8 / 24
8
しおりを挟む
「陽太郎、ちょっと話があるんだが、いいか」
大学の入学式を一週間後に控えた日の夜、ずっと引きこもってスマホゲームばかりしていた俺に、親父が珍しく声をかけてきた。
「なに」
「いいから、居間に来なさい」
この時俺はてっきり引きこもってることについて、何か言われるのかと思った。
卒業式に出なかったんだから、入学式はちゃんと行きなさいとかね。まあ、進学先の大学には仲がよかった奴はいないし、新しい出会いもあるかもだから行くつもりだったけど。
久々にお小言かなーと思いつつ、下に降りていくと珍しく両親2人揃って待っていた。こりゃいよいよ厳しめのお説教かと、内心冷や汗ダラダラの状態で、俺は2人の前の椅子に座った。
「で、何? 心配なんかしなくても入学式には……」
怒られる前にと先手を打とうとした俺に、親父が返した言葉は意外なものだった。
「——入学式もそうだが……、陽太郎。お前に縁談が来た」
「——は?」
(縁談? 俺に? まさか、もう?)
あのことがあってまだ1ヶ月とかそれくらいなのに、もう俺に縁談がくるとは。
やけに早いんだけど。
「いや、でも俺——」
「ヒカルくんのことがあってから、母さんとお前に似合いの人がいないか探していたんだ。こちらとしてもヒカルくんに執着する気もないしな。ほら、最近はオメガも希少だし、良縁を結ぶのもなかなか骨が折れる。だからこういうことは早いほうがいいだろうと、オメガの子供さんのいるご家庭にいくつか声をかけさせてもらっていたんだ。そうしたら早々に良いお話をいただいてね。今度は家柄といい申し分ない方だ。ただ、その相手というのが——」
いつもはなんでも端的にはっきり物を言う親父が、珍しく言葉数多めでさらに言い淀む。
さすがの俺も、これはバツイチだとか何かいわく付きの相手なのかもと、身構える。
「……その、相手というのがだな、花咲家の斗貴哉くんだ」
「え——?」
(と、斗貴哉様!?)
「う、嘘、なんで……だって斗貴哉様は」
斗貴哉様は宮前の婚約者だ。
——いや、ああそうだった。宮前は斗貴哉様を捨ててヒカルを選んだんだった。
ヒカルが運命の番だから、宮前はあの斗貴哉様を捨ててヒカルを取ったんだ。
(——宮間のこと思い出すと、すっげーイラつくな)
俺の中で怒りが再燃する。握っていた拳をさらに強く握り締めたせいで、手のひらに爪の食い込んだ。
「その……斗貴哉くんもちょうど縁談が解消になってね。まあ陽太郎も知っているかとは思うんだが……。あちらもこちらの事情をご存じで、まだお相手の候補がいないなら是非にと」
父親として何か思うところがあるのか、釈然としない物言いに痺れを切らした母さんが、口を挟んだ。
「陽太郎、斗貴哉くんはちょっと年上だけど、花咲家といえば元華族の立派な家柄だし、次のお相手として申し分はないと思うの。ただ、ただね、その……できればあなたを養子にって」
(よ、養子!? マジで? 花咲の家に婿養子ってこと!?)
「え、え? なんで? 俺が養子になんの!?」
「ええ、そうなのよ。最初は養子と聞いてお断りしようって言っていたんだけどね。将来を考えると、花咲家と接点ができることは財閥にとって有利に働くだろうし、花咲には上に3人のお兄様もいらっしゃるから、婿養子にきても志久の家の仕事をしてもらって大丈夫だっておっしゃられて」
にっこりと笑う母。
この母の笑顔ほど怖いものはない。この家で一番強いのは、父でも兄でも俺でもない。この母なのだ。
我が家の両親は2人ともアルファではあるのだが、父よりも母のほうがヒエラルキーは上。誰も逆らえない。現に親父は隣ですっかり萎縮し、俺に申し訳なさそうな顔を向けている。これはもう決定事項ってことだ。
(俺が養子……)
養子に出れば、俺はこの志久の家の人間ではなくなってしまう。
でも姓は変わっても志久の家の仕事を継いでいいなら、それならそれはありかもしれない。
それに相手はあの斗貴哉様だぞ!?
……宮前のお古をもらうようで癪に障るが、あいつだって俺のお古をもらったようなもんなんだから。
ヒカルと結婚するよりも斗貴哉様と結婚したほうが、エリートの俺に相応しい人生が送れるのは確実だし。かなり年上ってのも気にはなるけど、斗貴哉様も初婚な訳だし、引きこもっていたのも、体が弱くてずっと家で療養されていたという話だし、あっちの経験だってそんなにないだろうし……。
何より斗貴哉様という、あんな桁違いに美しい人が隣にいる人生、すごくないか?
「俺、斗貴哉様と婚約する」
「……陽太郎、いいのか」
「うん。いい。婚約解消されて傷ついているのは斗貴哉様も同じだし。こうなったのも運命だと思う。花咲陽太郎って名前も悪くないしな」
「えらい! 陽太郎~! 養子に行ったって、うちの子には変わりないんだからね。花咲家を乗っ取るくらいの勢いでいきなさい! じゃあ、さっそく先方にお返事するわね!」
本当にいいのかと心配そうな顔の親父の横で、目を輝かせウキウキと早速花咲家に電話をかけ始める母。
これでいい。俺はヒカルのことなんか忘れて、斗貴哉様と順風満帆な人生を歩んで、幸せに暮らすんだ。
大学の入学式を一週間後に控えた日の夜、ずっと引きこもってスマホゲームばかりしていた俺に、親父が珍しく声をかけてきた。
「なに」
「いいから、居間に来なさい」
この時俺はてっきり引きこもってることについて、何か言われるのかと思った。
卒業式に出なかったんだから、入学式はちゃんと行きなさいとかね。まあ、進学先の大学には仲がよかった奴はいないし、新しい出会いもあるかもだから行くつもりだったけど。
久々にお小言かなーと思いつつ、下に降りていくと珍しく両親2人揃って待っていた。こりゃいよいよ厳しめのお説教かと、内心冷や汗ダラダラの状態で、俺は2人の前の椅子に座った。
「で、何? 心配なんかしなくても入学式には……」
怒られる前にと先手を打とうとした俺に、親父が返した言葉は意外なものだった。
「——入学式もそうだが……、陽太郎。お前に縁談が来た」
「——は?」
(縁談? 俺に? まさか、もう?)
あのことがあってまだ1ヶ月とかそれくらいなのに、もう俺に縁談がくるとは。
やけに早いんだけど。
「いや、でも俺——」
「ヒカルくんのことがあってから、母さんとお前に似合いの人がいないか探していたんだ。こちらとしてもヒカルくんに執着する気もないしな。ほら、最近はオメガも希少だし、良縁を結ぶのもなかなか骨が折れる。だからこういうことは早いほうがいいだろうと、オメガの子供さんのいるご家庭にいくつか声をかけさせてもらっていたんだ。そうしたら早々に良いお話をいただいてね。今度は家柄といい申し分ない方だ。ただ、その相手というのが——」
いつもはなんでも端的にはっきり物を言う親父が、珍しく言葉数多めでさらに言い淀む。
さすがの俺も、これはバツイチだとか何かいわく付きの相手なのかもと、身構える。
「……その、相手というのがだな、花咲家の斗貴哉くんだ」
「え——?」
(と、斗貴哉様!?)
「う、嘘、なんで……だって斗貴哉様は」
斗貴哉様は宮前の婚約者だ。
——いや、ああそうだった。宮前は斗貴哉様を捨ててヒカルを選んだんだった。
ヒカルが運命の番だから、宮前はあの斗貴哉様を捨ててヒカルを取ったんだ。
(——宮間のこと思い出すと、すっげーイラつくな)
俺の中で怒りが再燃する。握っていた拳をさらに強く握り締めたせいで、手のひらに爪の食い込んだ。
「その……斗貴哉くんもちょうど縁談が解消になってね。まあ陽太郎も知っているかとは思うんだが……。あちらもこちらの事情をご存じで、まだお相手の候補がいないなら是非にと」
父親として何か思うところがあるのか、釈然としない物言いに痺れを切らした母さんが、口を挟んだ。
「陽太郎、斗貴哉くんはちょっと年上だけど、花咲家といえば元華族の立派な家柄だし、次のお相手として申し分はないと思うの。ただ、ただね、その……できればあなたを養子にって」
(よ、養子!? マジで? 花咲の家に婿養子ってこと!?)
「え、え? なんで? 俺が養子になんの!?」
「ええ、そうなのよ。最初は養子と聞いてお断りしようって言っていたんだけどね。将来を考えると、花咲家と接点ができることは財閥にとって有利に働くだろうし、花咲には上に3人のお兄様もいらっしゃるから、婿養子にきても志久の家の仕事をしてもらって大丈夫だっておっしゃられて」
にっこりと笑う母。
この母の笑顔ほど怖いものはない。この家で一番強いのは、父でも兄でも俺でもない。この母なのだ。
我が家の両親は2人ともアルファではあるのだが、父よりも母のほうがヒエラルキーは上。誰も逆らえない。現に親父は隣ですっかり萎縮し、俺に申し訳なさそうな顔を向けている。これはもう決定事項ってことだ。
(俺が養子……)
養子に出れば、俺はこの志久の家の人間ではなくなってしまう。
でも姓は変わっても志久の家の仕事を継いでいいなら、それならそれはありかもしれない。
それに相手はあの斗貴哉様だぞ!?
……宮前のお古をもらうようで癪に障るが、あいつだって俺のお古をもらったようなもんなんだから。
ヒカルと結婚するよりも斗貴哉様と結婚したほうが、エリートの俺に相応しい人生が送れるのは確実だし。かなり年上ってのも気にはなるけど、斗貴哉様も初婚な訳だし、引きこもっていたのも、体が弱くてずっと家で療養されていたという話だし、あっちの経験だってそんなにないだろうし……。
何より斗貴哉様という、あんな桁違いに美しい人が隣にいる人生、すごくないか?
「俺、斗貴哉様と婚約する」
「……陽太郎、いいのか」
「うん。いい。婚約解消されて傷ついているのは斗貴哉様も同じだし。こうなったのも運命だと思う。花咲陽太郎って名前も悪くないしな」
「えらい! 陽太郎~! 養子に行ったって、うちの子には変わりないんだからね。花咲家を乗っ取るくらいの勢いでいきなさい! じゃあ、さっそく先方にお返事するわね!」
本当にいいのかと心配そうな顔の親父の横で、目を輝かせウキウキと早速花咲家に電話をかけ始める母。
これでいい。俺はヒカルのことなんか忘れて、斗貴哉様と順風満帆な人生を歩んで、幸せに暮らすんだ。
10
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
カーマン・ライン
マン太
BL
辺境の惑星にある整備工場で働くソル。
ある日、その整備工場に所属不明の戦闘機が不時着する。乗っていたのは美しい容姿の青年、アレク。彼の戦闘機の修理が終わるまで共に過ごすことに。
そこから、二人の運命が動き出す。
※余り濃い絡みはありません(多分)。
※宇宙を舞台にしていますが、スター○レック、スター・○ォーズ等は大好きでも、正直、詳しくありません。
雰囲気だけでも伝われば…と思っております。その辺の突っ込みはご容赦を。
※エブリスタ、小説家になろうにも掲載しております。
洗濯日和!!!
松本カナエ
BL
洗濯するオメガバース。BL。
Ωの鈴木高大は、就職に有利になるためにαと番うことにする。大学食堂で出逢ったαの横峯大輔と付き合うことになるが、今までお付き合いなどしたことないから、普通のお付き合い普通の距離感がわからない。
ニコニコ笑って距離を詰めてくる横峯。
ヒート中に俺の部屋においでと誘われ、緊張しながら行くと、寝室に山ができていた。
巣作りしてもらうために洗濯物を溜め込むαと洗濯するΩ。
12話一旦完結からの17話完結。
卒業旅行番外編。
(素敵な表紙はpome様。感謝しかありません)
※昨年の大島Q太様のTwitter企画「#溺愛アルファの巣作り」に参加したのを加筆して出します。
※オメガバースの設定には、独自解釈もあるかと思います。何かありましたらご指摘下さい。
※タイトルの後ろに☆ついてるのはRシーンあります。▲ついてるのはオメガハラスメントシーンがあります。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
勃起できない俺に彼氏ができた⁉
千歳
BL
大学三年生の瀬戸結(セト ユイ)は明るい性格で大学入学当初からモテた。
しかし、彼女ができても長続きせずにすぐに別れてしまい、その度に同級生の羽月清那(ハヅキ セナ)に慰めてもらっていた。
ある日、結がフラれる現場に出くわしてしまった清那はフラれて落ち込む結を飲みへと誘う。
どうして付き合ってもすぐに別れてしまうのかと結に尋ねてみると、泥酔した彼はぽつりと言葉を零した。
「……勃起、できないから」
衝撃的なその告白と共に結は恋愛体質だから誰かと付き合っていたいんだとも語った。
酔っ払いながら泣き言を零す結を見ながら清那はある一つの案を結に提示する。
「誰かと付き合っていたいならさ、俺と付き合ってみる?」
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる