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第十三章 ウィルフレッド
ウィルフレッド 第十三節
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酸性雨が降りきしる夜。ニューザダルシティの廃棄商業エリアに向かうアルファチーム用戦術機内で、俺達はビリーを経由したミハイルのブリーフィングを受けていた。
「ターゲットとなる変異体は、全ての能力が不明であるため暫定的にアンノウンと称する。数時間前、こちらの探知用ドローンが変異体の活性反応を、この先の廃棄エリアR-48にあるショッピングモールの中で確認した。イミテーション・ドローンは確認されてないが、現場は他に十数名の市民がいることが分かった。内蔵チップのデータからはみな意識不明となっており、どれもこの一週間で失踪扱いとなってる人達だ。今回の任務はかれらの救助とアンノウンの捜索および撃破となる」
「意識不明のまま捉えてるって訳か?まさかこの前やりあったばかりの『パラサイト』みてぇな、人間を媒体に繁殖するタイプじゃねえだろうな」
「救助する際は一応確認しとかないといけないね」
ミハイルのホログラムはサラとアオトを一瞥してから続いた。
「ターゲットの現状が不明なため、いつもどおりまずはノーマル装備で現場に潜入し、アンノウンを確認してからのアルマ化とする。周りはこちらの処理班が既に包囲網を敷きいてる。アルマや変異体は依然として最高機密扱いなのを忘れないように」
ギルが気だるそうに軽く背伸びする。
「分かってるって。…にしてもこの一ヶ月間、今度も含めてこれで六件目になるな。異星人たち、いよいよ本気を見せるってことか?」
「可能性はあるとしか言えん。いつも以上に気を引き締めるように、以上だ」
そう言って、ミハイルは通信をきった。
拳銃を改めて確認している俺はふと、キースの様子がおかしいことに気付いた。
「どうしたんだキース?頭をずっと抑えてて」
「…ん?あ、いや、なんだか少し頭痛がしてね、大した問題じゃないさ」
その言葉にアオトが少し訝しむ。
「頭痛…?まさか一昨日のメンテが不完全で傷が治ってないとか?」
「そうじゃないんだっ!ほっといてくれないかっ!」
キースのいきなりの大声に俺達全員が彼を見た。
「おいキース!てめぇなに吼えてやがんだっ?アオトが心配してるってのにっ!」
「す、すまない…。どうも気持ちが落ち着かなくて…」
「別に、気にしてないよ。でも本当に大丈夫なのキース?必要なら君だけタワーに戻って検査を受けたほうが――」
「いや、任務に支障を出すほどのものでもない、いけるさ」
「キースがいけると言ってるんだ。好きなようにやらせればいい」
ギルがそう言っても、やはり不安感を拭えないように俺とアオトはキースを見ると、彼はいつもの気さくな笑顔を見せた。
「なに、自分の体は自分が一番良く知ってるんだ。ヘマはしないさ。それに、いざとなった時には頼りになるチームメイトがいるだろ?」
ウィンクを見せるキースに俺達は苦笑した。
「あと3分で目標上空に到達します。アルファチーム全員、出撃の用意を」
「聞いたなあんたらっ。戦闘の時間だ!早く用意しろっ!」
――――――
ライフルなどノーマル武装を装備した俺達は、無人の廃墟と化したショッピングモールの広場へと目指した。目の暗視機能は闇をものともせず、お互いにカバーし合ってサインを出しながら、やがて中央に三階の天井まで届くほどのモニュメントがいる広場の入口付近に到着する。
(偵察ドローン、展開します)
内蔵インカムで報告すると、アオトの背中にある装備ボックスから数機の小さなドローンが飛び出し、彼の脳波指示に従って広場内をスキャンしていく。
(へっ、いつもアオトがこうしてくれればアタシも楽になるんだけどな)
(無駄口を叩くなサラ。アオト、スキャンデータをこちらに回せ)
(了解)
ギルの指示と共に、ドローンがスキャンした広場の熱反応などの映像が脳内に転送される。
(なんだこりゃ、あいつら吊るされてるのか?)
映像にはカフェのパラソルやテーブルなどが散乱し、中央にある巨大なモニュメントと、その傍の床に開いた大きな穴がある広場が映り出される。
そしてモニュメントを中心に、拉致された市民達が蜘蛛の糸にも似た分泌物によって繭のように包まれては、全員ガラス天井から吊るされてるのを確認した。
(そのようだね。チップデータのとおり全員意識不明だけど、詳細な状態はおろして確認しないと分からない)
ギルが尋ねる。
(あの穴はどこに繋がってる?)
(スキャンしてみたけど、かなり深くて横に向かって伸びてるようです。ひょっとしたら変異体はここからシティに…?)
(穴や広場に変異体の反応はあるか?)
暫くしてからアオトが返事する。
(特にありません)
(よし、ドローンは監視を継続。アオトは三階からサポートを、キースは穴を、俺は周りを警戒をする。サラ、ウィル、あんたらは市民達を解放して容態を確認しろ。…おいキース?)
まだ軽く頭を抑えてるキースがハッとする。
(あ、ああ、了解だ。問題ない)
(ならいい、全員、いけっ!)
広場へと一斉突入すると、アオトは装備ボックスを背負ったまま三階へと軽々と跳びあがり、狙撃銃で広場を狙いながらドローンを脳波操作する。キースとギルがそれぞれのポジションにつくと、俺とサラは高く跳びながら超振動ナイフで次々と意識不明の市民達をおろしていく。
(…こいつら、命に別状はねえ。身体状態もいたって良好だが、体になんらかの麻痺液を注入されてるようだな)
メディカルデバイスで彼らの容態を確認するサラ。
(後の食事として保存してたってことかぁ?とにかく、こりゃちょっとやそっとじゃ起きることはねえぞギル)
(そうか、なら好都合だ。変異体の反応はないなアオト?)
(はい、動体センサーや赤外線センサーなど全て異常無しです)
(よし、聞いたなビリー、外の救助隊にこいつらを運び出すよう指示を出せ。…さて、どうやら変異体はこの穴からシティに外食中のようだな)
市民を拘束する糸を切り裂きながら、俺はモニュメントの傍にある穴に近づくギルと、穴の向かい側でいまだ頭を抑えてるキースに呼びかける。
(大丈夫かキース?すごく苦しそうに見えるけど…)
(…あ?ああ、まだ、大丈夫だ…)
とても大丈夫そうに聞こえないキースを案じて、市民を解放しては彼に近寄ろうとしたとき、アオトが叫んだ。
「ギル!みんな!モニュメントから離れて!」
ドローンの探査映像に、モニュメントから急激なエネルギー反応を発していたのをアオトが確認した。
「変異体だ!あのモニュメントが変異体なんだっ!」
全員の視線がモニュメントに集まると、怪しい菫色の光を発したモニュメントが蜘蛛に似た多くの長足を展開し、その一本が勢いに乗ってギル目がけて突きだされた。
『GiRiiiii!』
「ぬおっ!」
俺達が動くよりも先に変異体の足がギルを捉え、ズシンとモール全体が揺れるほどの衝撃で砂塵が舞い上がる。
「「「ギルッ!」」」
吹き荒れる砂塵の中で、赤色のアスティル・クリスタルが眩しく輝いた。
「…この野郎…っ」
アルマ化したギルが、自分の数倍の大きさもある変異体の足を堰き止めていた。
「擬態能力ってか!?味な真似しやがってぇっ!」
雄々しい吼え声とともにアスティルエネルギーがほとばしり、弾かれた変異体の巨体がぐらつく。
『GiiRiRirrrriii!』
「ギル!この蜘蛛野郎がぁ…っ!」
サラやキース達も即座にアルマ化して加勢しようとするとたん、周りで散乱していた瓦礫やテーブルが急激に震えだし、小さな蜘蛛状の変異体と化しては俺達目がけて飛びついてくる。
「気をつけて!この部屋の周りあちこちに擬態した変異体がいるよっ!」
アオトが三階からアスティルエネルギーの矢を連射して子蜘蛛たちを蹴散らす。サラが叫ぶ。
「ちぃっ!ウィル!あんたこのバカどもを小さいのから遠さげろ!アタシはギルの援護に出る!」
「分かった!」
『GirAaaAaa!』
「このくされ蜘蛛がっ!」
ギルがサラの玉に援護されながら槍を叩き込む。俺はアオトに援護されながら、小さな変異体を切り払って既におろした市民達を一箇所に集めるように動いていた。そのために誰も気付いてなかった。アルマ化したキースが、さきほどより一層苦しんで頭を抑えてるのを。
「うっ、ウウゥ…ッ!」
「バインドシュート!」
隙を見てアオトが蜘蛛型変異体に向けて放った無数の翠色の光の矢が尾を引いて変異体に絡みついては縛り上げる。その隙にギルの槍とサラの玉が同時に叩き込まれる。
「「ぜえりゃっ!」」
『GiRAAAA!!』
変異体が大きくぐらついてモールの壁にぶつかり、モール全体が大きく揺らいだ。その震動でいまだ吊るされている繭の何体か床に落ちると、それに刺激されたかのように突如キースが吼えた。
「があああぁぁっ!煩いぞバーグ!」
「キース!?」
拘束された変異体にキースは生成したハルバードを乱打していく。およそ彼らしくもない怒り任せの怒涛の勢いで。
『Giaaa!?』
「黙らないか!黙らないかぁっ!!」
『GaAA!GiiiiaAOO!』
激しい乱打が暫く続き、ほどなくして変異体だった砕けた塊が床の一面に散らばっていた。その残骸の前で息を上げながら呆然と立っているキースの体に巡るエネルギーラインは、茶色ではなく赤色だった。
「す、すさまじいなこりゃ…」
さすがのサラも呆気にとられ、他の小さな変異体を片付けた俺たち全員と同じようにただキースを見つめていた。
「ハァ…ハァ…」
「キ、キース…」
彼をなだめようと俺は近寄ろうとした。
「う、うわあぁぁぁぁっ!」
突然の叫び声に思わず体が固まる。俺達は気付かなかった。さっきの震動で落ちた繭の一つから一人の市民が意識を取り戻し、糸をほどいて立ち上がってたのを。
「っ!だから――」
「! キース!」
その声に刺激され、市民に一番近いキースが動いた。
「黙れとっ、言ってるだろぉぉがあぁっ!」
「やめ――」
すでに遅かった。俺やアオトが動くよりも先に、キースのハルバードが恐怖で声をあげていた市民を貫いてた。真っ赤な血がハルバードに伝って滴り落ちる。
「フゥー…フゥー…、…ぁ?」
「あ…げほっ…」
小さく咳して血を吐くと、市民はぐたりとして動けなくなった。
「あ、ぁぁぁ…っ、バ、バーグ…っ、バーグ!すまいない!俺は、俺はこんなつもりじゃ…!」
まるで子供のような掠れた声をしながら、キースは震えて市民の亡骸を手に抱いた。いきなりの出来事に、俺は言葉に詰まる。
「キ、キース…」
彼に手を伸ばそうとした瞬間、市民の体全体がいきなり輝きを発し、溶けて液体となっては泡を吹いて蒸発した。
「こ、こいつ、イミテーション・ドローンだったのかっ」
「あっ、あぁっ!?バーグっ!」
だがキースはそれを理解できず、依然として弟の名を呼んで必死に地面をまさぐった。
『KIRIiiii!!!』
変異体の残骸が突如蠢いた。一番大きい残骸が破裂しては蝶の如き輝く羽が広がり、一回り小さな変異体がとび出た。
「うおっ!こいつまだ…っ!」
『KIRIRIRIRI!』
サラが玉を飛ばすよりも早く、輝く鱗粉を撒き散らしながら変異体が床の巨大な穴へと飛び込む。
「ちぃっ!アオト!サラ!キース達の面倒を見てやれ!ウィル!一緒に追うぞ!」
「了解!」
俺はギルとともに穴へと飛び込んで変異体を追跡しに行った。
「畜生!いったんどうなてんだ!アオト!倒れてる奴らを集めて救助隊に急ぐよう伝えろ!」
「わ、分かったよサラ!」
「おいしっかりしろキース!さっきのはイミテーション・ドローンだったんだ!それが分からねえのかっ!」
「放してくれ!」「ってぇ…!」
自分を触ろうとするサラの手を打ち払い、キースはただただ両手で顔を覆いながら、ひたすら同じ言葉を繰り返していた。
「バーグ…っ、俺を許してくれバーグ…っ!」
「くそ…っ!いったいどうしちまったんだよキース…っ!」
******
変異体が掘ったと思われる穴の中を飛翔する俺とギルは、やがて古びたレールが敷かれているトンネルへと出た。変異体が残した鱗粉はいまだキラキラと輝いており、俺たちはそれを頼りに飛翔しながら追跡を続ける。
「ここは…旧世代の地下鉄線路か?」
「面倒なところに逃げ込みやがる…ビリーっ、今俺達がいる旧世代地下鉄のマップデータをすぐ取得しろっ」
「了解、ニューザダルシティのマップに合わせて転送します。なお、アンノウンはその能力により『ミミック』のコードネームで呼ぶことになります」
「んなこたぁどうでもいい。それより早くマップデータを寄越せ」
「は、はいっ。…今転送します」
1秒も待たずに、シティマップと合わせた線路マップデータがビリーから送られる。そのデータと鱗粉の行先を確認した俺は思わず声をあげる。
「この方向…ギルっ、あいつシティの方に…っ」
「分かってるっ、ビリーっ!シティに処理班を先に向かわせろっ!」
「了解っ、シティで待機している第三、四処理班も指示を出しますっ」
「! あそこだギル!」
俺達の前方に、先ほどよりも一回り大きくなったミミック変異体が一段と鱗粉をばら撒いて加速する。より濃くなった鱗粉に触れると、目やスキャン機能に突如ノイズが走り出す。
「ぐっ!この粉っ、チャフとして機能するのかっ!」
「結晶励起っ!」
一吼えとともにブースト結晶がギルの体に生え、さながら火を纏うかのように展開された赤いアスティルバリアが、飛び交う鱗粉を焼き払っていく。
「結晶励起っ!」
俺もそれに合わせてブースト結晶を展開させては、先ほど以上の加速度で変異体に迫っていく。
『KIRIIIII!』
あと少しで追いつこうとしようとする時、変異体が突如回転しながら方向を転換し、駅らしいプラットフォームから小さな通路を無理やり削り広げながら上へと突進していく。瓦礫で埋もれた通路に俺とギルは足止めを食らってしまう。
「ちぃっ!こっちだウィル!」
――――――
『文化遺産破壊反対』『企業を打倒』など虚しい看板がかけられた地上の旧世代駅。周りのビルや違法ネオン看板に遮られて殆ど見えなくなってるその駅前の通りはいつものように通行する人々で溢れかえっていた。
ズガアァァァンッ!
「きゃああっ!?」「うわあああっ!」
さながら爆弾が爆発したかのような勢いで駅が吹き飛ばされ、「文化遺産破壊反対」の看板が向かい側の『セクシーボンバー』のネオン看板に突き刺さっては火花が跳び散る。数名の通行者が爆発に巻き込まれて倒れ、呻き声を上げながら状況を理解しようとする。
「うぅ…いったい何が起こ…」
片腕をサイバネ化した男性が爆発により巻き上がる煙の中を見ると、菫色に怪しく光る羽と目を持った昆虫じみた生き物が姿を現した。
「へ、な、なんだこれ…」
状況を呑み込めないのは男だけでなく、いつもの爆発だと思ってそのまま通り過ぎようとする人々まで足を止めた。
「なんだあれ、ホロ映画の宣伝?」「何かのアピールイベントなの?」
酸性雨に打たれてさながらカレイドスコープのように光る羽を軽く動かし、その生き物…変異体は頭部についた鞭のような器官を動かし、そのまま男の頭に突き刺した。
「あぐぁ」
そして一瞬にして血肉が吸い取られ、干したミイラの死体が倒れこむ。
「「「う、うわあああぁっ!」」」
『KiGiiiiOOo!』
目の前の怪物が現実だと理解した群衆がたちまちパニックに陥っては逃げ回り、変異体が奇声を上げながら羽を広げて彼らに襲い掛かろうとする。
その場所から少し離れた、封鎖された廃棄駅の出口の上に建てられたビルの地下室から、俺とギルは壁をぶち抜きながら地面へと突破した。
『GiiOoOoo!』
俺達を確認した途端、ミミック変異体が羽を広げて瞬時に飛び上がって逃げようとする。
「逃がすかよぉっ!コーティングっ!」
腕の結晶に槍を打ち滑らせて深紅のアスティルエネルギーを帯びせた槍を、同じエネルギーで大きくバンプしたギルの腕より変異体目がけ全力で投げ出される。一条の流星が酸性雨を切り裂き、不気味に輝くその羽を粉々貫いた。
『KIIIIIAAAA!!!』
「「「うああぁあっ!」」」
悲鳴を上げながら自分達目がけて墜落してくる変異体を見て、野次馬が慌てて一目散する。
「あうっ!」
混乱の中、一人の女性が思わずこけてしまう。地面を抉りながら墜落した変異体が彼女の目の前に停止した。
「あ、い、いや…」
逃げる一心で体を無理やり起こしたミミック変異体は、女性一人なぞお構いなしにそのまま押しつぶそうと突進した。
『KIIIIIAAAA!』
「きゃああああぁぁっ!」
「うおおおおっ!」
俺は間一髪で割り込んで変異体の突進を受け止めた。衝撃で足が地面にのめり込む。
『KIOo!?』
「終わりだっ!」
ありったけの力を右手に注ぎ、腕の結晶が明星のように眩しく輝く。力の血肉たるアスティルエネルギーにより大きく膨らんだ筋肉を強張らせ、渾身のパンチを変異体の体に打ち込んだ。
「カアァッ!」『GIIIYOooAA!!!』
拳をその体に埋め込んだまま全てのエネルギーを放出させ、グバンッという破裂音とともにミミック変異体の体が爆散し、菫色の血が四散する。
『KIAAAAA―――』
最後の断末魔とともに、四散した変異体の残骸が遂に泡を吹いて消滅した。
「はぁ…はぁ…。ふう…こちらアサルト、ミミックを撃破した。現場は負傷した一般市民もいる。処理班を急がせてくれ」
「こちらオペレーター。ミミック反応の完全消滅を確認。処理班は既に現場の封鎖と対処を行ってます。モールの市民も全て確保。チーム一同は一旦帰還してください」
離れた場所で親指を立てるギルに俺も頷いて応じては、女性の様子を見る。
「きみ、だいじょ―――」
「い、いやあぁぁっ!」
「あ…」
恐怖に満ちた女性の眼差しに、俺はようやく気付いた。自分が差し出した異形のアルマの手に、体中に変異体の返り血を帯びているのを。
「あああああーーっ!」
顔に同じ数滴菫色の返り血を帯びた女性が悲鳴をあげながら逃げていった。
「おいウィル」
ギルの声で我に返ると、彼は既に現場の上空まで飛んできた戦術機を指差す。
「奴らや他の目撃者は処理班に任せて、俺達は帰るぞ。キースの様子を見に行かねぇとな」
「あ、ああ…」
そうだ、今はまずキースのことを確かめておかないと。俺は離れる前にもう一度自分の手を見た。酸性雨に打たれ、菫色の血が流されていく異形の手を。
恐怖で歪んだあの女性の顔で、暫く忘れていたことを再び思い知らされる。自分は既に、人間でもサイボーグでもない、異質な存在であることに。
【続く】
「ターゲットとなる変異体は、全ての能力が不明であるため暫定的にアンノウンと称する。数時間前、こちらの探知用ドローンが変異体の活性反応を、この先の廃棄エリアR-48にあるショッピングモールの中で確認した。イミテーション・ドローンは確認されてないが、現場は他に十数名の市民がいることが分かった。内蔵チップのデータからはみな意識不明となっており、どれもこの一週間で失踪扱いとなってる人達だ。今回の任務はかれらの救助とアンノウンの捜索および撃破となる」
「意識不明のまま捉えてるって訳か?まさかこの前やりあったばかりの『パラサイト』みてぇな、人間を媒体に繁殖するタイプじゃねえだろうな」
「救助する際は一応確認しとかないといけないね」
ミハイルのホログラムはサラとアオトを一瞥してから続いた。
「ターゲットの現状が不明なため、いつもどおりまずはノーマル装備で現場に潜入し、アンノウンを確認してからのアルマ化とする。周りはこちらの処理班が既に包囲網を敷きいてる。アルマや変異体は依然として最高機密扱いなのを忘れないように」
ギルが気だるそうに軽く背伸びする。
「分かってるって。…にしてもこの一ヶ月間、今度も含めてこれで六件目になるな。異星人たち、いよいよ本気を見せるってことか?」
「可能性はあるとしか言えん。いつも以上に気を引き締めるように、以上だ」
そう言って、ミハイルは通信をきった。
拳銃を改めて確認している俺はふと、キースの様子がおかしいことに気付いた。
「どうしたんだキース?頭をずっと抑えてて」
「…ん?あ、いや、なんだか少し頭痛がしてね、大した問題じゃないさ」
その言葉にアオトが少し訝しむ。
「頭痛…?まさか一昨日のメンテが不完全で傷が治ってないとか?」
「そうじゃないんだっ!ほっといてくれないかっ!」
キースのいきなりの大声に俺達全員が彼を見た。
「おいキース!てめぇなに吼えてやがんだっ?アオトが心配してるってのにっ!」
「す、すまない…。どうも気持ちが落ち着かなくて…」
「別に、気にしてないよ。でも本当に大丈夫なのキース?必要なら君だけタワーに戻って検査を受けたほうが――」
「いや、任務に支障を出すほどのものでもない、いけるさ」
「キースがいけると言ってるんだ。好きなようにやらせればいい」
ギルがそう言っても、やはり不安感を拭えないように俺とアオトはキースを見ると、彼はいつもの気さくな笑顔を見せた。
「なに、自分の体は自分が一番良く知ってるんだ。ヘマはしないさ。それに、いざとなった時には頼りになるチームメイトがいるだろ?」
ウィンクを見せるキースに俺達は苦笑した。
「あと3分で目標上空に到達します。アルファチーム全員、出撃の用意を」
「聞いたなあんたらっ。戦闘の時間だ!早く用意しろっ!」
――――――
ライフルなどノーマル武装を装備した俺達は、無人の廃墟と化したショッピングモールの広場へと目指した。目の暗視機能は闇をものともせず、お互いにカバーし合ってサインを出しながら、やがて中央に三階の天井まで届くほどのモニュメントがいる広場の入口付近に到着する。
(偵察ドローン、展開します)
内蔵インカムで報告すると、アオトの背中にある装備ボックスから数機の小さなドローンが飛び出し、彼の脳波指示に従って広場内をスキャンしていく。
(へっ、いつもアオトがこうしてくれればアタシも楽になるんだけどな)
(無駄口を叩くなサラ。アオト、スキャンデータをこちらに回せ)
(了解)
ギルの指示と共に、ドローンがスキャンした広場の熱反応などの映像が脳内に転送される。
(なんだこりゃ、あいつら吊るされてるのか?)
映像にはカフェのパラソルやテーブルなどが散乱し、中央にある巨大なモニュメントと、その傍の床に開いた大きな穴がある広場が映り出される。
そしてモニュメントを中心に、拉致された市民達が蜘蛛の糸にも似た分泌物によって繭のように包まれては、全員ガラス天井から吊るされてるのを確認した。
(そのようだね。チップデータのとおり全員意識不明だけど、詳細な状態はおろして確認しないと分からない)
ギルが尋ねる。
(あの穴はどこに繋がってる?)
(スキャンしてみたけど、かなり深くて横に向かって伸びてるようです。ひょっとしたら変異体はここからシティに…?)
(穴や広場に変異体の反応はあるか?)
暫くしてからアオトが返事する。
(特にありません)
(よし、ドローンは監視を継続。アオトは三階からサポートを、キースは穴を、俺は周りを警戒をする。サラ、ウィル、あんたらは市民達を解放して容態を確認しろ。…おいキース?)
まだ軽く頭を抑えてるキースがハッとする。
(あ、ああ、了解だ。問題ない)
(ならいい、全員、いけっ!)
広場へと一斉突入すると、アオトは装備ボックスを背負ったまま三階へと軽々と跳びあがり、狙撃銃で広場を狙いながらドローンを脳波操作する。キースとギルがそれぞれのポジションにつくと、俺とサラは高く跳びながら超振動ナイフで次々と意識不明の市民達をおろしていく。
(…こいつら、命に別状はねえ。身体状態もいたって良好だが、体になんらかの麻痺液を注入されてるようだな)
メディカルデバイスで彼らの容態を確認するサラ。
(後の食事として保存してたってことかぁ?とにかく、こりゃちょっとやそっとじゃ起きることはねえぞギル)
(そうか、なら好都合だ。変異体の反応はないなアオト?)
(はい、動体センサーや赤外線センサーなど全て異常無しです)
(よし、聞いたなビリー、外の救助隊にこいつらを運び出すよう指示を出せ。…さて、どうやら変異体はこの穴からシティに外食中のようだな)
市民を拘束する糸を切り裂きながら、俺はモニュメントの傍にある穴に近づくギルと、穴の向かい側でいまだ頭を抑えてるキースに呼びかける。
(大丈夫かキース?すごく苦しそうに見えるけど…)
(…あ?ああ、まだ、大丈夫だ…)
とても大丈夫そうに聞こえないキースを案じて、市民を解放しては彼に近寄ろうとしたとき、アオトが叫んだ。
「ギル!みんな!モニュメントから離れて!」
ドローンの探査映像に、モニュメントから急激なエネルギー反応を発していたのをアオトが確認した。
「変異体だ!あのモニュメントが変異体なんだっ!」
全員の視線がモニュメントに集まると、怪しい菫色の光を発したモニュメントが蜘蛛に似た多くの長足を展開し、その一本が勢いに乗ってギル目がけて突きだされた。
『GiRiiiii!』
「ぬおっ!」
俺達が動くよりも先に変異体の足がギルを捉え、ズシンとモール全体が揺れるほどの衝撃で砂塵が舞い上がる。
「「「ギルッ!」」」
吹き荒れる砂塵の中で、赤色のアスティル・クリスタルが眩しく輝いた。
「…この野郎…っ」
アルマ化したギルが、自分の数倍の大きさもある変異体の足を堰き止めていた。
「擬態能力ってか!?味な真似しやがってぇっ!」
雄々しい吼え声とともにアスティルエネルギーがほとばしり、弾かれた変異体の巨体がぐらつく。
『GiiRiRirrrriii!』
「ギル!この蜘蛛野郎がぁ…っ!」
サラやキース達も即座にアルマ化して加勢しようとするとたん、周りで散乱していた瓦礫やテーブルが急激に震えだし、小さな蜘蛛状の変異体と化しては俺達目がけて飛びついてくる。
「気をつけて!この部屋の周りあちこちに擬態した変異体がいるよっ!」
アオトが三階からアスティルエネルギーの矢を連射して子蜘蛛たちを蹴散らす。サラが叫ぶ。
「ちぃっ!ウィル!あんたこのバカどもを小さいのから遠さげろ!アタシはギルの援護に出る!」
「分かった!」
『GirAaaAaa!』
「このくされ蜘蛛がっ!」
ギルがサラの玉に援護されながら槍を叩き込む。俺はアオトに援護されながら、小さな変異体を切り払って既におろした市民達を一箇所に集めるように動いていた。そのために誰も気付いてなかった。アルマ化したキースが、さきほどより一層苦しんで頭を抑えてるのを。
「うっ、ウウゥ…ッ!」
「バインドシュート!」
隙を見てアオトが蜘蛛型変異体に向けて放った無数の翠色の光の矢が尾を引いて変異体に絡みついては縛り上げる。その隙にギルの槍とサラの玉が同時に叩き込まれる。
「「ぜえりゃっ!」」
『GiRAAAA!!』
変異体が大きくぐらついてモールの壁にぶつかり、モール全体が大きく揺らいだ。その震動でいまだ吊るされている繭の何体か床に落ちると、それに刺激されたかのように突如キースが吼えた。
「があああぁぁっ!煩いぞバーグ!」
「キース!?」
拘束された変異体にキースは生成したハルバードを乱打していく。およそ彼らしくもない怒り任せの怒涛の勢いで。
『Giaaa!?』
「黙らないか!黙らないかぁっ!!」
『GaAA!GiiiiaAOO!』
激しい乱打が暫く続き、ほどなくして変異体だった砕けた塊が床の一面に散らばっていた。その残骸の前で息を上げながら呆然と立っているキースの体に巡るエネルギーラインは、茶色ではなく赤色だった。
「す、すさまじいなこりゃ…」
さすがのサラも呆気にとられ、他の小さな変異体を片付けた俺たち全員と同じようにただキースを見つめていた。
「ハァ…ハァ…」
「キ、キース…」
彼をなだめようと俺は近寄ろうとした。
「う、うわあぁぁぁぁっ!」
突然の叫び声に思わず体が固まる。俺達は気付かなかった。さっきの震動で落ちた繭の一つから一人の市民が意識を取り戻し、糸をほどいて立ち上がってたのを。
「っ!だから――」
「! キース!」
その声に刺激され、市民に一番近いキースが動いた。
「黙れとっ、言ってるだろぉぉがあぁっ!」
「やめ――」
すでに遅かった。俺やアオトが動くよりも先に、キースのハルバードが恐怖で声をあげていた市民を貫いてた。真っ赤な血がハルバードに伝って滴り落ちる。
「フゥー…フゥー…、…ぁ?」
「あ…げほっ…」
小さく咳して血を吐くと、市民はぐたりとして動けなくなった。
「あ、ぁぁぁ…っ、バ、バーグ…っ、バーグ!すまいない!俺は、俺はこんなつもりじゃ…!」
まるで子供のような掠れた声をしながら、キースは震えて市民の亡骸を手に抱いた。いきなりの出来事に、俺は言葉に詰まる。
「キ、キース…」
彼に手を伸ばそうとした瞬間、市民の体全体がいきなり輝きを発し、溶けて液体となっては泡を吹いて蒸発した。
「こ、こいつ、イミテーション・ドローンだったのかっ」
「あっ、あぁっ!?バーグっ!」
だがキースはそれを理解できず、依然として弟の名を呼んで必死に地面をまさぐった。
『KIRIiiii!!!』
変異体の残骸が突如蠢いた。一番大きい残骸が破裂しては蝶の如き輝く羽が広がり、一回り小さな変異体がとび出た。
「うおっ!こいつまだ…っ!」
『KIRIRIRIRI!』
サラが玉を飛ばすよりも早く、輝く鱗粉を撒き散らしながら変異体が床の巨大な穴へと飛び込む。
「ちぃっ!アオト!サラ!キース達の面倒を見てやれ!ウィル!一緒に追うぞ!」
「了解!」
俺はギルとともに穴へと飛び込んで変異体を追跡しに行った。
「畜生!いったんどうなてんだ!アオト!倒れてる奴らを集めて救助隊に急ぐよう伝えろ!」
「わ、分かったよサラ!」
「おいしっかりしろキース!さっきのはイミテーション・ドローンだったんだ!それが分からねえのかっ!」
「放してくれ!」「ってぇ…!」
自分を触ろうとするサラの手を打ち払い、キースはただただ両手で顔を覆いながら、ひたすら同じ言葉を繰り返していた。
「バーグ…っ、俺を許してくれバーグ…っ!」
「くそ…っ!いったいどうしちまったんだよキース…っ!」
******
変異体が掘ったと思われる穴の中を飛翔する俺とギルは、やがて古びたレールが敷かれているトンネルへと出た。変異体が残した鱗粉はいまだキラキラと輝いており、俺たちはそれを頼りに飛翔しながら追跡を続ける。
「ここは…旧世代の地下鉄線路か?」
「面倒なところに逃げ込みやがる…ビリーっ、今俺達がいる旧世代地下鉄のマップデータをすぐ取得しろっ」
「了解、ニューザダルシティのマップに合わせて転送します。なお、アンノウンはその能力により『ミミック』のコードネームで呼ぶことになります」
「んなこたぁどうでもいい。それより早くマップデータを寄越せ」
「は、はいっ。…今転送します」
1秒も待たずに、シティマップと合わせた線路マップデータがビリーから送られる。そのデータと鱗粉の行先を確認した俺は思わず声をあげる。
「この方向…ギルっ、あいつシティの方に…っ」
「分かってるっ、ビリーっ!シティに処理班を先に向かわせろっ!」
「了解っ、シティで待機している第三、四処理班も指示を出しますっ」
「! あそこだギル!」
俺達の前方に、先ほどよりも一回り大きくなったミミック変異体が一段と鱗粉をばら撒いて加速する。より濃くなった鱗粉に触れると、目やスキャン機能に突如ノイズが走り出す。
「ぐっ!この粉っ、チャフとして機能するのかっ!」
「結晶励起っ!」
一吼えとともにブースト結晶がギルの体に生え、さながら火を纏うかのように展開された赤いアスティルバリアが、飛び交う鱗粉を焼き払っていく。
「結晶励起っ!」
俺もそれに合わせてブースト結晶を展開させては、先ほど以上の加速度で変異体に迫っていく。
『KIRIIIII!』
あと少しで追いつこうとしようとする時、変異体が突如回転しながら方向を転換し、駅らしいプラットフォームから小さな通路を無理やり削り広げながら上へと突進していく。瓦礫で埋もれた通路に俺とギルは足止めを食らってしまう。
「ちぃっ!こっちだウィル!」
――――――
『文化遺産破壊反対』『企業を打倒』など虚しい看板がかけられた地上の旧世代駅。周りのビルや違法ネオン看板に遮られて殆ど見えなくなってるその駅前の通りはいつものように通行する人々で溢れかえっていた。
ズガアァァァンッ!
「きゃああっ!?」「うわあああっ!」
さながら爆弾が爆発したかのような勢いで駅が吹き飛ばされ、「文化遺産破壊反対」の看板が向かい側の『セクシーボンバー』のネオン看板に突き刺さっては火花が跳び散る。数名の通行者が爆発に巻き込まれて倒れ、呻き声を上げながら状況を理解しようとする。
「うぅ…いったい何が起こ…」
片腕をサイバネ化した男性が爆発により巻き上がる煙の中を見ると、菫色に怪しく光る羽と目を持った昆虫じみた生き物が姿を現した。
「へ、な、なんだこれ…」
状況を呑み込めないのは男だけでなく、いつもの爆発だと思ってそのまま通り過ぎようとする人々まで足を止めた。
「なんだあれ、ホロ映画の宣伝?」「何かのアピールイベントなの?」
酸性雨に打たれてさながらカレイドスコープのように光る羽を軽く動かし、その生き物…変異体は頭部についた鞭のような器官を動かし、そのまま男の頭に突き刺した。
「あぐぁ」
そして一瞬にして血肉が吸い取られ、干したミイラの死体が倒れこむ。
「「「う、うわあああぁっ!」」」
『KiGiiiiOOo!』
目の前の怪物が現実だと理解した群衆がたちまちパニックに陥っては逃げ回り、変異体が奇声を上げながら羽を広げて彼らに襲い掛かろうとする。
その場所から少し離れた、封鎖された廃棄駅の出口の上に建てられたビルの地下室から、俺とギルは壁をぶち抜きながら地面へと突破した。
『GiiOoOoo!』
俺達を確認した途端、ミミック変異体が羽を広げて瞬時に飛び上がって逃げようとする。
「逃がすかよぉっ!コーティングっ!」
腕の結晶に槍を打ち滑らせて深紅のアスティルエネルギーを帯びせた槍を、同じエネルギーで大きくバンプしたギルの腕より変異体目がけ全力で投げ出される。一条の流星が酸性雨を切り裂き、不気味に輝くその羽を粉々貫いた。
『KIIIIIAAAA!!!』
「「「うああぁあっ!」」」
悲鳴を上げながら自分達目がけて墜落してくる変異体を見て、野次馬が慌てて一目散する。
「あうっ!」
混乱の中、一人の女性が思わずこけてしまう。地面を抉りながら墜落した変異体が彼女の目の前に停止した。
「あ、い、いや…」
逃げる一心で体を無理やり起こしたミミック変異体は、女性一人なぞお構いなしにそのまま押しつぶそうと突進した。
『KIIIIIAAAA!』
「きゃああああぁぁっ!」
「うおおおおっ!」
俺は間一髪で割り込んで変異体の突進を受け止めた。衝撃で足が地面にのめり込む。
『KIOo!?』
「終わりだっ!」
ありったけの力を右手に注ぎ、腕の結晶が明星のように眩しく輝く。力の血肉たるアスティルエネルギーにより大きく膨らんだ筋肉を強張らせ、渾身のパンチを変異体の体に打ち込んだ。
「カアァッ!」『GIIIYOooAA!!!』
拳をその体に埋め込んだまま全てのエネルギーを放出させ、グバンッという破裂音とともにミミック変異体の体が爆散し、菫色の血が四散する。
『KIAAAAA―――』
最後の断末魔とともに、四散した変異体の残骸が遂に泡を吹いて消滅した。
「はぁ…はぁ…。ふう…こちらアサルト、ミミックを撃破した。現場は負傷した一般市民もいる。処理班を急がせてくれ」
「こちらオペレーター。ミミック反応の完全消滅を確認。処理班は既に現場の封鎖と対処を行ってます。モールの市民も全て確保。チーム一同は一旦帰還してください」
離れた場所で親指を立てるギルに俺も頷いて応じては、女性の様子を見る。
「きみ、だいじょ―――」
「い、いやあぁぁっ!」
「あ…」
恐怖に満ちた女性の眼差しに、俺はようやく気付いた。自分が差し出した異形のアルマの手に、体中に変異体の返り血を帯びているのを。
「あああああーーっ!」
顔に同じ数滴菫色の返り血を帯びた女性が悲鳴をあげながら逃げていった。
「おいウィル」
ギルの声で我に返ると、彼は既に現場の上空まで飛んできた戦術機を指差す。
「奴らや他の目撃者は処理班に任せて、俺達は帰るぞ。キースの様子を見に行かねぇとな」
「あ、ああ…」
そうだ、今はまずキースのことを確かめておかないと。俺は離れる前にもう一度自分の手を見た。酸性雨に打たれ、菫色の血が流されていく異形の手を。
恐怖で歪んだあの女性の顔で、暫く忘れていたことを再び思い知らされる。自分は既に、人間でもサイボーグでもない、異質な存在であることに。
【続く】
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