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家の中は空調がきいてて暖かかったけど、やっぱ外はまだ寒い。外気で手の甲が冷えてきても、手のひらだけは繋いだヒカルの体温がじんわり広がって心地いい。
俺とヒカルは手を繋いだまま、広い前庭の間を突っ切る長いアプローチを抜け、車庫へと歩いていく。
今日は空港までは、ウチの車で行く予定だ。
俺が時間にルーズなのを使用人はみんなよくわかってて、2時間近く予定がずれた今もちゃんと運転手は待っててくれている。飛行機の便もそれにあわせて、予約を取り直してくれていた。
まあこいつらもこれが仕事なんだから当然っちゃ当然か。
裏から車庫に入って、待っていた運転手に荷物を手渡す。
運転手が荷物をトランクにいれ、車庫の自動シャッターを開けた時、ちょうどうちの家の前に見知らぬ車が横付けされたのが見えた。
「……来客でしょうか。ちょっと要件を伺ってきますね。陽太郎坊ちゃん、こちらで少々お待ちになってください」
今日誰かが来るとは聞いていない。急な来客か、はたまたただの路駐かってとこだけど、俺はちょっと気になって、車には乗らずに外に停まった車を見ていた。
うちにアポなしで来る客なんか俺の友達くらいだし、ただの路駐だろうけどさ。それにしてはちょっとかっこいい車だなって思って。新車で500万以上する黒のSUV。
うちじゃああいう車使わないから、ちょっと物珍しいんだよな。俺もそろそろ免許取りたいしさ、車買うならあーいうオシャレでかっこいいやつがいいなって、常々思ってたんだよな。
だからどんな奴が乗ってんのかなんとなく気になって、車に乗り込まず、外に立ったまま成り行きを眺めてた。
そしたらウチの運転手が運転席に乗ってるヤツと何か会話した後、なぜか慌てたように頭を下げたんだ。まるで謝ってるかのように。
何やってんだって思って見てたら、運転席のドアが開いて、出てきたのはなんとサングラスをかけた宮前だった。
「は? 宮前? なんで」
宮前はウチの運転手に向かってもういいからみたいな仕草をすると、サングラスを外し、こっちを見た。
宮前と視線がぶつかる。なぜだか俺の体が反射的にビクッと震えた。
……そういえば宮前は昨日、俺に会いに行くって言っていた。
でもさ俺今日はデートだって言ったし。ちゃんと断ったし! だいたい何の用で来るんだよ!
宮前がこっちに向かってまっすぐ歩いてくるが、誰も止める者はいない。
なんだか面倒なことになったし、とりあえず後ろにいるヒカルだけでも車に乗せて、もう出かけるアピールでもしようかって思って、俺はヒカルの方を見た。
そしたらさ、ヒカルのヤツ、宮前を見つめてた。
——目の前に俺がいるのに。視界に入らないくらい、まっすぐに。
きっと怖いんだろう。まあ怖いわな。あんな図体のでかい、目つきの悪いヤツがこっち向かって歩いて来てたら。
ヒカルは俺以外のアルファは、俺の親父か兄貴くらいしか見たことないから、驚いてんのかなって、俺はそう思った。——いや、そう思い込もうとした。
だって宮前を見つめるヒカルのあんな顔、俺は見たことなかったから。
そしてヒカルは見開いたその大きな目から、ポロポロと涙をこぼした。
——そうあのヒカルが。
何やってもニコニコのヒカルが泣いてるんだ。
俺は目を見張った。何で泣いてんのか、どういうことなのか俺にはさっぱり分からなかった。そしてヒカルの視線の先を辿ると、宮前も同じように固まったまま車庫の前に立ちすくんでいた。
それで俺、気づいたんだ。
宮前が見てたの、俺じゃなくて後ろにいたヒカルだったって。
ヒカルは宮前から全く目を離さず、ボロボロボロボロ涙をこぼしていた。そして、俺の方なんか全然見ずにこう言った。
「——ごめん、ヨウくん。俺、運命の番を見つけちゃった」
「は? 何言って——」
運命の番とは、アルファとオメガの間にある運命の赤い糸のようなもので、出会ってしまうと抗えない不可抗力のようなもの。一生に一度出会えるかどうかってやつで、出会えないやつの方が遥かに多い。
だから俺はそんなもの信じてなかった。
急におとぎ話みたいなこと言い出したヒカルに、頭がおかしくなったのかとさえ思った。
でも宮前がこっちに近づいた瞬間、ヒカルからブワッと何かすごい濃い匂いが噴き出して。……いやでも信じるしかなくなった。
初めて嗅ぐ匂い。頭の中が痺れるような甘い匂い。
——これはたぶん、いや絶対、オメガのフェロモンだ。
ヒカルから溢れる、アルファを支配しようとする、麻薬のように強いフェロモンの匂い。
そして俺は悟った。
宮前が本当にヒカルの運命の番で、宮前に出会ったことでヒカルに初めてヒートが訪れたことを。
俺は信じたくなかった。
でもヒカルにヒートがきたことは真実で。
俺はヒカルに何も言えなかった。
激しいヒートに、すぐ近くにいた俺は一瞬飲み込まれそうになったが、不思議なことに俺は発情せず、宮前が急いで泣くヒカルを抱きかかえて自分の車に乗せて連れていくのを、ただただバカみたいに立ち尽くして、それをぼんやりと眺めていた。
そして1人取り残された俺は、運転手の「坊ちゃん!」と呼ぶ声を最後に、俺の記憶はぷっつりと途絶えた。
俺とヒカルは手を繋いだまま、広い前庭の間を突っ切る長いアプローチを抜け、車庫へと歩いていく。
今日は空港までは、ウチの車で行く予定だ。
俺が時間にルーズなのを使用人はみんなよくわかってて、2時間近く予定がずれた今もちゃんと運転手は待っててくれている。飛行機の便もそれにあわせて、予約を取り直してくれていた。
まあこいつらもこれが仕事なんだから当然っちゃ当然か。
裏から車庫に入って、待っていた運転手に荷物を手渡す。
運転手が荷物をトランクにいれ、車庫の自動シャッターを開けた時、ちょうどうちの家の前に見知らぬ車が横付けされたのが見えた。
「……来客でしょうか。ちょっと要件を伺ってきますね。陽太郎坊ちゃん、こちらで少々お待ちになってください」
今日誰かが来るとは聞いていない。急な来客か、はたまたただの路駐かってとこだけど、俺はちょっと気になって、車には乗らずに外に停まった車を見ていた。
うちにアポなしで来る客なんか俺の友達くらいだし、ただの路駐だろうけどさ。それにしてはちょっとかっこいい車だなって思って。新車で500万以上する黒のSUV。
うちじゃああいう車使わないから、ちょっと物珍しいんだよな。俺もそろそろ免許取りたいしさ、車買うならあーいうオシャレでかっこいいやつがいいなって、常々思ってたんだよな。
だからどんな奴が乗ってんのかなんとなく気になって、車に乗り込まず、外に立ったまま成り行きを眺めてた。
そしたらウチの運転手が運転席に乗ってるヤツと何か会話した後、なぜか慌てたように頭を下げたんだ。まるで謝ってるかのように。
何やってんだって思って見てたら、運転席のドアが開いて、出てきたのはなんとサングラスをかけた宮前だった。
「は? 宮前? なんで」
宮前はウチの運転手に向かってもういいからみたいな仕草をすると、サングラスを外し、こっちを見た。
宮前と視線がぶつかる。なぜだか俺の体が反射的にビクッと震えた。
……そういえば宮前は昨日、俺に会いに行くって言っていた。
でもさ俺今日はデートだって言ったし。ちゃんと断ったし! だいたい何の用で来るんだよ!
宮前がこっちに向かってまっすぐ歩いてくるが、誰も止める者はいない。
なんだか面倒なことになったし、とりあえず後ろにいるヒカルだけでも車に乗せて、もう出かけるアピールでもしようかって思って、俺はヒカルの方を見た。
そしたらさ、ヒカルのヤツ、宮前を見つめてた。
——目の前に俺がいるのに。視界に入らないくらい、まっすぐに。
きっと怖いんだろう。まあ怖いわな。あんな図体のでかい、目つきの悪いヤツがこっち向かって歩いて来てたら。
ヒカルは俺以外のアルファは、俺の親父か兄貴くらいしか見たことないから、驚いてんのかなって、俺はそう思った。——いや、そう思い込もうとした。
だって宮前を見つめるヒカルのあんな顔、俺は見たことなかったから。
そしてヒカルは見開いたその大きな目から、ポロポロと涙をこぼした。
——そうあのヒカルが。
何やってもニコニコのヒカルが泣いてるんだ。
俺は目を見張った。何で泣いてんのか、どういうことなのか俺にはさっぱり分からなかった。そしてヒカルの視線の先を辿ると、宮前も同じように固まったまま車庫の前に立ちすくんでいた。
それで俺、気づいたんだ。
宮前が見てたの、俺じゃなくて後ろにいたヒカルだったって。
ヒカルは宮前から全く目を離さず、ボロボロボロボロ涙をこぼしていた。そして、俺の方なんか全然見ずにこう言った。
「——ごめん、ヨウくん。俺、運命の番を見つけちゃった」
「は? 何言って——」
運命の番とは、アルファとオメガの間にある運命の赤い糸のようなもので、出会ってしまうと抗えない不可抗力のようなもの。一生に一度出会えるかどうかってやつで、出会えないやつの方が遥かに多い。
だから俺はそんなもの信じてなかった。
急におとぎ話みたいなこと言い出したヒカルに、頭がおかしくなったのかとさえ思った。
でも宮前がこっちに近づいた瞬間、ヒカルからブワッと何かすごい濃い匂いが噴き出して。……いやでも信じるしかなくなった。
初めて嗅ぐ匂い。頭の中が痺れるような甘い匂い。
——これはたぶん、いや絶対、オメガのフェロモンだ。
ヒカルから溢れる、アルファを支配しようとする、麻薬のように強いフェロモンの匂い。
そして俺は悟った。
宮前が本当にヒカルの運命の番で、宮前に出会ったことでヒカルに初めてヒートが訪れたことを。
俺は信じたくなかった。
でもヒカルにヒートがきたことは真実で。
俺はヒカルに何も言えなかった。
激しいヒートに、すぐ近くにいた俺は一瞬飲み込まれそうになったが、不思議なことに俺は発情せず、宮前が急いで泣くヒカルを抱きかかえて自分の車に乗せて連れていくのを、ただただバカみたいに立ち尽くして、それをぼんやりと眺めていた。
そして1人取り残された俺は、運転手の「坊ちゃん!」と呼ぶ声を最後に、俺の記憶はぷっつりと途絶えた。
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