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第十九章 狂神生誕
狂神生誕 第三節
しおりを挟む―――誰かがわらわを呼んでいる。
わらわ…わらわは誰だ?思い出せない…。己の顔も、名前も、何のために存在しているのさえも。
けど、同じ源を分けたものがいた気がする。美しいものを知らなかった我らは、自らが生み出した世界からさらに生まれるものに魅了された。それにもっと近づけるよう、我らはその中でも強かで、同じく命を生み出すものの形を取り、女性の姿をとることにした。
最初に形どったわらわを、他の者達は姉と呼んだ。けど妹たちは、わらわよりも先に、我らを魅了した美しい心からお気に入りを見つけて、その守護神となっていった。
わらわも欲しかった、守護すべき美しいものを。わらわは着目した。いまだ妹達が触れてない、孤独で哀れな美しいもの達を。
ああ、ああ、なんと儚くも美しきかな。かのようなものが亡くなって誰も偲ばないのはなんとも寂しいことか。ゆえにわらわは抱く、そのものたちの死後の魂を。平等なる死に抱かれた彼らを業から解放し、穏やかな永眠で安寧を見つけるために。
(((―――様)))
また、祈りの声が聞こえる。
(((――■様、どうか――)))
…けど、どこか違う。
(((どうか我らを許したまえ、――■■様)))
ああ、そうだ…あの男の声だ…。あの男は、我に美しいもののより激しい一面を見せ付けてきた。
(((どうか見てくだされ、罪人らと人々の業が織り成す、美しき感情の混沌を!)))
ああっ、なんとも激しい感情、なんとも強烈な業の絡み合いか。それは感情を知らなかった我らを魅了した美しいものの、まさにその全てが交じり合う激流。わらわは受け入れた、その男の祈りを、彼が称える■■■と言う名とともに。
…■■■?いいえ、違う、わらわはその名で呼ばれたのではなかった。わらわは…わらわは…なんと呼ばれていた?
(((――■■■様っ、貴方は■■■様っ、我らが許されざる罪人の救いの神っ)))
ああっ、名前、名前っ、わらわは忘れてはならぬ、わらわの最初の名前を。けどあの男の祈りはあまりにも苛烈、彼が見せる光景はあまりにも強烈、まだ生きる彼らのそれはあまりにも――美しい、激しい…っ、それを拒むことを誰ができようかっ。
だが、それを抱くほど、それを見続けるほど、わらわはわらわでなくなっていく、名前が塗り替えられていく…っ
ああ、わらわの名は…わらわの名は……――
――? なんだ、この光は………っ
――――――ああ、なんと、なんと…っ
こ……かいに属…ない…せいじゃ……
……………―――――
******
邪神の揺りかごの中心部、いまにも殻を突き破りそうな邪神の卵が座す祭壇の前で、邪神竜ザナエルはレクス、カイ、そしてミーナと熾烈な戦いを繰り広げていた。
「おらああぁっ!」
カイが月の神弓フェリアを構え、光の矢がザナエルめがけ同時に放たれる。
「ウルオアアァァッ!」
だが矢はザナエルの本体に届かず、死霊が成す右首によって阻まれる。
「ンははははぁっ!」
ザナエルが邪神剣を振るい、暗き瘴気の雷を纏う剣の衝撃波がほとばしる。
「――月極壁!」
ミーナが間一髪でカイの前に立っては結界を張るが、強烈な衝撃がミーナとカイもろとも吹き飛ばす。
「「うあぁっ!」」
ザナエルがミーナ達を攻撃する隙を狙い、レクスが側方から邪神竜の左首を狙う。
「ウルオォォォッ!」
首から放たれる蒼白の炎を、強化した身体能力を頼りに疾走して潜りぬけては跳躍する。その体を焼こうとする死霊の瘴気を神器の輝きが守り、レクスの鋭い一撃が太陽の輝きとともに首元に切りつけられる。
「たぁっ!」
「ギャアアァァッ!」
切り裂き痕を聖剣ヘリオスの黄金の輝きが焼き、死霊の苦悶の声があがる。だが決定打には至っていない。
「無駄だっ!――――爆闇砕!」
「ひええっ!」
ザナエルの魔法の爆撃が次々と大地に穴を開けながら瓦礫を巻き上げ、レクスは必死にそれを避けながら距離を取る。
「どうした女神の戦士たちよっ!このままモタモタしておられる余裕もあるまいっ!早く我の腐った魂を焼き尽くさなければ、ゾルド様はすぐにでも復活するぞっ!」
ザナエルが邪神剣を掲げ、呪文を唱える。
「腐敗の川より這い出る骸らよ、その臓腑を食い荒らす蛆もろとも、血より赤き深紅の炎にその肉体を捧げよっ!――紅涙蝕っ!」
真紅の霧がさながら鮮血の花が咲いたかのように、ザナエルの手からその致命的な花びらを咲かす。霧は地面を真っ赤に染めて溶かしてはカイ達に襲い掛かる。
「ぬおおっ!」
ミーナが月極壁をかけ、カイとレクスもそれぞれ神器を構えて簡易結界を張ってこれを凌ぐ。
「カイ、くん…先生…」
「お兄ちゃん…、レクス、様…」
もはや目を開くことも辛く感じるアイシャとエリネが祈るようにカイ達の名を呼んだ。
(ミーナ殿…)
同じようにミーナの身を案じながら、アイシャ達の傍で見張ってるエリクは彼女達を柱に縛る縄に触れて締め具合を確認する。
「勇者達を思う気持ちは分かりますが、どうか大人しくしてください。まもなくゾルド様が蘇るのですから」
「エリク…っ」
重たい瞼を必死に開いては、ラナはエリクを見据え、エリクもまたそんな彼女を見つめ返した。暫くすると、ラナは視線をレクスの方に戻した。彼への強い信頼を篭った目で。
(レンくん…っ)
「くそっ!このままじゃ…っ」
ザナエルの攻撃を避けながら矢を散発するカイの頭にレクスとミーナの声が響く。
(…だめだカイくん。僕達のこんな腰抜けた攻撃じゃあの竜を倒すことはできないよ)
(レクスの言うとおりだ。見よ、神器がつけた傷跡はどれも既に回復している。死霊の王と暗黒竜の力に加え、すぐ傍にいるゾルドから直接力と加護を受けておる。生半可な攻撃では通らないし、このままではいずれこっちが先に力尽きてしまうっ)
(じゃあどうすりゃいいんだよっ!?)
(一応手はあるよ。さっきはあの剣に阻まれたけど、ザナエルの本体を狙った一撃逆転がやっぱり有効だと思う。ただそれをどうやり遂げるかだ。そうだよねミーナ殿)
(うむ、親和性があったとはいえ、今あの合成獣はザナエルを楔として強引に繋がれている状態に近い。ザナエル本体をなんとかすれば、楔をなくした合成獣は解体もしくは弱体化する可能性が高い。であれば――)
竜の尻尾の一振りを避け、三頭から放つブレスとザナエルの魔法と邪神剣の猛攻を凌ぎながら、三人は作戦を練った。
(…いいのだなレクス)
(うん、問題ないよ。カイくんはっ?)
(ああ、一か八かだ、やってやろうじゃねぇかっ)
カイは神弓フェリアを見つめる。
(俺から放てる最大の一撃か…)
彼は思い出す。ウィルフレッドがかつてアオトから教えられ、カイに伝わった弓の扱いを。そして思い浮かべる。かつてウィルフレッドの記憶の中で見た、魔人化したアオトの戦いぶりを。
(あの攻撃を俺にできれば…、けどできるか?基礎は一応教えてもらったけど、その応用は――)
ふと、神弓フェリアがカイに応えるかのように不思議な音を発する。
「フェリアっ?俺を呼んでるのか、問題なくいけるって…っ」
応じるようにフェリアが一際大きく輝くと、カイは決意とともに神弓を強く握りしめる。
(兄貴、アオトさん…っ)
「ぬうっ?」
ザナエルはミーナ達が攻勢に転じたことに気付く。
「―――氷冽波!」
自分に向けて放たれる冷気の塊にザナエルが一笑する。
「また魔法の造詣比べかっ、ミーナ殿っ!」
ザナエルもまた連続魔法をしかけようとしたその時、ミーナがそれ以上の速度で二発目の呪文を放った。
「――光槌!」
「おぉっ!?」
ラナに及ばなくとも、眩い光の束が炎を纏い、先ほどの冷気の塊を貫通してザナエルに当たるっ。光の速さで放たれるその一撃はザナエルでも防御が間に合わなず、そして光槌に貫かれた冷気が膨大な水蒸気の塊となって彼の視界を遮った。
「ンははははっ!さすがミーナ殿だっ!だがっ!」
彼の身に纏う邪神剣邪気が光槌の炎から守り、ザナエルが両手を大きく広げては、放たれる邪気は邪神竜の三頭の咆哮とともに霧を一瞬にして取り払った。
「おお…っ!」
ザナエルが狂喜の唸り声をあげる。散らされた霧の向こうで、ミーナ達の足元で眩い三位一体のシンボルが光り、三人がそれぞれ三角の頂点に立っていた。
「なんとっ、擬似三位一体の術式かっ!」
「「「うおおおぉぉっ!」」」
レクスが、カイが、ミーナが神器に、魔法に全力を込め、互いに合わせて同時に攻撃を放った!
「でえりゃああぁぁっ!」
黄金の太陽の如き刃を帯びたヘリオスをレクスが全力で投げたっ。
「うおおぉぉっ!」
カイの神弓フェリアから白銀の矢が放たれ、聖剣と重なるっ。
「―――星天光!」
青きオーラを纏うミーナから、無数の星屑が流星雨のように駆けるっ。星屑は月の光を纏う太陽の聖剣を中心に竜巻のように渦巻いていくっ。星と月と太陽が、この空間の闇そのものを切り裂きながらザナエルめがけて飛翔するっ!
「ぬうぅっ!」
とっさに左右の首が中央のザナエルを守るように遮る、しかしっ。
「「ルオオアアァァッ!」」
反邪神の三位一体の力を帯びた聖剣は容易く邪神竜の二頭を貫いたっ!
「ゾルド様ぁっ!」
昂ぶる声で邪神の名を上げ、ザナエルの邪神剣が応えるように夥しい邪気を放つっ!
「おおおぉぉっ!」
彼の全身から溢れる暗黒の邪気がうねり、邪神剣へと集中していくっ。柄の宝珠が妖星のように妖しく光る邪神剣を全力で振り下ろし、ザナエルは彗星の如く飛来する聖剣を受け止めたっ!聖剣が爆音とともに空中で停止するっ!
「ぬっ!ぬうううぅぅ…っ!」
いまだザナエルを貫こうとする勢いで聖剣が彼に押し寄せ、ギリリと邪神剣と激しせめぎ合うっ。聖剣と邪神剣の魔力の激突が閃光と火花を撒き散らし、その光を間近に受けてザナエルの醜悪な継ぎ接ぎの体がブスブスと焼かれ、死体の唇が苦痛に悶えるっ。
「ぬおおぉ…っ、おおぉぉぉあぁーーーっ!」
乾いた死肉の一部が爆ぜながらザナエルが吼え…大気を震撼させる衝撃とともに聖剣ヘリオスを弾いたっ!邪神竜の巨躯が反動で大きく揺らぐっ!
「ぬうぅ…ンははははははっ!残念だったな――っ!?」
まだ次の言葉に繋げる暇もなく、ザナエルは瞠目した。さきほどのようにミーナが再召喚した精霊のオオカミに乗って接近したレクスが、ザナエルの前でくるくると宙を舞う聖剣の柄に向けて手を伸ばしていたっ。
「また同じ手かっ!だが今度こそ逃がしはせんっ!」
聖剣を掴んだ瞬間、ザナエルがボロボロの体で強引に邪神剣を振り下ろした。空中で方向転換のすべがないレクスに、刃のように鋭い衝撃波が切り裂きにかかるっ。
「なんとぉっ!?」
ザナエルが再び目を大きく見張った。レクスはオオカミから落ちるよう体をずらし、巧みに体を宙返りしては聖剣でオオカミを切り裂いたっ。
「ぐぅぅっ!」
オオカミを形なすマナが聖剣のオーラと激突して爆発し、その反動でレクスが吹き飛ばされるっ。邪神剣の一撃を避け、彼が飛ぶ先は―――ザナエル本体がある竜の頭の真下、その首だった。
「お、おぉ…!」
ザナエルが動こうとする。だが三位一体の聖剣による衝撃、そしてレクスを迎撃するために無理やり邪神剣を振り下ろしたダメージがその動きを阻むっ。ゾルドからの加護も反邪神の力によって阻まれていたっ。
「ヘリオーーーーースっ!」
レクスの叫びに聖剣が応えたっ。黄金の輝きが長大な刃をなし、レクスは傷だらけの体に走る痛みに耐えながら聖剣を振るった。
「だあぁぁりゃああぁぁぁぁっ!」
太陽の光輪の軌跡が、邪神竜にまとう邪気もろとも、中央の頭の首を横から両断したっ!
「ぬああぁあぁーーーっ!」
ザナエル本体のある頭が空を舞い、
「「ウルォォアアアアッ!!!」」
残りの邪神竜の体に、無数の蒼白の死霊が沸騰したかのようにブクブクと苦悶の顔を浮かべて激しく変形するっ。本来ザナエルの魂より暗黒竜の死体に繋ぎ止められたレギオンレイスが、制御を失って暴走をし始めているのだ!
「カイっ!」
「分かってる!」
ミーナの掛け声に応えるカイはすでに神弓を構えていた。ミーナの月光刃を受けた神弓フェリアには、カイが丹念に力を注いだ六本の月の矢が眩しく光る。レクスがザナエルにとびかかった時から、二人は次の一撃に繋ぐ用意をしていたっ。
(ぐうぅ…!一気に六本は初めてだけど、やってみせるっ!兄貴っ、アオトさんっ!)
「「ウルォォアッ!!!」」
邪神竜の残骸がミーナとカイにとびかかるっ。だがカイは乱れない、一意専心に力を籠め、狙いを定め、祈りを込めては、一気に矢を放ったっ!
「行っけえええぇぇぇっ!」
連射とは訳が違う。一本一本に極限まで力を注いだ計六本の破魔の矢が、白銀の螺旋跡とともに邪神竜へと命中するっ。
「「ウキャアアァァアアアッ!!!」」
死霊を退く破魔の光が、中央の首の断面を未だに焼く聖剣ヘリオスの残光と共鳴し、昼と夜の光が邪神竜の残骸を崩していくっ。
「「オオォォォォ―――」」
死霊たちの怨嗟の声が遠のいていく。邪神竜の体を補強するレギオンレイスが消滅し、再び骨と化した暗黒竜ディザレアの遺骨もまたガラガラと音を立てて崩れ、灰と化して消えていった。
「や…やったぁ!見たかよミーナっ!俺たち、ザナエルのクソ野郎を倒したぞっ!」
よろりと倒れそうなミーナを掴むまま小躍りするカイ。
「こらっ、体が痛むから暴れるでないっ。…だが、そうだな。作戦はうまくいったようだ」
ミーナもまた勝利の笑みを浮かべる。
「女神スティーナ由来の魔法の力を高め、わが身にあるネイフェの加護をより一層強くさせることで、ウィルの欠けた一角を担って構築した三位一体の術式。封印の秘法の術式とは違うが、反邪神の力とも言える神器を増幅することができた。実に上出来だ」
「いたた…」
「レクス様っ!」
地面に落ちたレクスにカイ達が駆け付け、ミーナが治癒をかける。
「大丈夫かレクス様っ?」
「うん、おかげさまでね…う~~んもうこんな重労働はごめんこうむりたいよほんと…いつつっ」
「情けない声を出すでない。まだ終わってはいないぞ」
「…うん、そうだよね」
歯を食いしばって聖剣を握りしめながら立ち上がるレクス。
「先生、カイくん…っ」
「レクス様…っ」
邪神竜を倒したさまを見届けたアイシャやエリネが喜びの声をあげる。
「ザナエル様…」
エリクもまた、自分を睨むラナから視線を移した。切断された邪神竜の頭についたまま地面に落ちたザナエルの方に。
「んぬぅ…っ」
邪神竜の中央の頭が骨に戻って崩れていき、その灰の中でザナエルは邪神剣を握りながらふらりと立ち上がる。継ぎ接ぎの死体人形の体はすでにボロボロで、呪文を発する左肩の唇も壊れた機械のようにただパクパクとしていた。
「ここまでだ。ザナエル」
ミーナが、レクスとカイがそれぞれの武器を構えながらザナエルを囲んだ。たとえ満身創痍でも、ザナエルは邪神剣を握っている。決して油断できる相手ではない。
「年貢の収め時とはまさにこのことだな。観念するがいい。おぬしのせいで死んでいった多くの人々の無念をここで晴らし、ゾルドが復活できないほど厳重に封印してやる」
「…ん、んくくくくく…っ、ンははははははぁっ!」
「てめぇ!なにがおかしいっ!」
ザナエルが両手を大きく広げる。ボロ人形のような体が震える。
「心地よい!なんと心地よい!決してあきらめない勇者らの熾烈な一撃の痛みがなんと心地よいことかっ!究極の善性と悪性の衝突のなんと美しいことかっ!これぞまさに人の価値そのものだっ!」
レクスとカイ達が顔をしかめ、それぞれの神器を構えた。
「知るかっ!勝手に自己陶酔してろイカレ野郎っ!」
「カイくんの言う通りだねっ、ザナエル、覚悟―――」
三人とも武器を振り下ろそうとするその時だった。祭壇の方から強き黒い風がおぞましい声と共に吹き乱れるのを。
「うわぁっ!なんだこれっ!?」
ミーナが目を見張るっ。
「いかん!封印がっ!」
「ンははははははっ!どうやら賭けは我の勝ちだっ!」
ザナエルが高笑いする。鼓動を発し続けていた邪神の卵が、光を通さない黒の邪気を発し、黒いタールが滲み出ては、無数の手のように真下の柱に縛られているラナ達に絡みつくっ。ゾルドがついに封印の隙間からその末端を伸ばしたのだ。
「「「きゃああぁぁぁっ!」」」
「ラナ様っ!」
「エリーっ!アイシャぁぁっ!」
「おのれっ!」
ラナ達に駆け付けようとする三人の行く手を、地面を抉るザナエルの邪神剣の一振りが阻む。
「「「うわぁっ!」」」
「無駄だっ!そこでとくと見届けるがよいっ!わが罪人の守護神、ゾルド様の復活をっ!ンははははははははは………ハっ!?」
ザナエルが突如に驚愕の声をあげる。邪神の卵から伸びる末端の手は確かにアイシャ達を絡んだ。だがそれ以上の動きはなく、手が異様にうねるだけだった。レクスもまた驚きの表情を浮かべる。
「えっ、なに、なにが起こって――」
邪神の卵に、光り輝く模様が浮かび上がる。それがまばゆく輝くたびに、卵が放つ黒風の邪気が急激に萎縮し、卵が苦悶にも似た音を発する。その模様を見てミーナは目を大きく見張った。
「なんとっ!あれは――」
ザナエルが震える。
「三位一体の封印術式っ!?」
「その通りですっ」
声をあげる方向に、誰よりもミーナが驚愕した。
「エリクっ!?」
邪神の卵の上に立ちながら、彼は赤いオーラが殆ど抑えられた澄んだ目でエリネ達に呼びかけた。
「いまですっ、巫女様たちよっ!」
「「「うああぁぁーーーっ!!!」」」
ラナが、アイシャが、エリネが残る最後の力を絞り、それぞれの聖痕がまばゆく輝くっ!三人の力が邪神の端末である黒き手を伝って三位一体のシンボルと繋ぎ、光がより強く輝いては邪神の卵の威圧感がさらに萎縮していく。
「おおぉ、ゾルド様…っ!」
「残念ながらゾルド様には引き続き眠っていただきますよ、ザナエル様。隙間ができてるとはいえ、三位一体の封印秘法は健在。そして卵には先ほど巫女の力が封印に流れるための術式を刻んだのですから」
ザナエルは自分を見下ろすエリクを見据えた。
「…なるほどな。エリク、そなたいつのまに認知操作の魔法を解呪したのだ」
「押さえ込んだ、という言い方が正しいのですが、帝都に転移する数日前ですよ。オズワルド殿の助力があっても、貴方の術式はかなり厄介でしたから結構時間かかりましたね」
「オズワルド、だと?」
「エリクぅっ!おぬし、おぬしっ…!」
わなわなと震えるミーナに、エリクはいつも彼女に見せた笑顔を浮かべた。
「ご迷惑をおかけしましたね、ミーナ殿」
「迷惑程度で済むかこのマヌケっ!」
怒りで歪んだ顔に、今にも涙を流しそうな目をしながらミーナはエリクを罵倒する。
「この大バカ者っ!アホめがっ!今になって正気に戻りおって…っ!この我がどれほど苦労したかわかってんのかっ!」
昔叱られた時のようにばつの悪そうな笑顔を見せるエリク。
「そうですね。私の罪は後でまとめて清算してしましょう。でも今はっ」
アイシャ達を鼓舞するようにエリクが叫ぶ。
「巫女様っ!まだ間に合いますっ!残りの力を封印に注いでくださいっ!」
「言われなくても…っ」
「分かってますっ!」
「うあああ~~~~っ!」
ラナ達の聖痕が闇に日が昇るかのように眩く輝き、カイとレクスの神器も共鳴をはじめては、黄金と白銀の光の筋がラナとアイシャへと結ばれる。
「うわっ、神器がっ!」
「ラナ様たちとっ!」
邪神の卵が一層唸りをあげ、暗黒のドームが明滅するっ。邪神が展開していた魔法的領域が消えかかろうとしているからだ。ミーナが歓喜の声をあげる。
「いける…いけるぞっ!すでに存在している封印なら、神器が揃わなくてもその力を増幅できるっ!これならっ!」
封印のあおりを受けたのか、ザナエルの体ががくがくと震え、彼は俯いてしまう。
「お、おおぉぉぉ…っ」
エリクはどこか憐れみを込めた眼差しでそんな彼を見下ろす。
「観念してくださいザナエル様。貴方の企みはここで潰えたのです」
「んぐっ、んん…ンは…ンははははははぁーーー!」
突如大きく笑い出すザナエルにエリクは困惑する。
「? 何がおかしいのですか?」
「これが笑わずにいられるかっ!あまりに計画が順調に運んで退屈したところを、このような面白いアクシデントが起こるとはっ!ゾルド様の復活祭に実に相応しい!」
カイが顔をしかめる。
「なんだこいつ、とうとうイカレてしまったのか――」
「あっ!」
レクスと同時にカイ達が、エリクが異変を察した。
「なっ、これはっ!」
先ほどまで邪神の卵の上で太陽のように激しく光っていた三位一体の陣が、急激にその輝きを失っていき、消えるように明滅する。先ほどまで抑え込まれていた邪気の風も再び吹き荒れ、エリネ達に絡める端末たる手が再度蠢き始めた。ラナが叫ぶ。
「ぐぅっ!エリクっ!どうなっているっ!?このまま邪神を封印できる話じゃなかったのかっ!?」
「わ、わかりませんっ!魔力を導く術式はまだ正常に働いてるはずなのにっ、封印の力がいきなり弱くなって…っ?いや、これはっ、何かが封印の力を削いでいるっ?」
体に再び邪神の邪気が立ち昇るザナエル。
「エリクよっ、我はかつてこう教えたであろう。計画の失敗に一番繋がりやすいのは相手を甘く見ることにあるとっ。ならばどうするかっ、予防策を幾重にもしくことだっ、例えばあれのようになっ!」
エリク達はザナエルが指さす方向を見た。邪神の卵の、今にも消えそうな三位一体の陣の下に、その輝きをかき消すかのような異質な光彩を放つものが浮かび上がった。ミーナやレクス達が驚きで声が震える。
「あっ、あれはっ!」
「アスティル・クリスタル…っ!」
かつてウィルフレッドの記憶の中で見た戦術艦ヌトの動力源、極彩色のアスティル・クリスタル、メルセゲル。たとえひび割れて今でも割れそうにバチバチと電光を走らせながらも、この世界において根本的から異質である七彩の光に、邪神の闇のドームさえも畏怖してるかのように歪む。
「このクリスタルをゾルド様に使えとギルバート殿からいただいたものだ!最初にクリスタルが水晶と引き寄せあうかのように溶け込んだのは驚きだったがなっ!この世の全てが及ばぬ恐るべき力をもつ魔人の力の源っ!これを抱くゾルド様は、まさに全てを凌駕する力を手にいれてこの世に君臨するであろうっ!」
「くっ!」
エリクは咄嗟に手を下に伸び、メルセゲルを卵から引き離そうとする。だがメルでゲルが一層大きなこの世ならざる音を発し、強烈な衝撃が黒き邪気とともにはなたれ、エリクを卵の上から葉っぱのように吹き飛ばしていく。
「うあああぁっ!」
「エリクーーーっ!」
ドクンと極彩色のエネルギーラインが邪神の卵を走るっ。この世の理を歪めるアスティルエネルギーが封印の力をかき消し、三位一体の陣がいともたやすく消滅したっ。邪気の黒いタールが原油のように噴出しては卵を包むっ。
「「「きゃああぁぁぁっ!」」」
端末たるゾルドの手が再び激しく蠢き、アイシャ達を巻き上げては卵の方へと取り込んでいくっ。
「エリーイィィィっ!アイシャアァァァッ!」
「お兄ちゃあ―――」「カイく―――」
「ラナ様あぁぁっ!」
「レン―――」
カイとレクスの言葉が届くよりも、ラナ達が彼らの名前を呼ぶよりも早く、蠢くタールに覆われた卵の中に巫女たちが飲み込まれた。
周りの空間すべての色が失われ、唯一鮮明な色を放つメルセゲルを中心に亀裂がゾルドの卵に入り、バリンと何かが砕けた音がした。
「「「うああああぁぁぁーーーーーっ!」」」
「ンははははははァーーーーーーーっ!」
世界がひっくり返すかのような感覚に襲われるレクス達が叫び、ザナエルの狂笑がこだましては、すべてが暗闇へと沈んでいった。
【続く】
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しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
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カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
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