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陽太郎の巣作り
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「——あの日、ヒカルがヒートを起こした時、ああ、この子の匂いが志久に移っていたんだって、そう思った。でもいくら運命の番だからって、心までそうとは限らない。確かにあれはヒカルの残香だったかもしれない。でも匂いはただのきっかけで、本当は志久のことが好きだったから、あんなに気になっていたんだって気づいた」
「……な、何言ってんだよ、宮前!」
「志久のことが好きなんだ。まだオメガの自覚がないなら、これからなのかもしれない。でも俺には志久からオメガの匂いがする。——斗貴哉は志久がオメガになったことに、気がついていないのか?」
「……おい、よせ、宮前。下がれ」
怖かった。
宮前が。
アルファってのはこんなに怖いものなのか。まるででかい肉食獣に狙われ、今にも飛びかかってきそうな、そんな恐怖。
これがオメガになったってことなのか? オメガになってしまったから、宮前が怖いのか?
「志久、俺は——」
宮前の手がゆっくりと俺の頬を触ろうと近づいた、その瞬間、「陽太郎さん!!」という斗貴哉の声が響いた。
「斗貴哉!」
「——うちの大事な夫に、何をしようとしているんですか?」
斗貴哉が後ろから宮前の肩を掴んで引き離し、俺と宮前の間に割り込む。
「しかも誰かと思えば、征佑さんじゃないですか。——一体、どうやってここに……」
「斗貴哉、すまない。どうしても志久と話がしたくて」
「話がしたいって、だったらこんなやり方じゃなく、他に方法があったでしょう? まったくこんなところに乗り込むのだなんて……あ、陽太郎さん、ごめんなさい、遅くなって。ちょっとお客様に声をかけられてしまって、かわすのに時間がかかってしまいました。もう帰って大丈夫だそうなので、もう帰りましょう」
俺に向けられた斗貴哉の優しい声。でも俺は震えが止まらなかった。
「――ご、ごめん、斗貴哉。俺、ちょっと1人で先に帰るわ」
「え? ちょ、陽太郎さん!?」
「志久!!」
斗貴哉が宮前を睨みつけている間に、俺は斗貴哉の背後から走ってその場を抜け出した。
足は痛いし、背後から斗貴哉の声が聞こえたけど、俺は構わず会場にいる人達の間をすり抜け、ロビーに向かった。
玄関前には、たぶんさっき斗貴哉が手配してくれたのだろう花咲の家の車がすでに止めてあって、運転手が俺の顔を見ると会釈をし、すぐにドアを開けてくれた。
そこからは無理いって俺だけ家まで送ってもらって、玄関で待機していた使用人に応える余裕なく、俺は自分の部屋に逃げ込んだ。
そして着ていた高級なタキシードを床に脱ぎちらかして、ソファの背もたれにかけていたブランケットを体に巻き、服が散乱したままのソファの上で蹲った。
◇
「陽太郎さん? お部屋にいるんですよね?」
しばらくして斗貴哉が帰宅し、俺の部屋のドアをトントンと叩く音がした。
でも俺は無視した。なぜかはよく分からない。自分がいじけているだけなのか、みっともなく宮前に屈しそうになった自分が嫌で鬱屈しているからなのか、それともオメガだって言われたことがショックだったのか……。
ただ1人になりたかった。
「陽太郎さん? いるんですよね? 大丈夫ですか? 足もちゃんと見せてくれないと……」
ブランケットの中に蹲って、斗貴哉が諦めるのを待った。
斗貴哉は無理やり部屋をこじ開けるようなタイプじゃない。俺が出てくるまで、きっと待つだろう。
——そう高をくくっていたのに、今日に限ってそうじゃなかった。
「陽太郎さん! ……もう、仕方がないですね! こうなったら合鍵を使って中に入りますからね!」
(え!?)
しばらくして鍵を取り出す音がして、ドアに鍵を差し込まれ、カチャリと鍵が回ったのを見て、俺は慌てた。
だって、斗貴哉は強行突破するタイプじゃないって安心してたのに、まさか合鍵を持ってくるとは思わなかったし!
部屋は散らかってるし、それに、だって部屋には——。
「陽太郎さん……? ああ、よかったやっぱりいた。入りますよ。——って、うわ、何ですこの匂い……!?」
タキシードの上着を脱いだ斗貴哉が、入ってくるなり鼻を手で押さえた。
そしてソファで蹲る俺を見て、目を見開き、一瞬固まったように立ち止まった。
「……な、何言ってんだよ、宮前!」
「志久のことが好きなんだ。まだオメガの自覚がないなら、これからなのかもしれない。でも俺には志久からオメガの匂いがする。——斗貴哉は志久がオメガになったことに、気がついていないのか?」
「……おい、よせ、宮前。下がれ」
怖かった。
宮前が。
アルファってのはこんなに怖いものなのか。まるででかい肉食獣に狙われ、今にも飛びかかってきそうな、そんな恐怖。
これがオメガになったってことなのか? オメガになってしまったから、宮前が怖いのか?
「志久、俺は——」
宮前の手がゆっくりと俺の頬を触ろうと近づいた、その瞬間、「陽太郎さん!!」という斗貴哉の声が響いた。
「斗貴哉!」
「——うちの大事な夫に、何をしようとしているんですか?」
斗貴哉が後ろから宮前の肩を掴んで引き離し、俺と宮前の間に割り込む。
「しかも誰かと思えば、征佑さんじゃないですか。——一体、どうやってここに……」
「斗貴哉、すまない。どうしても志久と話がしたくて」
「話がしたいって、だったらこんなやり方じゃなく、他に方法があったでしょう? まったくこんなところに乗り込むのだなんて……あ、陽太郎さん、ごめんなさい、遅くなって。ちょっとお客様に声をかけられてしまって、かわすのに時間がかかってしまいました。もう帰って大丈夫だそうなので、もう帰りましょう」
俺に向けられた斗貴哉の優しい声。でも俺は震えが止まらなかった。
「――ご、ごめん、斗貴哉。俺、ちょっと1人で先に帰るわ」
「え? ちょ、陽太郎さん!?」
「志久!!」
斗貴哉が宮前を睨みつけている間に、俺は斗貴哉の背後から走ってその場を抜け出した。
足は痛いし、背後から斗貴哉の声が聞こえたけど、俺は構わず会場にいる人達の間をすり抜け、ロビーに向かった。
玄関前には、たぶんさっき斗貴哉が手配してくれたのだろう花咲の家の車がすでに止めてあって、運転手が俺の顔を見ると会釈をし、すぐにドアを開けてくれた。
そこからは無理いって俺だけ家まで送ってもらって、玄関で待機していた使用人に応える余裕なく、俺は自分の部屋に逃げ込んだ。
そして着ていた高級なタキシードを床に脱ぎちらかして、ソファの背もたれにかけていたブランケットを体に巻き、服が散乱したままのソファの上で蹲った。
◇
「陽太郎さん? お部屋にいるんですよね?」
しばらくして斗貴哉が帰宅し、俺の部屋のドアをトントンと叩く音がした。
でも俺は無視した。なぜかはよく分からない。自分がいじけているだけなのか、みっともなく宮前に屈しそうになった自分が嫌で鬱屈しているからなのか、それともオメガだって言われたことがショックだったのか……。
ただ1人になりたかった。
「陽太郎さん? いるんですよね? 大丈夫ですか? 足もちゃんと見せてくれないと……」
ブランケットの中に蹲って、斗貴哉が諦めるのを待った。
斗貴哉は無理やり部屋をこじ開けるようなタイプじゃない。俺が出てくるまで、きっと待つだろう。
——そう高をくくっていたのに、今日に限ってそうじゃなかった。
「陽太郎さん! ……もう、仕方がないですね! こうなったら合鍵を使って中に入りますからね!」
(え!?)
しばらくして鍵を取り出す音がして、ドアに鍵を差し込まれ、カチャリと鍵が回ったのを見て、俺は慌てた。
だって、斗貴哉は強行突破するタイプじゃないって安心してたのに、まさか合鍵を持ってくるとは思わなかったし!
部屋は散らかってるし、それに、だって部屋には——。
「陽太郎さん……? ああ、よかったやっぱりいた。入りますよ。——って、うわ、何ですこの匂い……!?」
タキシードの上着を脱いだ斗貴哉が、入ってくるなり鼻を手で押さえた。
そしてソファで蹲る俺を見て、目を見開き、一瞬固まったように立ち止まった。
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