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少年たちは決起する

第52話 焦げた刀

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 昭三は、刀の袋からそれを出すと、焦げ目の生々しい日本刀の姿が露わになるのであった。
 それは同時に、陸軍工科学校の生徒一同の目にも触れ、集まった生徒諸君と声とは違うざわめきのようなものが漏れ聞こえてた。
 そして一同は、この動乱の重さをあらためて知ることとなるのである。
 そんな日本刀を挟んだ異様な兄弟の間を、割って入るのは他ならぬ澄であった。

澄「いい加減にしなさいあなたたち。兄弟そろって一体何のつもりですか!私の目の黒い内は二人にそんなことは許しません。あなたたちの、その、命は・・」

 決意表明の二人と、亡き婚約者の愛刀を前に、それまで気丈に振る舞ってきた澄が、たまりかねて泣き崩れてしまった。
 それを見て一番怒りを露わにしたのは、意外にも清水伊織であった。

清水「おい、お前達、澄さんのこの涙の代償は高く付くぞ!言っている意味、解るな!」

 清水は思い出していた。澄と初めて会ったのは、まだ防衛大学校の学生時代、当時の悪友である三枝啓一の家に呼ばれて、数人の友人達と訪問した時のことである。
 清水もまた、初めての三枝家に興味津々であった。
 この頃の清水は、荒々しい態度で、啓一に自分の中にある「女」を悟られぬよう振る舞っていた頃である。
 自分に対し、啓一に対し、男女のそれを意識してしまえば、今のこの友人関係が崩れてしまうのではないか、という思いが働いていたのである。
 しかし、この日ばかりは、この彼女の行動が裏目に出てしまう。
 同期達がコーヒーを飲みながら三枝家の応接間で談笑していると、驚くほどの美少女が小鳥のように部屋に舞い込んできた。
 もちろん舞い込んできたわけではないのだが、一同にはそう見えた、濃紺のセーラー服姿には、それだけ衝撃的に鮮やかな色彩として美しく感じられた。
 その後から、啓一がやはり制服姿で防大生の同期達に照れくさそうに、彼女が自分の許嫁であることを告げると、同期達一同は歓声を挙げ質問を開始した。
 何時挙式なのか?、いつから付き合っているのか?、要するに今、どんな関係か?・・・聞けば聞くほど二人は良くお似合いで、他人の入る隙間がない。
 美男美女、武家の旧家の出身同士、望まれた結婚。
 清水は、圧倒的なものを見せつけられた気がした。
 それまで全く浮いた話の無い男だっただけに、清水もすっかり油断していたことに気付くのである。
 しかし、清水は元々負けん気も強く、この感情を誰にも知られたくないという感情から、澄に積極的に話しかけ、意外にも短時間で親しい仲になってゆくのである。
 実は、清水の家も武家である。
 そんな古風な澄に、自らの境遇を重ねているうちに、澄のことを何となく妹のようにすら感じていた、啓一の件がなければ、本当に仲の良い姉妹になれたことだろう、しかしそれは卒業の日まで清水の心にトゲのように刺さり続けたのである。
 そんな彼の日のことを思い出しつつ、清水は澄の肩を引き寄せて懸命に宥めようとしていた。
 そう、同じく啓一を失った者でもある澄は、清水にとって同士のような存在でもあったのである。
 そんな澄の涙に、龍二の心も痛むものの、今自分の考えを実行していくには仕方のないことでもあった。
 ずっと慕ってきた姉の涙を犠牲にしてまでやらねばならない事、そんなことを考えている最中、先程のヘリコプターが訓練場の中央に降着すると、威嚇する生徒達を全くものともしない一人の男が、堂々とその場に降り立った。

「随分にぎやかなようだな、私も混ぜてはくれないか?」

 龍二は、やはりこの人物であったかと思いつつ歓迎した。

龍二「お陰様で、にぎやかにやらせて頂いております、師団長閣下」

 薄笑いを浮かべた龍二の顔を見ていた多くの生徒達は、その言葉の意味を理解するや、一斉にその男の方へ視線を注いだ。 そう、東京第1師団長、上条正太郎陸軍中将が東京の師団司令部から横須賀に到着したのである。

上条「さて、ここまで話を大きくしたからには、責任者の処分については覚悟出来ているな、首謀者は前に出ろ。」

 それは一人の父親としてだけではなく、実働部隊を動かした不届き者に対する怒りも大きく、ゆっくりした口調でありながら、その怒りの矛先は明らかに愛娘をたぶらかした少年へ向けられるのであった。

昭三「はい、私が首謀者の三枝昭三です。」

上条「そうか、貴様か、私が今、何を考え、どうしたいのかは見当がついているものと思うが。」

 そこへ龍二が上条中将に割って入る。

龍二「閣下、たった今、私から当家の宝刀を昭三に預けたところです。本事案について、弟には軍人らしくけじめを着けさせます。ただ、これ以降の彼の行動によっては、処遇をご検討いただけませんか?」

上条「ほう、処遇について意見出来る状況だと考えるのかね、三枝中尉、噂は聞いているが・・・まあ、話を聞こうじゃないか。」

龍二「恐れ入ります、それでは進言します。このまま実働部隊と対峙した状態では軍務に影響が出るでしょう、しかし今更、兵を引けと言われても生徒諸君も、そして世間も納得はしないでしょう。これより1ヶ月の後、彼らの全力をもって北富士第三堡塁に対し総攻撃を命じます。この一ヶ月の訓練の末、彼らが見事この堡塁を陥落させられれば、どうかこの騒動に終止符を打たせていただきたいと考えております。」

 北富士第3堡塁、それはかつて一度たりと陥落の汚名にまみれることなく存在し続ける絶対の要塞、そしてかの三枝啓一1尉ですら完全攻略が叶わなかった難攻不落の拠点である。
 周囲の人間には、それが「不可能」と同義であることは容易に理解出来る内容であった。

上条「達成可能な目標とは言い難いが。しかしそれではこちら側には何らメリットが感じられないが。万が一、それでお咎め無しではな。で、そちらが負けた場合のペナルティーは?」

龍二「・・・ここにあります当家の刀の意味をご理解頂ければと思います。」

 武家の人間が、伝家の宝刀を預かり責任を果たす、それは即ち「自害」を意味する。
 それはその場に居合わせた人間であれば、直ぐに理解容易なことであった。

 陸上自衛隊が存在していた頃、日本が世界大戦に巻き込まれ、主陣地の防御が死守出来なかった場合など、当時の自衛官は持参の短刀により、任務上の責任を取る場面が散見された。
 当時の陸上総隊からは、自害は絶対にしてはならないとの通達が徹底されたものの、陸軍に替わった現時点においても、軍人が取るべき責任、その手法として、彼らの中に存在し続けていたのである。
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