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第十二章 恐怖の町

恐怖の町 第十一節

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暗く冷たい意識の水底で、フレンは繰り返す悪夢に苛まれていた。
「うぅぅっ、ダンっ、許してくれっ、ゆ、許して…っ」
「――今日は雨が一段と大きいな」
闇の向こう側で、親友の声が響いた。

「あ、あぁぁ…っ」
フレンが震えた。雨が降りきしるあの夜、警備隊として堤防を見回るの光景の中で、自分がダンと歓談していた。

「ここでも聞こえるぐらい河も急になっててさ。加えてこの冷たい雨、どうもやんなっちゃうな。だろフレン」
「だから僕達がこうして見回るのは大事な仕事だ。気を抜かないでくれダン」
「分かってるよ、別に愚痴ってる訳じゃないさ。ただこんな雨の日はつい熱い蜂蜜酒を何杯か飲みたくなると思うんだよ」

「はは、確かにそうだ。落ち着いたらまたブラウンホース亭で一杯やろう。僕のおごりでさ」
「さっすがフレン。分かってるぅ!」
背中を強く叩かれるフレンの笑い声に、いつもの元気なダンの笑顔。同じ町でずっと一緒に育てられた友人たちの他愛のない交流。そんなフレンはしかし、いつ本題に切り込むべきかずっと悩んでいた。

「そういやフレン、俺に何か急ぎの用事があるんだろ?俺に今日の番をして欲しいと言うぐらいだしさ」
フレンの心臓が締め付けられる。
「あ、ああ」
「俺からも言いたいことはあるけどさ…フレンが先に言いなよ」

フレンは思わず唇を噛み締める。ミリィの代わりに伝えると決めてたのに、ダンと自分がもうこのように談笑できなくなるかもしれないと思うと、それが恐れとなって言葉を鈍らせる。けれどそれでも、しっかりとミリィとのことを告げなければ。彼女のためにも、そしてなによりもダン自身のためにも。

二人が歩みを止めた。この表情で語るフレンはいつも重要な話をするのだと知っているからか、ダンの顔もいつにもなく真剣になって彼に耳を傾けた。
「なあダン…」
「ああ」
「そのさ…ミリィは、実は、ぼ、僕と―」
「フレンッ!」

ダンが緊迫な声でフレンの言葉を遮った。その理由はすぐに分かった。
「あそこ!堤防がっ!」
彼が指差す先を見ると、二階ぐらの高さある堤防の一箇所に亀裂が生じては、そこから水が小さく噴出していた。

「あれは…、決壊しようとしてるのかっ?」
「こうしちゃいられない!」
「ちょっと、ダン!」
フレンよりも先にダンが動いた。咄嗟に傍に無造作に置かれた木板をもっては堤防の階段を掛けて亀裂に向かい、状況を確認する。

「やばいぞ…これじゃすぐに決壊してもおかしくないっ。フレン!俺はここでなんとか補修して時間を稼ぐから、あんたは詰所に行って人手を呼んでくれ!」
「無茶だ!一人でそれを補修するなんて!」
「大丈夫だ!少しぐらい―――」

ズドオォォン!

あまりにも急だった。唐突だった。小さな亀裂が突如崩壊し、瓦礫を挟んだ鉄砲水がダンを巻き込んだ。
「うわぁぁっ!」
「ダンッ!うああっ!」

正に鉄砲の如き勢いの水が、下にいるフレンまでも襲いかかった。巨大な岩に衝突したかのような感覚で危うく意識を失いかけるフレンは、とっさに街燈にしがみつく。
「プハァッ!」
水面に顔を上げたフレンは、決壊した堤防からとめどなくなだれ込む川水と、もがきながら自分の方に流れてくるダンを見た。

「ダンッ!」
「ぐぶ…っ、フ、フレン…っ!」
「つかまれ!」
自分の横を流れるダンを、フレンは間一髪でその手を掴んだ。

「くっ…!しっかりしろダン!」
「フレン…っ!」

ドォン!

大きな堤防の瓦礫の一つが、フレンのすぐ傍の倉庫にぶつかり、衝撃が走る。
「うわっ!」
「あっっ!」
ダンの手を掴んだフレンの手が、緩んで、滑り、離してしまった。

「ダ、ダァンッ!」
フレンの心が凍てつく。脳内にノイズが走る。
「ああぁぁっ!フレン!どうして、どうしてだぁっ!?」
ダンが絶叫する。恐怖と裏切られた気持ちによって歪んだ顔をしながら、怒涛の流れに流されていく。

「ミリィ…っ!ミリィーーーーー!」
「ダンッ!ダーーーンッ!」
思い人を呼ぶダンの姿と声は、水の奔流と轟音によりすぐにかき消されてしまった。

世界が闇に閉ざされ、フレンは震えながらその底で崩れるように座り込み、顔を覆って嗚咽していた。
「僕のせいだ…僕が手放したせいで…ダンからミリィだけでなく、ダンの命まで奪ってしまった!こんな僕が…ミリィと一緒にいる資格なんて…っ!」

「そうだよ…どうして…手を離したのさ…」
「ダ、ダン…っ」
暗闇から、全身に打撲の傷を負い、鉄棒が体に刺さった蒼白な顔のダンが歩み出た。決壊が収まったあと、捜索でその死体を見つけた時のように。

「ひどいよなフレン…ミリィと付き合ってることを隠してさ…手を離したのも…俺がいなければミリィと一緒にいられると思ってるからなんだろう…?わざわざあの日の番に誘って陥れてさ…ひどいよね…」
「違うんだダン!僕はそんなつもりじゃ…!」
「嘘つき…うそつき…裏切り者…っ」
「違う!許してくれダン!許してくれぇ…っ!」

罪悪感に苛まれて泣き崩れ、地面に顔を伏せるフレン。ダンは死人特有の蒼白な顔を向けたまま、その体が闇の中へと消えていき、顔だけが残った。

「僕が悪かったんだ…僕が…ダン…」
「ふれえぇぇえん…」
フレンが顔を上げる。闇の中でポツリと浮ぶダンの歪んだ顔が前に進む。その胴体はもはやダンではなく、名状しがたき形をした恐怖がそこにあった。

「あ、あぁぁ…っ」
ダンの顔がおぞましく崩れ、恐怖と一体化する。罪悪感に心を砕かれたフレンに、勇気をあげてそれに抗うことなぞできるはずもない。恐怖が無数の触手を闇の中でうねらせ、ぐぱりと二つの口を開けた。

『WrroooOOOoOoo-------!』
「ぎゃあああああーーーー!」


******


「ただいまー。おっ、兄貴にアイシャ、アランさんも来てるのか?」
「あっ、お帰りカイくん」
「おかえりなさいませ、ラナ様」
すっかり夜となり、雷雨が小走りで温泉宿に戻ったカイの後ろには、他にラナ達三人もついていた。

「ラナ達も一緒なんだな」
「ええ、戻りの途中で丁度カイくんと鉢合わせてね」
「そしていきなり雨が降ってきてさ、ミーナと一緒に慌ててここに走ってきたんだ。まったくついてるのかついてないのか…くしょっ!」
「うわおっ、くしゃみはそっち向いてくれよカイくん」
「ご、ごめんレクス様」

宿の女将が数枚のタオルをもってきた。
「ラナ殿下、これをそうぞ。他の皆様も」
「まあ、ありがとう女将さん」
「感謝する」
体や髪を簡潔に拭くミーナたち。

「ふむ、早速情報を交換したいところだが、先に温泉入ってからの方がいいか」
「さんせ~い!こういう時こそ温泉に入って体を温めるのが一番だよねっ」
「そうね。言っとくけど、今度また覗きなんかしたら目を潰すだけじゃすまさないわよ?」
「うっ、き、肝に銘じておきます…」
股をキュッと隠すレクスにカイ達が笑い出す。

『―――――』
「っ?」

ウィルフレッドが思わず耳に手を当てるのを見たアイシャ。
「どうしたのですかウィルくん?」
「いや、ちょっと耳がかゆくなってただけだ。…それよりも、エリーはまだ戻ってないんだな」

カイやアイシャ達が宿内を見回す。
「そういや…エリーまだ帰ってないよな」
「もうこんな時間ですし、そろそろ帰ってくる頃なんですよね…」

外に一段大きい雷鳴が響き、謂れのない胸騒ぎがウィルフレッドの胸でざわめく。
「俺、エリーを探してくるっ」
「あっ、ちょっとウィルくん」
レクスが呼び止めようとも、ウィルフレッドは既に宿の外へと出て行った。

「私達も探しに行きましょう。この雨じゃさすがに心配だわ。アイシャ姉様とアランは念のためここで待機して。エリーちゃんが入れ違いで戻ってくる可能性もあるから」
「ええ、任せてラナちゃん」
「承知しました」

「お願いね。レクス殿、いくわよ」
「りょーかい。温泉に入るなら全員揃わないとねっ」
「そうだな。我も探しに行こう」
「たくしょーがねえなエリーは」
ラナ達も改めて宿に置いてある雨具としてのフードを被り、ウィルフレッドに続けて外へと出かけた。

「エリーっ!エリーっ!――すみません、杖を持った盲目の女の子を見かけませんでした?」
まだまばらに人が通ってる大通りで、ウィルフレッドはエリネの名前を呼んでは、人々に彼女のことを尋ねる。

「エリーちゃんっ!どこにいるのっ!?」
「エリーちゃ~ん!」「エリー!」
ラナやレクス、カイ達もまた、レストラン街、噴水広場と、宿の近くの場所からまず探し回ったが、それも徒労に終わった。

ミーナ、カイとラナ三人がひとまず広場の方で集まる。
「こちらにはいないようだ。そっちはどうだカイ」
「だめだ、こっちにもいない、ラナ様の方は?」
「いなかったわ。どうやらこの近くにはいないようね」
ここまで来ると流石にカイも焦りが出た。

「なあミーナ、魔法でエリーの居場所さがせそうか?」
「難しいな、町の中ではマナが混雑しすぎている。特定の人を探すのはとても――」
ふと、ミーナの言葉が止まる。

「どうしたミーナ?」
「…気のせいか?大気のマナに何か異様な感覚を感じる…」
「マナが?」

「エリーちゃん!…まったくもう、いったいどこにいったんだよ~。…あれ?」
三人から少し離れているレクスがぴたりと足を止め、目線を道の遠方へと注目した。

「盲目の女の子?すまないけど見ていない――どうしたのお客さん」
カフェの門前で店主に確認しているウィルフレッドも、レクス達と同じく何かの異常に気付いた。

カイとラナ達が周りを見渡す。
「…なあ、なんか変な音聞こえねえか?」
「ええ。しかも一箇所からではないわ、町中から聞こえそうなこの声…これって…まさか…」

ウィルフレッドの顔に驚きが走る。
(悲鳴?それにその中で混ざってる音、これは…)

いまや彼だけでなく、通りの人々が、家の窓からも人達が顔を出して、あちこちから伝わる騒ぎの音に注目する。そして気付く、遠くから叫びとともにこちらへと走ってくる大勢の人達を。店主が訝しんだ。
「どうしたの?祭りにはまだはや――」

レクスもまた、別方向からの人波に気付き、「な、な、なっ、なんなのあれぇっ!?」かつてない驚愕の声をあげる。

町の人々が、獣のように走る人々に襲われていた。いや、それは人と呼べるものだろうか。口と鼻、耳から名状しがたい触手を伸ばし、奇声を上げるそれが、あるものは人のように走り、あるものは四つ這いで駆け、さらに屋上を、建物の壁を這いながら飛び掛るものもいた。
『『『WruoOoRooOOo!』』』
「うわああぁぁっ!助けてくれぇ!」「いやああぁっ!こないでぇっ!」

押し寄せる人波にレクスとウィルフレッド、店主が飲み込まれる。
「うわっ!ちょっと!」
「くっ!」「ひ、ひええ!いったい何が起こってるの!?」

屋根を這う一体が道で逃げ惑う男めがけて飛び掛っては地面に押し倒した。
「うわあああっ!やっ、やめてくれっおごぉ!」
『Wururururu!』
寄生された人々から伸びた触手が男の口へと、鼻と耳へと押し込まれる。

「うへぇっ!なにやってんのあれっ!?」
『Kurooo!』
程なくして触手を男から抜き出すと、寄生体はさらに他の人達を追いに行った。
「あっ、あががががあぁっ!」
そして先ほど触手を押し込まれた男が十秒ほど激しく痙攣すると、
『あおぁ――RuaaAAAa!』
その口と耳から同じく触手が伸ばされ、傍で逃げ回る人の足を掴んでは襲い始めた。ウィルフレッドが目を見開く。
(あれは…っ!)

「なっ、なんだよあれ!なにが一体どうなって!」
「驚くのはあとで!先生!」
「うむっ!」
剣を引き抜き、ラナがミーナとともに人波の中へと突っ込み、カイもまた超振動ナイフを握りしめて走り出す。
「くそっ!」

「ちょっとみんな落ち着いてっ!無闇に走らないで!」
倒れこむ人達が踏まれるのを防ぐようとするレクスの隣に、ラナがレクスと肩を並ぶ。
「ラナ様!これってまさかっ!」
「今はみんなを誘導するのが先よ!」

『kuieee!』
奇声をあげる寄生体がラナめがけ突進してくる。
「ちいぃっ!」

剣で切り払おうとするラナの手が、止まった。
「ラナ様!あぶな――」
ラナ達に割り込もうとするレクスも、一瞬だけ動きを止めた。
「「あ…」」
寄生体たちの顔が、それぞれの亡き父の顔になってたからだ。
「父上…?」「父、さん…?」

「――月極壁フィブレア!」
銀色の月の結界が襲い掛かる寄生体たちを弾く。
「先生!」
ミーナが杖を掲げては、寄生体の群を押すように前に進んだ。

「我のことは良い!それよりも人々の誘導を…ぬあっ!」
「ミーナ殿!」
『『『KuruooaOo!』』』
さながら洪水の如くなだれ込む寄生体に、ミーナの結界が押される。ラナ達はすぐに、人々の誘導は不可能だと理解した。

数が多すぎる。怪物たちは四方八方から逃げ惑う人々とともに押し寄せ、その数はいまだに。なによりも、人々はあまりにも混乱しすぎていた。理解できない恐怖に、すでに理性の殆どを剥奪されている。

無理もない。目の前の光景は、この世界の人々にとっては悪夢と呼べるかどうかさえ分からない程の、あまりにも現実離れしたものだった。レクス達が地球の文化を理解しているのなら、きっとこう評価していたのだろう。――メルヘンなおとぎ話に、タチの悪いホラーが割って入ったかのような乖離感だ。

「くっ、なら…っ」
ラナがミーナの結界の中で光矢ヘリオアローの呪文を唱えた。
「ちょっ、ラナ様、町の人に攻撃呪文をっ?」
「四の五の言ってられないわ!このままだとあの怪物の数がどんどん増えるだけよっ!」

無数の光の玉を作り出し、ラナは手をかざした。
「受けなさいっ、光矢ヘリオアロー――」
「まてラナ!殺傷呪文は使うな!」
「ウィルくん!?」

三人の上方から、人外の赤い目をしたウィルフレッドが急降下し、青い電光を纏った腕を地面に強く叩き込んだ。
「カアアアァッ!」
ズガァンッと、激しい爆発が迸る青の電光とともに大地が震撼する。
『『『KyoAAAAAA!』』』
「「「うあああああっ!」」」

激しい爆風と衝撃が街道を震撼させ、ラナ達に押し寄せる寄生体たちを逃げ惑う一部の人達もろとも吹き飛ばす。走る青きアスティルエネルギーを警戒してか、他の寄生体が急いでバックステップして離れる。
「ラナ!いったん宿に戻るんだ!今のままじゃ埒が明かない!」

ラナ達は即座に判断した。
「分かったわ!レクス、先生っ、退却よ!」
「了解!」

――――――

「こ、このぉっ!」
『Kiiyaaa!』
死んだ母が目の前に出てきて一瞬戸惑ったカイの超振動ナイフが、自分へ伸ばそうとする触手を咄嗟に切り落とし、紫色に光る血が飛散する。

『KuiiiLiiI!』
「いやああぁあおごおぉっ!」
寄生体を退いた傍で、他の寄生体が女性に飛び掛っては触手をその口と耳へと押し込む。

「くそぉっ!いったいなんだてんだよこれは!」
「カイくん!」
「ラナ様!レクス様!」
寄生体と人々を掻き分け、ラナ達がカイの傍へと駆けつける。

「カイくん!宿のところまで走って!」
「宿まで!?でも他の人達は――」
「今はそれどごろじゃないんだよ!早くしないと僕達まで彼らの仲間入りになっちゃう!」

『KaaAAaaA!』
先ほど倒れこんだ女性もまた激しく痙攣しては触手が伸び出た。カイは歯を食い縛ってはラナ達とともに走り出した。
「ちくしょおぉおぉっ!」

「――風塊ヴィンダート!」
「はぁっ!」
襲い掛かる寄生体をラナが風の塊で吹き飛ばし、ウィルフレッドが自身の怪力で突き飛ばしながら宿を目指すレクス達。ほどなくして前方に、既に結界が張られ、それに入ろうと寄生体が集まっている温泉宿が見えてきた。

「ラナ様!」「カイくん!ラナちゃん!」
門前では、剣を構えたアランと、寄生体を結界で宿の外に押し留めるアイシャがいた。
「そのまま走ってラナちゃん!いま道を作るから!」
「頼むわアイシャ姉様!」

月の巫女の力により宿全体を包むほどの結界に、アイシャが一気に魔力を注ぐ。
「はあっ!」
ドンッと結界から激しい衝撃が走る。
『『『KyOoOOoO!』』』
寄ってたかる寄生体が大きく吹き飛ばされたと同時に、ミーナ達を受け入れるよう結界が解除される。

「みんな中に入って!早く!」
「うおおおっ!」
カイやラナ達が急いで宿の中へと駆けると、アイシャはすかさず結界を再展開するよう素早く詠唱した。

「大地を照らす月よ、そなたの慈悲深き守護を我らにっ、月極壁フィブレア――」
『WroORooOoo!』
宿を包む結界が再び張らされる直前、一人の寄生体が結界内へと飛び込み、宿に走り込んだばかりのレクスの背中に触手を伸ばしながら襲い掛かろうとする。

「レクス殿!あぶな――」
アランの警告でレクスが振り返った瞬間、目の前に迫った寄生体の横腹に、ウィルフレッドの青い電光の纏ったパンチが直撃する。
「ハァッ!」
『KyoAooOOoAAAaaA!』
「うわぁっ!」

『KyoooOOo!…あぉぉおおぉっ…』
壁にぶつかって床に転んだ寄生体が、バチバチと青の電光に苛まれて激しくのた打ち回る。やがて触手が宿主の体内へと引っ込み、男は苦悶の呻きをしながらビクビクと痙攣する。

「大丈夫かレクス?」
「あ、ああ、助かったよウィルくん」
転んだレクスを立たせるウィルフレッド。

「みんな大丈夫?アラン、宿の人達は、女将さんたちは?」
「ご安心を、異変に察したアイシャ様が結界を張った時はみな宿の中にいましたから、全員無事です」
「そう、良かった…」
「まあ、今この状況を無事と言えるかどうかちょっと微妙だけどね…」
レクスが外を見る。

『『『Wruooo… RoOoAoo…っ』』』
結界の外に、宿へと入ろうとする寄生体たちが触手をうねらせながら集まり、結界の壁を叩く。町はとめどない異形の声と人々の悲鳴が響き渡り、さながら地獄に…いや、地獄はまだカイ達には理解できた。それはまるで、異なる世界の恐怖によって塗りつぶされていくかのような光景だった。

「ちくしょ…なんなんだよっ、いったい何が起こってるっていうんだよぉぉっ!」
理不尽な状況に対するカイの憤慨の叫び声は、雨の中で轟く雷鳴によってかき消された。



【続く】
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