上 下
4 / 160
第一章:ミステリアスでスリリング

ーside 日下ー 1

しおりを挟む
 エレベーターから降りた時、加藤くんが実家に帰ったのだとすぐに気付いた。玄関先のエレベーターホールに見慣れた赤い自転車が置いていなかったからだ。せっかく今日は二人で鍋にしようと思ってたくさん買い込んできたのに、無駄になってしまった。

「どうしよう。やっぱり朝にちゃんと聞いておくべきだった」

 今日は僕の誕生日。自分から今日は誕生日だから一緒にご飯食べようね、なんて口が裂けても言えない。僕よりずっと年下だろうと思われる彼に、誕生日だからとワァワァ騒ぎ立てるのもおかしな話だ。

「今年もまた一人かぁ」

 玄関の鍵を開けて、ひんやりした部屋に上がる。分かってはいるが真っ暗だ。彼はいない。今日はもう帰ってこない。
 真っ先に暖房を入れて重い荷物をテーブルに置いた。小さなメモが残されている。

『おかえり。今日は実家に帰ります』

「……知ってるよ」

 あの自転車がない日は、いつもこうやってメモが残されている。相当遅くなる日もメモを残すみたいだけど、それだってかつて一度しかないことだ。


 ──僕は、彼の正体を知らない。


 何一つとして知らない。教えてくれないから。

 初めて会ったのは、夜中の公園だった。ちょうど去年の今頃だったと記憶している。仕事帰り、人身事故で大幅にダイヤの乱れた電車のせいで、いつもより帰りの遅くなった僕は、冷え切った冬の風に凍えて、公園で温かいココアを買った。するとどう間違ったのか、自販機のココアは二つも出てきて、ラッキー、とひとつをコートのポケットに仕舞い込んだ。

 その日は本当に寒くて、雪でも降るんじゃないかと思うほどだった。かじかんだ手を温めるようにココア缶を握り、アパートへと向かおうとした時。公園のベンチに座り込み、俯いている松葉杖の少年がいて……、それが彼だった。

 最初、高校生かと思った。
 時間はとうに〇時を回っている。住宅街のこの辺りでは、もちろん人気ひとけはなく、男の子と言えども物騒だなぁと感じた。しかも松葉杖。何かあった時、彼は絶対に逃げ切れない。
 しかしさすがに「早く帰りなよ」なんて声をかける筋合いもない。そんな勇気だってない。見ない振りを決め込んで家に向かおうとしたのに、突然公園に声が響いた。

「くそぉ、んでだよ……っ」

 少年の声だった。怒っているような、泣いているような声。きっと、彼は俯いていたから僕の存在に気付いていなかった。近づいていったのに、全然気付いてなかった。
 本当は無視しようと思ったんだ。知らない子だし、下手に首を突っ込むのもお互い煩わしいだけだし。だけどなんでかな? ちょっと親近感の覚える声だった。ずっと前から知っているような、そんなおかしな感覚に侵されて、気付いたら彼の前に立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

僕の大好きな旦那様は後悔する

小町
BL
バッドエンドです! 攻めのことが大好きな受けと政略結婚だから、と割り切り受けの愛を迷惑と感じる攻めのもだもだと、最終的に受けが死ぬことによって段々と攻めが後悔してくるお話です!拙作ですがよろしくお願いします!! 暗い話にするはずが、コメディぽくなってしまいました、、、。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

処理中です...