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 尚人のやつ、ほんとひでーよ。 
 なにも結婚式に、わざわざ元カレの俺を呼ぶことなんかないじゃないか。 


 目の前に降り注ぐ、白とピンク色のコンフェッティシャワー。チュールをふんだんに使った白いドレスで幸せの絶頂といわんばかりに微笑む、小柄でかわいい花嫁。そしてその隣には、似合いもしない白いタキシード姿で立つのは俺の、俺の——。 


「な、ユウジ。顔色悪いぞ。お前、やっぱ無理せずにさ……」 

「……大丈夫だよ」 


 一緒に式に参加している大学からの友人である佐藤が、心配そうに声をかけてきた。 

 こいつは友達の中で、唯一俺と尚人との間を知っている。俺が式に参加すると聞いて、大丈夫かと心配してくれていた。……というよりは、刃傷沙汰にでもならないか、そっちの心配をしているのかもしれない。 


(朝会ったとき、ナイフ持ってないだろーなって、冗談で身体検査されたもんな) 


 そりゃ刺したくもなる。別れてすぐに結婚だなんてさ。 
 その上、ご丁寧に式にご招待だなんて。 

 俺は式場のピカピカに磨かれた、大きなガラス窓に写った自分の姿を見て、ため息を吐いた。 

 めったに袖を通すことのない、憧れのテーラーでオーダーした一張羅のスーツ。いつ着ようかって、クローゼットを開けるたびにニヤニヤしてた。でもこんなときのために買ったんじゃない。せっかくのスーツを着るのがこんな日だなんて、あんまりだ。 


「お、写真撮影だってさ。並ぶか? ……って、並ばねーよな。俺だけ行ってくるわ」 

「ああ」 


 俺だってさすがに元カレの結婚式の写真におさまるつもりはない。 


「みなさん、ご遠慮なさらず、どうぞ前へ!」 

 
 式場のスタッフが、周囲から見守るだけの参加者に呼びかける。 
 それにあわせて立ち止まっていた人々が動き出す。 

 俺は彼らから見えない位置に移動し、嬉しそうに写真を撮る人々を見守った。 


「花嫁さん、お腹に子供がいるんでしょ? 結婚式できてよかったよねー」 

「最近できちゃった婚も珍しくないし、今のご時世できてから結婚のほうが、理にかなってるよね」 

「結婚も、最近じゃメリットあんまないもんね。こういうきっかけがないと……あ、撮影終わったね。行こうか」 


 彼女らは新郎側のゲストなのか、写真に写る気はなかったらしく、俺と同様に端へと避難していたが、撮影が終わるといそいそと列に戻っていった。 

 
『できちゃった婚』 


 花嫁が時折お腹を気にする仕草をしていたのは、そういうことか。 


(俺と別れるとき、そんな話してなかったじゃんか) 


 いつから俺は彼女と二股されていたんだろう。 

 俺と別れてから、半年もしないうちの結婚式。やけに急に結婚式をあげるんだなって思ったけど。俺はあいつと8年付き合ってた。あの子とは何年付き合って、できちゃったんだろうか。 


(なんで俺を呼んだんだよ) 


 結婚式の招待状は、大学のときの友達メンバーを介して、俺に届いた。 
 仲がいいグループの中で俺だけ外すといろいろ詮索されるから、それが嫌だったんだろう。 

 俺の連絡先を知ってるくせに、直接じゃなく友達経由でって、本当に馬鹿にしてるよな。 


(それに来る俺も、ほんと馬鹿) 


 一通り式の演出が終わり、スタッフが参加者に披露宴会場の待合室への案内を始めた。 


「ユウジ、行こうぜ。待合にドリンクとフードあるってよ」 


 大勢の参加者がぞろぞろとスタッフに誘導されて、室内に入っていく。 

 そして主役である新郎新婦が、肩を並べて幸せそうな後ろ姿を見せながら、専用の出入り口から控室に戻っていくのが見えた。 


(あいつ、一度も俺のほう見なかった。……当たり前だけど) 


「おい、ユウジ」 


 さっきまでこの庭でキャーキャーと騒いでいた人たちの声が、今度は室内から聞こえてくる。まるで幸せの塊のような空間。 


「……あいつ、白のタキシード、スゲー似合ってなかったな」 

「ユウジ?」 


 ぼんやりとしてつい口に出た言葉にハッとする。 


「——あ、ごめん。……俺、やっぱもう駄目だわ。今日は披露宴出ずに帰る。料理、俺の分食べといて」 

「え、え? 帰んの? ちょ、おいユウジ!」 


 佐藤の呼ぶ声を背に、庭から賑やかで幸せな空気に満ち溢れた室内を急ぎ足で抜け、そのまま周囲にかまうことなく会場の外に出た。 

 会場から外に出ると、道路と排気ガスの臭いで、ふわふわとした夢のような空間から一気に現実に戻った気になった。 

 歩きながらタイを取り、シャツの首元を緩めると、俺は自分の車に乗った。 


「くそ、タバコがない」 


 3年前にタバコはやめた。あいつが禁煙して貯金するって言うから、俺も一緒にって。結婚資金になるとはつゆ知らず。それでもつい最近までお守り代わりに通勤用バッグに入れていたのに、今日は違うバッグを持ってきていたんだった。 


「あーもう!」 


 俺は苛立ちながら、エンジンをかけた。 
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