上 下
28 / 30

誕生

しおりを挟む

 約10カ月後。メイリーンが男子を出産した。人間の腹の中から、獣人が産まれるのがメイリーンは不思議ではあったが、姿は黒猫にしか見れず、メイリーンはデレデレだった。

「何て可愛いの!」

 名をメイリーンとヒューマで考えて、ジョシュアと名付けた幼い黒豹の息子。
 
「猫だと言いたいんだろ?」
「はい!可愛い黒猫です!………でも人化にはならないのですか?獣人なのですよね?」
「人の姿になれるのは、1歳過ぎてからだな………」

 それ迄は黒豹姿でメイリーンも育児をするのだとヒューマは話した。

「人化になったジョシュアの顔も早く見たいですわ」
「…………メイ……」

 ヒューマが申し訳無さそうな顔をしているので、何事かと首を傾げる。

「言い難いんだが………そうすると、野性的本能を養う為にイパ島の森林に修行に出さないとならない………」
「え!手元で育てられないのですか!」
「…………まぁ、暫くは野生生活になる」
「嫌ですわ!そんな事!」
「野生と言っても、俺や部下達の監視の元だ………俺も経験している。それを成人する年迄、何回かな」
「何故黙ってたんです!」
「以前、言ったが忘れたか?」
「…………言ってました?」
「ラノックの夜会の後に」

 侍従達も知っていたのか、メイリーンと目を合わせない。
 メイリーンは記憶を手繰るが、覚えていない。

「絶対に嫌です!離れて暮らす等……」
「何も一生の事ではない……定期的には帰って来る」
「……………1人にして下さい……あ、ジョシュアはわたくしが見ますから」
「メイリーン……何もジョシュアを君から取り上げる事はしない、それだけは分かってくれ………ジョシュアの母親は君だし、野性生活の間も君を忘れさせるつもりもない」
「…………1人にして……」
「…………分かった……暫く時間開けてまた様子を見に来る………」

 産まれたばかりで、悲しい事を言われ、考えがまとまらない。

 ―――獣人と結婚したのだもの……獣人社会の生活や規律を守る事は理解してきたけど、これは辛いわ………

 ベッドの枕元にモソモソと動く小さな命が、母乳が欲しいのかメイリーンに近付いて来る。

「…………今、あげたばかりなのに欲しいの?ジョシュア……」

 抱き上げ母乳を飲むのを見ると、手放す事等考えられなくなってくるのだった。

「旦那様」
「…………何だ?」
「時期尚早だったのでは……」
「いきなり言って引き離すよりいいだろう………メイリーンを連れては行けないしな……同じ獣人なら連れては行けるが」
「幼い間は母親の愛情も不可欠です」
「女の獣人も代わりに連れて行くつもりだが、メイリーンは嫌がるだろうな」
「嫌がるでしょう………旦那様の浮気も疑うでしょうね」
「浮気するかよ………森林には他の獣人達も住んでいる……獣人達の社会性も覚えさせなければ、ジョシュアは次期長には出来なくなるしな………説得は続けるさ」

 だが、メイリーンはジョシュアの野生生活に関しては、ヒューマとの会話を避ける様になった。

「奥様」
「何?」
「バルサム公爵夫人から茶会の招待状が届いています………ジョシュア様もご一緒に、と」
「珍しいわね………ラノック元公爵様の夜会以来、お会いしてなかったのに」
「何度かお誘いはあったのですが、人間の令嬢や獣人の令嬢方の冷遇もあり、旦那様が奥様に社交場の参加を避けられておりまして、ジョシュア様が産まれましたので、流石に落ち着くだろう、とバルサム公爵夫人からの茶会の招待なら、バルサム公爵夫人も奥様を守ってくれる筈だと仰いまして」
「…………今迄も、わたくしに招待状は来ていたの?」
「はい、嫉妬に駆られた令嬢方や夫人から矢の様な催促はありましたが、旦那様は全て無視されておられました」
「…………どうりで社交場の招待状が来ない筈ね……見ても行くか如何かなんて考えず捨ててたでしょうけど」

 妊娠した頃にラビアン伯爵邸に、令嬢達が乗り込んで来た頃から、令嬢達に恐怖心は拭えていなかったのだ。

「如何致しましょうか……バルサム公爵夫人には、旦那様がバルサム公爵経由で邸で起きた事は伝わっているそうで、その点の事は気遣ってくれる筈です」
「………分かったわ……出席するとお伝えして頂戴」
「畏まりました」
「ガウッ」
「あら、ジョシュア……お昼寝終わった?」

 メイリーンの執務室のソファで丸まって寝ていたジョシュアが、机に飛び乗り書類を蹴り散らして甘え始めた。

「ジョシュア様、机に乗っては駄目ですよ」
「ガウッ!ガウッ!」

 まだ言葉は喋れないが、言っている事は理解はしている様にも見える。

「大事な書類なの……爪で破れてしまうわ、降りましょうね」
「ガウッ………ぐっ~……ゴロゴロ……」
「甘えても駄目なものは駄目……あ、ほら!ぐちゃぐちゃになっちゃったわ!お父様やクロードにも怒って貰いましょうか?ジョシュア」
「!」

 甘えて腹を上にし、書類の上でクネクネしていて可愛いのだが、駄目なものは駄目だと教えなければならない。メイリーンはジョシュアを抱き上げ、膝上に乗せる。

「いい子にしていたら褒めてあげるのに、これは悪い事なのよ?机の上で近いからゴロゴロしたんでしょうけど、今のは駄目よ」
「ゴロゴロ………」
「か、可愛く甘えても許しませんよ、ジョシュア」
「…………ガウ……」

 獣と違い、獣人は知能もあり、人間の子より成長が早いのか、しっかり言葉が分かってくれて助かるが、まだ生後間もない赤子だ。膝上に乗せ、撫でていると、ジョシュアが大人しくなったので、目線を送る。

「……………ん?………あ!粗相したわ!……大変!」
「奥様、ジョシュア様は私が見ております、お着替えを」
「お願い」

 侍女達も駆け付け、バタバタする日常で、ヒューマと話す時間もあまり取れないまま、数日後のバルサム公爵邸で茶会に行く事になってしまった。
 ジョシュアの世話に、獣人の侍女や侍従も数人連れての訪問になってしまったが、バルサム公爵夫人は快く迎えてくれた。

「まぁ、ラビアン伯爵夫人お待ちしてました」
「お久しぶりです、バルサム公爵夫人」
「ようこそ、今日は人間、獣人交えた茶会なので、夫人の社交場復帰には丁度良いかと……ご子息のお披露目ではないですが、ラビアン伯爵のご子息ですもの、直ぐに愛されますよ、きっと」
「そうだといいのですが………」
「可愛らしいわ……はじめまして」
「…………ガウ………」
「人見知りかしら……可愛らしいわ」
「ありがとうございます、ジョシュアと言いますの」
「良いお名前だこと……さぁ、お掛けになって」

 メイリーンが出産した事も、噂にはなっていたのだろう。ジョシュアが気になるのか、ジョシュアは直ぐに囲まれた。

「まぁ、なんて愛くるしいのかしら」
「もふもふよ」
「メイリーン嬢……いえ、夫人がラビアン伯爵様と結婚されたのはかなり驚きましたが、お子迄授かるとは、夫人も落ち着かれましたのね」

 夜会でも何度となく顔合わせしてきた令嬢や夫人達。冷遇してきた令嬢達は居なかったが、参加していた令嬢達や夫人は、メイリーンを傍観していた者ばかりで、彼女達の恋人や婚約者達とメイリーンは関係の無かったからか、招待客は明らかにヒューマが調べてバルサム公爵夫妻に協力してもらったのだと分かる。

 ―――逃げてばかりでは駄目よね……ヒューマ様はわたくしをこんなにも気遣ってくれる……

「ガウ?」
「………ジョシュア、何か戴く?」
「ガウッ」
「可愛い、ジョシュア様」

 茶会が始まり、バルサム公爵夫人がメイリーンに話掛けてくれる。

「そろそろですか?ジョシュア様の野生生活」
「っ!…………離れ離れ……にならなければならないのでしょうか……」
「獣人にとって、野生生活は重要な事なので……私も子が産まれた時は、獣姿で子育てしましたわ……夫と交代でしたが………夫は、軍を率いてますし、都を完全に留守は出来ませんから、部下達に協力を仰いで、今も息子や娘は野生生活に行っています」
「……………寂しくないですか?」
「寂しいですよ………でも、獣人として獣同士の社会性を学ぶのには必要なので………帰って来た時は目一杯褒めて甘やかして、時折怒り、人間社会の習わしを教えなければ、仲間達に認められませんから」
「…………わたくしは寂しくて、夫には嫌だと言ってしまいました……」

 ティーカップに手を添えていたメイリーンの手を、バルサム公爵夫人は重ねる。

「獣人の親でさえ寂しいのです………人間の貴女はもっとでしょうね……ラビアン伯爵は、決して我が子を危険な目には合わせませんよ……彼のご両親は素晴らしい方達でしたから、ラビアン伯爵は手本にしている事でしょう………お任せしても良いと思いますよ」
「…………ありがとうございます……帰ったら、夫と話してみます」
「今日は楽しみましょう、メイリーン様」

 帰宅したメイリーンは部屋で着替えてから、ジョシュアと邸内の庭を散歩していた。
 夕暮れの庭にただ何も考えず、ジョシュアを目で追うと、ジョシュアは花に止まる蝶を追い掛けては捕まえようとしている。

 ―――本当、猫の様に遊ぶわ………ああいう遊びも自然の中で覚えなきゃ駄目という事なのね

「メイリーン」
「………お帰りなさいませ、ヒューマ様」
「此処に居たのか」
「ガウ!」
「ジョシュア、ただいま」
「ヒューマ様、ありがとうございます」

 ジョシュアがヒューマに駆け寄って来たので、抱き上げた時、メイリーンはヒューマに礼を言う。

「楽しめたか?」
「はい……覚悟も決めましたわ………野生生活ヒューマ様にお任せします」
「………本当は俺が説得しなければならないんだがな、母がもう居ないし、君は知らない事だったんだから戸惑うのは無理はない」
「ごめんなさい……悩ませてましたね」
「いや………俺が悪い………さぁ、もう暗くなる。邸に入ろう」

 野生生活にジョシュアが入る迄、約1年。それ迄は愛情を持って精一杯育児をしよう、とメイリーンは心に刻んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...