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しおりを挟む朝食を取り、グリードの執務室に来たリリアーナ。
執務室には補佐官らしき臣下がグリードを待っていた。
「おはよう」
「おはようございます、グリード様」
「ゴドム伯爵、先日頼んでおいた事は仕分けてくれたのだろうか?」
初老の男で、そのゴドム伯爵はリリアーナも知る人物だ。
友人のサーシャの父である。
「リリアーナ様にグリード様の仕事を振り分ける、という事ですね、出来ておりますが、失礼ですがグリード様」
「何だ?」
「リリアーナ様は10年近く城で姿が見られておられず、国政の事をお任せしても良いのでしょうか………グリード様が請負っておられた業務の中でも、比較的多少今後問題が出ても、修習可能な物ばかりではありますが………」
なかなか棘がある言葉である。
ゴドム伯爵はリリアーナの父のドラクロワ公爵に対して冷たい態度を取る人間の1人で、その娘であるリリアーナに対しても、サーシャの友人という立場でなければ相手にもしないだろう、分かりきっている態度をリリアーナに見せている。
「だからじゃないか………リリアーナは結婚式の準備もあるし、採決を急がせる仕事はまださせないつもりだし、母の補佐にも付いて貰わなければならない。いずれはドラヴァール国の后になるんだから、私の仕事の手伝いは量も責任も与えるつもりもない。それとも、それさえも出来ないのでは、とでも貴方は言うのか?」
「い、いえ………心配しておるのですよ、私は」
「心配するな、彼女の執務はこの部屋でして貰うから、問題があれば私が教える」
ゴドム伯爵の心配は分かるが、リリアーナも今迄の叩き込んだ知識は覚えている。
行ってもないのだから、文句ならリリアーナの仕事振りを見てから言えば良い筈だ。
「ゴドム伯爵、貴方にも臣下達にも、迷惑を掛けない様に、頑張りますわ………その仕事は何処にあるのかしら?」
「其方の机に、置いてございます」
グリードの執務机とは少し離した、急誂えした様な机の上に置かれた書類の山。
予め、この日からリリアーナが王太子の妻として、仕事を始めると分かっていたら、中古に見える机は用意しなかっただろう。
「もう少しマシな机は無かったのか?ゴドム伯爵」
「急な事だった為………城内の机で使ってなかった机を急遽お持ちした次第でして……勿論、リリアーナ様に別の執務室も用意する事になりましたから、其方の内装含め、其方で仕事をなさる時には、新品の物を用意する様に、と申してあります」
「3日前だったものね………私は机で仕事の良し悪しを決まるとは思ってないもの。効率良く出来るか如何か、でしょ」
意地悪でその机を用意した、となればグリードも問題にしたかもしれないが、ゴドム伯爵は極当たり前な言葉で返すので、本音を隠したのか本当の事なのかは、いつかは分かるだろう。
分かった所で、問題にもならないだろうが。
「リリが良いなら………私の机を使うか?」
「貴方は自分の机をそのまま使って………使いづらいと思ったら、其処のテーブルでだって出来るわ」
机の表面は傷だらけで、足がガタついている机。
直しもせず、保管してあったとなると、ずさん過ぎる。
「流石に、私は机の修理は出来ないしね」
「せめて、このガタ付だけはどうにかならないものか………」
「家具職人に修理を頼んでおきましょう」
「ゴドム伯爵、修理依頼は私の執務室が出来てからで良いわ」
「宜しいので?」
「えぇ………修理するにもこの場所で出来ないだろうし、この机使うつもりでいるから」
机の傷やガタ付き程度なら、リリアーナは村で暮らしていた時の知恵がある。
職人の出入りは執務室でさせられないし、運び出すにもグリードが信頼していない者も入るだろう。
この机を如何やって運び入れたのかはリリアーナは知らないが、執務室で頻繁な人の出入りは避けた方が良い。
昨夜のデュークの件もあるからだ。
リリアーナもグリードも生命の危険に晒されている。
「分かりました、では私はもう少しマシな机を、また探し出しておきましょう」
「うん、それは頼む。リリが使う机だ」
「御意………では、本日の午後の会議でまた」
「分かった。今日は1日会議以外、執務室に居ると思うから、何かあったらまた執務室に来てくれ」
「畏まりました。失礼致します」
ゴドム伯爵は一礼して退室したが、リリアーナにも挨拶をした、とは言えない態度のままだった。
---変わらないわ、あの態度……
「リリ」
「…………あ……そうだわ、机を応急処置しなきゃ」
「如何やって?」
「曲がってない木の板と、足に噛ます物を床に挟めば、とりあえずは何とかなるわ」
「…………木の板?噛ます物?」
王太子としての暮らしが長いグリードには、物を大切にする事が考えられない様で、首を傾げていた。
リリアーナは執務室を見渡し、本棚から本を出すと、棚部分のダボを外し、机の上に置く。
「使わせて貰うわね、この棚の板………噛ます物は………と……屑篭に要らない紙あったりする?…………あ、あったわ……要らないならコレも使わせて貰うわね」
ガタ付く足にその紙を噛まし、とりあえず机の表面の傷と凹み、ガタ付きは気にならなくなったのだ。
「どう?」
「…………考え付かなかった……そんな事……」
「村では、簡単に物を買い換える事がなかなか出来なかったから、ちょっとした知恵と工夫よ」
「凄いな………驚いたよ」
「じゃ、仕事しましょ」
書類の山を見れば、簡単に終わる量ではない。
リリアーナはグリードの感心を受け流し、机に向かうのだった。
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