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小さな革命

第35話 もっと早く出会っていれば

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昭三「佳奈さんこそ、特定の男性は居られるのでしょうか?」

 ついに聞いてしまった。
 昭三は、心臓の鼓動を抑えようと深呼吸して返答を待った、が、その返答が続いてこない。
 佳奈は、少し寂しそうにうつむくと、そのまましばらく無言のまま歩いていた。

 数分が経過した頃である。
 佳奈の目から、静かに流れる涙の線に気付いた昭三は、大いに慌てたのである。

昭三「あの、僕、何か傷つけること言いましたか?もしそうなら謝ります、・・・女教師のこと・・ですか?」

 全く的を得ない昭三の慌てぶりに、佳奈の心は少し救われた気がした。

佳奈「いえ、実は私、婚約者がおりまして。」

 ・・・一瞬、昭三には彼女の口から発せられた内容が理解できず、歩いてはいるものの、白昼夢を見ているように、目に映る全てのものが他人事のように、またモニター越しに見ているように現実味をもって見えてはいなかった。

佳奈「あのう、三枝さん?」

 佳奈に声をかけられて、ようやく少し正気を取り戻した昭三は、ここは大人にならなければと少し気を取り直し、あえて優しい口調で佳奈にこう話した。

昭三「そうでしたか、それはおめでたいことですね。貴女ならきっと良い奥さんになりますよ。お相手の方は幸せ者ですね、羨ましい。どうかお幸せに。きっと素敵な方なんでしょうね、上条さんの心を射止めるなんて。」

 そんな昭三の言葉とは裏腹に、佳奈の表情は再び曇ってしまった。

佳奈「・・・いえ、その、私はお相手の方をよく知らないんです・・・。」

 ん?、これは変な流れにいなってきた、と昭三は思った。
 と同時に、彼女が言う「婚約者」とは、いわゆる親同士の決めた結婚というものではないだろうか。
 そう思うと、昭三は立ち止まり、佳奈を真横から直視すると、もしそうならその親たちをどうしても許せないと強く感じるのである。

昭三「上条さん、あなたは本当にそれでいいんですか?」

 昭三の問いに、佳奈は黙って立ち尽くし、下を向くと再び涙を流しながらこうこう答えた。

佳奈「・・いいも何も、親同士が決めたことですし、私に逆らう力はありません。そんな話を父から聞いた次の日、三浦を歩いていたときに、あなたと出会ったのです。」

 佳奈にとっては、呆然と結婚について悩んでいたあの時に、突然崖から降ってきた昭三が、まるで解放者のように映っていた。
 この閉塞された日常から自分を解放してくれるような、どこかにそんな期待があった。
 まだ16歳同士の二人には、どうすることもできないことが現実であったとしても。

昭三「諦めてはダメだ、何かいいアイディアを考えましょう!そうだ、考えなければ。」

 昭三は、自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、考えながらひたすら歩き出した。この芽生えたばかりの小さな恋愛感情を、何とか放すまいと彼なりに必死であり、それはまた佳奈の心にも届いていた。

 そうしている間に、佳奈の家に続くバス停が見えてくる。
 時間は無慈悲にも、何ら結論を出せないまま二人を引き裂くバス停へ導くのであった。
 普通であれば、この二人はここでお別れをして、その後二度と会うことも無いだろう、そんな考えが昭三の気持ちを奮い立たせた。

昭三「上条さん、僕は明日、休日です。貴方のことがもっと知りたい、ここでお別れは、・・嫌です。」

 佳奈も実は同じ思いであった、そんな彼女の心が、素直なつぶやきとなって口に出てしまうのである。

佳奈「・・・私、あなたともっと早く出会っていれば良かった・・・。」

 鎌倉方面へのバスが来る。
 すっかり暗くなった辺りを、バスのヘッドライトはバス停で待つ二人を照らす。
 昭三はこの時に、ライトに照らされた佳奈の顔を、きっと生涯忘れることができないんだろうなあと、どこか客観的に感じていた。
 そしてそれは佳奈自身も。

昭三「明日、横須賀中央駅の改札で十時に待ってます。上条さんが来なくても、僕は待ち続けます。」

 佳奈は表情も変えず、なにも言わず、ただ昭三を見ていた。
 そしてバスに乗り、乗客のほとんどいない車内を移動して座席に着くと、再び昭三を切ない眼差しで見つめながら。
 そんな見つめ合う僅かな時間を引き裂くように、バスはゆっくりと走り出す。
 昭三は、佳奈に向かって敬礼をしながら、去りゆくバスのテールランプを、見えなくなるまで見送った。
 バスが見えなくなると、昭三は大事なことに気づく。

昭三「あ、電話番号とアドレスを聞いてないや・・・。」

 こうして佳奈との接点は、翌日の待ち合わせに来るかどうかのみとなってしまった。
 佳奈の、あの別れ間際の表情が頭から離れず。
 昭三は、一人切ない夜を実家で過ごすこととなる。

昭三「あのときの表情は、どういう意味だったんだろう。」

 ベッドの中で思いに耽る中、昭三はその表情が、もうこれでお別れ、という意味ではないかと、ただ不安な衝動に駆られていた。
 
 それは本当に長い夜であった。
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