薄明宮の奪還

ria

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第2部.アドニア〜リムウル 第1章

5.食事

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「今までは道を急いだので、こんなものしかありませんが……」
エリアードが言った。

干した果物や木の実、パンとチーズ、汲んできた小川の水で夕食をとっている時だった。

「いいえ、私、こんな美味しい食事をいただいたのは初めて。
 ……そのぅ、こんなにお腹が空いたのも」

恥ずかしそうに笑うアイリーンに、エリアードは淡々と言った。
「明日は、鳥かうさぎを仕留められるでしょう」

「えっ……鳥か、うさぎ……?」

アイリーンは一瞬あぜんとし、次にさっと青ざめたかと思うと、持っていたパンをポロリと取り落とした。


昼の間中、森の中に鹿や小動物や、様々な鳥たちの姿を見つけては、はしゃいでいたアイリーンだった。

それらの生き物たちと、城にいた頃自分が何も考えずに口にしていた食べ物のことを結びつけて考えてみることなど、今の今まで思いもしなかったのだ。


高貴な身分の姫君として一生を安穏に暮らし、調理された物しか目にすることがなければ、おそらくは生涯、意識することはなかっただろう。

けれどアイリーンはこの一瞬に、空が崩れ落ちてくるかのような衝撃と共に、気付いてしまったのだ。
自分の命が、他者の命の犠牲の上に成り立っているということに。


大きなすみれ色の瞳が、今にも泣き出しそうにうるんでいた。
驚いたように、エリアードが目を見張る。

「ご、ごめんなさい、私……」
彼女は無理矢理ほほえんでみせた。

「ちょっとびっくりしただけ。あっ、お水、もう少し汲んできていい?」
立ち上がって小川の方に駆けていく。

「……」
エリアードは黙って、その後ろ姿を見送っていた。


小川のほとりにひざまづき、アイリーンはバシャバシャと顔を洗った。

体を起こすと、流れ落ちるしずくをぬぐいもせず、しばらくその水滴に暖かいものが混ざるに任せていた。

“たぶん……こんなことは序の口よね。
 だって私は城の中の暮らししか知らない。

 これからだわ。
 これからもっともっと、色んなことを知っていくんだわ……。

 その中にはきっと、いいこともあるに違いない。
 ……そう思うことにしよう”


アイリーンはゆっくり立ち上がった。

見上げた夕暮れの空に、月はまだ昇っていないのか見あたらなかった。

アイリーンは寂しかった。

母の形見の石は奪われてしまった。
ティレルにも、もう二度と会えないかも知れない……。

“ティレル……せめて、どうか無事でいて……”
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