5 / 40
登城
4
しおりを挟む「久しぶりだね、イルマ」
「ラスウェル殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「ラスウェル殿下、イルマにちゃんと、説明してやって下さいね、俺は概要しか話をしてませんから」
応接セットのソファに座るラスウェルと、その後ろに控えるジャイロ。イルマはラスウェルの前に座った。
「説明はするさ、誤解されたくないしな」
「いやぁ、多分もう誤解してはいるかと思いますけど…………」
「そうなのか?」
「ま、それはイルマと話せば分かります」
ジャイロは、バツ悪そうにラスウェルに話す。この日ジャイロがイルマと話した印象でそう思ってしまったのだから、ラスウェルもそう思うだろう。
イルマの婚約は『聖女』だから、またもう一人の王子の婚約者にさせられる、と。恋愛関係から発展しない婚姻は諦めてはいるものの、兄弟間で争奪戦に近い婚約にイルマの意思は関係ないのだ。
「ラスウェル殿下、お忙しい中わたくしの為に時間を割いて頂いてありがとうございます」
「…………会いたかったから、とは思わない訳?」
「………は?………わたくしに、ですか?……少しもそんな事は思いませんでしたが……」
「…………ジャイロ……」
ラスウェルはジャイロに振り向き、小声でジャイロを呼ぶ。
「……………はい」
「イルマ、てさ…………欠如してない?色恋に」
「してますね………ま、今迄身近に居た異性といえばバルカス殿下でしたし、バルカス殿下が居る場で、他の異性との会話はバルカス殿下は許さなかったので………」
「……………なるほどね……俺とさえも話す機会を遮断した奴だからな……」
「あ、あの…………ラスウェル殿下?何かありましたでしょうか?」
目の前で臣下とコソコソと話すラスウェルに不審に思い、一声掛けたイルマ。話があった筈では、と思っての一声だ。
「いや、こちらの事だ、気にしなくていい………所で、弟と婚約解消して直ぐに兄である俺との婚約に、よく了承してくれたね、イルマ……感謝するよ」
「…………いえ、元よりラスウェル殿下とバルカス殿下の何方か、との婚約者として育てられてきたわたくしですから………寧ろ、ラスウェル殿下がお気を悪くされてるのでは、と思っております………バルカス殿下とは清いままではありましたが、あの様な不始末の令嬢であるわたくしと、ラスウェル殿下との婚約は些か外聞が悪いのでは、と…………」
「そんな世間の外聞等気にしなくていい………世の中の者達が、バルカスの策に騙されていただけの事…………当の本人の俺がイルマを伴侶にしたい、と思っていたから、俺からすれば幸運が舞い込んだだけの事………バルカスが馬鹿で良かったよ………なぁ、ジャイロ」
「…………まぁ、見る者からすれば、そう思いますね」
「…………バルカス殿下と婚約解消出来て、わたくしも本当に良かったのですが、ラスウェル殿下からのお申し出に、驚いております」
扇を開き、表情を隠すイルマ。感情を隠すのに、扇が欠かせないアイテムだ。嬉しい事と驚いて戸惑う表情を見せては、幾らその嬉しい事柄の張本人が、目の前の男の実の弟で、兄弟間でどう話が通っているかはイルマは分からないのだ。満面の笑みではいられない。
「バルカスの事は放っておいていいさ、アイツはマリア嬢に執心だから………今迄君が使っていた部屋の内装も、マリア嬢からのお強請りに、マリア嬢好みに改装させろ、だと10日程前からやらせてるから、その監視にアイツは相変わらず執務も公務も放ったらしさ」
「……………また……ですか……相変わらずでいらっしゃるのですね……」
「あぁ………君が以前からアイツの執務の代行をしていたんだってね………もう、君がやる事は無いから安心してくれ…………まぁ、俺の妃になったら分からないけど……」
「………それは、バルカス殿下の仕事がわたくしに回される、という事ですか?」
「させたくはないが、アイツが廃嫡、なんて事になったら、あり得るかもな」
―――何ですって!廃嫡!!
心理上、廃嫡でも構わないと思っているイルマだが、そうなれば王子はラスウェルしか残らない為、王子の立場になるラスウェルの仕事量が増えるだろう。
そうすれば、ラスウェルの伴侶になるイルマにも回される、という事。採決を迫る仕事が多い立場である王子達の仕事をイルマは見てきている。代行で行なって来たイルマにとって責任重大な事だったが、それをバルカスが執務をする様になってから、ほぼ手伝ってきた。いや、バルカスに回された仕事は9割方イルマの功績だ。
やりたくなかった事がまた戻って来る気配で、イルマは扇を膝上に落とす。
「殿下………執務が余程嫌だったみたいですが?」
「…………聞いていた以上の反応だな……バルカスに回した仕事の量は、アイツがサボるから溜めていた物ばかり……日々仕事をしていれば、苦労はしない………採決を先延ばしするから、イルマに負担が掛かっていただけだよ………普段から目を通していたら、直ぐに採決出来る案件なのに、その採決が必要になる案件をまとめる事もしないアイツがイルマに回すから、苦労しただろ?始めから君に回ってたら、然程アイツに重要案件等回してはいない…………今アイツには重要案件は回してはいないが、10日分の仕事、溜まりに溜まって、今はアイツの執務室は書類の山だが、アイツは見向きもしてない………そろそろ癇癪起こすだろうが、放っておいていいからね」
「確かに、ぐちゃぐちゃに整理されていない書類がバルカス殿下から回って来ましたが………書記官から回って来た仕事はきちんとまとめられてそちらの方が早く片付きました………まさか、簡単な採決をバルカス殿下はしようと思っていて広げたものの、見るだけ見てサインもせず、散らかしてわたくしに渡してきた、と…………」
「…………本当にアイツの尻拭いご苦労だったね………アイツがイルマが王城に居るのを知ったら、押し付けて来るかもしれないが、突っぱねていいから」
「勿論ですわ………それなら、マリア様にやって貰えば良いのです、わたくしはバルカス殿下の婚約者でも無くなったのですから」
「そのつもりさ」
バルカスは敵ではないのに、イルマは復讐心が芽生える。効率の悪い事を丸投げされ続け、更に夜会での侮辱。嫌いになるな、というのは土台無理な相手であったのに、何故かバルカスはイルマが自分の事が好きだ、とでもいう態度を消さなかった勘違いな男だったのだ。苦労するならドン底に堕ちて、苦労して這い上がって来てから、人としての評価が出せるというもの。
イルマは、バルカスとマリアの行動が楽しみで仕方なかった。
13
お気に入りに追加
709
あなたにおすすめの小説
私の愛する人は、私ではない人を愛しています
ハナミズキ
恋愛
代々王宮医師を輩出しているオルディアン伯爵家の双子の妹として生まれたヴィオラ。
物心ついた頃から病弱の双子の兄を溺愛する母に冷遇されていた。王族の専属侍医である父は王宮に常駐し、領地の邸には不在がちなため、誰も夫人によるヴィオラへの仕打ちを諫められる者はいなかった。
母に拒絶され続け、冷たい日々の中でヴィオラを支えたのは幼き頃の初恋の相手であり、婚約者であるフォルスター侯爵家嫡男ルカディオとの約束だった。
『俺が騎士になったらすぐにヴィオを迎えに行くから待っていて。ヴィオの事は俺が一生守るから』
だが、その約束は守られる事はなかった。
15歳の時、愛するルカディオと再会したヴィオラは残酷な現実を知り、心が壊れていく。
そんなヴィオラに、1人の青年が近づき、やがて国を巻き込む運命が廻り出す。
『約束する。お前の心も身体も、俺が守るから。だからもう頑張らなくていい』
それは誰の声だったか。
でもヴィオラの壊れた心にその声は届かない。
もうヴィオラは約束なんてしない。
信じたって最後には裏切られるのだ。
だってこれは既に決まっているシナリオだから。
そう。『悪役令嬢』の私は、破滅する為だけに生まれてきた、ただの当て馬なのだから。
転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~
桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。
両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。
しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。
幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。
クラス転移したひきこもり、僕だけシステムがゲームと同じなんですが・・・ログアウトしたら地球に帰れるみたいです
こたろう文庫
ファンタジー
学校をズル休みしてオンラインゲームをプレイするクオンこと斉藤悠人は、登校していなかったのにも関わらずクラス転移させられた。
異世界に来たはずなのに、ステータス画面はさっきやっていたゲームそのもので…。
【完結】平民として慎ましやかに生きていたと思っていたのは僕だけだったようだ。〜平民シリーズ②アシェル編〜
華抹茶
BL
『今まで我儘放題でごめんなさい!これからは平民として慎ましやかに生きていきます!』の次世代編の話です。
エレンとライアスの子供である、アシェルのお話。前作を読んでいなくても大丈夫です。
* * * * * * *
冒険者である両親に憧れていたアシェル。運動は苦手だが魔法を使えたら、と思い魔力量を調べることに。するととんでもない魔力量を秘めていることがわかり、魔法使いになる事を目指す。
アシェル達家族のモットーは、平民として慎ましく生きていく事。
でも魔力量だけじゃなく、その見た目も魔法を扱う技術も天才だったアシェルは平民として生きていくには色々大変で…。
⚫︎幼少期から始まります。
⚫︎エロまで遠いと思います。
⚫︎R-18です。エロの部分は※印あります。
⚫︎1日3話 6:00、12:00、18:00の更新です。
⚫︎最終話まで執筆済み。
* * * * * * *
アシェルを主人公とした話とか、子供が生まれてからの2人の話を読みたいとご希望がありましたので作りました。
よろしければご覧ください。よろしくお願い致します。
お家乗っ取りご自由に。僕は楽しく生きていきますからね?
コプラ
BL
1話1000文字程度、サクサク読めます♡
サミュエルが闇堕ちしそうなんですが!笑。サミュエルへの愛の前に崩れ落ちていくのはあの人以外にも!?
伸びやかに成長したサミュエルの本当の姿とは。表と裏の影が周囲の人間を巻き込んでいく。
お家乗っ取りを契機に、貴族界からフェードアウトし損った9歳の僕を溺愛する親戚の侯爵家一家。大人っぽくも無邪気な、矛盾するサミュエルに惹かれる兄様たちや増殖する兄代わりの騎士達。
一方不穏な地下組織の暗い影が国を騒がし始める中、サミュエルもまた1人の騎士として戦うことになる。そんな中、サミュエルを取り巻く周囲が騒ついてきて。
★BLランキング最高位1位、ホットランキング最高位8位♡
なろうムーンでも日間BL総合ランキング3位、連載2位、週間BL連載ランキング3位、月間BL連載ランキング6位(new❤️)になりました!
本当にありがとうございます!更新頑張ります_φ(・_・
2回目チート人生、まじですか
ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆
ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで!
わっは!!!テンプレ!!!!
じゃない!!!!なんで〝また!?〟
実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。
その時はしっかり魔王退治?
しましたよ!!
でもね
辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!!
ということで2回目のチート人生。
勇者じゃなく自由に生きます?
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
料理人がいく!
八神
ファンタジー
ある世界に天才料理人がいた。
↓
神にその腕を認められる。
↓
なんやかんや異世界に飛ばされた。
↓
ソコはレベルやステータスがあり、HPやMPが見える世界。
↓
ソコの食材を使った料理を極めんとする事10年。
↓
主人公の住んでる山が戦場になる。
↓
物語が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる