上 下
2 / 37

1

しおりを挟む

 暫くし、男は高位貴族らしい男を連れて来る。

「此処にある道具は好きに使ってくれて構わねぇ。だが、絶対に避妊はしてくれよ」
「………分かった」
「じゃ、二時間楽しんでくれ」

 また新たな男を相手をしなければならない女。
 言葉少なく返事する男の顔等見たいとも思わない。行為自体誰とシても同じだからだ。
 娼館の男の気配が部屋から遠退くと、男は部屋の蝋燭を翳し、女の顔を覗き込む。

「…………あ……あ……」
「………見つけた………レティシャ………」

 もう、名等呼ばれないと思っていた女。その男の顔が、女の懐かしむ者だという事が、女の目から溢れる涙が物語る。

「レティシャ………分かるか?私が……」
「………ゔっ……」

 言葉を出せないレティシャは頷いて返事を男にする。

「何故、声を聞かせてくれない?」
「………っ!」

 レティシャも声を聞かせたい相手だが、ただ泣くだけだ。

「あ、下ろしてやらねばな……此処から出してやるから」

 男は縄を隠し持っていた短剣で切り、レティシャの拘束された身体を解放した。

「何故………こんな仕打ち……いや……話は後だ………こんな場所から早く離れ………え?」

 レティシャは自由になった身体をぎこちなく動かして、男の手を取る。

『義兄様、会いたかった』

 と、手のひらに指で文字を書いたのだ。

「レティシャ…………私もお前に会いたかった……探したんだ……父上も心配している」
「…………ぅっっ……」

 全裸のレティシャに自身のマントを包み、抱き上げると部屋の扉を蹴破り、娼館の男が驚いて駆け付けて来る。

「な、何だ!如何し………ぐぇっ!」
「殿下、この場の他の女達は如何しますか?」
「解放してやれ、劣悪な環境で拘束された娼婦達だ……人として扱われていない」

 娼婦の男はレティシャの前で倒れ、背中に剣の切り傷。

「お………の……れ……」
「死なぬ様に、閉じ込めておけ………この男にはまだ聞かないとならない事が山積みだ」
「はっ」
「レティシャ、残酷な物を見させてすまない」
「…………」

 レティシャは首を横に振る。この男がレティシャにして来た事は、レティシャの精神を壊して、身体を汚したのだ。同情等は無いが気持ち良い物ではないので、抱き上げられている男の肩に顔を埋めた。

「ヴァンサン、此処の指揮を頼む」
「勿論です………レティシャ殿下のお身が優先ですので」

 馬車にレティシャは乗せられ、部屋より明るい馬車内で男に顔をジッと見つめられた。

「………生きていて良かった……レティシャ」
「………ゔっ……ぅっっ」
「如何して声を聞かせてくれないんだ?レティシャ」
「…………」
「っ!」

 レティシャは首元を男に見せる。
 傷が有り、手術痕の様に見えた。
 その傷が何なのか、この傷でレティシャの声を奪われたのを男は察知する。悔しさに顔が歪む男の手にまたレティシャは文字を書いた。

『ご察知の通り、声が出ません。わたくしが気が付いた時にはもう……』
「レティシャ………私は……」
『わたくしの為に泣かないで下さい』

 涙を流す男に、レティシャは手で涙を拭い取った。優しく目の前の男に精一杯に微笑む。

「許す事が何故出来よう!お前の美しい声を奪った者を許せん!そして、お前を殺害しようと馬車の事故を起こし、誘拐した者も!」
『声の事はもう、如何にもなりません。義兄様がわたくしを見つけてくれた事が、どんなに嬉しかったか』
「当然だ!お前は私の婚約者なのだから!」

 そう、レティシャは義理の兄であるこの男の婚約者だった。
 義理でも、血の繋がらない兄と妹。シュピーゲル国の国王は、身寄りの無くなった娘を引き取り育てた。国王には2人の子が居たのだが、一人の娘を幼い時に亡くし、似ていたレティシャを養女に加えた。
 国王は、王位継承をレティシャには与えず、子供達を兄妹としてレティシャを見なかった。何故なら、レティシャを引き取った直後、王太子であるリーヒルの婚約者として教育すると決めたからだ。
 王太子でもリーヒルの結婚相手には政治的な結婚が余儀なくされる。その政治的内乱を国王は牽制し、平民で孤児であるレティシャをリーヒルの妃に決めた事で、派閥争いが激化しなかったのだが、反対勢力も増強して行った。それにより、レティシャは生命を狙われやすくなり、15歳の時に馬車の事故に見せかけ、殺害されかけたが、レティシャが行方不明になってしまったのだ。
 そして二年経ち、リーヒルがレティシャを探し出したのだった。
 兄妹として育った訳ではない2人は、互いに想いを寄せ合っていて、結婚可能の年齢になるのを待っていた。その直前での事故と行方不明に、レティシャを反対する貴族達は、リーヒルの妃選びに躍起になっているのだが、レティシャは二年の間、政治の事は耳に入れれる状況では無かった為分かってはいない。

『まだ、わたくしを婚約者だと仰って頂けるのですか?』
「勿論だ……私が愛しているのはレティシャ、お前だけだ」
「…………」

 汚されている身体だと、リーヒルは知ってしまった筈で、レティシャは自分の心とは真逆な態度で首を横に振る。

「レティシャ?」
『わたくしは、汚されました』
「…………だから何だ?」
『義兄様の妃には、相応しいとは思えません』
「お前が、娼館に囚われていた等、知る者はお前に手を掛けた者以外居ない。勿論、そ奴らは極刑にする」
「…………」
「そう、今言った所で、信憑性も無いな……今は身体をゆっくり癒やせ。声の事も医者を呼び、治療が可能か如何かも診て貰おう」
『お城に帰るのですか?』
「此処は隣国との境の街だ……首都迄数日掛かるから、今夜は宿に泊まる。城に帰るのが怖いなら、他の邸に身を寄せても良いぞ?」
『お義父様にもお会いしたいので、お城で大丈夫です』

 余程、疲れていたのか馬車の揺れでレティシャはウトウトとし始め、いつの間にか眠ってしまった。

「幸せの夢を見るといい、レティシャ……もう、泣かせたりしない」

 リーヒルの膝上に、レティシャの頭を乗せ、髪を撫でるリーヒルは兄の顔ではなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

処理中です...