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第二十章 繋がれる明日へ

繋がれる明日へ 第四節

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「ああ、ここにおられましたか、マティ殿」
「アラン殿、それにクラリス殿」
昼前の離宮の回廊でばったりと会う三人が挨拶を交わす。

「マティ殿、体の傷はもう大丈夫ですか?」
「ご心配なく、クラリス殿。ヘリティアの皆様のお陰ですっかり元通りですよ。お二人様は?」
アランが代わりに答える。
「同じく快癒しましたよ。この離宮は周りの環境も穏やかですから、精神面でもすっかり回復してます」
「それはなによりですよ」

互いに微笑んではアランが続いた。
「マティ殿、後の会議は同じ例の会議室で行われます。どうか忘れずに」
「お知らせありがとうございます。…ラナ様ともに出会って以来、アラン殿には本当に何から何までお世話になってますね」
「なに、私としてもマティ殿のお陰で大変仕事が楽になりましたからお互い様です」

「…あの、マティ殿」
クラリスが少し不安を含んだ声で尋ねた。
「マティ殿はこれから、ルーネウスに戻ることになるのでしょうか」
「ええ。ただ私はレクス様の騎士ですから、ラナ様との結婚が決めた今、私もレタ領での引継ぎ作業が終われば、レクス様と一緒にヘリティアに移籍すると思いますよ」

「そうですかっ。良かった…」
「クラリス殿?」
「クラリス?」
妙に安堵する彼女に何か引っかかる二人。

「これからもマティ殿に会えること、本当に嬉しく思います。…その、一緒にわが国で仕事できる日を楽しみにしていますよ」
必死に平静を装うとしても、彼女の声からは隠しきれない艶やかな嬉しさが漏れ、その頬は僅かに朱に染められていた。

「お父様、先に行ってきます…っ」
「あっ、クラリスっ」
「クラリス殿っ」
そそくさと離れていくクラリスに呆然とするマティとアラン。

「クラリス殿、どうしたのでしょうか…」
「さあ…、けどあの仕草…あの口調…、まるで…」
「まるで?」
「まるで、マティ殿を意識しているような気が…」
「え」

お互いを見つめるアランとマティ。なんとも言えない沈黙が続いては、アランの顔が青ざめていく。

「マティ殿、貴方まさか帝都に行く道中で、うちのクラリスと…?」
同じぐらい真っ青になるマティ。
「め、滅相もございませんよっ!私とクラリスとはただ頼れる戦友の関係で助け合ってきただけですからっ!」
「そ、そうですよね。いくらなんでもようなことになるだなんて、あはははははっ!」
「ええっ!さすがにそれはないですよっ!はははははははっ!」

乾いた笑いが廊下にコダマする。それも止まると再びもどかしい沈黙が二人を包む。
「…その…自分も会議の用意に参りますね、マティ殿…」
「は、はいっ、ご苦労様ですアラン殿っ!」
どこかおぼつかない足取りのままフラフラと離れるアラン。

「うっ、うおぉ…っ」
暫く忘れていた持病の胃痛が、再びキリキリとマティを襲った。
(かっ、勘弁して下さいよもう…っ)


******


離宮の会議室にある円卓を囲み、巫女であるアイシャと、ラナ、ハロルド、そしてメアリーの三国の指導者、教会国の大司教アイーダ、勇者であるレクスとカイ、封印管理者のミーナ、そして各国の指導者に次ぐ大臣たちが一同に集まっていた。邪神を倒したいま、各国のこれからの政策方針を決めるために。

「それでは先ほど皆さまがご相談したとおり、ヘリティアの方々が新たな帝都の立地を決めた後、ルーネウス、エステラはそれぞれ帝都再建のためのサポートを行うことで合意とします」
教会国の大司教補佐がアイーダの代わりに会議の内容を伝えると、ハロルド達が賛同を示すように拍手を送った。

「皆さま方ありがとうございます。なにぶん千年にも及ぶ帝都ダリウスから離れて新たに建都する場所を探すことになりますので、時間はかかるとは思いますが、その時は改めてよろしくお願いいたします」
会釈して謝礼するラナにメアリーは優しく微笑む。

「お気になさらないでください。新たな帝都の立地以外にラナ様の戴冠式もありますからね。一朝一夕で決められることでもないでしょう。恐らくその後すぐレクス様との結婚の儀も控えているのですから、ラナ様をはじめ、ヘリティアの皆さまにおかれましては大変忙しくなるのは理解していますよ」
会場に軽やかな笑い声があがる。ラナとレクスが互いを見ては嬉しい苦笑を浮かべた。

「次に、パルデモン山脈にある邪神教団の本拠地についてですが」
レクスの後ろに立つマティが軽く胸を張る。
「本件についても先ほど合意されたように、アイシャ様とカイ様、ミーナ様、すでに現場を偵察されたレクス様の直属騎士マティ殿、並びにルシア様とカレス様を始めとする有志一同により、パルデモン山脈にある教団の本拠地の調査、残党の掃討を行います。なお、教団関係者となる戦犯エリクは、ミーナ様の監視の元、同じく現場案内役として参加されます」

ラナがカイとアイシャに頷く。
「貴方たちには苦労をかけますね、アイシャ様にカイ殿。ヘリティアの内部整頓のためについていけないことが大変悔やまれます」

カイは少しくすぐったく感じたかのように苦笑したが、すぐに毅然と姿勢を正す。
「そういわないでくださいラナ様。三国とも戦争で体力も体制的にも疲れ切っているいま、自由に動ける俺たちがその責を担うのは当たり前のことですから」

アイシャとを見ては互いに微笑むカイに、ラナやミーナ達が嬉しそうに微笑む。
(本当に逞しくなったわね、カイくん)
(まさに一皮むいたってことだな)

ハロルドもまたカイに力強く頷く。
「私からも頼んだぞ、カイ。ルーネウスだけではないが、教団の残党は各地で潜伏している可能性が高く、こちらも戦後の整頓もあるから暫くそれで忙しくなる。それに、レタ領の領主が爵位を返還してヘリティアへと移籍することになったのだから、早く後任者を探さないと困るからな」
再び笑い声に満ちる会議場で、アイシャやカイ達に意味ありげな笑顔を向けられながらも頭を掻いてはレクスが苦笑する。

「それでは最後の議題に入ります。異邦人ウィルフレッドの対応についてです」
大司教補佐の言葉に、会場の雰囲気が軽く引き締められた。最初に声をあげたのはラナだった。
「会議前からも申し上げてますが、元から彼は勇者と名乗ることに相応しい精神こころの持ち主でしたし、何よりも、かのネイフェ様から直接加護を頂いた今、彼はもはや異邦人でもなんでもなく、我らの世界の一人、勇者として接するのに相応しいと考えてます。この点については異論はありませんね?」

「勿論ですとも」
「私たちもウィルフレッド殿がかのスティーナ様のしもべたるネイフェ様が加護を授けた場にいたのですからね。勇者と名乗るのに十分でしょう」
ハロルド達が頷くと同時に、各国の大臣や有力貴族たちも相次いで同意する。レクスが軽く背を椅子にもたせる。
(まっ、さすがにこれについては異論の余地がないよね。問題は寧ろ…)

その問題を口にしたのはメアリーだった。
「でしたら、わが姪であるティア…エリネとウィルフレッド殿との仲にも、同じように異論はありませんね」
一部大臣たちが口ごもり始める。

「それはまあ、基本的に同意ではありますが…」
「どうしたものでしょうか…」
「なにせ、ティア様はまだ若いですし…」
難色を示す各国の大臣らに、アイシャやカイが軽く顔をしかめ、レクスはラナ、ミーナと目を合わせた。

腕を組んではざわつく大臣たちを見据えるミーナ。
(無理もないか。たとえネイフェ殿の加護を受け、マナを帯びようとも、帝都の戦いでウィルの強大な力を目の当たりにする人ならば、脅威的な力を持つウィルがエステラの王女と結ばれるのを快く認める人はまずないだろうな…)

飛び交う議論を、いつもののほほんとした笑顔でレクスが遮った。
「まあこの件については、まずご本人たちの意見を伺ってからでも遅くないと思いますよ。ティア様あらためエリネ様はまだエステラ王家への復帰の意向も聞いてないし、今日の会議は一段落して二人の意見を聞いてからでもいいのでは」

「…ふむ、それが良いですな」
「賛成します」
一応の折衷案に納得する大臣に、レクスは軽くラナ達に安堵のため息を漏らした。


******


離宮でエリネに当てられた部屋で、シスターイリスはエリネの胸の前のリボンを今一度締めては、彼女がいつもブラン村で着ていた服を整えてあげた。
「はい、これで仕上がりよエリー」
「うん、ありがとうシスター。…ふふ、やっぱりシスターがしてくれるコーデが一番馴染むなあ」
「キュキュッ!」

肩に飛びつくルルとともに軽く一回転するエリネ。
「エリー、シスター、もういいですか?」
ドアの外からウィルフレッドの声が響く。
「ええ、どうぞ入って下さい」

小さな袋を肩に担っては部屋に入るウィルフレッドを見ると、イリスはエリネの頬を手で優しく包んだ。
「…本当に良いのですね。エリー、それにウィル」

二人が見せる笑顔には、固い決意が込められていた。
「うん、今日まで私とウィルさん、一杯話し合って決めたのだから」
「シスター達には申し訳ないと思いますが…」

「よいのですよ。二人がしっかりと顔を向き合って決めたことなら、私はそれがなんであれ、貴方達を応援しているのですから」
「「シスター…」」
いつもの暖かなシスターの笑顔と声が、二人の胸にジワリと滲む。

「エリー、シスター、失礼するよ」
丁度この時、カイやレクスを始めたいつもの仲間達が部屋へと入る。
「レクス、みんな…」
「あっ、ウィルくんもいたんだね。丁度良いや」

これがただのお話でないことに気付くウィルフレッド。レクス達の後ろには、さらにロバルト、アイーダ、メアリーにルヴィア、そしてシスティまでついているのだから。

「…ということで、ウィルくんの勇者としての身分は正式に認められたわ」
ラナが会議での議論内容をウィルフレッド達に伝えた。ウィルフレッドは異邦人と言う異例だったため、この会議まではまだ正式に勇者認定されておらず、エリネも正式に王家に戻ることが決まっていなかったため、先ほどの会議をはずしていた。

ルヴィアがラナに続いて説明する。
「ですので、もしエリーがエステラ王家に戻ると決めたとしたら、ウィル殿は巫女の勇者として正式にわが国に受け入れられることになります」

メアリーがいつもと変わらない優しい声でエリネに尋ねた。
「エリーが王家に戻るのであれば、明日で会議が再開した際、そのことを他の国に伝える予定です。…どうですか、エリー?」

「エリー様…」
「エリー…」
システィやカイが心配そうにエリネを見た。けれどエリネはウィルフレッドと目を合わせては、少し申し訳なさそうに笑った。
「エリーちゃん…?」
困惑しているアイシャ達に、ウィルフレッドの手を握っては、エリネが答えた。

「そのことについてですが、私とウィルさんは今日までずっと話し合ってました」
彼女に続くウィルフレッド。
「例え今は十全でなくとも、俺の力は他の人達と比べてやはりずば抜けている。こんな俺が形式的にどこの国の一員になっては、多分どう転がってもトラブルの元にしかならないでしょう」
ミーナが軽く同意するように頷く。

「だから俺は、これから旅に出ようと思います」
「旅?」
ミーナに頷くウィルフレッド。
「ゾルドとの戦いで一時的とはいえ、俺の世界地球はこの世界と繋がっていました。それによってここハルフェンがどんな影響を受けたのか確認する必要があるし、メルセゲルや変異体ミュータンテスみたいな、まだ見つかってない俺の世界の危険な物がどこかに落ちていたら、それを回収して処理必要するもあるから」

「なるほど。確かにその件については気になるな。こちらでも協力体制を立てて同時に捜索を進めたほうが良さそうだ」
ミーナに賛同するように頷くロバルト、メアリーとラナ。
「だがその場合、エリーの方はどうするつもりだ?」

「もちろん私は、ウィルさんと離れることなんて絶対にありえません」
「…ということは…」
困惑しているアイーダ達に、ウィルフレッドとエリネは互いの決意を確かめるように顔を向かい合わせ、そして答えた。

「私はウィルさんと一緒に旅に出ようと決めてます。こっそりと」
「えっ」
システィやレクス達が困惑の声をあげる。申し訳なさそうに口を手で隠すウィルフレッドの腕にギュッと抱きつくエリネ。
「私達、駆け落ちすることにしました」

「………へ」
システィが顎が外れそうな変顔になり、部屋が暫く沈黙に支配される。
「「「えっ、ええぇ~~~~~っ!?」」」

「なっ、ななななななりませんなりませんっ!よりによってこのロリコン野郎と駆け落ちだなんてっ!エリー様の名声に傷がつきますよっ!」
ロリコン呼ばわりされて大変申し訳なさそうなウィルフレッドをよそに、エリネは苦笑しながらシスティに詫びた。
「ごめんなさい、システィさん。シスターにも話してたけど、そういうリスクも含めてウィルさんと二人で全部受け止めて、ずっと一緒で生きることを決めたのですから」

「そ、そんな…メアリー様っ!ルヴィア様っ!お二人様もエリー様を―――」
だがメアリーとアイーダの興奮な声がシスティの抗議を遮った。
「まあまあまあっ、アイーダ様、お聞きになりましたかっ?」
「ええ、ええ、聞こえましたよメアリー様っ、巫女様が駆け落ちですって!まさかこの年になって恋愛小説の話がこの目で見られるだなんてっ!長生きはするものですね…っ」
「メ、メアリー様…っ?」

(メアリー様、アイーダ様…凄く親近感が沸きます…っ)
(気持ちは分かるけど落ち着いてアイ…っ)

メアリー達に続いてロバルトもまた愉快そうに笑う。
「はははははっ、星の巫女様は実に自由奔放だな。愛の体現たるスティーナ様の巫女らしい決定だ」
「ロバルト様まで…っ」

涙目なシスティをなだめるように彼女に手を置くルヴィア。
「もう観念なさいシスティ、あるじの願いを叶えてあげるのも、騎士の本懐の一つですから」
「ルヴィア様…っ」

目の前に屈むルヴィアに、エリネはお詫びするように俯いた。
「ごめんなさい、ルヴィア様。この決定で一番ご迷惑をかけるのはルヴィア様なのは承知してますのに…」
「いいのですよエリー。言ったでしょう、私は貴女には幸せになってほしいって。それに、本来なら私が王位を継ぐはずなのに、途中でしゃしゃり出てきた小娘にその権利を奪われるのはしゃくですしね」

ルヴィアは優しい笑顔でコツンとエリネの頭を叩き、彼女は少し照れながら微笑んだ。
「ルヴィア様…ありがとうございます…」

「エリー様ぁ…」
まだ涙が止まらないシスティに、エリネは苦笑しながらその手を握る。
「ごめんなさいシスティさん。これでお別れですけど、いつか貴女にも貴女なりの幸せを見つけることを祈りますよ。だってシスティさん、私の大事なお友達ですから」
「うぐ…エリー様ああぁぁぁ~~~どうかお達者でええぇぇ~~~っ!」
「キュキュキュッ!?」
ぼろ泣きしながら抱きついてくるシスティを少し照れながら抱き返すエリネ。

ラナはレクスとミーナと目を会わせ、互いが同意するように頷いた。
「どうやらこれで決まりね。となれば善は急げ、よ」


******


日が暮れ、優しい月明かりが照らす離宮の裏口で、イリスを含めたレクス達六人は、新しい門出を迎えようとするウィルフレッドとエリネの仕度の手伝いをしていた。
「これで良し…と、うん、これで荷物は全部馬に載せたよ兄貴」
レクスと一緒に作業していたカイがパンパンと馬上の荷物を叩く。
「ありがとう、カイ、レクス、最後まで良くしてもらって…」

「いいんだよ兄貴、大事な妹と大好きな兄貴が旅に出るんだから、これぐらいしといて当たり前さ」
「それにこれが最後ってことでもないよ。だってウィルくん、僕とラナ様との結婚式にはちゃんと来てくれるでしょ?」
「ああ、その時は必ず会いに行くよ」

友人達と再会の約束をすることに感慨を覚えるウィルフレッドは、傍で自分の荷物の再確認を終えたエリネに声をかける。
「エリー、準備できたか?」
「うん、大丈夫ですよウィルさん」
「キュ~ッ」

最後の確認をすると、ウィルフレッドとエリネはイリスを始めとした、今まで支えてくれた仲間達の前に立つ。
「シスター…この世界に来てから最初に出会った貴女とカイ達のお陰で、俺はとても幸せな思い出をもらうことができました。このご恩は絶対に忘れません」
「いいのですよ。それに貴方の幸せな思い出作りはまだまだ続くのですから。エリーのこと、今度こそよろしくお願いしますね、ウィルさん」
照れ笑いするウィルフレッドとエリネ。

「エリー、兄貴のことよろしくな。二人でちゃんと幸せになれよ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん。お兄ちゃんもアイシャさんと幸せにね。王宮に入ったらドジって周りの人に迷惑をかけないよーにっ」
「ちぇっ、最後まで口の減らない妹だよまったく」
兄妹らしく互いに笑う二人。

「ウィルくんどうぞ。私からの餞別ですよ」
アイシャが、ルーネウス王家の月の紋章を象った小さなエンブレムを手渡した。
「これは…?」
「これは騎士がルーネウス王国において極めて誉れ高い功勲をあげた際に特別授与される証です。今まではこれを含めて三枚しか鋳造されてない希少品で、ルーネウス国内であれば殆どの場所を自由に行き渡りできますし、有事の際はこれを見せれば大抵は最大限融通してもらえますよ」

「い、いいのか?そんな貴重なものを…」
「いいのですよ。ウィルくんはそれだけのことを私達にしてくれましたし、これからハネムーンを過ごすお二人さんには寧ろ物足りないぐらいです」
真っ赤になるエリネがすかさず反撃する。
「そういうアイシャさんこそ、お兄ちゃんと式をあげる際はこっそりと祝いにいきまからね」

思わず反撃をくらうアイシャもまた赤面する。
「うっ、エリーちゃん、やっぱり成長してますね…」
「当然ですよ。まだまだ成長期ですから、私」
少し得意げに胸を張るエリネがアイシャと一緒に笑うと、今度はミーナがエステラ王家の星と蔦の紋章を象ったエンブレムを彼女に渡した。

「こっちは先ほどの奴のエステラ版だ。メアリーからこれを渡すよう託されてな。なんでも、生前はおぬしの父ロイドが持っていたものだそうだ」
「お父さんが…?」
エンブレムを受け取ったエリネは、細部まで確認するように指で細かくそれに触っていく。

「幸せにおなり、ロイドとマリアーナもきっとそう願ってるから、とメアリーの伝言付きだ。我もそう思っておる、二人の行く道に、幸多からんことをトゥイ・ディ・ロデナ・ハリフィーナ・エデ
ミーナが贈る精霊の祝福とともに、エリネはエンブレムを強く握りしめては、一筋の涙が笑顔に流れた。

「ミーナ、俺の体も含め、君の知識は本当に助かってもらってる。本当にありがとう」
その言葉に苦笑するミーナ。
「おぬしの体の治療に関しては実際殆ど役に立っていないがな。寧ろこっちが勉強になったぐらいだ。…おぬしの体はもう問題ないと思うが、エリーには我との連絡方法を伝えておる。必要があればいつでも呼ぶが良い。もし再び道が交えたときは、今度こそおぬしの世界の話をじっくりと教えてもらうぞ」
「ああ、喜んで」

ミーナと握手を交わすと、レクスと並ぶラナからヘリティア皇家の太陽と剣の紋章を象ったエンブレムがウィルフレッドに渡された。
「説明はもういらないわね。これは私からの餞別よ。でもさよならは言わないわ。必ず、とは言わないけど、結婚式の時にまた会えることを楽しみにしてるわ」
「必ずさ。…ありがとう、ラナ、君には色んなことを貰ってばかりだ…。不甲斐ない自分を叱ってくれて、信念をしっかり持つことも思い出させてくれて…」

「そう思うのなら、これからはそれをエリーちゃんとの生活に活用しなさい。でないとまた私の拳が飛んで行くからね」
「そうだな、注意するよ。レクスみたいになるのは困るからな」
「ちょっとウィルくん。僕ちゃんと聞こえてますからね?」
ウィルフレッドがエリネ達と一緒に小さく笑い出す。

「レクス、君の気遣いにはとても感謝している。ラナとどうかお幸せに」
「ははは、僕は全然そんなつもりないけどねえ。ウィルくんの方こそ、エリーちゃんと幸せになってね」
「ありがとう。ランブレやドーネ、ボルガ達にも代わりに挨拶してくれ」
「うん、任せてよ。エリーちゃんも元気でね。またいつかブラン村にいた頃みたいに君の料理をお願いするよ」
「うん、その時は思いきって腕を振るいますよっ」

一通り挨拶を済ませ、ウィルフレッドは軽々と馬へ跨ると手を伸ばし、エリネとルルを自分の前に乗せた。少し泣きそうな気持ちを抑えながら、エリネがいつもの元気な声で別れを告げる。
「ラナさん、レクスさん。いままでどうもありがとう…っ。アイシャさん、ミーナ様、どうかお元気でっ。お兄ちゃん、シスター、みんな、いつかまた…っ!」

「ええ、気をつけて行ってらっしゃい」
「二人とも喧嘩しないでねーっ、してもちゃんと仲直りするんだよーっ」
「ウィルくん、エリーちゃん、どうか幸せに…っ」
「二人で思う存分楽しんでいってくれ」
「元気でなっ、兄貴、エリーっ!」
「夜道には気をつけるのですよっ」

「行こう、エリー」
「うんっ」
馬を軽く歩かせ、見送るラナ達に手を振り続けながら、二人は裏口の外にある林の中へと離れていった。

――――――

(―――行って、しまわれたか…)
離宮の廊下にある窓から、システィは離れていくエリネとウィルフレッドを見送った。人があまり集まっては誰かに気付かれるのを危惧して、先に別れを済ませて裏口には行かなかった。それでもせめてあと一目と、こっそりとそこから彼女達を覗いていた。

システィは軽く溜息をする。さっきはああ言ったが、ウィルフレッドの力は認めてはいるし、ネイフェの加護を受けた彼ならきっとエリネを守り抜くだろうと信じると同時に、自分の主であるマリアーナの遺児に仕えるという目標も失って、彼女は多少物寂しさを感じていた。
(私は…これからどうしたら…)

「ん?システィ殿ですか」
「あっ、ルドヴィグ様…っ!」
向かい側から歩いてくるルドヴィグに驚いては慌てふためくシスティに、ルドヴィグが小さく笑う。

「大丈夫。エリーさんのことはアイとカイから話しを聞いてますので」
「そ、そうですか…」
胸を撫で下ろすシスティの傍にルドヴィグが肩を並んで窓の外を見つめる。
「心配ですか?エリーさんのこと」

「…いえ、ウィル殿の腕は確かですし、彼ならエリー様を幸せにしてくれるとは思います…ただ…」
どこか寂しそうに唇を噛み締めるシスティを見つめるルドヴィグ。

「…俺はルーネウスの支援代表として、エステラ王国内での教団の残党掃討活動に参加することになった」
「え」
「例のザレという奴はあのまま行方不明になってますし、もし再び彼と対峙したら、貴女がいれば心強い。ですからそちらに参上する際は、貴女と一緒に行動するようルヴィア様に打診するつもりだ」
「えっ、えっ!?」

状況を理解できないシスティの目がぐるぐると回る。体は謂われのない理由で真っ赤になり、胸がいままで感じたことのない気持ちが煮えたぎっているかのようにざわめく。
「で、でもっ、私のような間抜け騎士じゃ、寧ろルドヴィグの足を引張るだけでは…っ!」
「俺と組むのは嫌ということかい?」
「そんなことないですっ!ただ…っ」

口ごもりながら俯くシスティ。
「…どうしてですか…っ、ルドヴィグ様はどうして、そんなに私のことを…っ」
ルドヴィグは迷いもせずに即答した。
「一介の騎士として貴女の力になりたい。その理由だけではダメかい?」

誠実で真っ直ぐな彼の目が、システィの心を射抜けた。胸焼けするほどの初めての気持ちに燻られながら、彼女はゆっくりと答えた。
「…ダメでは、ないです」

ルドヴィグはいつもの爽やかな笑顔とはまた違った、喜びに満ちた顔を見せた。

――――――

「いっちゃったね…」
ウィルフレッドとエリネを見送ったレクス達は、見えなくなっても暫く二人が離れた方向を見つめていた。
「ウィルくんとエリーちゃん、大丈夫かしら…」
「大丈夫だよアイシャ。なんてたって兄貴は天下無敵の星の勇者だぜ?エリーも俺以上にしっかりしてるし、きっとうまくいくさ。なっ、シスター」
「ええ。私もそう思ってるわ」

「うむ。それよりも明日のことを心配した方がいいな。星の巫女と異邦人の勇者がいなくなったと知ったら、各国の大臣や諸侯達は大騒ぎ間違い無しからな」
「騒がせば良いのよ。行政的に二人がいなくなっても特に問題はないし、ロバルト様達もフォローしてくれるから」
「あはは、ラナ様の言うとおりだね。…それじゃ行こうか、僕達もまだまだ旅はこれから、だからねっ」

頷くラナ達は談笑しながら離宮へと戻っていく。彼女達の声と表情は、これから迎える未来を示すかのよう、活気と希望に満ち溢れていた。



【第二十章 終わり エピローグへ続く】

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