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愚かな王子は反省せず、偽物は王子を捨てる

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「え?マリア様がバルカス様と婚約解消?」

 イルマが、午後の勉強を終わらせて、カーラやユーナ、侍女達によりお茶を淹れてもらっていた時だった。

「はい、鍛錬場でラスウェル殿下とバルカス殿下を手合わせした際、ラスウェル殿下にバルカス殿下が負かされてしまい、それをマリア様がご覧になられていて………」
「ま、まぁ…………それはバルカス殿下は屈辱的な事になったでしょうね………」

 同情的意見を言うイルマだが、内心ではざまあみろ、とほくそ笑む。

 ―――いい気味だわ!バルカス殿下!

「ですが………」
「ん?何ですの?」
「「……………」」

 カーラとユーナが顔を見合わせ、頷き合うと、カーラが重い口を開いた。

「どうやら、マリア様がバルカス殿下からラスウェル殿下へ乗り換えたご様子で………」
「!!」

  ―――う、鬱陶しいわ!マリア様!あの容姿なら、知能を引いたとしても引く手数多な結婚相手が見つけられる筈なのに!

 何気にイルマも失礼な考えだが、思考なので良しとする。
 
「わ、わたくしは………このまま黙っていればいいのかしら……ラスウェル殿下は何か仰ってます?」
「いえ、私達も見ていた兵士達が広めた話を聞いただけですので……確認は未だ出来ておりません」
「…………そうですか……手紙を書きます………届けて貰える?」
「はい、ラスウェル殿下にですね?」
「ラスウェル殿下と、父のクライン公爵に……まだお城に居る筈だから」
「畏まりました」

 イルマはマリアが諦めてくれる性格ではないのを知っている。彼女が16歳で社交界デビューを果たすと、仕切りにバルカスへのラブレターと夜会の紹介状を贈りつけていたのを知っている。1年あまり続き、バルカスの意識がマリアに傾くと、バルカスのイルマへの冒涜さが増えていったから。完全にバルカスの婚約者がイルマだと信じきっていたマリアや他のバルカス派の貴族達の大半は、イルマへの冷遇もエスカレートしていた一方で、バルカスには聡明で知的なイルマの方が合っている、という声も少なくなかった。だが、徐々にバルカス派の貴族がイルマからマリアへと傾いていくと、バルカスは婚約破棄をイルマに言い渡した。
 その1年の歳月を掛け、よくマリアはバルカスを信じ込ませる事の労力の粘り強さに、イルマは呆れたものだった。それはイルマ自身、恋を知らないからなのもあるが、相手が相手だけによくバルカスを好きで居続けられた、と思ってしまう。でも、バルカスは簡単に振られた。ラスウェルに剣で負かされて、そのバルカスの無様さに切り替わったから。
 イルマからしても、ラスウェルはバルカスと比較にならない程の人格者だから、マリアはバルカス以上のしつこさを見せるだろう、と予感していた。

「…………はい、こちらがラスウェル殿下、こっちは父に」
「畏まりました」

 手紙を書いたイルマ。状況把握をしたくて確認しようと、手紙を書いたのだ。返事は来るだろうが、結果の好印象は期待していない。恐らく、また騒動が起きる筈だから。
 暫くすると、返事が来る前に、ジャイロがイルマの居る部屋へとやって来た。

「後で、ラスウェル殿下も来るから」
「お手紙でも良かったのでは?」
「…………だから、という、ラスウェル殿下の気持ちも汲み取れよ………」
「?………どういう事ですの?……まだわたくしとの婚約自体も内々の状況で、あらぬ噂が流せない時期ですもの、頻繁に会う事も、ラスウェル殿下の品位に関わりますわ」
「……………はぁ……ラスウェル殿下が気の毒に思うよ…………俺は……」

 『早く打ち明ければいいのに』と、ジャイロから愚痴が溢れる。色恋に関して、人の感情を読み取れないイルマになってしまったのはバルカスのせいだと分かるだけに、タイミングが重要なのか、とジャイロの表情から見て取れるのだが、イルマはその表情の意味も分からなかった。

「ところで、本当にマリア様はバルカス殿下からラスウェル殿下に乗り換えたのですか?」
「………あ、あぁ……本当だ………噂では聞いていたが、礼儀も悪い女だな」
「彼女の礼儀作法を今更変えようなんて、思っても無駄ですわ…………言葉使いもカーテシーも、進歩しておりませんもの。社交場で恥ずかしいとも思っておられませんし」
「だろうな………今は部屋に謹慎させてはいるが、ドルビー侯爵に迎えに来させる様に手配はしている…………あんな女が王城に居ると心休まらん」
「…………兄様が仰るぐらいだから、余程でしたのね………ジャイロ兄様は礼儀作法に厳しくてらっしゃるから」

 侍女達に、茶を淹れさせると、ジャイロはティーカップを持ち上げる。

「従妹が完璧な礼儀作法だからな……挨拶もまともに出来ない女は馬鹿そうに見える」
「………実際、その様ですわよ………教育係の教授方が嘆いておられましたし」
「…………あぁ、俺も聞いた……よくで『聖女』と名乗ったもんだよ」
「失礼致します、ラスウェル殿下とクライン公爵がおみえになりました」

 ユーナから、声が掛かりイルマも持っていたティーカップをテーブルに戻すと、立ち上がりラスウェルとクライン公爵を待ち構えた。

「イルマ」
「ラスウェル殿下にご挨拶申し上げます」

 カーテシーでラスウェルを迎えるイルマ。その姿を見てジャイロは満足気だ。

「やっぱりが出来なきゃな」
「ん?ジャイロ、カーテシーが如何したんだ?」
「いえね、手本となる様な完璧なカーテシーを見て安堵したんですよ、マリア嬢では見られないですからね」
「…………あぁ………なるほど………そのマリア嬢だが、今ドルビー侯爵が連れて帰っているところだろう」
「素直に帰ってくれますでしょうか………」

 イルマとジャイロはソファに再び座り、ラスウェルとクライン公爵も腰掛ける。

「先程迄見守っていたが、聞くに耐えない文句を巻くし立てていた………ドルビー侯爵も娘も…………そして、バルカス殿下もな」
「……………ま、まぁ………興味ありますわ……」
「怒号等耳に入れるな………イルマがわざわざ傷付く事は無い………バルカス殿下やマリア嬢の罵声を聞きたいのか?」
「…………興味あるだけですわ………聞いたところで、今は関係の無い方々ですので痛くも痒くも無いと思われます」

 そう思っていた方が、イルマは楽だった。ポーカーフェイスを装うにも限度がある。『偽物聖女』の件が片付かない限り、心底笑える日が来ないだろう。
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