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デートじゃ、ないよな………多分。
しおりを挟むコインパーキングに停めてある車に乗り、高級感のある料亭に着いた2人。
一見さんお断りのような格式ある店の一室に通されて、女将が挨拶やって来た。
「失礼致します、神谷様。この度は急なこちらのお願いに、どれだけ感謝していいか……。」
「女将、そのお礼はまだ必要ないですよ。こちらこそ、急な予約に対応して頂いてありがとうございます。それより、あれは……。」
「はい、こちらに。」
女将はハンカチに包まれた、土台の原型が潰れてたリングと外れたエメラルド。
「……本当に直るのでしょうか……。」
とても、悲しそうな表情で指輪だった物を見つめる女将。
「翡翠。」
女将に気を取られて、ハッとノエルを見返る。
「女将の持っている指輪、直せないか?これは、半年程前盗難にあって、警視庁に協力して、発見したんだが、持ち主に今朝返しに来たら、女将が大変ショックを受けてね……直せないかと。」
「亡くなった母の形見なんですよ。それを従業員に盗まれてしまいまして。」
すっかり落ち込んでいる女将を見ると、どうにかしたいのは山々なんだが、ノエルが何か企んでるのは分かってるだけに、返答を困っていると。
「勿論、お代はお支払致しますので。」
(うっ………。そ、そう言われると……。)
「あの、見せて頂いても宜しいですか?」
翡翠は女将の近くに寄り、包まれた指輪を見せてもらう。
(わぁ……。とても大事にされていた物だと分かる。………でも。)
「エメラルドの角が掛けてらっしゃいますね……。こちらをお直しとなると、サイズが小さくなってしまいますが、もしそれでもいい、と仰るなら……。」
「そうですよね、悲しいですが手元に戻って来ただけで……。」
「あの、これは提案なんですが、このエメラルドはカットせずこのままで、欠けた箇所を少しだけ変える、というのはいかがでしょう。そして、こうなる前の写真等があれば、もう少し良い提案させて頂けるかもしれません。」
「は、はい写真あります。古い写真ですが、持ってまいります。」
女将の表情に光が宿る。
「あ、お食事もお持ち致しますね。申し訳ございません。神谷様、お嬢様はお酒も召し上がりますか?」
「俺は車なので、彼女だけに。」
「私は烏龍茶等あれば、それで。」
「飲めないの?」
「………まだ仕事があるの。」
「畏まりました。烏龍茶お持ち致しますね。」
そして、部屋を後にした女将。
「直してくれるのか?」
「女将が私の案が気にいれば?」
「気にいらせてみせるんだろ?君の事だから。」
「…………それは分からないわよ。でもあのエメラルドはカットしたくないの。ただそれだけ。」
「何で?」
「…………なんとなく。」
「自信はある筈だ、君は宝石と会話するように作るからな。……君が小鳥遊琥珀の娘なのは分かってる。高階、て言った方がいい?[蒼の洞窟]を作った、小鳥遊琥珀。」
「……………調べてたのね。高階の名字そのままだから、直ぐに分かっちゃうよね。」
「正確には、君の能力を見てだけど。」
「まだ[蒼の洞窟]が私の元にある、て思ってる?」
「持ってるならどうするんだ?」
「…………………助けてあげられなかった。持って帰りたかった。……これが結論。」
悔しそうに語る翡翠。
「失礼致します。お食事お持ち致しました。」
女将と仲居で料理が運ばれてきた。
鮮やかな日本料理の数々。
刺身、魚の煮付け、陶板焼、茶碗蒸し等々。
「わぉ!これぞ日本!食べたかったんですよ、こういう和食が。俺、生まれは日本だけど、小さい時にイギリス帰ったから、日本食が恋しかったんですよね~。」
(どうりで、日本語が上手い訳だ。でも、名字が神谷、てハーフなのかな?)
「さぁ、お召し上がり下さいませ。お嬢様、これが写真ですわ。分かりますでしょうか?小さいですが。」
「拝見します。………………えぇ、大丈夫です。女将は今お仕事中ですし、お時間ある時、こちらの名刺にある店に来て頂く事は可能でしょうか?今私もご提案は出来ても、道具も材料も無いので、直ぐに直せないですから。」
「はい、それは勿論ですわ。伺わせて頂きます。」
女将は深々と頭を下げた。
「……なぁ、助けてあげられなかった、てどういう意味?」
食事を堪能中、沈黙を破ったノエル。
烏龍茶を飲みながら、次何を食べようかと悩んでいて、話の続きを忘れていた翡翠。
「………ドバイで、売り付けられそうになったの。盗まれた事は知ってたし、まだドバイにあった事には驚いたけど、正規ルートではなかったし、買ってしまったら犯罪者に加担してしまうのが分かってて手が出せなかった。」
「誰か買ったのか?」
「リモートで香港の実業家が買ったとか……。持ち主に戻るのかな?私が買っておいた方が良かったのかな?買って、持ち主に返す方法だってあった筈なのに…。」
「どうやって接触してきたんだ?」
「オークション会場から出てきて、会場のあるホテルのカフェで声を掛けられたのよ。たまにあるの。バイヤーだと分かると売り付けにくるの。特にダイヤ出土国だけど…。粗悪品もあったり、良質だったり。」
「アラブ系?アジア系?」
「アジア系よ、多分中国人。」
思わず、食事さえも忘れて、話が続く。
「買わなくて正解だよ。仕事の妨害してくるのも中国人なんだろ?」
「ええ、だから何もしなかった。」
「………[蒼の洞窟]の模造品、君作れないか?」
「本物とすり替える、て言うの?どうやって?」
「………それは、俺の仕事。作れるか作れないか、どっち?」
「作れるけど……………。それ、父がずっと嫌がってたから………。」
嫌だな、と呟く。
「本物を持ち主に返す為だ。頼む。」
「………………少し考えさせて。」
「いい返事を待ってるよ。」
食事も終わり、女将に挨拶をする2人。
「美味しかったです。また伺わせて頂いても宜しいですか?」
翡翠は、接待がある時使いたいと思った程気に入ったようだ。
「勿論でございます。」
「でもその前に、大切な指輪をお直しさせて下さいね。女将の気に入られるようにこちらも頑張りますから。」
「ありがとうございます。高階様。私も近々時間を取り、お店に伺わせて頂きます。お時間を頂きますが宜しくお願い致します。」
深々と頭をまた下げた女将。
「ごちそうさまでした。良かったですね、女将。」
と、ノエル。
「神谷様にも、高階様をご紹介して頂いて感謝しきれません。ありがとうございました。またのお越しお待ちしております。」
NEO EARTH
地下に駐車場があるから、と翡翠から聞いたノエルは、駐車場に停めて、翡翠と一緒に社長室に戻ってきた。
まだ話があるという。
「それで?何?まだ話、て。」
「……君に、まだ頼みたい事がある。」
「まだあるの?」
紅茶をノエルに出しながら、うんざりした顔をあからさまにする翡翠。
「俺は、各国の警察が手に負えない盗難事件を追っている。今は[蒼の洞窟]なんだが、それだけじゃない。日本に流れて来た形跡のある物も探す予定だ。もしさっきの店の女将のように、壊れた物があるなら直してほしい。君の父親が田所警部に手伝ってた事と同じだ。」
「忙しいんだけど。」
「知りたくないのか?父親の事故の事、何故そうなったか。」
「……………手伝っていけば分かると?」
「おそらく。俺の感が正しければ。[蒼の洞窟]それが鍵だ。」
「……………。分かった。協力する。ただし!
仕事の支障に来るのは困るの!店の3周年記念の為の新作発表が控えてるんだから!」
「3周年記念?」
「そう、いくつか目玉商品出すし。」
「…………あ、昨日の?」
「そう、あのネックレス。あれは私しか作れないから。」
「他のは?」
「まだ作ってない。今日作る予定だったのよ。」
「見たいな。」
「やだ。」
「何で?見たい。」
「集中したいから、ヤダ。」
押し問答を続けて埒が開かない。
「………デザインぐらい見せてくれよ。」
「ダメ!」
「………また覗くぞ?」
「……………何で見たがるの?」
「………何でかなぁ?作る姿に見惚れた?」
(言えるかよ、君が初恋相手だって……。)
「…………何で、語尾がクエスチョンマークなのよ!」
「仕事の時とキャラ変わってないか、君。」
砕けた物言いに、ノエルも新鮮味を覚えつつあった。
「仕事でこんなキャラ出せる訳いかないでしょ!」
「それはそうだが、俺は素の君のが好きだな。」
「!!!」
好きと言われて、真っ赤になる翡翠。
「一般論だぞ?」
「……わ、分かってるわよ。」
イケメンに言われて、照れない人が居るなら聞いてみたいものだ。
(マズイ……。危険信号。………今の顔、可愛い。……理性理性……。)
ノエルの我慢もギリギリ。
「……見ても良いけど、集中させてくれないと失敗するから、声で邪魔しないでくれたらいいわよ。この上の……昨日入ってきた部屋だから分かるわよね。」
照れ隠しで、思わず了承してしまった翡翠。
(…………集中……出来るかな………。)
翡翠の自室に上がってきた2人。
翡翠のプライベートルームは質素だ。
アイランドキッチン、バスルーム、トイレ、リビング、ベッドルーム、作業室の2LDKだ。
作業室のドアには内外から鍵が掛かるようになっている。
社長室からしか入れない、翡翠のプライベートルーム。
「狭いのは勘弁してね、私しか入らない部屋なんだから。」
椅子に座って待って、と言われ、素直に座るノエル。
翡翠は、鍵が付いた机の引出しから違う鍵を出し、金庫の前に立って、金庫から幾つかの鉱物を出してきた。
アメジスト、翡翠、琥珀の3点。
(アメジスト?)
そして、デザイン画を1枚。
木を模した琥珀に止まる、翡翠で作った鳥が、アメジストに見立てた実を啄むデザイン。
(これが[kohaku]か)
[kohaku]は年配者が好む傾向だと、ノエルは調べていた。
必ず、琥珀が入る作品だから。
「親子なんだ。」
「父がね、描きためたデザインなの。世に出したくて。」
「アメジストはお母さん?」
「2月生まれで誕生石がアメジストだから。」
「いいデザインだな。」
「………うん。……作らせてね。」
「OK、邪魔しない。」
土台から作り始める翡翠。
あらかた作成したのに、石を嵌めていくようだ。
琥珀を幾つも長細いカットにしては、土台に嵌めていく。
しかし、アメジストが入る箇所だけ嵌めていない。
鳥が啄む箇所だけはまだのようだ。
1つ、また1つと石を土台に嵌めていく。
出来上がったのには、既に夜中になっていた。
出来た物を、ノエルに見せようと振り向くと、うたた寝をしているノエル。
(………うっ!ね、寝顔可愛い!)
「ね、ねぇ、ちょっと、寝るならリビングのソファで悪いけど、 そっちで寝ましょ、ねぇ?……………ノエル?」
肩を揺らすと、ノエルは反応し……。
『ん?すまない、居心地良くて寝てしまった。』
寝ぼけてたのか、英語で答えたノエルは、立ち上がろうとするが、眠さで足元がふらつき、翡翠に抱き着く。
「す、すまない。大丈夫か?」
「………え、えぇ……。」
翡翠は顔を赤らめている。
(や、ヤバイ!…………これは。)
ノエルは理性が保てない。
「翡翠、すまない。」
「え?……………!!」
ノエルは翡翠の顎を持ち上げ、口を重ねてきた。
「……………ん!………の、ノ……エル……。」
「嫌なら、……拒め。」
ノエルは拒まれないように、自分の舌を執拗に絡め始める。
甘く蕩けるような、キスと抱き締めた手で耳や髪を撫でるテクニック。
(…………拒むな、受け入れろ。)
この気持ちが届けばいい、と思いをぶつけるノエル。
「……………んん………。」
(……な、何、この人、キスが上手い!!!拒めない!!コレ!!)
翡翠は自分の手でノエルのスーツの裾を掴んで離さなかった。
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