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第3部.リムウル 第2章
18.犠牲
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ギメリックはポルの問いには答えず、自分の首から紫の石がついたペンダントを外した。
地面に横たえたアイリーンの首にそれをかけ、彼女を抱き上げる。
「え、これ金属……」
「触れるな!」
あまりの剣幕にビクリとするポルに、ギメリックは表情を和らげて言った。
「怒鳴って悪かったな。だがこれには魔法がかかっている。
身につけている者の意志に反し奪おうとすれば、ただでは済まない。
特に魔力を持つ者には、たちどころに死が訪れる……そういう魔法だ。
だから彼女の首からこれを外そうとするな。
これは特別な物だから、痛みは感じないはずだ」
「あ、もしかして、『フレイヤの涙』?!」
「知っているのか」
ギメリックの問いに、ポルはうなずいた。
「長老から、少しは聞いてる」
「ありがたい、ならば話が早い。彼女はまだ魔力に目覚めたばかりだ。
いきなりこの石の強大な力を使うことは危険だと、必ず伝えてくれ。
王家の嫡男は代々、10年以上をかけてその術を学んだのだ。
だから彼女にも、魔力の鍛錬を十分に積んでから、徐々に慣らしていくように、とな。
さぁ、……乗れ!」
「やはりあなたは……ギメリック皇太子殿下……! これは、いったいどういう……」
ショック状態から我に返り、そばに来て話を聞いていたイェイツが声をあげた。
乗ろうとするポルのために馬を押さえていたギメリックは、イェイツに目を向けて言った。
「イェイツ、お前はこの場の後始末をし、一旦ルバートの館へ帰れ。
アドニアの臣としての建前に忠実に、ルバートが突然の病死か事故死したと報告し、王宮の指示を仰ぐのだ。
くれぐれも、リムウルと紛争を起こすようなヘマはするな」
イェイツの頭の中は混乱の極みだった。
何が何でも、今すぐ説明を求めたかった。
しかし、落ち着き払った声が自分に向かって命令を下すのを聞いたとき、彼は我知らず頭を垂れ、10も年下であろうこの若者の前に、黙ってひざまづいていた。
“これが、王となるべく生まれついた者の威厳というものだろうか……”
「わかりました。仰せの通りに……しかし、エンドルーアへの報告は?」
ギメリックは笑った。
「俺がここにいるのに、狂王だけが本物だと思うのか?
報告など必要ない。
万が一、この場で狂王に遭遇したら、皇太子に化けた男にやられたと言って、ごまかしておけ。
この二人のことは言うな」
アイリーンとポルを目で指し示す。
「どうせこの場では、奴にはお前にゆっくり詰問している暇などないだろう。
しかし館に帰ったらぐずぐずするな。
誰か他の者……もちろんルバートとお前がエンドルーアの密偵だと知らぬ者に、その後の処理を引き継ぎ、お前はすぐに家族を連れて密かにここへ引き返せ。
エンドルーアの王が偽物だと気づいた者を、奴は生かしてはおかないだろうからな」
そしてポルに向かって、
「悪いが10日後にお前もここへ来て、この男をソルグの村に迎えてやってくれ。
信用していい、俺が保証する」と言いながら、アイリーンをポルの後ろに乗せた。
気持ちは一人前のつもりでもポルはまだ10歳、当然、小さな体でアイリーンの体を支えるのはかなり骨が折れる。
ギメリックは自分のマントを取るとアイリーンの体に巻き付け、少しでもポルが楽なように彼の体に固定した。
「早く大きくなれよ、ボウズ。彼女を頼んだぞ」
自分の反発を見透かしたようにニヤリと笑って言うギメリックに、ポルはムッとしながらも釈然としない思いを口にする。
「頼むって、何なのさ? 一緒に来ないの?」
ギメリックは自分も馬にひらりと飛び乗ると、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「行け! 詳しいことは、お前の村の長老に聴くがいい。
そして俺のことは忘れろと、皆に伝えてくれ」
“狂王の注意を自分に引きつけて……オトリになるつもりなんだ!”
ポルはそう悟り、あわてて言った。
「待ってよ! フレイヤの涙なしで狂王と戦うなんて……死にに行くようなものなんだろう?!」
ギメリックは笑顔のまま、アイリーンを指さして言った。
「丁寧に扱えよ。
いずれ彼女が、お前たちの新しい王になるのだからな」
死地へと向かおうとする者が、どうしてこれほど、晴れやかに笑えるのか……ポルには理解できなかった。
呆然とするポルとイェイツを残し、ギメリックは馬を回して走り去っていく。
その後ろ姿に悲壮感は微塵もなく、むしろその口元に浮かぶ微笑みが見えるようだと、ポルには思えたのだった。
地面に横たえたアイリーンの首にそれをかけ、彼女を抱き上げる。
「え、これ金属……」
「触れるな!」
あまりの剣幕にビクリとするポルに、ギメリックは表情を和らげて言った。
「怒鳴って悪かったな。だがこれには魔法がかかっている。
身につけている者の意志に反し奪おうとすれば、ただでは済まない。
特に魔力を持つ者には、たちどころに死が訪れる……そういう魔法だ。
だから彼女の首からこれを外そうとするな。
これは特別な物だから、痛みは感じないはずだ」
「あ、もしかして、『フレイヤの涙』?!」
「知っているのか」
ギメリックの問いに、ポルはうなずいた。
「長老から、少しは聞いてる」
「ありがたい、ならば話が早い。彼女はまだ魔力に目覚めたばかりだ。
いきなりこの石の強大な力を使うことは危険だと、必ず伝えてくれ。
王家の嫡男は代々、10年以上をかけてその術を学んだのだ。
だから彼女にも、魔力の鍛錬を十分に積んでから、徐々に慣らしていくように、とな。
さぁ、……乗れ!」
「やはりあなたは……ギメリック皇太子殿下……! これは、いったいどういう……」
ショック状態から我に返り、そばに来て話を聞いていたイェイツが声をあげた。
乗ろうとするポルのために馬を押さえていたギメリックは、イェイツに目を向けて言った。
「イェイツ、お前はこの場の後始末をし、一旦ルバートの館へ帰れ。
アドニアの臣としての建前に忠実に、ルバートが突然の病死か事故死したと報告し、王宮の指示を仰ぐのだ。
くれぐれも、リムウルと紛争を起こすようなヘマはするな」
イェイツの頭の中は混乱の極みだった。
何が何でも、今すぐ説明を求めたかった。
しかし、落ち着き払った声が自分に向かって命令を下すのを聞いたとき、彼は我知らず頭を垂れ、10も年下であろうこの若者の前に、黙ってひざまづいていた。
“これが、王となるべく生まれついた者の威厳というものだろうか……”
「わかりました。仰せの通りに……しかし、エンドルーアへの報告は?」
ギメリックは笑った。
「俺がここにいるのに、狂王だけが本物だと思うのか?
報告など必要ない。
万が一、この場で狂王に遭遇したら、皇太子に化けた男にやられたと言って、ごまかしておけ。
この二人のことは言うな」
アイリーンとポルを目で指し示す。
「どうせこの場では、奴にはお前にゆっくり詰問している暇などないだろう。
しかし館に帰ったらぐずぐずするな。
誰か他の者……もちろんルバートとお前がエンドルーアの密偵だと知らぬ者に、その後の処理を引き継ぎ、お前はすぐに家族を連れて密かにここへ引き返せ。
エンドルーアの王が偽物だと気づいた者を、奴は生かしてはおかないだろうからな」
そしてポルに向かって、
「悪いが10日後にお前もここへ来て、この男をソルグの村に迎えてやってくれ。
信用していい、俺が保証する」と言いながら、アイリーンをポルの後ろに乗せた。
気持ちは一人前のつもりでもポルはまだ10歳、当然、小さな体でアイリーンの体を支えるのはかなり骨が折れる。
ギメリックは自分のマントを取るとアイリーンの体に巻き付け、少しでもポルが楽なように彼の体に固定した。
「早く大きくなれよ、ボウズ。彼女を頼んだぞ」
自分の反発を見透かしたようにニヤリと笑って言うギメリックに、ポルはムッとしながらも釈然としない思いを口にする。
「頼むって、何なのさ? 一緒に来ないの?」
ギメリックは自分も馬にひらりと飛び乗ると、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「行け! 詳しいことは、お前の村の長老に聴くがいい。
そして俺のことは忘れろと、皆に伝えてくれ」
“狂王の注意を自分に引きつけて……オトリになるつもりなんだ!”
ポルはそう悟り、あわてて言った。
「待ってよ! フレイヤの涙なしで狂王と戦うなんて……死にに行くようなものなんだろう?!」
ギメリックは笑顔のまま、アイリーンを指さして言った。
「丁寧に扱えよ。
いずれ彼女が、お前たちの新しい王になるのだからな」
死地へと向かおうとする者が、どうしてこれほど、晴れやかに笑えるのか……ポルには理解できなかった。
呆然とするポルとイェイツを残し、ギメリックは馬を回して走り去っていく。
その後ろ姿に悲壮感は微塵もなく、むしろその口元に浮かぶ微笑みが見えるようだと、ポルには思えたのだった。
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