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第3部.リムウル 第1章
1.泉のほとり
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リムウル国のほぼ中央に位置する広大な森の中に、その村はあった。
村というより規模的には、集落と言った方が正しいだろう。
ほんの30軒ばかり、素朴な作りの家が肩を寄せ合うように建っているだけの、つつしまやかな村だった。
村の周囲をすっぽり包む森は深く、一番近い他の村まで、歩くと1日半はかかる。
森と家々の間にわずかばかり開けた土地があり、そこで作られる作物と、狩りで得られる獲物が村の自給自足の生活を支えていた。
村から伸びた細い道は森の中に分け入って、やがて小さな泉にたどり着く。
冷たく澄んだ水と共に、静寂をも滾々と湧き出させているかのようなその泉は、この季節、森の若葉の影を映し、吸い込まれそうに深く神秘的な翡翠色を呈していた。
早朝のまだひんやりとした空気の中を、爽やかな初夏の風が吹き、かすかに立ち上る霧を分けて水面に細かなさざ波を立てる。
その波が寄せてくる泉のほとりに立って、今、若い男女が向かい合っていた。
「カーラ、おれと所帯を持ってくれ」
「ゲイル……」
幼なじみの突然の申し出に、カーラは、美しいハシバミ色の瞳を曇らせた。
雰囲気を察したゲイルがあわてて言う。
「待った! わかってる、お前にそんな気ないってことは!
でも即答しないでくれ、頼むから。おれは何年だって待つつもりなんだ」
「……そんなこと言ってたら、あたし、おばあさんになっちゃうかもよ」
「そのころにはおれもりっぱなじいさんだ、問題ない。
おれたち、どこまで行っても似合いのカップルだぜ!」
「……」
「そりゃーおれは魔力持ちじゃない。
けどそれを補うために、誰よりも剣の鍛錬を積んできたつもりだ。
お前を守るためにな」
ゲイルは照れたような笑いをうかべ、頭をかいた。
「あー、ちょっとキザだったかな?
ま、返事は期待してないから。あんまり気に病まないでくれ。
ただ、いつか……結婚してもいい、って気になったら、一番におれのこと思い出してくれよな。
……それじゃ。礼拝のじゃまして、すまなかった」
言いたいことは言った、とばかりに、晴れやかな顔で片手を上げ、ゲイルは村へと足を向けた。
が、ふと思い出したように振り返る。
「ああそうだ、次の買い出しの護衛はおれに決まったよ」
「そう……、よろしくね」
「変な気ぃ起こしたりしないから、心配すんなよな」
そのサバサバした明るさに、カーラは思わず微笑む。
「ええ、おっかないお目付役もついてますからね」
「はは、全くだ! じゃあなっ!」
村というより規模的には、集落と言った方が正しいだろう。
ほんの30軒ばかり、素朴な作りの家が肩を寄せ合うように建っているだけの、つつしまやかな村だった。
村の周囲をすっぽり包む森は深く、一番近い他の村まで、歩くと1日半はかかる。
森と家々の間にわずかばかり開けた土地があり、そこで作られる作物と、狩りで得られる獲物が村の自給自足の生活を支えていた。
村から伸びた細い道は森の中に分け入って、やがて小さな泉にたどり着く。
冷たく澄んだ水と共に、静寂をも滾々と湧き出させているかのようなその泉は、この季節、森の若葉の影を映し、吸い込まれそうに深く神秘的な翡翠色を呈していた。
早朝のまだひんやりとした空気の中を、爽やかな初夏の風が吹き、かすかに立ち上る霧を分けて水面に細かなさざ波を立てる。
その波が寄せてくる泉のほとりに立って、今、若い男女が向かい合っていた。
「カーラ、おれと所帯を持ってくれ」
「ゲイル……」
幼なじみの突然の申し出に、カーラは、美しいハシバミ色の瞳を曇らせた。
雰囲気を察したゲイルがあわてて言う。
「待った! わかってる、お前にそんな気ないってことは!
でも即答しないでくれ、頼むから。おれは何年だって待つつもりなんだ」
「……そんなこと言ってたら、あたし、おばあさんになっちゃうかもよ」
「そのころにはおれもりっぱなじいさんだ、問題ない。
おれたち、どこまで行っても似合いのカップルだぜ!」
「……」
「そりゃーおれは魔力持ちじゃない。
けどそれを補うために、誰よりも剣の鍛錬を積んできたつもりだ。
お前を守るためにな」
ゲイルは照れたような笑いをうかべ、頭をかいた。
「あー、ちょっとキザだったかな?
ま、返事は期待してないから。あんまり気に病まないでくれ。
ただ、いつか……結婚してもいい、って気になったら、一番におれのこと思い出してくれよな。
……それじゃ。礼拝のじゃまして、すまなかった」
言いたいことは言った、とばかりに、晴れやかな顔で片手を上げ、ゲイルは村へと足を向けた。
が、ふと思い出したように振り返る。
「ああそうだ、次の買い出しの護衛はおれに決まったよ」
「そう……、よろしくね」
「変な気ぃ起こしたりしないから、心配すんなよな」
そのサバサバした明るさに、カーラは思わず微笑む。
「ええ、おっかないお目付役もついてますからね」
「はは、全くだ! じゃあなっ!」
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