言えども物騒だなぁと感じた。しかも松葉杖。何かあった時、彼は絶対に逃げ切れない。
しかしさすがに「早く帰りなよ」なんて声をかける筋合いもない。そんな勇気だってない。見ない振りを決め込んで家に向かおうとしたのに、突然公園に声が響いた。
「くそぉ、んでだよ……っ」
少年の声だった。怒っているような、泣いているような声。きっと、彼は俯いていたから僕の存在に気付いていなかった。近づいていったのに、全然気付いてなかった。
本当は無視しようと思ったんだ。知らない子だし、下手に首を突っ込むのもお互い煩わしいだけだし。だけどなんでかな? ちょっと親近感の覚える声だった。ずっと前から知っているような、そんなおかしな感覚に侵されて、気付いたら彼の前に立っていた。
「どうしよう。やっぱり朝にちゃんと聞いておくべきだった」
今日は僕の誕生日。自分から今日は誕生日だから一緒にご飯食べようね、なんて口が裂けても言えない。僕よりずっと年下だろうと思われる彼に、誕生日だからとワァワァ騒ぎ立てるのもおかしな話だ。
「今年もまた一人かぁ」
玄関の鍵を開けて、ひんやりした部屋に上がる。分かってはいるが真っ暗だ。彼はいない。今日はもう帰ってこない。
真っ先に暖房を入れて重い荷物をテーブルに置いた。小さなメモが残されている。
『おかえり。今日は実家に帰ります』
「……知ってるよ」
あの自転車がない日は、いつもこうやってメモが残されている。相当遅くなる日もメモを残すみたいだけど、それだってかつて一度しかないことだ。
──僕は、彼の正体を知らない。
何一つとして知らない。教えてくれないから。
初めて会ったのは、夜中の公園だった。ちょうど去年の今頃だったと記憶している。仕事帰り、人身事故で大幅にダイヤの乱れた電車のせいで、いつもより帰りの遅くなった僕は、冷え切った冬の風に凍えて、公園で温かいココアを買った。するとどう間違ったのか、自販機のココアは二つも出てきて、ラッキー、とひとつをコートのポケットに仕舞い込んだ。
その日は本当に寒くて、雪でも降るんじゃないかと思うほどだった。悴んだ手を温めるようにココア缶を握り、アパートへと向かおうとした時。公園のベンチに座り込み、俯いている松葉杖の少年がいて……、それが彼だった。
最初、高校生かと思った。
時間はとうに〇時を回っている。住宅街のこの辺りでは、もちろん人気はなく、男の子と言えども物騒だなぁと感じた。しかも松葉杖。何かあった時、彼は絶対に逃げ切れない。
しかしさすがに「早く帰りなよ」なんて声をかける筋合いもない。そんな勇気だってない。見ない振りを決め込んで家に向かおうとしたのに、突然公園に声が響いた。
「くそぉ、んでだよ……っ」
少年の声だった。怒っているような、泣いているような声。きっと、彼は俯いていたから僕の存在に気付いていなかった。近づいていったのに、全然気付いてなかった。
本当は無視しようと思ったんだ。知らない子だし、下手に首を突っ込むのもお互い煩わしいだけだし。だけどなんでかな? ちょっと親近感の覚える声だった。ずっと前から知っているような、そんなおかしな感覚に侵されて、気付いたら彼の前に立っていた。
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