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第1部.アドニア 第3章
8.エリアード
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父であるアドニア王の、悲痛な声での訴えに、敢えてレスターは表情を動かさなかった。
「……この子を無事に送り届けたら、帰ってきますよ」と、肩をすくめる。
アイリーンはレスターの陰から歩み出て王の前に立った。
「罪人を逃がした疑いをかけられれば、それも難しくなる……そうおっしゃるのね? お父様……」
「アイリーン……」
こらえきれず、父の目に涙があふれた。
「許してくれ……私はお前に、何もしてやれなかった……」
アイリーンは首を振った。
「いいえ、いいえ……私を、信じて下さるのね、お父様は……それだけで十分……」
アイリーンの、澄んだ青い瞳が、父の苦悩に満ちた顔をまっすぐに見つめた。
「でも一つだけ、聞かせて下さい。お父様は、母様を信じていらっしゃいました?」
「もちろんだとも! お前はほんの少し早く生まれてきただけだ、世間にはいくらでもあることなのに……私の娘だ、アイリーン、疑ったことなど一度もない!」
王はアイリーンを胸に抱きしめた。
アイリーンは安堵と悲しみの入り交じったため息を一つもらした。
「私の、お父様に対する愛情は、母様が私に与えてくれたものです。
だから私も信じています……。
そうでなければ、私がお父様のことを、こんなに愛せるはずがありませんもの……」
「アイリーン……!!」
「……父上、この子をどうするおつもりですか?」
レスターはまだ身構えている様子で尋ねる。
「安心しなさい、お前の思うとおり、脱出させるつもりだ。
お前がお膳立てしてくれたこの機に……今夜でなければ間に合わない。
ただし行く先はレナンダール、王宮の別荘なら捜査の手も及ばない。
お前の代わりに、この子を守ってレナンダールまで送り届ける者も用意した」
レスターは眉をひそめた。
「お兄様……」
アイリーンがレスターの腕に手をかけた。
「私、その人と一緒に行きます。お兄様は、お父様のそばにいてあげて」
「アイリーン……」
レスターの顔にも苦悩の表情が浮かぶ。
何もかも捨てる覚悟は出来ていたが、憔悴した父の姿に心を揺さぶられていた。
その時、すぐ近くの城壁の影の中から、もう一つの影が立ち現れた。
アイリーンはギョッとし、レスターですら、少なからず驚いた。
それまで全く、気配にも気づいていなかったからだ。
「お初にお目にかかります、レスター様、アイリーン様。エリアードと申します」
アイリーンのそばに片膝をついた男は、年の頃は24、5かと思われる、落ち着いた物腰の青年だった。
明るい金褐色の髪を後ろで一つに束ねている。
出で立ちを見れば、すっかり旅支度を済ませているのが見て取れた。
「この者は、アイリーン、お前の乳兄弟、と言ってもいいだろうな」
「えっ……ではユリアの……?」
「はい、ユリアは私の母です」エリアードは微笑んだ。
「正確には私の弟が、姫と乳兄弟なのですが」
アイリーンは、懐かしい乳母の顔を思い浮かべ、エリアードを見つめた。
暖かで人好きのする緑の瞳に、その面影が忍ばれる気がした。
「……それはいいけど、本当にこの子を守れるのかい? 剣の腕は?」
レスターの質問に、王が答える。
「この若さで、私直属の護衛隊……極秘部隊の副隊長を務めるほどの腕前だ、安心するがいい」
エリアードはひざまづいたまま頭を下げ、きびきびした声で言った。
「不肖未熟の身なれど、アイリーン様を無事、お送り致す所存!! 命に代えましても、かならずお守り致します!」
「……この子を無事に送り届けたら、帰ってきますよ」と、肩をすくめる。
アイリーンはレスターの陰から歩み出て王の前に立った。
「罪人を逃がした疑いをかけられれば、それも難しくなる……そうおっしゃるのね? お父様……」
「アイリーン……」
こらえきれず、父の目に涙があふれた。
「許してくれ……私はお前に、何もしてやれなかった……」
アイリーンは首を振った。
「いいえ、いいえ……私を、信じて下さるのね、お父様は……それだけで十分……」
アイリーンの、澄んだ青い瞳が、父の苦悩に満ちた顔をまっすぐに見つめた。
「でも一つだけ、聞かせて下さい。お父様は、母様を信じていらっしゃいました?」
「もちろんだとも! お前はほんの少し早く生まれてきただけだ、世間にはいくらでもあることなのに……私の娘だ、アイリーン、疑ったことなど一度もない!」
王はアイリーンを胸に抱きしめた。
アイリーンは安堵と悲しみの入り交じったため息を一つもらした。
「私の、お父様に対する愛情は、母様が私に与えてくれたものです。
だから私も信じています……。
そうでなければ、私がお父様のことを、こんなに愛せるはずがありませんもの……」
「アイリーン……!!」
「……父上、この子をどうするおつもりですか?」
レスターはまだ身構えている様子で尋ねる。
「安心しなさい、お前の思うとおり、脱出させるつもりだ。
お前がお膳立てしてくれたこの機に……今夜でなければ間に合わない。
ただし行く先はレナンダール、王宮の別荘なら捜査の手も及ばない。
お前の代わりに、この子を守ってレナンダールまで送り届ける者も用意した」
レスターは眉をひそめた。
「お兄様……」
アイリーンがレスターの腕に手をかけた。
「私、その人と一緒に行きます。お兄様は、お父様のそばにいてあげて」
「アイリーン……」
レスターの顔にも苦悩の表情が浮かぶ。
何もかも捨てる覚悟は出来ていたが、憔悴した父の姿に心を揺さぶられていた。
その時、すぐ近くの城壁の影の中から、もう一つの影が立ち現れた。
アイリーンはギョッとし、レスターですら、少なからず驚いた。
それまで全く、気配にも気づいていなかったからだ。
「お初にお目にかかります、レスター様、アイリーン様。エリアードと申します」
アイリーンのそばに片膝をついた男は、年の頃は24、5かと思われる、落ち着いた物腰の青年だった。
明るい金褐色の髪を後ろで一つに束ねている。
出で立ちを見れば、すっかり旅支度を済ませているのが見て取れた。
「この者は、アイリーン、お前の乳兄弟、と言ってもいいだろうな」
「えっ……ではユリアの……?」
「はい、ユリアは私の母です」エリアードは微笑んだ。
「正確には私の弟が、姫と乳兄弟なのですが」
アイリーンは、懐かしい乳母の顔を思い浮かべ、エリアードを見つめた。
暖かで人好きのする緑の瞳に、その面影が忍ばれる気がした。
「……それはいいけど、本当にこの子を守れるのかい? 剣の腕は?」
レスターの質問に、王が答える。
「この若さで、私直属の護衛隊……極秘部隊の副隊長を務めるほどの腕前だ、安心するがいい」
エリアードはひざまづいたまま頭を下げ、きびきびした声で言った。
「不肖未熟の身なれど、アイリーン様を無事、お送り致す所存!! 命に代えましても、かならずお守り致します!」
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