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第2部.アドニア〜リムウル 第2章
13.精神攻撃
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彼がもう一度、心の中でアイリーンに詫びたとき。
長いまつげが震えたかと思うと、彼女が目を覚ました。
パッチリ開いた大きな瞳は、澄んだ青色。その瞳に見つめられ、彼は激しく動揺した。
彼女は自分を横抱きにしている彼の顔をじっと見上げて、やがて言った。
「あなた……、あの時の人ね。森の中で、私たちを襲ってきた……」
彼の腕に抱かれていることに特に抵抗する様子はない。
先ほどの抵抗で疲れ果て、その気力も体力もないせいだが、彼女が敏感に、彼の心の中の彼女に対する同情心を感じ取ったからでもあった。
「気づいていたら……近づいたりしなかったのに」と、ため息をつく。
「……まだ魔力に目覚めて間もないのでしょう。力が不安定なのは仕方がありません。私も精一杯、自分の魔力を使って隠していましたから」
男はなぜ自分がこうも素直に、しかも丁寧に答えているのかわからなかったが、そうせずにはいられない何かが、彼女の中にあった。
アイリーンは、手首に巻かれている鎖のもたらす痛みに眉をひそめた。
両手を目の前に持ち上げて眺め、不思議に思う。
これほどの痛みを感じるのに、見た目には何の損傷もない。
先ほど吊られていた時にできたらしい跡が少し、ついているだけだった。
「どうしてこんなことするの? 私があなたに何かした?」
「すみません……助けて差し上げたいが、私は主人に逆らうことは、できません……その代わり、何でも、あなたの助けになりそうなことは教えて差し上げたいと思います。主人のこと以外なら……」
苦しげに答える男の顔を、アイリーンはまた、じっと見上げた。
「……私、幻獣を倒したことがあるけど、無意識で……攻撃の魔力をどうやって使えばいいのかわからないの。教えてくれない?」
「言葉で教わってすぐにマスターできるような簡単なものではないのです。
それに魔物相手と人間相手では、勝手も違う。
魔物に対抗する力はエンドルーア王家に備わった天性のようなものですから……無意識にでも倒せたというのは、納得できますが……」
「……」
不安そうな彼女の瞳を見て、男は思わず口走っていた。
「館の周りの結界を、私が一瞬だけ解きましょう。その時、彼を呼びなさい。あなたのナイトはとてつもない魔力をお持ちだ、必ずここを探し当てて助けに来るでしょう」
アイリーンは少し考えていたが、
「どうして、彼が私の敵だなんて言ったの?」と聞いた。
「あなたを彼から引き離すためですよ。
精神的に揺さぶりをかけるのが魔力戦での常套手段……。
防御や攻撃の魔力を使うには強い精神力と集中力が必要です。
それを崩すには、相手の心に迷いや疑いを吹き込んで自滅させるのが一番なのです。
彼には通用しそうもなかったから、防御の弱いあなたにターゲットを絞って精神攻撃をかけたのですが……あなたにも、通じませんでしたね」
男は薄く、苦い笑いを浮かべた。
そして一瞬、躊躇するように口をつぐみ、それから言った。
「……聞いてしまえば私は主人に問われたとき答えざるを得ませんから、彼が何者であるかは聞きますまい。
しかし……魔力を持つ者が腰に剣を携えているとは……驚きました。
柄に革を巻いた特殊な作りの剣のようでしたが……それにしても、鍛え上げた鉄を身につけて、辛くないわけがありません。
袋に空いた穴から水が漏れるように、常に魔力を消耗しているはずです。
それなのに……彼はその上、二人分の結界を張り続けながら旅をしている。
普通では考えられないほどの魔力です。私と主人の魔力を合わせても、魔力戦では彼にはかなわないでしょう。
しかしこちらには数を頼んだ武力がある。……お気をつけなさい。
魔力を持つ者にとって、刃物による傷は命取りになりかねない。常人の何倍ものダメージを受けるのですから。
体の回りに結界を張ることによってそれは防げますが、魔力で強化された剣だとそうもいかない、しかも魔力で攻撃を仕掛ける瞬間には、結界は解かねばなりません。
だから我らは、魔力を持つ者と常人の剣士、両方を混ぜたチームでもって、魔力を持つ者を狩るのです」
長いまつげが震えたかと思うと、彼女が目を覚ました。
パッチリ開いた大きな瞳は、澄んだ青色。その瞳に見つめられ、彼は激しく動揺した。
彼女は自分を横抱きにしている彼の顔をじっと見上げて、やがて言った。
「あなた……、あの時の人ね。森の中で、私たちを襲ってきた……」
彼の腕に抱かれていることに特に抵抗する様子はない。
先ほどの抵抗で疲れ果て、その気力も体力もないせいだが、彼女が敏感に、彼の心の中の彼女に対する同情心を感じ取ったからでもあった。
「気づいていたら……近づいたりしなかったのに」と、ため息をつく。
「……まだ魔力に目覚めて間もないのでしょう。力が不安定なのは仕方がありません。私も精一杯、自分の魔力を使って隠していましたから」
男はなぜ自分がこうも素直に、しかも丁寧に答えているのかわからなかったが、そうせずにはいられない何かが、彼女の中にあった。
アイリーンは、手首に巻かれている鎖のもたらす痛みに眉をひそめた。
両手を目の前に持ち上げて眺め、不思議に思う。
これほどの痛みを感じるのに、見た目には何の損傷もない。
先ほど吊られていた時にできたらしい跡が少し、ついているだけだった。
「どうしてこんなことするの? 私があなたに何かした?」
「すみません……助けて差し上げたいが、私は主人に逆らうことは、できません……その代わり、何でも、あなたの助けになりそうなことは教えて差し上げたいと思います。主人のこと以外なら……」
苦しげに答える男の顔を、アイリーンはまた、じっと見上げた。
「……私、幻獣を倒したことがあるけど、無意識で……攻撃の魔力をどうやって使えばいいのかわからないの。教えてくれない?」
「言葉で教わってすぐにマスターできるような簡単なものではないのです。
それに魔物相手と人間相手では、勝手も違う。
魔物に対抗する力はエンドルーア王家に備わった天性のようなものですから……無意識にでも倒せたというのは、納得できますが……」
「……」
不安そうな彼女の瞳を見て、男は思わず口走っていた。
「館の周りの結界を、私が一瞬だけ解きましょう。その時、彼を呼びなさい。あなたのナイトはとてつもない魔力をお持ちだ、必ずここを探し当てて助けに来るでしょう」
アイリーンは少し考えていたが、
「どうして、彼が私の敵だなんて言ったの?」と聞いた。
「あなたを彼から引き離すためですよ。
精神的に揺さぶりをかけるのが魔力戦での常套手段……。
防御や攻撃の魔力を使うには強い精神力と集中力が必要です。
それを崩すには、相手の心に迷いや疑いを吹き込んで自滅させるのが一番なのです。
彼には通用しそうもなかったから、防御の弱いあなたにターゲットを絞って精神攻撃をかけたのですが……あなたにも、通じませんでしたね」
男は薄く、苦い笑いを浮かべた。
そして一瞬、躊躇するように口をつぐみ、それから言った。
「……聞いてしまえば私は主人に問われたとき答えざるを得ませんから、彼が何者であるかは聞きますまい。
しかし……魔力を持つ者が腰に剣を携えているとは……驚きました。
柄に革を巻いた特殊な作りの剣のようでしたが……それにしても、鍛え上げた鉄を身につけて、辛くないわけがありません。
袋に空いた穴から水が漏れるように、常に魔力を消耗しているはずです。
それなのに……彼はその上、二人分の結界を張り続けながら旅をしている。
普通では考えられないほどの魔力です。私と主人の魔力を合わせても、魔力戦では彼にはかなわないでしょう。
しかしこちらには数を頼んだ武力がある。……お気をつけなさい。
魔力を持つ者にとって、刃物による傷は命取りになりかねない。常人の何倍ものダメージを受けるのですから。
体の回りに結界を張ることによってそれは防げますが、魔力で強化された剣だとそうもいかない、しかも魔力で攻撃を仕掛ける瞬間には、結界は解かねばなりません。
だから我らは、魔力を持つ者と常人の剣士、両方を混ぜたチームでもって、魔力を持つ者を狩るのです」
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