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第十三章 ウィルフレッド
ウィルフレッド 第二十六節
しおりを挟む「もおぉ~、もう少しウィルくん達を見守りたかったのにぃ~」
カイ達に白猫亭の別室に連行されたアイシャが実に残念そうに嘆いていた。
「あはは、けどアイシャも本当は分かってるだろ、さっきのは兄貴とエリー二人きりにすべきだって。ほら、これでも食べて落ち着きなよ」
「うぅ…」
カイに手渡されたクッキーを涙目で齧るアイシャを見て、レクスとラナが微笑ましくもひっそり耳打ちする。
「カイくんもアイシャ様の扱い、結構うまくなってるよね」
「ええ。良い傾向だわ」
「…カイ、すまないがウィルに用意する薬草を幾つか仕入れて欲しい。頼めるか?」
「ん?ああっ、兄貴のためだったら任せてくれっ」
「あっ、だったら―」
アイシャが手伝うと言いかけようとするが、ミーナの意味ありげな眼差しを見て黙り込む。ラナとレクスもそれを察した。
「それじゃ頼んだぞカイ。何軒も店を回る必要があるが、お主なら問題あるまい?」
「勿論さっ!んじゃあとでなっ」
ミーナが書いたメモを手に、カイは部屋から駆け出していった。
「…ミーナ先生、何か私達だけに話したいことがあるのですか?」
頷くミーナ。
「察しが良いなラナ、これはカイとエリー抜きで話したいものでな」
――――――
長話になるからと、ミーナ達は茶を用意してそのまま部屋の机に座り込む。レクスが軽く首を傾げた。
「…それで、カイくん達抜きで話したいとなると、やっぱウィルくんの体についての話かな?」
「いや、ウィルに関係する話だが、それとは別件の話だ」
「別件…?」
「昨日のドッペルゲンガー変異体の事件についてだが、…アイシャ、お主が寄生体に襲われた時はどう感じていた?」
「え?それはもう、頭が真っ白になるぐらい怖くて…」
「その恐ろしさに、どこか違和感を感じてはいまいか?」
「い、違和感、ですか…?」
「ラナとレクスも、我々がジェラドの館に調査しに行った時に感じた妙な違和感のことを覚えてるか」
頷くレクスとラナ。
「あの時、我々はその違和感の正体を掴めずにいたが、ようやくそれが何なのか理解することができた。同じ感覚を、我らはつい先程感じたばかりだからな」
「…ウィルくんの記憶、ですね」
ミーナ達がラナを見た。
「実はウィルくんの記憶を見てた時、似たような違和感を感じてたの。最初は文化的違いによるものと思ってたけど…」
「僕もそう思ったよ。アイシャ様覚えてる?ウィルくんがジャングルとか言う場所で恐ろしい怪物と戦ってたところ。なんとなく今回の事件の時で感じた雰囲気と似ていない?」
「言われてみれば…。あの場面って凄く怖くて、思わず目を覆ってましたけど、確かにどことなく、私が襲われた時の感覚に似ていて…」
「ええ。そして程度は弱いけど、違和感自体は実は結構前から身近で感じてたわ」
「ウィルくん本人だねラナ様」
レクスに頷くラナ。
「ウィルくんが、ですか、レクスさん…?」
「うん。正確にはウィルくんやギルバートとか、ウィルくんの世界に関わるもの全てだね」
「おぬしらの言うとおりだ」
頷いては厳かな顔を見せるミーナ。
「話を続く前に、まず前提として、異世界のものが我らの世界に来たこと自体が未曾有の事件で、関連経験や研究は皆無だ。ウィルの存在がこの世界にどのような影響を及ぼすか、そもそもこの世界自体の法則全てを我々も完全に理解しきってない状況で、何が起こるかまったく予測不可能と言っていい。そこでだ、なぜこのような違和感を感じているのか、なぜドッペルゲンガー変異体と比べて、ウィルの違和感が薄いのか、我は一つ仮設を立てている。…それは、我々は本能的に察しているのかも知れん。これがハルフェンではありえない事件、決して存在しない光景ということを」
「ここでは…ありえない事件、ですか…?」
ミーナは机に三つのコップを置き、それぞれには水、砂糖を入れた水、そしてココアミルクが入っていた。
「これはとても抽象的なもので説明しにくいが。この水を我らの世界とし、この砂糖を入れた水をウィルやあのギルバートとして、ココアミルクをウィルの世界で昨日の変異体により起こした事件としよう。ここで、この砂糖水を水の中に入れよう」
砂糖水を水に入れて、当たり前のように砂糖水はそのまま水に溶けた。
「この水、外見的には何も変化はないだろう?なぜなら砂糖水と水は性質的に近いからだ」
レクスが少し首を傾げる。
「ええと、つまりウィルくん達にそこまで乖離感を感じないのは、それらの一部は僕たちの世界と性質が近い、いや、ここにも元からあるからってこと…?」
「そうだ、喜怒哀楽、感情を持つ心を有していること…。体に一部大きな違いがあっても、心や外見などはこの世界で元々あるものだ。故にウィルに対してはそこまで解離した感覚を抱くことはない。だが…もし我らの世界に、異なる世界の概念が、ウィルの世界で変異体により起こした事件の恐怖感が割り込んだら…」
ココアミルクを少し、水の中に入れると、それは予想通り水に溶けることなく、水の中でくっきりと見えるようになっていた。
「当然、大きな違いによりそれがはっきりと見えるようになる。これが我々が感じた違和感の正体だと我は推測している。正確には乖離感と言うべきだが、ここで重要なのは、その感覚が事件の雰囲気…恐怖感に対してのことにある」
アイシャは少し不安そうにミーナを見る。
「その…まだよくわからないのですが、昨日の事件の恐怖感自体が、地球…ウィルくんの世界独特の概念で、それが僕達が感じた乖離感の正体って意味なのですか?あんな恐ろしい事件、この世界自体にそもそも起こらない概念だと」
ミーナが強く頷いた。
「まさにそれだ。それが我らが本能的に決して存在しない光景と感じる理由、世界の根底レベルの違い、外なる世界の概念に対する乖離感だ。ウィルの記憶を見ていた時、多くの場面でお主らは直感的にこう思ってなかったか?こんな出来事、起こるはずもないものだと」
手を顎に当てるレクス。
「そうだね…。そもそもあんなハードな人生、僕達の世界の誰かが経験するだなんてまず連想もできないよ」
「うむ、そして万が一、この概念が…」
ココアミルクを入れた水を、ミーナが撹拌していくと、それはたちまち土色に染めていった。
「世界の概念を汚染しうる性質、法則を持つとしたら?」
三人の表情が強張る。
「ウィルの記憶で見た恐ろしい事件の数々が、彼に関係なく私達の世界で普通に起こりうる可能性がある、と言いたいのですか、先生」
「さっきも言ったように、これは前例のない出来事だからあくまで仮説にすぎないし、間違っている可能性もあるが、ウィルの世界…ひいては彼の来訪、その存在自体により目の見えない変化、悪影響がこの世界に与えられてる可能性がないとは言い切れん」
レクスが少し張り詰めた声で彼女に尋ねる。
「ちょっと待ってミーナ殿、その言い方、貴方ひょっとして…ウィルくんの世界の物事…いや、彼の存在自体が、いつか僕達の世界に害を及ぼす可能性があると考えてるのかい?」
「そんな、先生…っ」
不安そうなアイシャに、ミーナはすぐには答えなかった。
「ひょっとしたらカイくんを席からはずしたのも…?」
ミーナは厳かな顔をアイシャ達に見せる。
「カイ達は彼と結構親しんでるから、彼ら抜きで話したかった。今まで我々は他に急ぐ事態もあったからあまり考えなかったが、今回の事件は規模が規模なだけに完全に無視する訳にはいかない」
ラナが少し顔をしかめる。
「そうとは言っても、今回の事件がウィルくんの存在と結びつく証拠もないし、彼の存在が私達の世界に必ず悪影響を与えるという確証もないですよね先生?昨日の事件があったからといって、なぜ今になってそう考えるようになったのですか?」
(((よいな、ミーナ殿…異世界から来た魔人を、この世界に属さない彼らを、排除するのだ…でなければ取り返しのつかないことに…っ)))
かつてのザーフィアスからの警告を思い出しながら、彼女はとんがり帽子を正して続けた。
「我は封印管理継承者だ。邪神からの脅威は勿論、この世界を脅かすものに対しても同じぐらい警戒する必要がある。ビブリオン族の知識も半分はそのために存在するものだ。故にここで今一度、創世の女神の代行者とも言える巫女二人と、彼を見てきたレクスに問いたい。もしウィルの存在が本当にこの世界に害を及ぼしているのなら、君達はそれでも彼を受け入れることを良しとするか?」
ラナは即答した。
「私の答えは前と変わらないわ。彼や彼に関わるのものが自分の意志に関係せずこの世界に悪影響を与えているとしても、ウィルくんは既にこの世界にいるし、彼の人柄は、私達が受け入れるのに値するものだから。悪影響は後でどうやって対応すべきか考えればいいのよ」
レクスも続いて頷き、気楽にウィンクした。
「彼しかギルバートを抑えられないという利益上の視点もあるし、なにより彼の僕達の世界への反応は見ていて楽しいからね。ちょっと怖いと誤解されやすいかもしれないけどさ」
「ラナちゃんやレクスさんの言うとおりです」
アイシャが微笑む。
「彼によって助けられた子供達や人々がいるのも一杯いますし、そんな善性を持った彼を拒絶するのは、この世界の概念、女神様たちの理念…そして何よりも、私達らしくない気がしますから」
(私達らしくない、か…)
ミーナは少し帽子を低く被って顔を隠す。確かに、もし本当にウィルフレッドの存在が世界に害を成しているとしても、彼の善性を全否定して排除することなど、心の善性の体現者たる女神たちの巫女らには合わない行動だ。…或いは、善性を信じること自体が、取り返しのつかいことに結びついてしまうのだろうか。
しかし、ザーフィアスのあの警告の言葉の意味を未だ解していないまま、昨日の件だけで安易に彼の存在が危険だと結論するのも、確かにまた論理的分析を重視するビブリオン族らしくないと、彼女は苦笑した。
「…分かった。巫女達もそう言うのであれば、我からはもう何も言う事はない。すまんな、混乱させるような話をして」
「大丈夫大丈夫、それがミーナ殿の仕事だしさ」
いつものウィンクをするレクスにラナとアイシャも微笑で頷き、ミーナも軽く息を吐いては、気持ちを和らげるかのように茶で喉を潤った。
******
日が完全に暮れ、小さな魔晶石の明かりの下。泣き疲れたウィルフレッドは子供のようにエリネの抱擁に身を任せ、エリネも優しく彼の頭を撫でていた。ようやく落ち着くと、彼は小さくすすり声をしてはゆっくりと身を起こす。
「ウィルさん。もう大丈夫ですか?」
「ああ…。その、すまない…。つい、エリーに甘えてしまって…」
「いいんですよ、気にしなくて。…私としては寧ろ、もっと甘えても構わないぐらいですから」
優しく答えるエリネに、ウィルフレッドは少し照れて俯く。
「そういえば、もう一つ君に謝らなければならないことが…」
「なんです?」
「その、朝…君が作った大事なタルトを、つい、潰してしまって…」
それを聞いてエリネは小さく笑ってから、不満そうに口を尖らせる。
「ほんと、あれ最悪でしたっ。女の子の人生初めての告白があんな感じて台無しにされるなんて、ウィルさんったらひどいです」
グサグサとエリネの言葉がウィルフレッドの良心をめった刺しにする。
「うっ、ほ、本当にすまない…。このことはいつか必ず償うから…」
「いつかではなく、いま償ってください」
「え…」
エリネは机へ向かい、そこに置いていた小さな皿を持ってきた。その上には、一切れの苺タルトが載せていた。
「これは…?」
「今朝、皆のために作った苺タルトです。丁度一きり残ってたのをアイシャさんがくれたの。特製品ではないですけど、それはまた別の機会ってことで」
一度深呼吸してから、エリネは彼を見上げた。
「ウィルさん。改めて伝えますね。…私、ウィルさんのことが好きです。一緒に辛いことを乗り越えて、一緒に楽しいことを感じていて、お互い支え合いながら前へと進んで生きたい…。私の、この気持ちを、受け取ってくれますか…?」
恋する少女らしい恐る恐るとした口調で伝え、愛らしく頬を浅い苺色で染めるエリネに、ウィルフレッドは思わず唇を噛んだ。自分はなんてことをしてしまったと。この世界にとって異邦人であり、しかも余命僅かの自分が、目の前の健気な少女の魂に深く自分という存在を刻み込んでしまったのだから。
だけどその事実がもたらす悦びは、罪悪感を遥かに凌駕した、これまでにないほど独占欲を満たした。溢れ出ようとする涙を我慢しながら、ウィルフレッドは皿を持ったエリネの手に自分の手を重ねた。
「エリー…」
エリネの胸がドキンと小さく跳ねた。
「俺は…もう何もないと思っていた。サラ達が亡くなって、命も残り僅かしかない自分はずっと一人のままだと思い込んでた。心のどこかで、未だに俺と君達は同等でないと思い込んでいた。けど、そうじゃないんだ。カイやラナがいて、レクスやアイシャ、そしてミーナもいて、何よりも、君がこうして俺を思ってくれて…。なのに君達の気持ちに向き合えずに勝手に決め込んでじゃ、君やラナに怒られるのも当たり前だな…」
エリネの手を包むウィルフレッドの手が、その手の甲を愛おしそうに撫でる。トクントクンと、エリネの鼓動が早くなる。
「だから俺はもう、自分の死から逃げない、君と二人で最後までがんばると誓う。だって…俺も…俺も…いつも元気に笑うエリーが、大好きだ、どうか俺に、君の笑顔をこれからもずっと見せてくれ…っ」
嬉し涙がエリネの目からこぼれる、かつてないほどの輝く笑顔を見せながら。
「うん…、うんっ!ウィルさん、好き…っ、大好き!」
ウィルフレッドの胸元に顔を埋め、彼もエリネの肩を抱き寄せた。通じ合った気持ちが愛の言葉を通じて、真冬を溶かす暖かな日差しのように二人を満たした。
「ほら、早く食べてください。特製のものじゃないですけど、それでも私の得意な苺タルトなんですよ」
「ああ、そうだな」
皿から苺タルトを取り、サクリと一口齧った。
―――あの夜と同じように、さっぱりしていて程よい甘味が口内に広がる。彼女の笑顔も相まって、極上のタルトだった。いや、たったいま変わった二人の関係で、寧ろ今までどの美味も色褪せるほどの味だ。
「美味しい…やっぱり、エリーのタルトは何よりも美味しいよ」
思い人の感想に頬をさらに赤く染めるエリネ。
「えへへ…嬉しいです…っ」
感涙極まりながら互いに笑顔を見せる。彼らにとって人生の一番幸せに満ちた時間を、二人はいま一緒に感じていた。
その幸せを骨身に染みながら、ウィルフレッドは心の中で強く決意した。
戦おう、彼女のために戦って戦って戦い抜いて、彼女がこれから、ほかの誰も愛せないぐらい、強く命を燃やすさまを彼女の心の奥底に焼き付けよう。他の誰かと接するたびに自分を思い出すぐらい、彼女を愛そう。
先に亡くなる人としてこれ以上なく卑怯な考えだけれど、それでも構わない。それが今の自分に新たに生まれた、人生の価値そのものだから。
******
翌朝。カスパー町の外にある女神連合軍のキャンプ地。出発の準備の手伝いをしていたウィルフレッドとエリネは、最後の荷物を一緒に荷台馬車に置いていた。
「よいしょっと、これで良しっと。ありがとうウィルさん、こっちの分まで手伝ってもらって」
「いいんだこれぐらい。それに…」
少し咳き込むウィルフレッド。
「彼女の、手伝いをするのは、当たり前だと思うから…」
「っ、ウィルさん…」
お互いまだ慣れないように頬を染めて顔を逸らす。肩に乗ってるルルは、空気を読んだかのように隣の木の方で勝手にくつろいだ。
「おはよう兄貴、エリー」
「カイ、それにアイシャ」
湯気立つ二人に、カイとアイシャが寄ってきた。
「おはようございますウィルくん、エリーちゃん。…ふふっ、お二人さんとも、夕べはあれからとても楽しい時間を過ごしたようですね?」
既に茹でてる二人の顔がさらに沸騰していく。
「え…あ、まあ…楽しいといえば…楽しかった…かな…」
「う、うん…私も、とても楽しかったです…」
「え、そう、ですか…?それなら、良かった、です…?」
思わず素直な返答と、なんともいえない甘い雰囲気に、アイシャは面食らいながらつられて赤面してしまう。からかう側がつられて照れてどうする、とカイは苦笑しながら心の中で突っ込んだ。
「アイシャ…、エリーと兄貴に伝えることがあったんだろ?からかうのは後でもいいからさあ」
「そ、そうですね。すみません…」
(からかう前提なのか…)
「その、ウィルさんに何か用なのお兄ちゃん?」
「ああ、実はエリーと兄貴に会いたい人達がいるんだ」
「私とウィルさんに?」
――――――
二人はカイに教えられた待ち合わせ地点へと行くと、意外な二人がそこでエリネ達を待っていた。
「あっ、エリーさんっ」
「ミリィさんっ?」
そこには、先日変異体から助けたばかりのフレンとミリィがいた。
「良かった、エリーさん達の出発に間に合って…っ」
「お二人さんどうしてここに?体の方はもう大丈夫なのですか?」
「はい。私の方は元々大した傷は負ってませんし、フレンの方も、医者さんはもう体調もマナも安定して大丈夫って言ってました」
ウィルフレッドはフレンの方を見ると、確かにドッペルゲンガー変異体の呪縛から解放されたばかりの憔悴しきった顔はもはやなく、元気で精悍な顔つきになっていた。
「その節は大変ご迷惑をお掛けしました。僕の不甲斐なさに皆さんにご迷惑をかけただけでなく、僕とミリィはこうしてお二人のお陰で助かったのですから、改めてエリネさん達にお礼を言いたくて」
凜と礼儀正しく一礼するフレンの口調に隠された僅かな気弱さの声の表情に、なるほどミリィが前に教えたどおりで、彼に惚れた理由に納得する。それと同時に、自分が好きになったウィルフレッドもまた似てることに気付き、ミリィ達に改めて奇妙な縁を感じるエリネであった。
「お礼だなんてそんな、私達はするべきことをしただけで――」
「いいえ、エリーさんは私やフレンの命を助けただけでなく、大事なことさえも教えてくれた恩人ですもの」
「大事なこと…?」
フレンが代わりに答えた。
「お互い逃避せずに、勇気を出してしっかりと向き合って話し合うことです。ダンの死を僕が勝手に一人で背負い込んだ結果、あの化け物に付け入る隙を与えてしまったし…」
「私が本当の気持ちを言い出せなかったせいで、フレンを追い詰めてしまった…。でもエリーさんが教えてくれました。気持ちを伝えることに怖れず、ちゃんと二人で問題に向き合うべきだって。その勇気を教えてくれたのは、他でもないエリーさんなんですよ」
ミリィ達の真摯な感謝に、エリネがもどかしそうに照れる。
「え、えへへ、大げさですよそんな…。それに、変異体を倒せたのはウィルさんのお陰ですし…」
「勿論、ウィルフレッドさんにもとても感謝してますよ」
「ウィルでいいさ、ミリィ。…二人はこれからどうするつもりだ?」
ミリィとフレンはお互いの手を握りしめた。
「さっき言ったように、これからはフレンとしっかり顔を合わせて、ダンの分まで幸せに生きていきたいです」
「それが、友人だったダンにできる僕達の償いで、彼の願いを叶えることに繋がると思うのですから」
アオト達の言葉をウィルフレッドは思い出し、胸が軽く締め付けられる。
「それがいい。ダンもきっとそれを望んでるはずだ」
自分に言い聞かせるように彼は語り、フレン達が笑顔を返した。ウィルフレッドもまた、目の前の二人はどこか自分とエリネに似ていることに気付き、微笑ましそうに笑顔を浮かべる。
「そういうことですから、どうか私達の気持ちを受け取ってくださいエリーさん」
ミリィは綺麗な模様がついた小さな箱を手渡した。
「これは…?」
「どうぞ開けてみてください」
エリネはそっとそれを開いて中身に触れる。二つの鎖の触感、そのそれぞれに色の異なる花のペンダントトップがついていた。
「あっ、こ、これってまさか…、双色蔦のペンダントっ?」
エリネとウィルフレッドが同時に赤面し、ミリィ達は実に微笑ましそうにそんな二人に頷く。
「ええ。あの時の様子を見てすぐに分かりましたよ。エリーさんの恋が実るよう、私とフレンが全力で応援いたしますね」
エリネとウィルフレッドは恥ずかしそうに互いを見ては俯く。
「そ、それが…実はその…」
「俺とエリーは…昨日で、こ、恋人同士に、なったばかりで…」
言い慣れない単語にさらに顔を赤くして、思わず手で口を隠すウィルフレッド。
「本当ですかっ?おめでとうございますっ!」
「それはとてもめでたいじゃないですかっ」
まるで我が身のように嬉しそうなミリィとフレンに、エリネ達は実に朝食のゆで卵以上に熱く茹でられてる思いだった。
「でもこれだと、応援のための双色蔦は…」
「いいんですよエリーさん。私達から恩人であるお二人さんに送る記念品だと思ってください」
「…恩人ではなくて――」
エリネが顔を上げた。うれし涙を浮かべながら。
「お友達、ですよっ」
「エリーさん…っ、はいっ、お友達、ですっ」
ミリィとエリネが抱擁を交わす。二人の男性もそれを微笑ましそうに見守りながら、互いに握手を交わした。
「どうかお元気で、ウィルさん。いつかまたぜひ、カスパー町までお越しください」
『いつか』という言葉に寂しそうな気持を感じながら、彼は応える。
「ああ…、いつかまた、な」
朝日がカスパー町を照らす頃、連合軍は出発した。エリネとウィルフレッドは、見えなくなるまで自分達に手を振るうミリィとフレンに手を振り返し続けた。お互いの手をしっかりと握りしめながら。
【第十三章終わり 第十四章に続く】
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