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第十九章 狂神生誕

狂神生誕 第四節

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「ぐぅ…っ、大丈夫ですかアラン殿、クラリス殿っ」
教団兵と魔物に囲まれているマティは、背中合わせでともに立つアランとクラリス達に声をかける。
「勿論、まだまだいけますよ…っ」
「これぐらい、なんともっ、ないです…っ」
毅然とした顔で答える二人だが、傷だらけの鎧と体に、ぜぇぜぇと上がる息までは誤魔化せない。

教団が帝都を急襲してからいまに至って不眠不休で敵と戦い、民を守り続ける三国の人々の大半は疲労の限界に達していた。それでも彼らは諦めない。先ほどの三女神の神器の輝きが灯した希望の火は、いまだに彼らの心を燻り、己の信念を支えてくれているからだ。マティは覚悟を決める。

「アラン殿、クラリス殿。貴方がたと出会ったことは私の一生の誇りですよ」
二人もまた不敵な笑みを浮かべた。
「こちらこそ、騎士の生涯の中で貴方は間違いなく友と呼べる方ですっ」
「行きましょうマティ殿、お父様、最後までっ!」

互いに決意を確認し、三人は自分達にしかけようとする教団兵に向けて一斉に切りかかる。
「「「おおお…っ!」」」


―――大きな鼓動音が、戦場を揺らした。

「な…っ」
マティ達が、教団兵と魔物達を含めた戦場全ての命が動きを止める。

―――鼓動音が再び鳴り響き、人々に伝わる。人々の魂を直接揺さぶる強烈な感覚とともに。

「ルヴィア様っ」
「ジュリアス様、あれは…っ」
傷ついたジュリアスを担ぐルヴィアが、全ての人達と同じように見る。
赤い脈動とともに大きく鳴り響く邪神の揺りかごへと。

「ルドヴィグ様…!」
「ドームが…っ」
システィとルドヴィグだけではなく、ザレもまた大きく目を見開いた。
(崩れていく…)

まるで卵が割れるかのように、暗黒のドームに白い亀裂がピシピシと走り、崩れた欠片が天へと登って消え去っていく。その進行はとても静かで、穏やかに感じるほどだった。戦場が不気味なほどの静寂に包まれる。みな何か神聖な行事を見届けているかのように。

「マティ殿、あれはいったい…」
「アラン殿…分かりません…レクス様たちが、やったの、でしょうか…」
「ラナ、様…っ」


******


朦朧としていた意識が戻り、レクスが目を開くと、すぐ傍にカイとミーナが倒れているのに気付いた。
「う、うぅ…カ、カイくん、ミーナ殿…無事、かい…?」
「……ぐっ、うっ…。な、なんとか…」
「我も、一応…だ…」

ゆっくりと立ち上がる三人はそれぞれの頭を抑えると、周りの状況を確認した。空を覆う暗黒のドームは既に消えたが、血のような赤色を帯びた暗雲は依然として頭上にいた。意識をより明晰にするようカイが軽く頭を叩く。
「くそっ、一体どうなって―――」
「あぁ…っ!」
レクスの声とともにカイとミーナは前方を見た。

「おっ、おおぉぉぉ…っ!」
邪神剣を手にしているザナエルが跪きながら両手を大きく広げ、仰いでいた。彼の目の前に聳え立つものに向けて。
「ゾ、ゾルド様ぁ…っ!」

それを見た途端、レクスが、カイが、ミーナが体を大きく震わせた。光を通さない闇が成す大きな人の形。禍々しくも美しく感じられる赤い模様が全身を走り、顔に相当する部分で踊る悪魔のシンボルを描いている、黒の塊。人の倍の高さもあるそれは人の形をしながらも、どこか超然とした偉容を放つ存在だった。

「あ、あれが、ゾルド、なのかい…」
レクスは意外だった。伝承で語り継がれてきた邪神なだけにおぞましい姿を想像してはいたが、彼らの目の前にあるあれは思ったよりも繊細なフォルムをしていて…、そう、どことなくを彷彿とさせる美しさを持っていた。

帝都に向かって飛翔していたウィルフレッドにネイフェの声が響く。
『! ウィルっ』
「ネイフェっ、これはまさか…っ」
マナを感じられるようになった彼もすぐに分かった、帝都の方向で起こっている異変を。

『どうか急いでくださいっ』
二言も言わずに、ウィルフレッドは更にスピードを上げる。音速の衝撃が大気を激しく揺らした。

「ゾルド様っ!おお、おおっ、ようやくお目覚めになられた我ら罪人の守護神よっ!千年前と変わらぬその御姿をまた拝められて、このザナエル、感激の至りにございますぞ…っ!」

神弓を握るカイの手が震える。
「ラ、ラナ、様…エリー…っ、アイシャ…っ!」
さきほどゾルドに飲み込まれたアイシャ達の光景がフラッシュバックし、ギリリと血が滲むほど唇を噛みしめては飛び出す。
「くそおおぉぉっーーー!!!」

「待てカイっ!」
ミーナが慌ててカイの腰を抱いて彼を止める。
「離せよミーナっ!あいつを…っ!ゾルドをぶっ倒さなきゃ…っ!」
「落ち着けっ!何か様子がおかしいっ」
「え…っ」

その異変に最初に気付いたのは他でもないザナエルだった。
「ゾ、ゾルド様?」
彼の目の前に立つそれは間違いなく千年前に見たゾルドそのままだ。けど、どこか雰囲気が違う。それが何なのかは分からないが、口には言えない違和感をザナエルはこのゾルドから感じられた。

「いかがなさいましたゾルドさ―――」
ただそこに在るゾルドが、動いた。その繊細で流麗な両手をゆらりと広げるようにあげ―――




「ぬおおぉぉぉっ!?」
「「「うわああぁぁぁぁーーーー!」」」

ザナエルが苦悶する。レクスも、カイやミーナも、帝都の近くにいるすべての人々が頭を押さえては悶え、魔物や魔獣モンスターでさえものたうち回る。声が、いや、、彼らの脳を、魂を苛んでいるのだ。

「なっ、なんなんだよこれは…っ!?」
カイが苦しそうに跪く。
「頭が…っ、胸が…裂けそうで…っ!レクス様っ!?」
「うぐぅっ…!ミ、ミーナ殿っ、これって…!」
「ああ…っ、これは、ウィルの記憶で見た…っ」

継ぎ接ぎの体がガクガクと震えるザナエル。
「ぐああぁぁ…っ、ゾ、ゾルド様ぁ…っ、いったい、なにをっ?」

意識の絶叫を放つゾルドの胸が輝いた。極彩色の光を放ちながら、この世ならざるアスティル・クリスタル、メルセゲルが浮かび上がる。この世界のことわりを歪めるメルセゲルは今、ゾルドと互いに受容しあっているのだ。
「おっ、おおぉ…っ!」

ゾルドが再び認識の叫びをあげ、一筋の光がメルセゲルから天へと放たれていく。低くも歪な音が帝都全体にこだまする。

「あぁっ!ルドヴィグ様!」
「あ、あれは…っ!」
跪いて苦しんでいたシスティ、ルドヴィグ、そしてザレを含めたすべての命が天を仰いだ。

暗雲に覆われた空が、帝都を中心として大きく歪めていく。その中で無数の光景が蜃気楼のようにゆらゆらと重なっていく。ジュリアスとルヴィアが目を見開く。
「なんだあれは…っ」
「ま、町…っ?」

それは、同じ夜の中でもまるで白昼のように明るい、無数の摩天楼が織りなす地球のメガロシティの光景だった。

――――――

地面を走っていたビーグルが玉突きで衝突し、店主が慌てて逃げだした中古生体部品の店へと突っ込んでは爆発する。シティを彩るネオンの光彩が、摩天楼を灯す明かりがチカチカと明滅する。これぐらいの異変で普通なら誰も無視して生活を続く地球の人々でも、いまは誰もが足を止めて空を見上げた。

それは一つのシティだけではない、地球中のメガロシティで同じようなことが起こっていた。シティ全体の電力異常と、がたがたと窓ガラスを揺らす地鳴りとともに、遥か上空の空間が雷を鳴らしながら歪み、見たこともない光景が映りだされている。

「イーサン、なんなのあれっ?」
「わ、分からない…。ホログラムじゃないよな?」
ガチーナシティの貧民街の自宅にいたイーサン一家は、その地区にいる他の人たちのように窓から外の異変を確認していた。彼らがなだめるように懐に抱いているユリアンは見た。歪んだ空で映りだされる景色の中央にある、黒き物体が放つ極彩色の光を。

――――――

「あっ、あれっ、兄貴の世界じゃねえか…っ!」
「ああ…っ、ゾルドはいったい何を…っ!」
苦悶するレクス達は見た。ゾルドの胸のメルセゲルが放つ光が再び一段と輝き、歪んだ空へと光の塊が昇っていく。それが世界の境界線に触れると、空が虹色に光った。空から見えない何かが大気を歪みながらゾルドへと収束していき、ゾルドを中心に衝撃が走る。

大地を抉り、大気を切り裂き、皇城を吹き飛ばすほどの衝撃が帝都の外まで奔り、人々が悲鳴をあげては吹き飛ばされる。ミーナ達やザナエルをも。
「「「うああああっーーーー!」」」
「ぬおおぉっ!ゾルド様ぁーーーー!」

ゾルドが狂喜の認識をあげる。上空からその体に収束していくものとともにその体が大きく変形し、ブクブクと泡を立てては爆発的に膨張していった。メルセゲルの輝きがその体の中に埋もれ、まるでこの世界の概念そのものに亀裂を起こすかのような異質の姿へとゾルドが変化していく。

「うああぁあーーーーっ!ルっ、ルドヴィグ様ぁ…っ!」
「システィ殿っ!」
心を引き裂くほどの感覚に苛まれて萎縮するシスティを、同じように苦しむルドヴィグがかばう。ゾルドの認識の叫びが爆風と衝撃の暴威を帯びて広がり、荒れ狂う瓦礫とともに多くの人々と魔獣たちが吹き飛ばされる。認識の揺さぶりに苦しむ魔物や魔獣モンスターが狂乱の叫びをあげては悶え、教団兵と三国の人々が叫び、狂笑いし、泣きじゃくる。

見たこともない光景が、この世界ハルフェンではありえない強烈な感情概念の嵐が洪水のように人々の心をかき乱していく。夢を知らない生活、ただ機械のように生きる虚無の毎日、一生覆ることのない格差に対する憎悪、誰も顧みない孤独がもたらす恐怖に、無価値に命が散る戦争という日常。そんな世界に抗う人々の灯火が尊く儚く光が消えていくさま。ハルフェンの人たちが経験した人生の何十倍もの質量を持った一人の感情が、数億ものの量で押し寄せてくる。

耳を塞いでも徒労だった。直接脳へと、魂へとなだれ込む認識の叫びは、感情の激流は人々を狂気の坩堝へと押し流していく。ある人は口と孔から血を流して恐怖の絶叫をしながら絶命し、ある人は互いの首を絞めて狂い笑いをしながら死んでいく。それらはまるで嵐の中央に生誕した神を讃え、喜ばせるための奏楽だった。

邪神ゾルドだったものが、桁外れの感情の混沌カオスを貪り、無機的とも生体的ともつかないおぞましい冒涜の姿へと変貌した。世界ハルフェンには未来永劫決して存在しないはずの、黒と灰が織りなす外なる異形。皇城にも匹敵する大きさへと成長したその巨躯をゆらりと動かし、長い首をもたげては嗤う。ゲラゲラとも、ワラワラとも似た狂気の認識で。
邪神ゾルドはいま、ゾルド変異体――狂神ゾルドとなったのだ。

「おおぉぉ…ンははは…っ、ンはははははははぁぁーーーーー!」
ボロボロに吹き飛ばされて倒れていたザナエルが体を起こして狂笑し、吹き乱れる感情の嵐を享受するかのように邪神剣を持ったまま両手を大きく広げては賛美した。

「なんと…なんと素晴らしき感情の混沌カオスっ!なんと美しき人のカルマよっ!ギルバート殿っ!そなたの世界こそまさにというものの極致に至った楽園だっ!」

心を深く打たれて震えるザナエルに、狂神ゾルドが長い首を不気味に伸びて顔を彼の前に寄せた。
「おぉっ!わかりますぞゾルド様っ!どうぞ召し上がれっ、我の魂と邪神剣もろとも!我をそなたの一部と化し、ともに心に狂おうぞっ!ンはははあぁーーーー!」

次の瞬間、己の御子、己の血肉だった邪神剣を、ゾルドは丸ごと飲み込んだ。千年前から生き続けたハルフェン最初の罪深き人は、彼を生涯焦がし続けた感情の濁流へとその命を捧げ、この世から去った。

「ザナエル…っ」
それを遠巻きで見ていたレクスは聖剣で体を起こそうとするが、ガクリとまた膝をついてしまう。
「うぐっ!」

「畜生…っ!ミーナぁ!どうすりゃいいんだよこれぇっ!」
カイが離れているミーナに叫ぶ
「ぐうぅ…っ、まっ、まさかゾルドがこうなるとは…っ、これでは――」
突如、何者かがミーナの腕を掴んだ。
「なっ、エリクっ!?」
「ハァ…ハァ…ミーナ殿…っ」

全身に擦り傷を被い、額から血を流すエリクが、懐から琥珀色の宝珠を取り出した。
「これは…知恵の宝珠です…っ。私が、御師から奪った…っ」
「エリク、おぬし…っ」
「貴女は大地の谷で…三位一体トリニティの呪文の半分を、見ていましたねっ。これを手に持って、念じてください…そうすれば…呪文に必要なすべての旋律ピースが、揃います…っ」

「こ…この大たわけものっ!」
怒りに満ちながらも怒りきれない複雑な顔だった。
「あんたはいつもそうやって!勝手に一人でなにかを押し付けて…っ!こっちの都合もお構いなしにっ!」

昔からいつも見せる苦笑を浮かべるエリク。
「本当に…みっともない話です…ですがミーナ殿、いまはまず、ゾルドを…っ、ぐぅ!」
「エリク!?」
苦しそうに倒れていくエリク。体の傷だけじゃない、彼もまた吹き乱れる認識の嵐に苦しんでいるのだ。

「ぐぅ…っ、後でしっかりお仕置きしてやるからなっ!」
苦笑しては気を失ったエリクを一瞥すると、ミーナは宝珠を手に意識を集中した。宝珠が淡く光りだし、ミーナの体を包んでいく。

…文字が頭の中に浮かぶ、それが記憶していた大地の谷の碑文へと自ら絡んでいき、言葉を成す。三位一体トリニティの秘法の呪文が完成され、その最後に何かメッセージにも似た言葉が紡がれていった。
「なっ、なんだと…っ、ゾルドの、ゾルドの正体は…っ」

ゾルドが再び認識の狂笑をあげた。
「「「うああああっ!」」」
体をすくめるほどの狂気にミーナ達が強く頭を抑える。空を覆う暗雲の模様が、冒涜的な外なる形へと変え、ハルフェン全土へと広がっていく。空に浮かぶ地球の姿もまた、だんだんと鮮明になってきている。

――――――

「ぱぱぁ、ままぁ…っ」
「大丈夫よユリアンっ、大丈夫だから…っ」
そういうも、イーサンとヤーナは苦しく息を荒げる。地球側のシティではいまあちこちにビーグルの衝突事故や民衆の暴動により炎上している。ゾルドの狂笑は地球の人々まで狂気に駆り立てていた。狂いに狂った人々はみな、まるで精気を全て吸い取られたかのように次々と倒れていく。

――――――

「あっ!兄貴っ!」
「ウィルくんっ!」
カイとレクス達が喜びの声をあげる、ウィルフレッドが星の騎士の姿でついに帝都へと戻ってきた。

「これは…っ」
着地したウィルフレッドは見上げる。目の前の、今まで見たどの変異体ミュータンテスよりもおぞましい狂神ゾルドを。そして空の上に浮かぶ己の故郷、地球のビジョンを。
「この感じ…メルセゲルは奴の体内にあるのかっ!?それにあれは…地球か!?ぐぅっ…!しかもこの、認識に割り込む感覚は…っ」

『ウィルっ』
「ネイフェっ!」
『今とてもまずい状況です。同じことわりのレイヤーにあるゾルドとアスティル・クリスタルであるメルセゲルが何故か同化していています。しかもメルセゲルの力を主軸にして両世界の境界がことわりレベルで曖昧化され、無理やりこじ開けてられています。ハルフェンのことわり貴方の世界地球の人々を冒して、ゾルドによって感情の混沌を吸い上げられて…このままでは境界が崩れてなにか起こるかわかりません』

ウィルフレッドの心が痛む。自分とギルバートのせいで、今やこの世界だけでなく地球まで害を及ぼしていることに。
「…っ、エリー達はっ!?エリーは無事なのかっ!?」
『わかりません。一応ゾルドの中から巫女たちの存在はまだ感じられていますが…』
「…っ!」
ゾルドに飛びかかろうとするウィルフレッド。

『待ってくださいウィルっ、今のゾルドは貴方一人では太刀打ちできませんっ。感じるのでしょうっ?同じアスティル・クリスタルを持っても、ゾルドの力と合わさったメルセゲルの出力の方が貴方を遥かに上回ってます』
「ならどうすればいいっ?どうすればエリー達を助けられるっ?」
『まずは今のゾルドの力の源となる地球への経路パスを絶つのが先決です。レクス、カイ、ミーナ、聞こえますか?』

「「ネイフェ様っ」」
耳元に響く声に応えるレクスとカイ達。
「聞こえるぞっ、ネイフェ殿…っ」
『ミーナ、三位一体トリニティの呪文はもう手に入れましたね』
「ああっ、問題ない…っ!」

『みなさま、ミーナの指示に従って三位一体トリニティの陣を構築してください。メルセゲルと合一しても、ゾルドはゾルドです。三位一体トリニティの陣でゾルドの力を抑え、そしてウィル、貴方の力であの境界線をこじ開けているメルセゲルのアスティルエネルギーを抑えてください』
強く拳を握るウィルフレッド。
「ああ…分かった!」

―――――――

「マ、マティ殿…っ!あああぁぁっ…!」
「ぐうぅっ…、しっかりしてくださいクラリス殿…っ!」
「うぐあぁ…っ!あっ、頭が…っ、頭が…っ」
狂気の嵐に吹かれて苦悶しながら互いの手を強く握るクラリスとマティ、そして二人をかばうアラン。

「…っ!アラン殿、クラリス殿っ!あれをっ!」
痛みに耐えながら二人は歪みの中心を見た。金、銀、青の三色の光が天へと立ち昇っていくのを。

―――――――

「うおおぉぉ…っ!」
レクスが掲げる聖剣ヘリオスの黄金の光。

「くそぉ…っ!」
カイが必死に構える神弓フェリアの銀の輝き。

「ぐぅぅっ…!」
そして、ネイフェのオーラと混ざり合う、ウィルフレッドのアスティル・クリスタルの青き明かり。神器が荒れ狂う嵐を防ぎ、三人はそれぞれ三角の点に立つようにゾルドを囲んだ。その三角の真下、ゾルドの真正面でミーナが叫ぶ。

「おぬしらっ!用意できたなっ!」
ネイフェを通してミーナの声が全員に届く。
「いけるよミーナ殿っ!」
「ああっ!いつでもやれるぜミーナっ!」
「ミーナ…っ、やってくれっ!」

ミーナが頷き、元ある宝石を知恵の宝珠に換えた杖を掲げては、狂い嗤うゾルドに向けて呪文を唱えた。
スティーナよ!ルミアナよ!太陽エテルネよ!」
クリスタルと神器が輝き、ウィルフレッド達から光の柱が昇る。ゾルドは微動だにせずただ狂喜を撒き続けていた。

「天地万物に慈愛をもたらす女神達よ!その偉大なる名の下、我らを声とし、激情の坩堝に苛む母なる大地に、安寧もたらす鎮魂歌レクイエムを謡わん!」
三つの点から光が走り、三位一体トリニティの正三角が大地に刻まれていく。ゾルドの全身から放たれる狂気の嵐がわずかに揺れたのをレクスが確認した。
「おおっ、効いてるっ!?」

『ウィルっ』
「ルアァァァーーーーッ!」
ネイフェの呼びかけでウィルフレッドは雄叫びをあげ、両手をゾルドに向けて構えてはアスティル・クリスタルが大きく輝き出すっ。青の電光がバチバチとゾルドの周りを走り、ゾルドと両世界の境界線を結ぶ混沌の流れがさらにぐにゃりと歪んでは、空のシティの光景が明滅するっ。

「いける…いけるよ兄貴っ!」
「ぬっ、ぬうおおぉぉ…っ!」
全身にエネルギーラインを走らせながら、ウィルフレッドはアスティル・クリスタルの力を更に高めていくっ。ゾルドは唸りにも似た認識の声をあげ、異形の体を軽く揺らした。

「「「うああぁぁぁっ!?」」」
「みんなっ!」
レクスが、カイとミーナが思わず跪く。ゾルドから吹かれる嵐が更に勢いを増し、極彩色の電光が周りに撃たれる。三人を守る聖剣、弓と杖がまるで暴風にさらされた帆のようにビリビリと震える。

「うぐぅ…どーなんてんだよミーナっ!?三位一体トリニティの陣でゾルドの力は抑えられてるんじゃなかったのかっ!?」
「うぅ…っ!ちっ、力が足りないのだっ!マナの方は三位一体トリニティで押さえられても、はウィルの力だけが効いて、我らではあれに拮抗できるほどの力を持っていないっ!」

ミーナの言うように、いま地面に描かれていた三位一体トリニティの陣は、ウィルフレッドの光の柱だけが眩しく輝いていて、他の人たちと陣自体は消滅しかかるかのように明滅していた。

「ネイフェ…っ!」
『ミーナの言う通りですウィルっ。ゾルドのアスティルエネルギーが他の人たちの陣の力を削いでいて…っ、貴方の力だけではメルセゲルを抑えるには至らず…っ』

「うあっ!」
「カイっ!」
のしかかる重圧にカイが片手をついてしまう。

「うぅ…!」「くぅっ!」
「レクス!ミーナ!」
レクスとミーナも次々と押し寄せるゾルドの狂喜の嵐に抑えられていく。彼らを守る神器の輝きはいまやまさに風前の灯のように、弱弱しい光しか出せなくていた。

ピシィッ

「あっ!」
カイが瞠目する。重圧に耐えきれず、神弓フェリアに亀裂が走ったのだ。神環ヴィータが砕かれた光景を思い出し、戦慄がカイの体を支配する。

「だめだ…だめだフェリア!ここであんたが砕いたらっ…ラナ様やエリーをっ、アイシャを助けることが出来なくなってしまう!耐えてくれっ!」
カイは絶望的に叫んだ。フェリアは悲痛な悲鳴めいた音を発し、亀裂は段々と広がっていくばかり。

「ううぅっ!ラナ様…っ!さすがにっ、限界、かな…っ!」
同じく砕けようとするヘリオスで必死に暴風を防ぐレクス。

「ぐぅ…っ、これ以上は、もたん…っ」
失くしそうな意識を辛うじて保つミーナ。
ゾルドがワラワラと狂喜的に嗤う。両世界の人々もまた次々と、狂気の賛美にも似た悲鳴をあげては絶命していく。

「ネイフェっ!」
『…っ、これではもう、手は…っ』
「うぅ、おおお…っ!」
ウィルフレッドは出力を上げ、単身でゾルドに切りかかろうとした。しかしゾルドが認識の叫びをあげ、極彩色の電光が空からウィルフレッドへと打たれては、彼の体が重く沈んでしまう。

「ぐああぁっ!」
『ウィルっ!』
ゾルドから放たれるメルセゲルのアスティルエネルギーは、ネイフェの言ったようにそれを取り込んだゾルド自身の力と相まってウィルフレッドのクリスタルの出力をはるかに上回っていた。

「うおぉ…エリー…っ!」
もはや立てられそうにないカイ達を見て、せせら笑うゾルドを見上げるウィルフレッド。その中にいるであろう愛するエリネを思い、彼は俯いて祈った。これまでになく切実に、真摯に。

(お願いだ…っ!この世界で祈りに本当に力があるのなら…っ、本当に神のいるこの世界ならっ!どうか助けてくれっ!レクス達のっ、エリーの未来を俺たちのせいで断たせないでくれっ!頼む…っ、エリー達を…っ)
彼は叫んだ。全身全霊で。

「エリーを助けてくれーーーっ!」

だが、この世界の女神達は応えることができなかった―――



応えたのは、ウィルフレッドの胸のアスティル・クリスタルだった。

「えっ?」
ウィルフレッドの蒼の輝きを湛えたアスティル・クリスタルから、篝火のような小さな三つの光が灯されて飛び出た。そして飛翔する。今にでも倒れそうなカイ、レクス、そしてミーナの元へと。

「へっ!?な、なんだっ?」
「ちょっ、これって」
「まさかっ!」

三人が状況を把握するよりも早く、三色の篝火の輝きが超新星のように爆発的に膨らみ、レクス達を包み込む。カイを包む翠色の輝きが、レクスを包む茶色の輝きが、そしてミーナを包む黄色の輝きが――――

それぞれのを中心にアオトのっ、キースのっ、そしてサラのアルマの姿へと化し、レクス、カイにミーナと重なった!



【続く】



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Hinaki
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16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

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