自称「未来人」の彼女は、この時代を指して「戦前」と呼称した

マグネラ攻防戦

第189話 「雄介様！」

　混乱状態から降着状態へ移行したオルコ共和国軍の包囲部隊は、顔面蒼白で四散する自軍の兵士を見て、何かとんでもない事が街の中で起こっていることを容易に察した。　　
　オルコ共和国軍の戦術は、マグネラ市内を完全包囲した後、暴徒化した数千の兵士を突入させ、略奪と放火によって凄惨な状況を演出し、それらを広く国内に流布させる狙いがあったのだが、今起こっている事態は、それの全く真逆の事が起こっていたのだ。

　オルコ共和国軍の指揮官は、大幅な戦術変換を迫られていた。
　それは、包囲している約２５.０００の軍勢を、直接動かして、街を包囲圧縮させることを指していた。
　さすがに２５.０００名の正規軍が町中に入られたら、対処が困難だ、出来れば包囲部隊には、後続の三国同盟軍とエレーナ遠征軍とが合流した後に、降伏させるのが一番良い終結の青写真と言える。
　、、、そういうことなので、しっかり頼んだぞ、オル、ゼンガ！。


　混沌としたオルコ包囲部隊が、恐る恐る包囲圧縮作戦の準備を整え、いよいよ市内に入ろうというその時だった。
　それは、オルコ兵の中で、嫌な予感が漂っていた、まさにその最中、城壁にジャンプして上った巨人族二体が確認された。

　オルコ兵は、口々に「おい、あれは何だ、何を手にしている？」「人じゃないか、、、、あれはオルコ兵だ、オルコ兵が巨人に捕まっているぞ」と、口々に叫んだ。
　勇敢なオルコ兵の中には、洋弓銃《クロスボウ》を構えて仲間を救おうとする者もいたが、それは儚い抵抗となった。
　巨人族は、オルコ兵の身体を手に取ると、足にもう片方の手を添え、まるでローストチキンでも裁くかの如く足を一本引きちぎって、もも肉に噛り付く。
　オルコ兵は、一瞬何が起こっているのか、理解出来ないでいたが、それが食人であることを認識すると、恐怖のあまり集団で悲鳴が上がった。
　先ほどの投薬されたオルコ兵と違い、しっかりと隊列を組み、進軍しようとしていたオルコ兵には、ある意味冷静に、そして正確に、その異常事態が理解出来たのである。

　、、、、そして、多くのオルコ兵は戦意を喪失し、ある者は言葉を失い、またある者は精神を病んでしまった。
　完全なトラウマに陥った多くのオルコ兵は、直ぐに家に帰りたいと感じた事だろう、それ以降、包囲部隊は、どんなに指揮官級が進軍の命令を発しても、全く足が前に進まなかった。
　当然、敵前逃亡罪を告げても、巨人相手に戦うくらいなら、投獄された方がマシ、と言う意見が大多数となり、まさか２５.０００名の全兵士を投獄するわけにもゆかず、オルコ包囲部隊は、現状維持を決するより他なかった。

　まあ、オルとゼンガが食べてたフリをしていたのは、死体なんだけどね、さすがに生きてる兵士では出来ないからなあ。


「雄介様！」

　玲子君が、泣きながら俺に飛びついて来た。
　それは、ちょっと痛いくらいに強く、そして熱く。
　俺は、玲子君との再会を噛みしめようと、一度引き離して、顔をよく見ようとすると、潤んだ瞳を確認した次の瞬間に、彼女は猛烈な勢いでキスをしてくるではないか。
　街の中で、後方支援に就いていたメルガと、街の若い女性陣が、少し色めき付いて歓声を上げた。

「ちょ、ちょっと、ちょっと、玲子君、ちょっと落ち着こう！」

　彼女の熱烈なキスを引き離し、周囲で紅潮しながら見守る女性陣の目を気にしながら、俺は平静を繕った。
　
「雄介様、、、もうこのような別々の行動は承服しかねます、これからは、どんな時でも、どんな場所でも私は雄介様の元を離れません」

　再び女性陣から黄色い歓声が挙がる、、、、もう、恥ずかしいったらありゃしない。

　しかし、今回は正直少し長い戦いだった。
　玲子君と離れてから、色々な事があった。
　二日前の通信障害には、正直参ったしな。
　しかし、俺たちの通信が単なる不通ではなく、妨害だとしたら、この世界でそれをすることが出来る組織なんて一つしかない。

　そう、思っていた時だった。
　
　突然俺は、意識がどこかに飛んで行くのが理解出来た。


「わーん、怖かったよう！」

　、、、、え、シズ？、それもフルサイズ版のシズ？
　ああ、ここはまたシズの部屋か！
　びっくりしたよ、、、、あれ、あっちの俺は大丈夫なのか？
　シズが俺に抱き着いて、まるで幼い子供が泣きわめくように俺に縋り付いて泣いていた。

「あいつらが、来るよ、来ちゃうよ、どうしよう、私、どうしよう、怖い」

　そう、シズの通信を妨害出来る奴ら、それは噂に聞く「キル・ザ・ドール」のメンバーだ。
　シズが、形振り構わず俺を部屋に呼んだのは、そのあまりの恐怖故だからな。
　シズとの連絡は、玲子君とが完全不通、俺とシズにはノイズが走る程度だったが、で余計な電波の無いこの世界で、シズの通信がつながらないと言う事は、異常事態だった。
　その異常性を一番理解しているのは、他ならぬシズなのだから。

　シズの部屋のモニターには、下界の様子が映し出されていた。
　力なく倒れ込む俺を、必死で介抱してくれる玲子君が見えた。

　
　、、、、意識ないからって、変な事イタズラしないでね、玲子君。