仮想三国志

三國寿起

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 仮想三国志~蒼遼伝~第八話

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『涼州の若武者率いる軍が、中原の名門・袁家の一族率いる軍勢に勝利を収めた』
この報せは涼州全土を駆け巡った。
曹操軍との共闘、そして名門とはいえ官渡での敗戦以降、勢いが衰えていた軍であったとはいえ、中原の名門を破ったことを涼州の人々はこの事を驚きと新鮮さを持って受け止めた。
軍が涼州に到着すると、中原の軍勢を破った勝者を見ようと民衆が列を成していた。その列を駐屯兵が何とか抑えようと躍起になっていた。
先頭で馬を進めていた馬超は、民衆の声援に笑顔で手を挙げて応えていた。その後ろに続く龐悳と馬岱も馬上で手を挙げて応えていた。
その少し後ろに続いていた蒼遼は、今まで受けたことのないこの歓声に少し戸惑っていた。蒼遼の馬の後ろに続いていた韓玲も同じことを感じていたらしく、少し緊張している感じだった。
韓玲が蒼遼の隣に寄って言った。
「蒼遼様、すごいですね。私は涼州にずっといますが、こんなに人が集まって拍手喝采を送っている光景、初めてです。」
「故郷の徐州にいた時も、これ程の歓声は聞いたことがない。中原の軍を破ったということが、これ程にも涼州の人々に驚きを持って受け入れられているとはな。」
人の列を抜けて馬騰の軍府に到着した馬超・龐悳・馬岱・蒼遼の四人は、各々支度を整えて軍府に入っていった。
馬騰は謁見の間の中央の椅子に腰掛けて待っていた。隣りには馬騰の盟友・韓遂の姿もあった。四人が入ってくると、馬騰は椅子から立ち上がり手を広げて出迎えた。
「おぉ、皆の者待っていたぞ!」
馬騰は近づくと馬超と馬岱をそれぞれ見ながら言った。
「孟起、馬岱。お前たちのお蔭で我が一族の名が中原にも鳴り響いた。鍾繇殿から届いた書簡の中に、お前たちの武勇が戦にも大きな影響を与えていたと称賛していたぞ。」
「父上の期待に沿えることができ、嬉しく存じます。これからもわれら二人、一族を支えてまいります。」
馬騰はその言葉にうなずくと、龐悳の方を向いた。
「龐悳、お前が敵の部将である郭援の首を討ったそうだな。お前は我が軍の支柱だ。その武勇、これからも期待しているぞ。」
「有難きお言葉。その期待に負けぬよう、さらに精進してまいります。」
馬騰は龐悳の肩に手を置いたあと、蒼遼の方に向いた。蒼遼は深々と頭を下げた。
「頭を上げよ、蒼遼。此度の戦い、お前の知略に負うところが大きかったと聞いている。鍾繇殿もお前の能力を高く評価していた。お前の師である成公英も喜んでいたぞ。」
「もったいなきお言葉、有難く存じます。」
馬騰の隣りにいた韓遂も蒼遼に声を掛けた。
「蒼遼、お前の知略の冴え、成公英の言っていた通りだ。中央の名士である鍾繇殿に評価されたこと、これはお前にとって大きな財産になる。此度の戦、確実にお前の自信となったであろう。」
「はい、此度は私にとって大きな自信に繋がりました。しかし、この事に慢心せずこの先も精進していく所存でございます。」
「お前のその言葉、とても頼もしく思う。寿成や孟起にとっても大きな財産になるな。…ところで、私の娘・玲はどうだった?足手まといになってなければ良いが…。」
「韓遂殿、ご息女は韓遂殿が思ってらっしゃる以上の武勇をお持ちかもしれません。初めての戦で緊張こそしていましたが、戦場では大いに私を助けてくださいました。」
「そうか、その言葉を聞いて安心した。蒼遼の言葉を聞けば、玲も喜ぶだろう。」
韓遂は安堵した表情で大きく頷いた。
馬超たちは、具体的な部隊の損害などの一連の報告を馬騰と韓遂にして軍府を退出した。

軍府を退出して少しした後、蒼遼は馬超に呼ばれて再び軍府の謁見の間に来ていた。馬超の後について謁見の間に入ると、馬騰の姿があった。
「父上、蒼遼を連れて参りました。」
蒼遼は膝を付いて拱手した。
「蒼遼、ただいま参上いたしました。」
「待っていたぞ、蒼遼。孟起と協議して、お前に一軍を任せることに決めた。そして…。」
馬騰は椅子から立ち上がった。
「我が軍の参謀の任に就いてもらいたい。」
その言葉を聞いた瞬間、蒼遼は反射的に顔を上げていた。その表情は驚きの色に染まっていた。
「私を…参謀に、ですか?」
「そうだ。昔、韓遂殿と戦った時、成公英の知略に大いに打ち負かされたことがある。それ以来、我が軍にも参謀が欲しいと思っていた。今までもお前は異民族との争いを知略で破っていることもあったが、参謀に抜擢することには不安を感じていた。しかし今回の戦功を見て、お前が参謀になることで我が軍の大きな戦力になると確信した。孟起とも意見は一致している。…この大任、受けてくれるか?」
蒼遼は頭を深く下げた。
「身に余る光栄にございます。馬騰様のお力になれるよう、精一杯励みます。」

馬騰の軍府を辞すと、馬超は蒼遼の肩を大きく叩いた。
「士叡、やっとお前に一軍を率いさせることができた。お前の昇進、我が事の様に嬉しいぞ!」
「馬超殿、ありがとうございます。馬超殿をはじめ、多くの方々の支えがありました。そのおかげです。」
「謙遜するな。これは紛れもなく、お前の実力なのだからな。しかし、父上がお前を参謀にまで取り立てるとは思わなかったな。」
馬超の言葉に蒼遼は首を傾げた。
「え、参謀にするというのは馬超殿の提案ではないのですか?」
「ああ、実は父上から提案された。俺はお前に一軍を指揮する経験をさせてから参謀にするのかと思っていたが…。父上は余程信頼できる参謀が欲しかったのだろう。お前の戦果をとても喜んでいたからな。」
「そうですか、馬騰様がそれほどまで私を…。」
蒼遼はまだ先ほどの昇進と馬超の話が信じられなかった。
「よし、決めた!」
馬超の大きい声に蒼遼は飛び上がった。
「今宵は士叡の昇進祝いだ!士叡、夜に俺の館に集合な。」
言うが早いか、馬超は足早に去っていった。

少し歩くと成公英の館に着いた。来着を告げると、中から学友の李恢が飛び出してきた。
「士叡、待っていたぞ!先生が中でお待ちだ、すぐに行こう!」
李恢の後に付いて館の一室に入ると、師の成公英が立ち上がって出迎えてくれた。
「士叡、馬騰様から報告は受けている。お前の知略で敵を打ち破ったらしいな。教え子が戦場で手柄を立ててくれることほど、師として嬉しいことはないぞ。」
「先生、ありがとうございます。そして、先生にもう一つご報告がございます。」
成公英が蒼遼の顔をじっと見つめた。
「ん、何かな?」
「実は、馬騰様より参謀として一軍を預かることとなりました。」
「おお、直接馬騰様の配下として一軍を率いることを許されたのか!しかも参謀に抜擢されるとは…余程高い評価を受けたみたいだな。」
「はい、ありがたいことです。これも、先生が熱心に指導してくださったお蔭です。」
「私の教えなど…これはお前の努力の賜物だ、士叡。」
成公英は静かに蒼遼に向かってほほ笑んだ。隣りで聞いていた李恢は、笑みが浮かぶのを抑えながら学友の報告を聞いていた。
「だが士叡、本当に大変なのはこれからだ。今回のことで満足せず、さらに精進を重ねるのだ、良いな?」
「はい、先生のお言葉、肝に銘じます。」
最後に、蒼遼は馬超の酒宴のことを成公英に話し、部屋を辞した。蒼遼が自分の部屋に戻ると、李恢が部屋に入ってきた。李恢は、先ほど抑えていた笑みを発散させるように満面の笑顔で蒼遼の両肩を叩いた。
「それにしても、一軍を預かるのみならず参謀にまでなるとは…大抜擢だぞ、士叡。お前の様な者が学友で私は誇らしいぞ。」
「徳昂、お前にそう言ってもらえて私も嬉しいぞ。私が実際に一軍を率いるなど、今は想像もできないが、先生が仰っていた通り、これから一層頑張らなくては。」
「お前ならやれるさ、士叡。…ところで、今日はこの後どうするんだ?」
「これから馬超殿の館に行く。さっき、すごい勢いで祝杯を上げるぞって。」
「そうか、私も蒼遼と一緒に祝杯を上げたかったが上官の誘いじゃ仕方ない。後日、盃を交わそう。」
「ああ、もちろん。じゃあ、行ってくる。」
蒼遼は馬超の館に向かった。

馬超の館に着いた。蒼遼が来訪を告げると、中から馬超が出てきた。
「士叡、待っていたぞ。さあ、入ってくれ。」
中に入ると、馬岱と龐悳の姿があった。蒼遼が席に着くと龐悳が蒼遼の盃に酒を注いだ。
「これで、全員集まったな。今宵は士叡の昇進祝いだ!では、士叡の昇進に乾杯!」
「乾杯!」
馬超の音頭に合わせて三人が盃を上に掲げた。
「蒼遼殿、此度の昇進の件、馬超殿から聞きましたぞ。蒼遼殿にとっても我が軍にとっても、とてもめでたいことですな。」
龐悳が祝いの言葉を述べると馬岱もそれに続いた。
「龐悳殿の言う通り、本当におめでとうございます。それにしても…。」
馬岱は馬超の方を向いた。
「いくらめでたいこととは言え、唐突に呼び出して祝杯を上げるとは、従兄上(あにうえ)もせっかちが過ぎる。」
「何を言う、馬岱。俺の側仕えの士叡の昇進だ。祝わないでどうする。」
苦笑する馬岱に馬超が言い返す。その様子を見ながら、蒼遼は微笑んだ。
「いえいえ、急とは言え馬超殿のお心遣いに感謝します。私自身も未だ今回の昇進の実感がまだ湧きませんが…。」
「確かに今回の昇進、参謀にまで取り立てられるとは驚きました。」
馬岱の言葉に、馬超も頷いた。
「参謀に取り立てたいと父上の口から聞いたときは、俺も驚いた。父上の大胆な所は戦では何回か見てきたが、人事のことで大胆さを発揮したのは初めてだ。」
馬超は一気に酒を飲みほした。
「士叡が俺の側仕えになって、もう六年ほど経つか。あの時は槍を振るうので精一杯だったお前も、立派になったもんだ。」
馬超の言葉を聞いた龐悳も頷いた。
「蒼遼殿のことは馬超殿から話は聞いていました。しかし、今回蒼遼殿の戦振りを初めて見て、これほどまでとは…。これからも精進していけば頼もしい将になってくれるだろう。」
「最初従兄上(あにうえ)の側仕えになると聞いたとき、武勇と熱さに付いていけるか心配でしたよ。初めて見た時は、従兄上(あにうえ)とは真逆のおとなしそうな文官肌の人に見えましたから。」
馬岱の言葉を聞いて、馬超は声を上げて笑った。
「俺も馬岱と同じ感想だったよ。でも、士叡は見た目とは裏腹に根気があって強い信念を持っていた。人を見た目で判断するな、とはまさにこのことを言うのかと思ったよ。」
「そういえば、馬超殿から蒼遼殿は徐州から来たと聞いていましたが何故涼州に?」
龐悳の問いに、蒼遼は盃に伸ばした手を止めた。
「…そういえば、涼州に来る前の話はしてませんでしたね。」
「そうだな、俺も士叡からは友がいたことと劉備に少し世話になってたことしか聞いてないからな。良い機会だ、ちょっと聞かせてくれないか?」
「そうですね、あれはもう七年前になりますか…。少し長くなりますが、ご容赦ください。」
蒼遼は少しずつ話し始めた。
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