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登城

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「久しぶりだね、イルマ」
「ラスウェル殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「ラスウェル殿下、イルマにちゃんと、説明してやって下さいね、俺は概要しか話をしてませんから」

 応接セットのソファに座るラスウェルと、その後ろに控えるジャイロ。イルマはラスウェルの前に座った。

「説明はするさ、誤解されたくないしな」
「いやぁ、多分もう誤解してはいるかと思いますけど…………」
「そうなのか?」
「ま、それはイルマと話せば分かります」

 ジャイロは、バツ悪そうにラスウェルに話す。この日ジャイロがイルマと話した印象でそう思ってしまったのだから、ラスウェルもそう思うだろう。
 イルマの婚約は『聖女』だから、もう一人の王子の婚約者にさせられる、と。恋愛関係から発展しない婚姻は諦めてはいるものの、兄弟間で争奪戦に近い婚約にイルマの意思は関係ないのだ。

「ラスウェル殿下、お忙しい中わたくしの為に時間を割いて頂いてありがとうございます」
「…………会いたかったから、とは思わない訳?」
「………は?………わたくしに、ですか?……少しもそんな事は思いませんでしたが……」
「…………ジャイロ……」

 ラスウェルはジャイロに振り向き、小声でジャイロを呼ぶ。

「……………はい」
「イルマ、てさ…………欠如してない?色恋に」
「してますね………ま、今迄身近に居た異性といえば殿でしたし、バルカス殿下が居る場で、他の異性との会話はバルカス殿下は許さなかったので………」
「……………なるほどね……俺とさえも話す機会を遮断した奴だからな……」
「あ、あの…………ラスウェル殿下?何かありましたでしょうか?」

 目の前で臣下とコソコソと話すラスウェルに不審に思い、一声掛けたイルマ。話があった筈では、と思っての一声だ。

「いや、こちらの事だ、気にしなくていい………所で、弟と婚約解消して直ぐに兄である俺との婚約に、よく了承してくれたね、イルマ……感謝するよ」
「…………いえ、元よりラスウェル殿下とバルカス殿下の何方か、との婚約者として育てられてきたわたくしですから………寧ろ、ラスウェル殿下がお気を悪くされてるのでは、と思っております………バルカス殿下とは清いままではありましたが、あの様な不始末の令嬢であるわたくしと、ラスウェル殿下との婚約は些か外聞が悪いのでは、と…………」
「そんな世間の外聞等気にしなくていい………世の中の者達が、バルカスの策に騙されていただけの事…………当の本人の俺がイルマを伴侶にしたい、と思っていたから、俺からすれば幸運が舞い込んだだけの事………バルカスが馬鹿で良かったよ………なぁ、ジャイロ」
「…………まぁ、見る者からすれば、そう思いますね」
「…………バルカス殿下と婚約解消出来て、わたくしも本当に良かったのですが、ラスウェル殿下からのお申し出に、驚いております」

 扇を開き、表情を隠すイルマ。感情を隠すのに、扇が欠かせないアイテムだ。嬉しい事と驚いて戸惑う表情を見せては、幾らその嬉しい事柄の張本人が、目の前の男の実の弟で、兄弟間でどう話が通っているかはイルマは分からないのだ。満面の笑みではいられない。

「バルカスの事は放っておいていいさ、アイツはマリア嬢に執心だから………今迄君が使っていた部屋の内装も、マリア嬢からのお強請りに、マリア嬢好みに改装させろ、だと10日程前からやらせてるから、その監視にアイツは相変わらず執務も公務も放ったらしさ」
「…………………ですか……相変わらずでいらっしゃるのですね……」
「あぁ………君が以前からアイツの執務の代行をしていたんだってね………もう、君がやる事は無いから安心してくれ…………まぁ、俺の妃になったら分からないけど……」
「………それは、バルカス殿下の仕事がわたくしに回される、という事ですか?」
「させたくはないが、アイツが廃嫡、なんて事になったら、あり得るかもな」

 ―――何ですって!廃嫡!!

 心理上、廃嫡でも構わないと思っているイルマだが、そうなれば王子はラスウェルしか残らない為、王子の立場になるラスウェルの仕事量が増えるだろう。
 そうすれば、ラスウェルの伴侶になるイルマにも回される、という事。採決を迫る仕事が多い立場である王子達の仕事をイルマは見てきている。代行で行なって来たイルマにとって責任重大な事だったが、それをバルカスが執務をする様になってから、ほぼ手伝ってきた。いや、バルカスに回された仕事は9割方イルマの功績だ。
 やりたくなかった事が戻って来る気配で、イルマは扇を膝上に落とす。

「殿下………執務が余程嫌だったみたいですが?」
「…………聞いていた以上の反応だな……バルカスに回した仕事の量は、アイツがサボるから溜めていた物ばかり……日々仕事をしていれば、苦労はしない………採決を先延ばしするから、イルマに負担が掛かっていただけだよ………普段から目を通していたら、直ぐに採決出来る案件なのに、その採決が必要になる案件をまとめる事もしないアイツがイルマに回すから、苦労しただろ?始めから君に回ってたら、然程アイツに重要案件等回してはいない…………今アイツには重要案件は回してはいないが、10日分の仕事、溜まりに溜まって、今はアイツの執務室は書類の山だが、アイツは見向きもしてない………そろそろ癇癪起こすだろうが、放っておいていいからね」
「確かに、ぐちゃぐちゃに整理されていない書類がバルカス殿下から回って来ましたが………書記官から回って来た仕事はきちんとまとめられてそちらの方が早く片付きました………まさか、簡単な採決をバルカス殿下はしようと思っていて広げたものの、見るだけ見てサインもせず、散らかしてわたくしに渡してきた、と…………」
「…………本当にアイツの尻拭いご苦労だったね………アイツがイルマが王城に居るのを知ったら、押し付けて来るかもしれないが、突っぱねていいから」
「勿論ですわ………それなら、マリア様にやって貰えば良いのです、わたくしはバルカス殿下の婚約者でも無くなったのですから」
「そのつもりさ」

 バルカスは敵ではないのに、イルマは復讐心が芽生える。効率の悪い事を丸投げされ続け、更に夜会での侮辱。嫌いになるな、というのは土台無理な相手であったのに、何故かバルカスはイルマが自分の事が好きだ、とでもいう態度を消さなかった勘違いな男だったのだ。苦労するならドン底に堕ちて、苦労して這い上がって来てから、人としての評価が出せるというもの。
 イルマは、バルカスとマリアの行動が楽しみで仕方なかった。
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