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第十四章 逆三角

逆三角 第四節

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フィロース町の通りから少し離れた公園にあるフラワーロード。森の中で建てられた町の中でも、さらに自然を肌身に感じられるその場所で咲く花々に、カイは感嘆の声をあげる。

「うあ~すげーな~…こんなに色んな花が咲いてるのに、全然ごちゃごちゃ感じないなぁ…」
「ええ。ルーネウスの王宮の花園も綺麗ですけど、ここはより自然に感じられます。飾り過ぎない素朴な美しさがあって、素敵ですよね」
「キュキュ~ッ」
ルルもまた嬉しそうにカイの肩から跳び下りて、木々に実った実を採りにいった。

「素朴な美しさか…。それってアイシャみたいな感じだよな。素のままのアイシャはとても素敵だからさ」
いきなりの褒め言葉に照れてしまうアイシャ。
「カイくんったら、またそうやってからかって…」

けどカイは攻勢を緩めずに、真顔で真っ直ぐにアイシャを見つめた。
「俺は本気にそう思ってるよ。ソラ町で君に告白した時から、この考えは一度も変わってないんだ。寧ろあれからずっと一緒に行動して、アイシャを見てきて…前以上にアイシャは本当に素敵だと思えるようになったんだからさ」

容赦ない褒め殺し攻勢にアイシャは頬を赤く染めては、少し拗ねたように俯く。
「も、もう…カイくん…そんな風に言われたら…こっちがからかいにくいです…」
「あはは、ごめん。だってこっちは今までアイシャに一杯からかわれて来たからなぁ。昼寝の寝顔を見られて可愛かったとか、礼儀作法の授業中でいきなり頬にキスしてくるとか、数え切れないぐらいからかってない?」

数々の場面が頭に浮び、いまルルが齧ってる実と同じぐらいに顔が赤くなるアイシャ。
「と、年上はからかって当たり前ですっ。ノーカンですっ!」
照れ隠すようにポカポカと叩いてくるアイシャを愛らしいと思ったカイであった。
「あはは、分かってるよ。アイシャ」
アイシャが攻撃をしかけるその手をカイは優しく受け止めた。

「あっ、カイく…っ?」
そして彼女の手を持ったままルーネウス上流階級の、女性に敬意を表す姿勢で一礼した。
「このカイ・ジェリオは、アイシャ様のためならいつでもこの身を捧げることを厭わないのだから」

実に丁寧な動きと口調だった。まだ少しぎこちなさを感じるものの、普段の貴族交流でならば問題なく通用できるレベルだ。それでいて、もとのカイの奔放さも感じられて、不思議な調和感を醸し出していた。いきなりの出来事にアイシャの鼓動が高鳴る。

「カ、カイくん…驚きました…もうこんなに上手に礼ができて…」
「アイシャが今まで指導してくれたお陰さ。言葉遣いも君のアドバイスとミーナとの勉強で少しはマシになってると思うけど、元々がさつな俺だからな。まだまだ勉強が足りてないか」
「そんなことないです。さっきのでもう十分、普段使いには通用できますよ」
「そ、そうなのか?あはは、そりゃ嬉しいな。ミーナの特訓といったら、それがもう滅茶苦茶大変でさぁ、あれで成果だせなかったらさすがの俺も凹むよ」
「ふふ、ミーナ先生、ああ見えて結構厳しいですからね」

お互いの笑い声が花園の中で響いた。
「…俺は、アイシャに見せたかったんだ、これが俺の覚悟だって。君と一緒になるためなら、ちゃんと変わることができるって。だって、こうして君と過ごしてきて、俺は本当にアイシャが好きだって改めて実感したんだから」
「っ、カイくん…」
アイシャの胸が、高鳴りと共に複雑な気持ちになっていく。その言葉の意味は、他でもない自分が一番よく分かるのだから。

「って、ごめんアイシャ。なんだか答えを催促してるようでカッコ悪ぃな…。ちゃんと君が気持ちを確かめるまでに待つって言ったのに…。兄貴とエリー達を見て、つい焦ってたのかな俺…」
苦笑するカイにアイシャが唇を軽く噛み締める。
「ううん。悪いのは私です…。貴方に甘えてばかりで、自分は逃げてばかりで…。こちらこそ卑怯ですよね、まるでカイくんを利用してるみたいで…」
「そんなことないさっ、俺は――」

アイシャの繊細で美しい両手がカイの手を愛しく包んだ。ふわりとしたその手の柔らかさに、カイの頬が赤くなる。
「…カイくん。セレンティアに着いたら、私は答えます。貴方への気持ちの全てを。ですから、ですから今はどうか暫く、このままでいてください…」

俯いたまま自分の手を握るアイシャに、カイはただ静かに微笑んだ。
「ああ、アイシャが願うのなら。いつまでも」
小鳥のさえずりが響き渡り、日差しが枝で食事するルルに気持ちよく降り注ぐ公園内で。二人は暫く、お互いの手から伝わる鼓動と体温を感じ続けた。


******


鮮やかな花々の色と木々の緑でバランスよく彩られたオープンテラス。そこでレクスとラナは、カフェ店主のご好意で他の席から切り離された特等席で、気持ちよく吹きすさぶ風を受けながら、ほのかな茶葉の香りのするお茶を嗜んでいた。

「…う~ん。さすがエステラ産の茶葉、ルーネウスとヘリティアの銘柄ものも良いけど、茶葉といえばやっぱりエステラ産が一番よねラナちゃん」
「ええ、帝都のものは苦味の癖が強すぎるからあまり好きじゃないけど、ここのはさっぱりとして香りも良いわね」

軽く香りを楽しんでは茶を口にする二人が他愛なく談笑していた。レクスとの二人きりの時間を満喫するように仕事の仮面を脱いだラナの飾り気のない笑顔は太陽のように眩しい。彼女の輝く金髪がそよ風を受けては日差しに照らされ、美しい光の波を作り出す。レクスは思わず見とれた。

「? どうかした?」
「ううん。なんでもないよ?」
いつものようなボケた顔で誤魔化すレクスにラナが苦笑する。
「変な人ね。もとから変だからこういう言い方はおかしいけれど」
「いやぁ~そこまで褒められるとさすがに照れちゃうなあ」
「褒めてないわよ。…ふぅ…まったく、もうすぐセレンティアなのに調子全然変わらないわね貴方」

再び満面の笑顔を見せてはお茶を一口すするレクス。
「いよいよセレンティアかあ…。メアリー女王と教会国のバックがあっても、今の状況じゃオズワルドは投降しなさそうかなやっぱり」
「そうね。彼の帝都の掌握具合や今の情勢から見ても投降はまずないから、間違いなく帝都を攻めることになるわ」
「恐らくそれも教団の狙いかもしれないね。邪神ゾルド復活の下地を整えるために」

「ええ。だからそれを最小限に抑えるためにも、帝都は可能な限り短時間で奪還しておきたいわ。…問題ないかしら、軍師殿?」
レクスが胸を張って自信満々に答えた。
「それはもう任せてよ。女神軍は結成時の時と比べて規模も大きくなっているし、ラナちゃんが言ってた、メアリー女王も同意したって言ったでしょ?ならたとえ難攻不落と言われるヘリティア帝都でも必ずや奪還してみせましょう」

「へぇ、こんなに自信満々に言うだなんて、私の気を引くためだけのカッコつけって訳じゃないわよね?」
「んなことないよ~ひどいよラナちゃん~。僕だって今まで一杯がんばってきたんだよ?もう少し僕のこと肯定してもいいんじゃない~?」
「かんばり?覗き見や寝過ごしとかが?」
「うっ、そ、それはその、一時の気の迷いと言うかなんて言うか…」

ラナがくすりと笑っては再び茶杯を持ち上げる。
「冗談よ。覗きは論外として、今までの戦いで貴方が被害を最低限に抑えようと勤めてるの分かってるし、カスパー町のあの夜、貴方の指揮がなかったらきっと朝になっても町は落ち着けなかったでしょうね。実際、本当によくやってると思ってるわ」

「そういう割にはあの日の朝になかなか容赦ない一撃を尻にもらいましたけど…」
「さらなる働きへの期待と思いなさい。それよりも…」
小さく茶をすすり、ラナが真剣な眼差しでレクスを見た。
「帝都のこと、本当にいける?手前味噌って訳じゃないけど、辺境で隠居してた貴方でもそこの守りがどれほど固いのか、噂ぐらいは知ってるわよね?」

レクスの顔もまた軽く張り詰める。
「…噂だけでなく、アラン殿から知る限りの情報を頂いてるよ。建国の勇者の名前をみやこに冠するヘリティアらしい、実に壮大な帝都のようで…。正直、最初に詳細を聞いたときはメチャクチャ引いちゃったよ。おまけに今はあの天才宰相オズワルドが居座っているでしょ?楽な戦いじゃないのは確かだね」
「ええ。たとえ女王様たちの助力を得ても、ね」
「うん。…だけどね」

レクスが軽くウィンクした。
「そこを何とかするのが軍師の務めだし、勝算なしで行けると言えるほど僕は楽天家じゃないよ。女王のところでどれぐらい助力を仰げるのかによるけど、今の僕たちには頼もしい仲間たちがいるしね」

いつもの軽い返事とは違って、彼特有の自信を感じる言葉にラナが微笑む。
「いつものふざけた返事でなくて安心したわ。貴方、本当にボケているのかわざとやってるのか分からないんだもの」

ここで冗談じみた返事がくると予想したラナに反し、レクスの顔は真剣そのものだった。
「今回の質問はさすがに冗談では返せないよ。軍師ってのは、その指揮下にある全ての人達や盟友の命を預かる役職なんだ。軽い気持ちでなれるものじゃないよ。それは他でもないラナちゃんが一番知ってるでしょ?」
「え?ええ…。勿論よ、いい心がけね」

一転として真剣なレクスに、ラナは珍しく驚いていた。彼女は当然皇女や巫女としてその心構えを理解しているし、レクスもその覚悟はあると言わずとも知ってはいる。だがいつもヘラヘラしてて、自分にはあまり背負い込まないようにと諭してくれたレクスの口から、今まで見たことも無い真剣な表情でこうして語られるのは、妙なこそばゆさが感じられた。

「そういうことだよ。他人の命を背負うことの覚悟は、僕だってちゃんとしてるんだ。けどね…」
レクスの手が、テーブルに置いてあるラナの手をそっと包んではては握りしめた。ラナの鼓動がかすかに早くなる。
「レ、レンくん…?」
「それも全てラナちゃんのためだよ。他でもない君のために、僕はその覚悟を、業を全て背負って、全力で連合軍を勝利に導いてみせるよ」

レクスの顔がゆっくりとラナに近づく。
「ちょ、ちょっとレンくん…っ」
「ラナちゃん、僕は――――ぶひぃっ!?」
まさに唇同士が重なる寸前に、ラナのティースプーンがレクスの鼻に炸裂した。
「あぅちゃあぁーーー!いたただだぁーーーーっ!」

慌てて離れる二人。レクスは鼻を押さえて悶える中、ラナはバクバクとはちきれそうな鼓動を鎮めるかのように胸を押さえていた。生まれてから上に立つ皇女として育てられたラナが初めて感じる、少女らしい恥じらいだった。うかつにも、さっきの彼が少しだけカッコいいと思った故に。
(さ、さすがにちょっと危なかったわ…っ。ほんと、油断ならない人ね)

「いてて…ちょっとラナちゃん~また鼻ってひどいよ~…これじゃ僕のハンサム鼻が台無しになっちゃうよ~」
涙目で鼻をさするレクスにラナは少しだけ申し訳なさそうに思いながら、小さく息を吐いて腕を組んだ。
「…レンくんが変なことしようとするからよ。私はまだ貴方を婚約相手として認めてはいないのよ?」

いつもの冗談じみた顔に戻ったレクスが不満そうに頬を膨らませた。
「ぶぅぅ~っ、僕もここまで結構がんばってたし、少しだけ褒美とってもいいんじゃない?労働者を労わるのも上に立つものの責務だよ~」
ようやく落ち着いたラナが何事もなく茶杯を持ち上げる。
「分かってないわね貴方。褒美と言うのは、ここぞという時であげなければ意味がないのよ。欲しいと言うのならもっと励みなさい」

「ちぇ~」
口を尖らせるレクスに、茶杯で隠れたラナの口元は小さく微笑んでいた。
「それよりも、そろそろ町を散策したいわ。エスコートはちゃんとするわよね?」
「も、勿論だよっ」

鼻をさするレクスはオーバーアクション気味で立ち上がっては、仰々しく一礼して手を差し伸べた。
「貴女が行きたい場所ならば、どこまでもお供いたしますよ、レディ」
さっきとのギャップにラナは少し面白おかしく吹きだしては、その手を取った。

そう、まだまだ心を全部あげるには早い。いままでずっと自分を忘れてたままだもの、あともう少し、貴方に求められる感覚を楽しみたい。


******


「あ、なんか凄くいい香り…っ」
ウィルフレッドと手を繋ぎ、フィロース町の市場を散策するエリネが楽しそうにある屋台を指差した。屋台の主人が大きな鍋を手に、熟練した動きで中にある一杯の種らしきものを炒めている。

「いらっしゃいお二人さん。これはマントラ花の種焼きですよ。殻ごと食べられてとても美味しいですよ」
「エリー、マントラって確か、根が変な声を出すあの…?」
「うん、根を煮込むと美味しいあのマントラですよ。種も美味しいという話は聞いたことありますけど、調理法を知る人は意外と少ないんだって」
「なるほど…試しに食べてみようか」
「うんっ」

買い上げたマントラ種炒めの袋を持ちながら、エリネと一緒に炒め種をポリポリと食べるウィルフレッド。炒めたことにより更に引き出された種の香りが、マントラ特有の辛味とともに口の中を充満していく。エリネが思わず声をあげた。
「んっ、美味しい…っ。マントラ種って苦味も強いと聞きましたけど、この種って全然そんな味がしないですっ」
「ああ。あのご主人、なかなかの腕をしているようだな」

美味しそうに種を齧る二人に、今度は燻製された魚の香りが風に乗ってふわっと漂ってくる。
「…んっ、なんだか凄くいい匂いだな」
「少し行ってみましょうっ、この種は後のおつまみに丁度いいですし」
こうして二人の市場巡りは続いた。

「わあっ、このツボフナ燻製、野菜と一緒に食べると凄く美味しいです…っ」
「ほんとだ…思ったより味も重くないし、美味しいな」
うまい食べ物を見つければ二人で色々と試したり。

「おお…これ、風鈴と言うのか?とても良い感じの音色だな…」
「はい。水晶木の欠片で作られたそうですけど、涼やかで深みのある音色だと感じますね…っ」
珍しいものを見つければ、一緒にそれを楽しんだり。

「それにしても、市場までもまるで花園か森の中を歩いてるみたいで、不思議ですよね」
「そうだな。空気も心なしか他の町よりも新鮮に感じられるし、建物の風格も俺にとって正におとぎ話みたいに感じられるよ」
とりどめのない話題をしながら、町の散策をしたりと、お互いの時間を、お互いの考えを共有していく。悩みなどを全て忘れては、手を終始繋いだまま二人の思い出を作っていく。

「まあ、可愛らしい妹様ですね」
ある女性服専門の店を通り過ぎた二人に、女主人がそう声をかけた。
「あ、いや、彼女は――」
ウィルフレッドが説明するよりも早く、むすっとした顔のエリネが彼の腕を掴んでは身体を寄せる。
「兄妹ではありません。恋人ですっ」

腕から感じる彼女の体温に、ウィルフレッドは慣れずに赤面して口を手で隠した。そんな二人を女主人は温かい眼差しで微笑んだ。
「まあ、そうでしたの?ごめんなさいね。お詫びとしてうちの店から貴女にぴったりの服を紹介しますよ。ハンサムな彼氏さんも、彼女の新しいお披露目姿、見たくありません?」
「「え…」」

その質問に少し戸惑う二人。やがてエリネが少しいじらしそうに問うた。
「…ウィルさんは、見たいのですか?私が他の服に着替えるの」
「お、俺は…。ええと、エリーは、着替えてみたいか?」
「私はほら、外見とかあまり分からなくて、いつもシスターがコーデしたもので済ませてますから…。でも、その…ウ、ウィルさんが、他の服を見たいのでしたら…着ても良いかなって…」

俯いて恥ずかしそうに三つ編みを手でいじるエリネに、なんとも言えない甘酸っぱさをウィルフレッドは覚えた。
「そ、それじゃあ…お願いしても、いいかな…」
「…うんっ」
「決まりですねっ、それではどうぞこちらに。サーナっ、こちらのハンサムなお方に椅子と茶をっ」
「は~い」

店の中へと案内された二人に、女主人は色んな意味で温かい笑顔を見せてはエリネを連れて店の奥へと移動した。
「ご安心を、この子にはうんと元気で綺麗な服を用意しますからね」
「あ、ああ…」

ウィルフレッドにはもう一人の女性店員が椅子と茶が用意された。
「はい、どうぞこちらに座って、お茶でも飲んでゆっくりくつろいでください」
「あ、ありがとうございます…」
少し緊張しながらも、茶を受け取っては椅子に座るウィルフレッドは店の中を見渡す。一応ルーネウスやヘリティア風の服装も展示されているが、やはりエステラ風のファンタジックな服装が一番多く見られた。

「こちらなんてどうでしょう。この質感ならより落ち着いて見えますから、彼氏にもっと似合うように感じられるかと。ああでも、貴女には少し元気さも感じた方が――」
奥の方から聞こえる声がやがて小さくなっていた。より奥へと入ったからだろうか。

店からは外の喧騒は聞こえず、静かだ。お茶を飲んで座っていたウィルフレッドは、なぜか妙にそわそわになる。店を無造作に見渡すと、チラチラとさっきエリネ達が入ってた方向を見やる。
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです…」

この手に鋭い女性なのか、ピーンときた彼女がくすりと微笑んだ。
「ご安心ください。着替え室は奥の方にあるだけで、彼女様は別に連れ去られた訳ではありませんよ」
「え?あ、その、俺は別に…」
心を見抜かされたかのように慌てふためくウィルフレッドに、店員はついからかってしまう。
「ふふ、なんだか飼い主を見失った子犬さんみたいで可愛いですね」

顔に湯気が立つぐらいに真っ赤になりながら手で口を隠した。
(本当にそんなに子犬に見えるのか、俺は…?)
子犬みたいにと言われたのはエリネに続いて二回目で、アオト達からも言われたことのない言葉に思い悩むウィルフレッドであった。

暫くして、奥から女主人の声が聞こえた。
「お待たせしました~」
彼女達を待たずしてウィルフレッドが立ち上がると同時に、女主人に続いてエリネが恥ずかしながら奥から出てきた。

思わず息を呑んだ。エステラ風のスカートタイプの普段着だが、エステラらしい自然と調和したような服のデザインがもたらす落ち着きさが、彼女に幾分の大人びた雰囲気を纏わせるが、明るい色合いが彼女本来の元気さを損なわずに見せ、頭に付けた髪飾りが彼女の清楚さを強調する。自分より背が低いこともあって、まるでアオトが見せたおとぎ話から出てくる妖精エルフみたいに見えた。そしてそれが恋人のエリネである事実に、沸き立つ多幸感がウィルフレッドの目頭を熱くした。

「その、どうかな、ウィルさん?一応服とかの形は分かりますけど、やっぱりこういうのはあまり分からなくて――」
心配そうに服の具合を確認するエリネに、見とれてたウィルフレッドがぽつりと囁いた。
「――いい。とても素敵だ、エリー」
率直で心の底からの、悦びの熱を帯びた声の表情だった。エリネが少し恥ずかしそうに俯きながらも、同じ悦びで照れ笑いする。
「…え、えへへ…、ありがとう、ですよ」

二人の熱に当てられたかのように、女主人と店員は実にほっこりとした笑顔を浮かべた。
「お気に召されてなによりですよ。ここはお二人さんに特別価格で、髪飾りも含めて金貨一枚と銀貨六枚でお売りします~」



【続く】

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