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車内キス

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「んんっ!」

 口が閉じられないキスをされ、だらしなく唾液が口の中に溢れ、口から溢れていても、森本は離さない。
 羽美は左手でドアを開けたのだが、その左手は森本が掴み、羽美の右手だけで森本を押し戻そうとしてもビクともせず、腹立たしそうに森本のスーツのジャケットを握り締めていた。
 力を弱めたら、森本の思う壺だと思った羽美は、足で抵抗を見せようとバタつかせ始めるものの、狭い車内では履いていたスカートも捲れてしまい、森本を誘ってしまうのでは、と止めてしまう。

 ガコン!

「!」

 一瞬、森本の手が離れ、羽美の左手は自由にはなったが、助手席のシートを倒されて、ドアノブから手が遠ざかっていく。
 執拗に貪られる唇は、クチュクチュと唾液が混ざり合い、森本の舌と指は、羽美が知らなかった感じる場所を攻め始めた。口内から漏れる息遣いでの喘ぎ声と、左手の親指と残された指は耳を愛撫をしていて分かってしまったようだ。
 何分、森本と唇を重ねているのかも、分からないぐらい長いキスをされ、漸く離れた所で、森本は羽美の顔を見て満足そうだった。

「羽美が?……そんな唆る顔した女が下手なものか………今すぐ突っ込みたいぐらい溶けた顔してるぞ、羽美」
「…………え……?」

 森本は、羽美の口に入れていた親指を舐め、身体を起こすとシートを戻した。

「その顔、可愛いぞ羽美……セックスしたくなる」
「………んな!」
「………如何だ?前言撤回するなら、このまま俺のマンションかホテルに直行するが?」
「き、今日は嫌だって言いましたよね!」
「そういう前言撤回はいつでも大歓迎だ……だが、今日は羽美の言う通りにしてやろう……その代わり、金曜夜からのつもりでいろよ?羽美……週末は逃さない」
「っ!」
「………返事は?」
「………拒否権は?」
「無い」
「…………は……い……」

 森本が好きではある羽美だが、羽美を尊重する言葉がある様で無いのが、素直に喜べない。
 森本は羽美の髪を指に絡め、キスを落とすと、もう一言付け加えた。

「髪は纏めるより、下ろした方が俺好みだから、明日からは結うなよ」
「え!……結ばないと仕事に邪魔な事があるので……」
「それは、何とか考えろ………離れ難くなるから、俺はもう帰る……羽美も家に入れ」
「…………あ、はい……おやすみなさい…そして今日はごちそうさまでした」

 今度は、ドアを開けるのを阻止される事もなく降りると、森本は窓を開けて『おやすみ」と言って車を発進させたのだった。

       ❊❆❊❆❊❆❊

「………ただいま……と……」

 と、言った所で、店が忙しいのか家の方には誰も居ない。

「着替えて手伝おうかな」

 部屋へと入り、着替えて店に出て顔を出した羽美。割烹料理店の為、ホールに出るには着物でなければならないので、洗い物をするぐらいだ。

「ただいま」
「おう、お帰り羽美」
「洗い物手伝うね」
「頼む」

 父はカウンター客に接客をしながら料理を作っていて手が話せないのか、目線だけ向けた。羽美の兄、航が羽美と話す。

「羽美、お帰りなさい」
「お母さん、ただいま……裏手伝うね」
「ありがとうね……食器沢山今から下がってくるから助かるわ」
「お客様は?あとどれぐらい?」
「3組かな」

 洗い物の量からして忙しかったか分かる。山積みの食器を軽く手洗いし、食洗機に掛けながら、次々と洗い物を熟す羽美。


「羽美、飯食ったか?」
「うん、食べてくるってお母さんには伝えておいたけど?」
「じゃ、コレ要らないな?」
「あ!治部煮!………た、食べたい……」
「余ったから、明日の朝にでも食べろ」
「無くなるじゃん……お兄ちゃんこの後食べるんでしょ?」
「残しておいてやるよ、洗いもんの給金な」
「うわっ、安っ」
「手間掛けてんだよ、安くねぇよ」

 航が治部煮を片手に遅めの夕飯の分の膳に乗せ、次々とこの日の仕込みで作り置きした料理を並べていく。保存が効く物は翌日に回し、この日食べなければ悪くなる料理を、まかないとして食べるのだ。アルバイトの子達は皆食べ盛りでほぼ残らないが、食費ロスを考えればありがたい。

「さ、バイト達は食べたら上がってくれよ」
「「「はい、頂きます!」」」

 料理人は父と兄だけ、他は料理学校に通う学生で修行に来ている子や大学生だ。
 店の閉店は夜11時、閉店時間30分前には注文もストップするので、飲食店で働く者の食事は遅い時間だ。

「お兄ちゃん、賞味期限切れになるお酒ある?」
「飲んで来たんだろ?お前」

 航は、電子煙草を取り出し吹かすと、厨房の片付けを始める。カウンターの調理台はあら方終わったのだろう。

「まだ飲み足りない」
「酒はねぇよ」
「残念……」
「毎日毎日聞くなよ、俺に」
「お父さんには頼めないもん」
「親父なんて、客に奢って貰ってるぜ」
「お兄ちゃんもじゃん」
「美味い料理作ってるからな」

 他愛のない会話をしていると、店は閉店になり、父も母も厨房へと来る。

「羽美、仕事で疲れてるだろ?早く休めよ」
「お父さん、今日も1日お疲れ様」

 前掛けを外し、店の厨房で食事を始める父。そして、アルバイトの子達と話し込む母。アルバイトの子達は既にまかないを食べ終え、帰る頃だった。

「大将、航さん、女将さん、お疲れ様でした」
「はい、また明日も頼むわね」

 これが羽美の家族達。和気藹々とした雰囲気のこの実家が好きで、いい年齢なのに家族と同居している羽美だった。

 

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