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第2部.アドニア〜リムウル 第2章
9.失踪
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帰ってみると、部屋はもぬけのカラだった。
“あのバカ……!! どこへ……?!”
ギメリックの心は一瞬、躊躇する。
このまま放っておけば……自分が手を下すことなく、彼女は敵の手にかかって死ぬ。
それとも、魔力を失うか……。
そうなれば、石は主を失い、新たな主を求めることとなる。
石は今、自分の手元にあるのだ。
望み通り、自分が石の主となり得るかも知れない……。
しかしそんな思いとは裏腹に、彼の足は勝手に表に飛び出していた。
やみくもに辺りを見回し、心話を飛ばす。
“アイリーン! どこだ、答えろ!!”
目を閉じ、魔力の知覚を研ぎ澄ませて待ってみたが、返事はなかった。
息苦しいほどの不安が襲ってくる。
彼は自分の動揺ぶりに驚きながら、自らに言い聞かせた。
“くそっ、落ち着け……! 何か手がかりは……”
先ほど部屋の中で見た光景が頭にひっかかっていた。
彼は部屋に引き返し、それを見つけた。
彼女の靴だ。
すうっと彼の心が寒くなった。
靴を履かずにいなくなったということは……
“敵に連れ去られた……?”
しかし、もしそうなら敵に結界を破られた痕跡があるはずだが、それは感じられない。
彼は靴を手に取ると、口の中で呪文を唱え、床に戻した。
すると靴はまるで見えない足がそれを履いているかのように動き出した。
大急ぎで部屋を飛び出し、階段を駆け下りていく。
ギメリックはその後を追った。
“自分で出て行ったのか……! 何だってそんなバカな真似を? しかもこのあわてぶりは?”
数々の疑問を頭に浮かべながら、ギメリックは靴の後を追って再び、暁の光が差し始めた街の通りへと飛び出していった。
絶え間ない苦痛の波が、アイリーンの意識を暗闇の底から呼び戻した。
苦痛の源は手首だった。
彼女は、下着として身につける薄物一枚という格好で、両手首を頭の上で鎖で縛られ、吊り下げられていた。
金属の鎖は肌に触れているだけで焼け付くような痛みを与えてくる。
いったん、薄目を開けて周囲を見回したアイリーンは、その痛みに耐えかね、再び固く目を閉じて、がっくりと頭を落とした。
“ここ、どこかしら……。
ああ、それにしても、どうしてこんなに痛むの……?
今までは何ともなかったのに……。魔力に目覚めたから?
フレイヤの涙も鎖がついていたけど……あれは、きっと特別だったのね……”
そんなことを考えながらも、彼女は魔力を使って幻獣を倒したときのことを、必死に思い出そうとしていた。
人は死に瀕したとき、走馬燈のようにそれまでの人生を脳裏に思い浮かべるそうだが、それはその記憶の中に現状を打開し助かる方法がないか探るために、本能的に脳にプログラムされている働きのせいだと言う……。
今、彼女が必要としているのは自分がいかにして魔力を使ったかという記憶だった。
“あの時はただ夢中で……無意識だったわ、自分が魔力を使えるなんて思ってもいなかったから……”
焦れば焦るほど、何も思い出せない。
物音がして、誰かが部屋に入ってきた。
ここは薄暗く、じめじめとしてカビ臭いにおいのする、どうやら地下牢のようだった。
やってきたのは二人の男だ。
そのうちの一人が銀髪だったので、アイリーンは一瞬ティレルかと思った。
しかし 美しい銀の髪の輝きこそ似ていたが、男は全くの別人だった。
歳もかなり上だ。
長い間、アドニアで孤独に過ごしてきた彼女だが、こんなにも冷淡で残酷な顔は、未だかつて見たことがない。
もう一人の男は身なりや態度から、どうやら銀髪の男の部下か従者、といったところだ。
主人のことを恐れているのが何となく伝わってくる。
銀髪の男が閉じた扇の先でアイリーンの顔を上向かせた。
彼女は苦痛に眉をしかめ、目を閉じている。
「アドニア王宮内で幻獣を倒したのは、お前か? それともあの男か」
「……」
「お前の連れのあの男、凄まじい魔力を持っているそうだな……一体何者だ?」
「……」
「奴は今どこにいる?」
「知らない……」
“あのバカ……!! どこへ……?!”
ギメリックの心は一瞬、躊躇する。
このまま放っておけば……自分が手を下すことなく、彼女は敵の手にかかって死ぬ。
それとも、魔力を失うか……。
そうなれば、石は主を失い、新たな主を求めることとなる。
石は今、自分の手元にあるのだ。
望み通り、自分が石の主となり得るかも知れない……。
しかしそんな思いとは裏腹に、彼の足は勝手に表に飛び出していた。
やみくもに辺りを見回し、心話を飛ばす。
“アイリーン! どこだ、答えろ!!”
目を閉じ、魔力の知覚を研ぎ澄ませて待ってみたが、返事はなかった。
息苦しいほどの不安が襲ってくる。
彼は自分の動揺ぶりに驚きながら、自らに言い聞かせた。
“くそっ、落ち着け……! 何か手がかりは……”
先ほど部屋の中で見た光景が頭にひっかかっていた。
彼は部屋に引き返し、それを見つけた。
彼女の靴だ。
すうっと彼の心が寒くなった。
靴を履かずにいなくなったということは……
“敵に連れ去られた……?”
しかし、もしそうなら敵に結界を破られた痕跡があるはずだが、それは感じられない。
彼は靴を手に取ると、口の中で呪文を唱え、床に戻した。
すると靴はまるで見えない足がそれを履いているかのように動き出した。
大急ぎで部屋を飛び出し、階段を駆け下りていく。
ギメリックはその後を追った。
“自分で出て行ったのか……! 何だってそんなバカな真似を? しかもこのあわてぶりは?”
数々の疑問を頭に浮かべながら、ギメリックは靴の後を追って再び、暁の光が差し始めた街の通りへと飛び出していった。
絶え間ない苦痛の波が、アイリーンの意識を暗闇の底から呼び戻した。
苦痛の源は手首だった。
彼女は、下着として身につける薄物一枚という格好で、両手首を頭の上で鎖で縛られ、吊り下げられていた。
金属の鎖は肌に触れているだけで焼け付くような痛みを与えてくる。
いったん、薄目を開けて周囲を見回したアイリーンは、その痛みに耐えかね、再び固く目を閉じて、がっくりと頭を落とした。
“ここ、どこかしら……。
ああ、それにしても、どうしてこんなに痛むの……?
今までは何ともなかったのに……。魔力に目覚めたから?
フレイヤの涙も鎖がついていたけど……あれは、きっと特別だったのね……”
そんなことを考えながらも、彼女は魔力を使って幻獣を倒したときのことを、必死に思い出そうとしていた。
人は死に瀕したとき、走馬燈のようにそれまでの人生を脳裏に思い浮かべるそうだが、それはその記憶の中に現状を打開し助かる方法がないか探るために、本能的に脳にプログラムされている働きのせいだと言う……。
今、彼女が必要としているのは自分がいかにして魔力を使ったかという記憶だった。
“あの時はただ夢中で……無意識だったわ、自分が魔力を使えるなんて思ってもいなかったから……”
焦れば焦るほど、何も思い出せない。
物音がして、誰かが部屋に入ってきた。
ここは薄暗く、じめじめとしてカビ臭いにおいのする、どうやら地下牢のようだった。
やってきたのは二人の男だ。
そのうちの一人が銀髪だったので、アイリーンは一瞬ティレルかと思った。
しかし 美しい銀の髪の輝きこそ似ていたが、男は全くの別人だった。
歳もかなり上だ。
長い間、アドニアで孤独に過ごしてきた彼女だが、こんなにも冷淡で残酷な顔は、未だかつて見たことがない。
もう一人の男は身なりや態度から、どうやら銀髪の男の部下か従者、といったところだ。
主人のことを恐れているのが何となく伝わってくる。
銀髪の男が閉じた扇の先でアイリーンの顔を上向かせた。
彼女は苦痛に眉をしかめ、目を閉じている。
「アドニア王宮内で幻獣を倒したのは、お前か? それともあの男か」
「……」
「お前の連れのあの男、凄まじい魔力を持っているそうだな……一体何者だ?」
「……」
「奴は今どこにいる?」
「知らない……」
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