薄明宮の奪還

ria

文字の大きさ
上 下
127 / 198
第3部.リムウル 第2章

18.犠牲

しおりを挟む
 ギメリックはポルの問いには答えず、自分の首から紫の石がついたペンダントを外した。

地面に横たえたアイリーンの首にそれをかけ、彼女を抱き上げる。

「え、これ金属……」

「触れるな!」

あまりの剣幕にビクリとするポルに、ギメリックは表情を和らげて言った。

「怒鳴って悪かったな。だがこれには魔法がかかっている。

 身につけている者の意志に反し奪おうとすれば、ただでは済まない。

 特に魔力を持つ者には、たちどころに死が訪れる……そういう魔法だ。

 だから彼女の首からこれを外そうとするな。

 これは特別な物だから、痛みは感じないはずだ」

「あ、もしかして、『フレイヤの涙』?!」

「知っているのか」

ギメリックの問いに、ポルはうなずいた。

「長老から、少しは聞いてる」

「ありがたい、ならば話が早い。彼女はまだ魔力に目覚めたばかりだ。

 いきなりこの石の強大な力を使うことは危険だと、必ず伝えてくれ。

 王家の嫡男は代々、10年以上をかけてその術を学んだのだ。

 だから彼女にも、魔力の鍛錬を十分に積んでから、徐々に慣らしていくように、とな。

 さぁ、……乗れ!」



「やはりあなたは……ギメリック皇太子殿下……! これは、いったいどういう……」

ショック状態から我に返り、そばに来て話を聞いていたイェイツが声をあげた。

乗ろうとするポルのために馬を押さえていたギメリックは、イェイツに目を向けて言った。

「イェイツ、お前はこの場の後始末をし、一旦ルバートの館へ帰れ。

 アドニアの臣としての建前に忠実に、ルバートが突然の病死か事故死したと報告し、王宮の指示を仰ぐのだ。

 くれぐれも、リムウルと紛争を起こすようなヘマはするな」


イェイツの頭の中は混乱の極みだった。

何が何でも、今すぐ説明を求めたかった。

しかし、落ち着き払った声が自分に向かって命令を下すのを聞いたとき、彼は我知らず頭を垂れ、10も年下であろうこの若者の前に、黙ってひざまづいていた。

“これが、王となるべく生まれついた者の威厳というものだろうか……”

「わかりました。仰せの通りに……しかし、エンドルーアへの報告は?」

ギメリックは笑った。

「俺がここにいるのに、狂王だけが本物だと思うのか?

 報告など必要ない。

 万が一、この場で狂王に遭遇したら、皇太子に化けた男にやられたと言って、ごまかしておけ。

 この二人のことは言うな」

アイリーンとポルを目で指し示す。

「どうせこの場では、奴にはお前にゆっくり詰問している暇などないだろう。

 しかし館に帰ったらぐずぐずするな。

 誰か他の者……もちろんルバートとお前がエンドルーアの密偵だと知らぬ者に、その後の処理を引き継ぎ、お前はすぐに家族を連れて密かにここへ引き返せ。

 エンドルーアの王が偽物だと気づいた者を、奴は生かしてはおかないだろうからな」

そしてポルに向かって、

「悪いが10日後にお前もここへ来て、この男をソルグの村に迎えてやってくれ。

 信用していい、俺が保証する」と言いながら、アイリーンをポルの後ろに乗せた。



気持ちは一人前のつもりでもポルはまだ10歳、当然、小さな体でアイリーンの体を支えるのはかなり骨が折れる。

ギメリックは自分のマントを取るとアイリーンの体に巻き付け、少しでもポルが楽なように彼の体に固定した。

「早く大きくなれよ、ボウズ。彼女を頼んだぞ」

自分の反発を見透かしたようにニヤリと笑って言うギメリックに、ポルはムッとしながらも釈然としない思いを口にする。

「頼むって、何なのさ? 一緒に来ないの?」

ギメリックは自分も馬にひらりと飛び乗ると、晴れ晴れとした笑顔を見せた。

「行け! 詳しいことは、お前の村の長老に聴くがいい。

 そして俺のことは忘れろと、皆に伝えてくれ」


“狂王の注意を自分に引きつけて……オトリになるつもりなんだ!”

ポルはそう悟り、あわてて言った。

「待ってよ! フレイヤの涙なしで狂王と戦うなんて……死にに行くようなものなんだろう?!」

ギメリックは笑顔のまま、アイリーンを指さして言った。

「丁寧に扱えよ。

 いずれ彼女が、お前たちの新しい王になるのだからな」

死地へと向かおうとする者が、どうしてこれほど、晴れやかに笑えるのか……ポルには理解できなかった。

呆然とするポルとイェイツを残し、ギメリックは馬を回して走り去っていく。

その後ろ姿に悲壮感は微塵もなく、むしろその口元に浮かぶ微笑みが見えるようだと、ポルには思えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

私を捨ててまで王子が妃にしたかった平民女は…彼の理想とは、全然違っていたようです。

coco
恋愛
私が居ながら、平民の女と恋に落ちた王子。 王子は私に一方的に婚約破棄を告げ、彼女を城に迎え入れてしまい…?

サレカノでしたが、異世界召喚されて愛され妻になります〜子連れ王子はチートな魔術士と契約結婚をお望みです〜

きぬがやあきら
恋愛
鈴森白音《すずもりしおん》は、地味ながらも平穏な日々を送っていた。しかし、ある日の昼下がり、恋人の浮気現場に遭遇してしまい、報復の手段として黒魔術に手を出した。 しかしその魔力に惹き付けられたヴァイスによって、異世界”エルデガリア王国”に召喚された。 役目は聖女でも国防でもなく「子守り」 第2王子であり、大公の地位を持つヴァイスは、赤子の母としてシオンに契約結婚を望んでいた。契約の内容は、娘の身の安全を守り養育すること。 ヴァイスは天才気質で変わり者だが、家族への愛情は人一倍深かった。 その愛は娘だけでなくシオンにも向けられ、不自然なほどの好意を前に戸惑うばかり。 だって、ヴァイスは子をなすほど愛し合った女性を失ったばかりなのだから。 しかし、その娘の出生には秘密があって…… 徐々に愛を意識する二人の、ラブロマンスファンタジー

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

宝石少年の旅記録(11日更新)

小枝 唯
ファンタジー
 ビジュエラという、とても美しい世界があった。澄んだ水は太陽の光が無くとも星の様に煌き、それを栄養とした自然もまた美しい。  人間は魅了されたあまり、やがてそれを加工して装飾などに使い始める。それを人は『宝石』と呼んだ。  そんな世界に1人、宝石となる奴隷が居た。幼い奴隷は1つの『死』を経験し、運命の旅人となる。  これは地図の無い白紙の世界に色を付けた、旅人の記録。盲目な彼が記す、様々な国とそこに住む人々の話。 ~ ** ~ ** ~ 毎週月曜20:00更新!

スキル【海】ってなんですか?

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜 ※書籍化準備中。 ※情報の海が解禁してからがある意味本番です。  我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。  だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。  期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。  家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。  ……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。  それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。  スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!  だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。  生命の海は思った通りの効果だったけど。  ──時空の海、って、なんだろう?  階段を降りると、光る扉と灰色の扉。  灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。  アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?  灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。  そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。  おまけに精霊の宿るアイテムって……。  なんでこんなものまで入ってるの!?  失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!  そっとしておこう……。  仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!  そう思っていたんだけど……。  どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?  そんな時、スキルが新たに進化する。  ──情報の海って、なんなの!?  元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?

私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?

樋口紗夕
恋愛
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」 エリザベスは婚約者であるギルベルトから別れを切り出された。 他に好きな女ができた、と彼は言う。 でも、それって本当ですか? エリザベス一筋なはずのギルベルトが愛した女性とは、いったい何者なのか?

処理中です...