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最後の足掻き
しおりを挟む週明け、月曜日。
結婚してから、通勤は一緒の羽美と律也。
「結婚式、予定組まなきゃな」
「ですね」
そんな話をしながら徒歩10分程歩くのだが、会社は駅側の通りにあり、たまたま駅前を通る信号が青になり、渡って歩いていた。
「羽美!やっと会えた!」
「え?」
「ん?何だ?」
人混みの流れに沿って歩き、律也が壁になっていて分からなかったが、一瞬見えたのだろう。羽美の姿を見つけた、という男の声で振り向いた。
その振り向いて目に入れた人物を見て、羽美は凍りつく。
「…………こ………晃……司」
「羽美!やっと…………やっと……会えた……」
元カレから、ストーカーになり羽美に接近禁止命令が降された晃司。その晃司が出勤前なのだろう、スーツ姿で抱き着いて来ようと駆け寄って来る。
「俺の妻に何か?」
羽美を自分の背に隠す律也。
「邪魔するな!羽美を騙してるんだろ!知ってるんだ!教えてくれた人が居るんだ!羽美!こんな男の近くに居ちゃいけない、俺と行こう!」
「行かないわ!何故行かなきゃならないの!私は結婚して幸せなの!」
「そういう事だ……羽美から少し聞いたが、羽美と交際していた時、浮気していたそうじゃないか………そんな男が羽美を幸せに出来る筈ないだろう?」
「騙しているのはお前だろ!俺は聞いたんだ!白河酒造の令嬢から!」
「紗耶香さんから?…………待って!晃司!誤解よ!」
こんな人混みで、幸せを掴もうとしている紗耶香の、過去になった行為に目を瞑ろうとした事を暴露させる訳にはいかなかった羽美。
思わず、律也を避けて晃司の前に出てしまった。ストーカーにやってはいけない事を忘れてしまった。
「あぁ、羽美………やっぱり俺を信じてくれたんだな……」
「羽美!駄目だ!」
「あっ!」
ストーカーに気を持たせる行為はしてはいけない。話に応じる事も駄目なのだ。
羽美は律也に腕を取られ、晃司から逃げた。
「羽美、大丈夫か?」
会社迄到着すると、警備員に注視を促した律也は、営業部には入らず、空いている応接室に連れ込む。
「はい………また近くに来るなんて……」
「紗耶香さんに確認する必要あるかもな」
「…………え?」
「だってそうだろ……恐らく、白河酒造とのゴタゴタしていた間だろうが、あの男に誤解を招く様な事を言っていたら、証拠にもなる」
「証拠、て何ですか?紗耶香さんが悪くなりませんか?」
「………それは……」
確かに紗耶香が晃司に誤解を招く事を言った可能性はある。だが、そもそもストーカーになった者達の性格は思い込みの激しさだ。1度信じてしまえば、それがその人の正義や正しい思いになる。
タイプの人間に微笑まれ、その人間が、『自分の事を好きなんじゃないか』と思い込んだら、それが正しい思いで、両思いと思い込んでしまう。
冷静に考えれば、羽美に恋人が居る、と斉木に言われても、信じずに晃司に都合の良い紗耶香の言葉を信じてしまっただけだ。疑問に思う事もしない。それが晃司の間違いなのだ。
「紗耶香さんは、嘘を言ったと思います。駄目ですけど、ストーカーになったあの人は自分の都合の良い方を信じてしまうんです………私は、せっかく紗耶香さんが裕司さんと前を向こうとしているのに、あんな晃司の事で壊したくないんです。晃司の誤解なら、紗耶香さんや裕司さんが居ない所で、別で対処したい!…………駄目ですか?」
「…………弁護士を付けよう……そして、何度だって警察に報告しよう」
「はい!」
晃司の件で、弁護士に依頼し再び、注意勧告はした羽美。だが、晃司側も弁護士を付けたのか、紗耶香が吐いた嘘を信じ、異議を伝えて来ていた。それでも羽美や航が揃えていた証拠があり、晃司は加害者としてまた処罰を受ける事になったのである。
「もう、これに懲りて再び姿を表す事もないと思いたいな」
「………だといいですけど」
晃司の事でゴタゴタしながら、結婚式の準備も平行していたが、あれよあれよと結婚式も数日後となっていた。その間、晃司は姿を現してはいない。それで終わって欲しい、そう願っている。
住んでいるマンションも特定される可能性もあり、会社から少し離れたが、今迄の律也のマンションより広いファミリー向けのマンションへと転居もする羽目になった。そもそも、律也が住んでいたマンションは1LDKの単身用で、結婚もして子供も要らない訳ではない為、借家にはなるが転居してから結婚式を挙げる。
「引っ越しも終わったし、忙しなかったなぁ」
「やっと、終わりましたね」
「さ、今日はもう休もう」
「ですね」
付き合い始めて三週間で結婚し、結婚式はその半年後という目まぐるしい日々の中で、お互いが必要な存在になったのは、月日は関係はなかったようだ。
新しく設置した電気を消灯し、新しい広いベッドへと新生活を始めた羽美と律也だった。
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