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誕生
しおりを挟む約10カ月後。メイリーンが男子を出産した。人間の腹の中から、獣人が産まれるのがメイリーンは不思議ではあったが、姿は黒猫にしか見れず、メイリーンはデレデレだった。
「何て可愛いの!」
名をメイリーンとヒューマで考えて、ジョシュアと名付けた幼い黒豹の息子。
「猫だと言いたいんだろ?」
「はい!可愛い黒猫です!………でも人化にはならないのですか?獣人なのですよね?」
「人の姿になれるのは、1歳過ぎてからだな………」
それ迄は黒豹姿でメイリーンも育児をするのだとヒューマは話した。
「人化になったジョシュアの顔も早く見たいですわ」
「…………メイ……」
ヒューマが申し訳無さそうな顔をしているので、何事かと首を傾げる。
「言い難いんだが………そうすると、野性的本能を養う為にイパ島の森林に修行に出さないとならない………」
「え!手元で育てられないのですか!」
「…………まぁ、暫くは野生生活になる」
「嫌ですわ!そんな事!」
「野生と言っても、俺や部下達の監視の元だ………俺も経験している。それを成人する年迄、何回かな」
「何故黙ってたんです!」
「以前、言ったが忘れたか?」
「…………言ってました?」
「ラノックの夜会の後に」
侍従達も知っていたのか、メイリーンと目を合わせない。
メイリーンは記憶を手繰るが、覚えていない。
「絶対に嫌です!離れて暮らす等……」
「何も一生の事ではない……定期的には帰って来る」
「……………1人にして下さい……あ、ジョシュアはわたくしが見ますから」
「メイリーン……何もジョシュアを君から取り上げる事はしない、それだけは分かってくれ………ジョシュアの母親は君だし、野性生活の間も君を忘れさせるつもりもない」
「…………1人にして……」
「…………分かった……暫く時間開けてまた様子を見に来る………」
産まれたばかりで、悲しい事を言われ、考えがまとまらない。
―――獣人と結婚したのだもの……獣人社会の生活や規律を守る事は理解してきたけど、これは辛いわ………
ベッドの枕元にモソモソと動く小さな命が、母乳が欲しいのかメイリーンに近付いて来る。
「…………今、あげたばかりなのに欲しいの?ジョシュア……」
抱き上げ母乳を飲むのを見ると、手放す事等考えられなくなってくるのだった。
「旦那様」
「…………何だ?」
「時期尚早だったのでは……」
「いきなり言って引き離すよりいいだろう………メイリーンを連れては行けないしな……同じ獣人なら連れては行けるが」
「幼い間は母親の愛情も不可欠です」
「女の獣人も代わりに連れて行くつもりだが、メイリーンは嫌がるだろうな」
「嫌がるでしょう………旦那様の浮気も疑うでしょうね」
「浮気するかよ………森林には他の獣人達も住んでいる……獣人達の社会性も覚えさせなければ、ジョシュアは次期長には出来なくなるしな………説得は続けるさ」
だが、メイリーンはジョシュアの野生生活に関しては、ヒューマとの会話を避ける様になった。
「奥様」
「何?」
「バルサム公爵夫人から茶会の招待状が届いています………ジョシュア様もご一緒に、と」
「珍しいわね………ラノック元公爵様の夜会以来、お会いしてなかったのに」
「何度かお誘いはあったのですが、人間の令嬢や獣人の令嬢方の冷遇もあり、旦那様が奥様に社交場の参加を避けられておりまして、ジョシュア様が産まれましたので、流石に落ち着くだろう、とバルサム公爵夫人からの茶会の招待なら、バルサム公爵夫人も奥様を守ってくれる筈だと仰いまして」
「…………今迄も、わたくしに招待状は来ていたの?」
「はい、嫉妬に駆られた令嬢方や夫人から矢の様な催促はありましたが、旦那様は全て無視されておられました」
「…………どうりで社交場の招待状が来ない筈ね……見ても行くか如何かなんて考えず捨ててたでしょうけど」
妊娠した頃にラビアン伯爵邸に、令嬢達が乗り込んで来た頃から、令嬢達に恐怖心は拭えていなかったのだ。
「如何致しましょうか……バルサム公爵夫人には、旦那様がバルサム公爵経由で邸で起きた事は伝わっているそうで、その点の事は気遣ってくれる筈です」
「………分かったわ……出席するとお伝えして頂戴」
「畏まりました」
「ガウッ」
「あら、ジョシュア……お昼寝終わった?」
メイリーンの執務室のソファで丸まって寝ていたジョシュアが、机に飛び乗り書類を蹴り散らして甘え始めた。
「ジョシュア様、机に乗っては駄目ですよ」
「ガウッ!ガウッ!」
まだ言葉は喋れないが、言っている事は理解はしている様にも見える。
「大事な書類なの……爪で破れてしまうわ、降りましょうね」
「ガウッ………ぐっ~……ゴロゴロ……」
「甘えても駄目なものは駄目……あ、ほら!ぐちゃぐちゃになっちゃったわ!お父様やクロードにも怒って貰いましょうか?ジョシュア」
「!」
甘えて腹を上にし、書類の上でクネクネしていて可愛いのだが、駄目なものは駄目だと教えなければならない。メイリーンはジョシュアを抱き上げ、膝上に乗せる。
「いい子にしていたら褒めてあげるのに、これは悪い事なのよ?机の上で近いからゴロゴロしたんでしょうけど、今のは駄目よ」
「ゴロゴロ………」
「か、可愛く甘えても許しませんよ、ジョシュア」
「…………ガウ……」
獣と違い、獣人は知能もあり、人間の子より成長が早いのか、しっかり言葉が分かってくれて助かるが、まだ生後間もない赤子だ。膝上に乗せ、撫でていると、ジョシュアが大人しくなったので、目線を送る。
「……………ん?………あ!粗相したわ!……大変!」
「奥様、ジョシュア様は私が見ております、お着替えを」
「お願い」
侍女達も駆け付け、バタバタする日常で、ヒューマと話す時間もあまり取れないまま、数日後のバルサム公爵邸で茶会に行く事になってしまった。
ジョシュアの世話に、獣人の侍女や侍従も数人連れての訪問になってしまったが、バルサム公爵夫人は快く迎えてくれた。
「まぁ、ラビアン伯爵夫人お待ちしてました」
「お久しぶりです、バルサム公爵夫人」
「ようこそ、今日は人間、獣人交えた茶会なので、夫人の社交場復帰には丁度良いかと……ご子息のお披露目ではないですが、ラビアン伯爵のご子息ですもの、直ぐに愛されますよ、きっと」
「そうだといいのですが………」
「可愛らしいわ……はじめまして」
「…………ガウ………」
「人見知りかしら……可愛らしいわ」
「ありがとうございます、ジョシュアと言いますの」
「良いお名前だこと……さぁ、お掛けになって」
メイリーンが出産した事も、噂にはなっていたのだろう。ジョシュアが気になるのか、ジョシュアは直ぐに囲まれた。
「まぁ、なんて愛くるしいのかしら」
「もふもふよ」
「メイリーン嬢……いえ、夫人がラビアン伯爵様と結婚されたのはかなり驚きましたが、お子迄授かるとは、夫人も落ち着かれましたのね」
夜会でも何度となく顔合わせしてきた令嬢や夫人達。冷遇してきた令嬢達は居なかったが、参加していた令嬢達や夫人は、メイリーンを傍観していた者ばかりで、彼女達の恋人や婚約者達とメイリーンは関係の無かったからか、招待客は明らかにヒューマが調べてバルサム公爵夫妻に協力してもらったのだと分かる。
―――逃げてばかりでは駄目よね……ヒューマ様はわたくしをこんなにも気遣ってくれる……
「ガウ?」
「………ジョシュア、何か戴く?」
「ガウッ」
「可愛い、ジョシュア様」
茶会が始まり、バルサム公爵夫人がメイリーンに話掛けてくれる。
「そろそろですか?ジョシュア様の野生生活」
「っ!…………離れ離れ……にならなければならないのでしょうか……」
「獣人にとって、野生生活は重要な事なので……私も子が産まれた時は、獣姿で子育てしましたわ……夫と交代でしたが………夫は、軍を率いてますし、都を完全に留守は出来ませんから、部下達に協力を仰いで、今も息子や娘は野生生活に行っています」
「……………寂しくないですか?」
「寂しいですよ………でも、獣人として獣同士の社会性を学ぶのには必要なので………帰って来た時は目一杯褒めて甘やかして、時折怒り、人間社会の習わしを教えなければ、仲間達に認められませんから」
「…………わたくしは寂しくて、夫には嫌だと言ってしまいました……」
ティーカップに手を添えていたメイリーンの手を、バルサム公爵夫人は重ねる。
「獣人の親でさえ寂しいのです………人間の貴女はもっとでしょうね……ラビアン伯爵は、決して我が子を危険な目には合わせませんよ……彼のご両親は素晴らしい方達でしたから、ラビアン伯爵は手本にしている事でしょう………お任せしても良いと思いますよ」
「…………ありがとうございます……帰ったら、夫と話してみます」
「今日は楽しみましょう、メイリーン様」
帰宅したメイリーンは部屋で着替えてから、ジョシュアと邸内の庭を散歩していた。
夕暮れの庭にただ何も考えず、ジョシュアを目で追うと、ジョシュアは花に止まる蝶を追い掛けては捕まえようとしている。
―――本当、猫の様に遊ぶわ………ああいう遊びも自然の中で覚えなきゃ駄目という事なのね
「メイリーン」
「………お帰りなさいませ、ヒューマ様」
「此処に居たのか」
「ガウ!」
「ジョシュア、ただいま」
「ヒューマ様、ありがとうございます」
ジョシュアがヒューマに駆け寄って来たので、抱き上げた時、メイリーンはヒューマに礼を言う。
「楽しめたか?」
「はい……覚悟も決めましたわ………野生生活ヒューマ様にお任せします」
「………本当は俺が説得しなければならないんだがな、母がもう居ないし、君は知らない事だったんだから戸惑うのは無理はない」
「ごめんなさい……悩ませてましたね」
「いや………俺が悪い………さぁ、もう暗くなる。邸に入ろう」
野生生活にジョシュアが入る迄、約1年。それ迄は愛情を持って精一杯育児をしよう、とメイリーンは心に刻んだ。
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