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第十三章 ウィルフレッド

ウィルフレッド 第二十一節

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夜深くも心を陰鬱させる黒雲に覆われたガチーナシティの貧困街。黒いサイバーコートと同じ色の帽子を深々と被りながら、俺はかつてストリートで暮らしたようにゴミ箱を漁って食べ物を探した。
「なんでぇてめえ!勝手にうちの食べモンを荒らすな!」
浮浪者の罵声を無視しながら、まだ腐ってない合成リンゴの食べかけを拾い、その場を後にした。

「ぐ、うぅ…っ」
リンゴを数口齧ると、胸に走る痛みに思わずよろめき、手で抑えながら壁にもたつく。ビリーがクリスタルを引き抜こうとする際に負った傷は思ったよりも深く、一瞬ではあるが、結晶を最大励起した際の反動は未だに痛みとして体全身に響いている。ナノマシンの修復がすぐに追いつかないほどに。

予想通りだが、ビリーが亡くなっても、後任者によるアルマモドキイプシロンからの追撃は続いている。やはり『組織』の頭を潰さない限り、追跡は止まらないだろう。けれど、そこでまた根本的な質問に戻ってしまう。残り少ない命をそれに費やして果たして意味はあるのだろうか。

サラとキースも亡くなって、いつか終わる命であることを強く実感した今、寧ろますますその虚しさが強くなっていくばかりだ。こうなると、ビリーの言うように余生を楽しみに費やした方が余程マシなのかも知れないと、思わず苦笑する。

(((君にとって人生の価値はなんだ?)))
ミハイルの質問が再び心の中で問いかけてくる。今思えば、俺にとっての人生の価値は、ジェーンやアオト達を含む家族ファミリーだった。サラやキース達がいなくなった今の俺に、それ以外に価値となるものは残ってるのだろうか。
(俺は…俺にとっての人生は…)

突如、目の視界が赤くなり、ノイズが走っては強い吐き気が襲う。重傷を負ってから時折起こる症状だ。
(うぅ…!くそ…っ、くそ!)
単に傷が響いているのか、それともこれこそが肉体崩壊の兆しなのか。心の中で何度も毒づくこの苛立ち自体さえも、孤独に苛まれた故なのか、精神崩壊によるものなのかも区別がつかず、俺は死の影に怯えた。

「きゃあああっ!」
ふと、少し離れた路地から女性の悲鳴が聞こえた。いや、もう一人若い男性がいるか、他にも複数の声が聞こえる。大方、ここ一帯のギャングかチンピラが地元の人を襲っているのだろう。

彼らを助けようとして踏み出した足を止める。ここで彼女らを助けて何になる?今の自分に他人を助ける余裕なんざない。俺達にかけられた賞金はいまだ有効で、今や誰もが俺達は異星人だと信じている。助けてもまた怖れられ、裏切られるのがオチだ。

ニコライやシェリーのように、自分が関わった方が彼女らは不幸になるだけだと言い聞かせながら、俺はその声を無視するようにした。もう、お人よしになるのは、ごめんだ。

――――――

「お願いだっ、ヤーナだけは…あぐっ!」
「イーサンっ!きゃあっ!」
バットで地面に打ちひしがれるイーサンを庇おうとするヤーナもまた、他の女ギャングに蹴られては彼に追い被さるように倒れこむ。

「ふふんっ、あんた良い悲鳴するんじゃないの。通行料が払えないってんのなら、あたしの玩具になってもいいんだよ?」
「う、うう…お、お願い…っ、さっき渡した通貨が私達の持ってる全部ですっ、どうか見逃してください…っ」

痩せこけてる二人を女ギャングを始めとした数名のギャング達がそれぞれナイフやパイプを威勢よく舐めては振り回し、その仕草をするたびにイーサン達がビクつく。
「イヒヒヒヒ~~!二人ともさ、魚みてえに震えてやんの!は、はやくお料理したい!」
「あ~あ、あんたらがそう怯えるからうちらのモンが火、着いちゃったじゃないか。払えないのなら仕方ないねえ。あんたら、食って良いぞ」

ドラッグハイのギャングがその一言で目に血を走らせながら、先ほど他の犠牲者の皮を剥いだばかりのナイフを振り下ろした。
「アヒャヒャヒャッ!料理料理りょうりぃ~~~!」
「きゃあああぁっ!」

「グヒャァッ!」
だが血を吹いて吹き飛んだのはギャングの方だった。

「なっ!?」
胸を押さえながら、俺は倒れている二人とギャング達の間に立った。
「なんだあんた!あたしらの楽しみを邪魔する気かいっ!?やっちまいな!」
警棒で指示する女ギャングに合わせ、他のギャングらが一斉に凶器を振り回しながら飛びかかる。

「ぐぁっ!」「ぎゃあっ!」「へぶっ!」
重い体を必死に奮い立たせながら、一部サイバネ化もしているギャング達の攻撃を避けては次々と倒していく。それでも一瞬、激しい痛みが全身を走っては目が眩んでしまう。
「うっ」「チャンス!」
女ギャングの電撃棒が脇腹に直撃し、神経まで焼かれる感覚が意識を揺さぶった。

「ぐあっ!」
「アハァッ!対サイボーグ用の超高電圧だよ!これで大人しく――」
俺は反射的に警棒を掴み、思いきってそれをへし折った。
「うそぉっ!?」
そしてそのまま前に踏み込んでは肘の一発を喰らわせ「あぎゃっ!」思い切って一回転すると女ギャングは地べたを舐めた。彼女がリーダー格だったのか、周りのギャング達は思わず動きを止めてたじろぐ。

「な、なんだこいつぁ…っ?サイボーグならさっきの一発で倒れてるはずなのに、まさか軍用のパーツを使って――」
「あ…、こ、こいつはあれだ!指名手配されてる五人の異星人の一人だっ!」
反射的に顔を腕で隠した。この時ようやく気付く。さっきの女ギャングの一撃で帽子が吹き飛んでることに。
「に、逃げろーーーっ!」

(くそ…っ!)
彼らを止めようとするも、先ほどの電気ショックの余波が体を襲い、胸の傷口が開いては血が滴る。
「うぐぅ…!」
足元がおぼつかずに倒れこむと、助けた二人が傍で俺に怯えた視線を向けているのが見えた。かつて血まみれの女性と同じ眼差しだった。

(結局…こう、なるのか…サラの言うとおり、本当に…救いようのない…馬鹿だな、俺は…)
心の中で苦笑すると、やがて意識が途切れた。


******



夢の中で、ヘンリーが腹から血を流していた。ダニーの体が寒さで真っ青になっていた。
「ヘンリー…っ、ダニー…っ」

ジェーンが病で倒れていた。ニコライとシェリーが燃えていた。
「しっかりしてジェーン!死なないで…!ニコライっ、シェリー…っ!」

サラがさよならを言ってるように手を振った。キースが笑顔で背中を見せ、離れて行った。
「サラっ、キース…!お願いだ、一人にしないでくれ…!でなければ俺は…もうなにも…!」
全てが虚空へと消えた。俺一人だけを残して。
「みんな…っ」

ふと、後ろから泣き声が聞こえた。
「…なんだ?」
振り返ってみたが、そこには闇しかいなかった。けど泣き声ははっきりと聞こえる。振りかぶる雨の音と共に。

「誰だ…いったい、誰が泣いているんだ」
泣き声のに向かって走った。その声に届くよう、手を目一杯伸ばしながら、ひたすら走った。視界に光が溢れた。

――――――

「――アナハイムシティで起こったシティ市議員襲撃事件は――」
聞こえるのは泣き声でなく報道音だった。目に満ちた光は、旧型モニターのニュース画面だった。まぶたをゆっくり開いて回りを確認する。そこは小さく小汚いアパートのリビングのようで、家具は最低限のものしかなく、自分が今横たわっているソファもあちこち破れている。やがて俺の目は、少し離れたところで隣り合って座っているあの二人に留まった。

「イーサン、目が覚めたわ…」
「あ、ああ、分かってる…」
二人の顔はやはり怯えたままで、手には自衛用のスタンガンを握ったままだった。察するにここは彼らの家、アパートなんだろう。
「ここは…うぅっ…!」
なんとか身を起こすと、胸に痛みが走る。手を当てると、体全体に包帯が巻かれていた。

「これは…君達が…?」
二人を刺激しないよう、できるだけ穏便な口調で話しかける。
「あ、ああ…」
イーサンと呼ばれる男は怯えながら答える。

「良かったのか…?あいつらが言ってただろう、俺は――」
「異星人だろう?傷が勝手に塞がっていくし、その顔、ニュースの報道で見たから…」
「だったらどうして…」
「その前に教えてくれ…異星人のあんたが、どうして私達を助けたんだ?」

彼の質問に、俺は思わず苦笑した。イーサンにではなく、自分の行動に対して。
「…どうして、だろうな…。正直、自分もよく分からないんだ…」
さっき彼らを無視しようとした時の気持ちを思い出す。それはとても辛く、痛くて、自分の何かが壊れそうな感じだった。そしていつの間にか、二人を助けるよう動いていた。それだけだった。俺の答えに困惑したかのように二人は互いを見た。

「それで…どうしてあんたらは俺を助けた…?後で賞金を貰うためか?」
「私は最初は反対してたわ、貴方を助けるの…」
少し俯くヤーナ。
「けれど…貴方が私達を助けたのは事実ですから…」
「私も、これは報道で言われたようにあんたが私達の同情を買うための手段だと思ってたんだ。だけど…」

構えていたスタンガンを少し下すイーサン。
「倒れ込んでたあんたの顔はまるで泣いている子供のような感じで、とても凶悪な異星人には見えなかったんだ…」
「泣いている、子供だって…」
「ああ…。そのまま君を放置したら…なんだか違う気がして…。傷口は自分で塞がっているけど、中々治らない感じだったから、つい…」
暫く、言葉が出なかった。

「パパ…ママ…?」
「「ユリアン…!」」
俺と同じ銀髪の小さな男の子が、リビングのドアから二人に駆け込んで抱きついた。
「ユリアンっ、部屋にいなさいと言ったんでしょ…っ」

「パパ、ママ。あの人誰…?」
「大丈夫だよユリアン。彼のことは気にしなくて良い。大丈夫だ…」
二人はなだめるようにユリアンを抱きしめては撫でる。両親に抱かれて不安そうだった顔が落ち着くユリアンが、幼い自分の姿と重なった。

いつの間にか涙を流していた。心底良かったという悦びに満ち溢れていた。今までずっと見知らぬ誰かがを助け続けた理由。

「あ、あんた…その、すまないが…」
そんな俺を不思議そうに見ながら、イーサンが恐々と声をかける。
「もし、体調がよくなったのなら、そろそろ出てくれると、助かる…。さっきはついあんたを助けたんだが、正直、今は少し後悔している。もしシティ警察か賞金稼ぎバウンティハンターにあんたのことを知られたら…」
「分かってる」

痛みに耐えては立ち上がり、傍に置いていたコートを掴んだ。
「助けてくれて、ありがとう」
「あ…」
少し後ろめたい表情を浮ばせるイーサンとヤーナに小さく会釈すると、いまだ怯えてるユリアンに笑顔をかけた。
「大丈夫だ。何も心配はいらない」
彼は困惑そうな顔を浮かべた。

暖かそうに抱きしめあう彼らに羨望の眼差しを送っては、俺は外へと駆け出した。少し離れたところから武装した人達の足音が聞こえる。シティ警察か企業私兵、傭兵の類か。さきほどのギャングらが呼び寄せたのだろう。アパートの三階にあるイーサン達の家から遠さがるよう、反対側の方向へと跳んだ。

(よかった。本当に良かった…っ)
疾走の向かい風に吹かれながら安心の涙がいまだに零れる。もしさっき、自分があのままイーサン達を無視したら、今頃あの子は独りで泣きじゃくっているに違いない。いくら泣いても誰も自分を救ってくれなかった、あの時の自分と同じように。

そうだ。これこそが俺を突き動かす理由、俺の人生の価値なんだ…っ。自分はずっとを助けるために無自覚に他人を救い続けてきた。彼らを見捨てたら、かつての自分を見捨てたのと同じことになるから。誰かを助け続けることで、より多くのかもしれないから…っ。

胸の痛みは、溢れ出る切なく暖かな気持ちで和らいでいく。思わず拳に力が入る。残りの命を、価値あるものだと思えるものに費やす熱意が燃えてくる。今の自分に、あの一家のように、恐れ、傷ついたときに助け合い、慰めあい、大丈夫と囁いてくれる大切な家族を持つことはもはや叶わない。それでも、俺は助け続ける。あの時の自分を誰も救ってくれなかったのなら、自分が救う側になってやるっ。

残り少ない命をギル達が『組織』への復讐に費やすのなら、俺は自分が信じる価値に、自分自身を救い続けるために費やすんだ!


******


ロコサ山脈の山奥にある原油精錬施設。『組織』が隠れ蓑として人体実験の実験場としていたその研究施設内で、警備サイボーグやアームドスーツの残骸がけたたましい警報サイレンの赤い明かりに照らされる。アルマ化して侵入した俺は、全てが真っ白に作られた監禁部屋のロックを壊して入る。実験体として集められた子供達が部屋の隅で怯えながら俺を見上げた。

「うっ、うわあぁぁ化け物…っ!」
「ぼ、ぼく知ってる…!こいつ、今あちこちでを殺しまわってる異星人だよ…!」
「近寄らないでぇ!」
少女が俺を睨むと、肩のアーマーが小さく発火するが、すぐに消えた。

「あうっ、やっぱり効かないよエル…!」
「もう終わりだよ…この真っ白な家で僕達はベンたちみたいに死ぬんだよ…っ」
「ミ、ミリルには手を出させないぞ!」
子供達が向ける怯えた視線に、俺は意も介さなかった。

「この中でビーグルの操作ができる子はいるか?」
「え…」「ど、どういうこと……」
「いるのかっ!いないのかっ!?」
大声で催促した。子供達がビクつく。

「す、少しなら、僕が…」
「そうか。ここから出て1階のガレージに行け。ルート設定済みの輸送ビーグルが一台置いてある。それを使ってシティへ逃げろ」
「わ、私達を逃がしてくれるの…?」
後ろから追手の機動兵達の接近を感じた。

「今すぐ行けっ!グズグズするなっ!」
そう怒鳴りながら困惑したままの子らを後にし、彼らの道を開くよう迎撃に出た。

――――――

施設を見下ろせる山の上で、設置した爆弾が次々と爆発して炎上していく施設から、一台の輸送ビーグルが飛び離れていくのを見届けた。

『組織』にいた頃は、俺は体制の下に生きていた。思慮すべき家族ファミリー達がいた。だからこのような子供達は例え知っていても手を出すことはできなかった。その遺体に祈りを捧げることしかできなかった。けど今はもうはばかる必要はない。ただ自分の信じる価値の赴くままに動くだけだ。

輸送ビーグルが見えなくなるのを確認すると、ここに来た時に使ってたビーグルに乗り、その場を離れた。

こうして『組織』や別企業のこの手の施設などを次々と破壊しながら、俺は目的地へ移動していく。今の自分にとって最後に残る家族ファミリーである、ギルとアオトを止めるために。これ以上彼らの復讐で他の誰かを、自分と同じように路地裏で泣き続ける子達を作り出させたくないのだから。

(ギル、アオト…っ)


******


コロンビアシティ。永い冬ロング・ウィンター以前の旧世紀において、かつて米国と呼ばれた地区にあるメガロシティ。そこにある、重要文化遺産としてシティ機関に保護されたワシントンD.C.廃墟群。しとしとと酸性雨が降り注ぐ夜に、俺は新たに調達した帽子を深く被り、コートを掴んで吹き荒れる風を凌いでは、その敷地内を歩いていた。

文化遺産の保護と聞こえは良いが、その実体はシティ機関と癒着している企業がその名目を借りて、かつて旧世紀諸国の一強を担ったといわれる米国がここを隠れ蓑として開発した様々な技術の発掘にある。そしてその企業は当然、『組織』所属だ。

もっとも、一応技術関係の極秘情報もあるが、それらの開発は他の土地で行われてるものが多いようで、殆どが当時の行政的な機密情報しか見つからなかった。旧時代の国が全て崩壊している今では何の価値もなく、読んで喜ぶのは物好きな歴史愛好者だけだろう。それでも一応全ての資料がデータ化され、資源を搾り取ったここの廃墟群はその最後の価値を搾り出すように、今は観光地として大衆に一般公開されている。

スミソニアン自然史博物館、ナショナル・ギャラリー、ホワイトハウス…。修復半ばで放置されているこれらの廃墟群と、あちこちに長らく使われてないブルドーザーやアームカー、工事用資材を眺めながら、目的地である議会議事堂跡を目指した。

(((あの、議事堂…行きたいって、言ったよな…次は、あそこに、連れ、て…)))

キースの最後の言葉…。あれは単にかつて弟のバーグと交わした約束かもしれないが、俺はあえてそれがアオト達の行き先であると賭けることにした。その言葉が、キースが俺当ての言葉だと信じたいから。

今の時代で議事堂で遊ぶと言えば真っ先に連想するのが、ここの議会議事堂跡だ。『組織』と関わりのある場所であり、何よりも、先ほど外でセキュリティをハックしようとした時、すでにハッキングされてる跡がある。その可能性は極めて高くなった。

酸性雨を浴びながら人気のない案内道を歩くと、やがて半壊したままのアメリカ合衆国議会議事堂が見えた。
「…っ、ねぇ」「ああっ」
その入口前で集まっていた何名かの少年少女達が俺を見ると離れていく。恐らく地元の子らで、ここの周りに置かれた資材からパーツや金目のものを盗んでいたのだろう。

大衆公開されても、今の時代でこのような廃墟群にロマンを感じる人は殆どなく、観光地としては閑古鳥が鳴くほど寂れている。廃墟の修復工事も、色んな理由を付けて停滞しており、完了したものは一つもいない。観光地化自体、あくまで企業がシティから補助金を確保するための口実というところだ。資材などが長らく放置してる理由もそこにある。

議事堂の前で、俺は改めて装備や体調などを確認した。イーサン達に助けられてから、吐き気やノイズに苛まれる症状は再発していない。傷が癒えたからか、心に熱意が沸いたからかどうかは分からないが、これで冷静に行動できるようになったのはありがたかった。

「旧世紀の遺産、アメリカ合衆国議会議事堂跡にようこそいらっしゃいました。ガイドが必要な場合は一言申し付けてください」
案内用の耽美な男性アンドロイドの機械的な挨拶を無視し、観覧ルートに沿って内部を暫く進む。外と同じく中は一人も観光客はいないが、途中で警備員まで見かけないことに気付くと、俺はルートから抜けて銃を構えた。

「…っ」
カメラの死角となる物陰で、こと切れた警備員たちの死体が何体か倒れていた。亡くなってまだそう時間は経ってない。ギル達がやったのだろうか。

気が付くと、他のところに比べて非常に綺麗に再建された大きな円型のドーム部屋に出た。周りには元々かけてあったもののレプリカと思われる水彩画が数多く掛けられており、天井にある荘厳なフレスコ画に小さく息を呑んだ。フレスコ画の紹介ホログラムでは、そのフレスコ画の題が映し出されている。
(ワシントンの神格化…)

部屋内を見渡すと、ある絵画に不自然な血跡がついているのに気付く。
(これは…?)
注意深くそこに触れると、パシュッと音とともに小さなホログラム操作パネルが浮び出た。
(この端末、ハッキング済みだ…)

それを操作すると、アメリカの国旗が掛けられた壁がスライドし、隠しエレベータが出現した。周りをもう一度確認してエレベータに入り込むと、それは地下に向かって移動し始めた。数秒経過するとエレベータは止まり、ドアが開いていく。その先に暗い空間が広がっている。

銃を構えて出たら、そこは思いのほか古く感じる大きな部屋だった。中はまるで計算機の博物館みたいに、様々な時代のコンピュータが乱雑に置かれており、ケーブル類がまるでジャングルの蔦のように複雑に絡んでいた。警備用と思われる機械兵士ドールの残骸を避けては注意深く奥へ進むと、今の時代で最先端と思われる端末装置があった。

暗闇の中でぼんやりと光るホログラムモニターに近づき、それを操作する。予想通り、先客の操作の跡がそのまま残っていた。
(なんだこれは…。旧世紀の年号の検索履歴…西暦1776年…1939年、1988年…、ただの歴史データか?こっちは…最重要機密データ、次元跳躍戦術艦ヌト…?)

「ここは『組織』の起源の一つと関係ある部屋だそうだよ。もっとも、今はただのデータハブになっているけどね」
後ろからの声に俺は振り向いた。
「でもお陰で、とても重要な情報を手に入れたよ」
「アオト…!」

そこには、アルマ化したアオトが立っていた。腕に展開されたビームボウを俺に向けたままで。


【続く】
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