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番外編
番外編 犬になったレイズン2
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馬から落ちないよう、大きな布でまるで赤子のごとく犬を包み、それを胸に抱くように斜めがけすると、ハクラシスは馬に乗り街へ向かった。
街に着くまでの間、犬は大人しくじっと布にくるまっていた。
たまに布の上から背中を撫でてやると、布の中で尻尾を振り、嬉しそうに舌をペロペロと出して、ハクラシスの顔を見上げた。布ごしに感じる犬の体温は温かく、そしてとても柔らかかった。
「レイズン? 今日は来ていないけど」
レイズンいきつけのパブに行くと、店のウェイトレスが、素知らぬ顔で犬の頭を撫でながらそう答えた。今日は朝から、レイズンもブーフも見ていないそうだ。
「ブーフのところへ行ってみるか」
「ヒャン」
犬のレイズンは抱っこ布の中で、尻尾をピコピコと振りながら返事をした。
「あれまあ、ハクラシスさん、かわいいのを連れて!」
肉屋のおかみさんは、ハクラシスの胸に吊るされた布の中から顔を出す犬のレイズンに向かって何度もかわいいと言いながら、「ほら食べな」と燻製肉のかけらを差し出した。
犬のレイズンも嬉しそうに肉を口に含んで、クチクチと食んでいる。
「この辺で迷い犬を探している人はいないか?」
「うーん、いないねえ。もしかしてその子、迷い犬かい?」
「そうなんだ。飼い主を探している」
「ちょっと変わった犬種っぽいから、飼っているとしたら貴族の人かねぇ。この辺じゃこんな子みないし、探し犬の話も聞かないね。ねぇアンタ」
そうおかみさんが振り向くと、肉屋のおやじさんも頷いた。
「もし犬を探している人がいたら、ハクラシスさんに知らせるよ。そういやあ今日レイズンくんは?」
「そちらの御子息と一緒では」
「いや、うちのバカ息子は、今配達の最中でね。今日は朝から忙しくて、何度も行ったり来たりで、今日はレイズンくんと遊ぶ余裕もないはずだけどね」
「……そうか。そういえば、この辺で妙な噂を聞いたとレイズンが言っていたのだが」
「妙な噂?」
「行方不明者が犬になるという……」
その話を出すと、おかみさんが食いついてきた。
「はいはい! 今この辺じゃ、その話で持ちきりですよ」
「詳しく知りたいのだが」
「ええ、いいですよ!」
おかみさんが言うには、近くの街で商人の子供が行方不明になる事件が後を絶たないのだという。その子供らは急にぷっつりと姿を消し、その2~3日後くらいに、犬の姿で帰ってくる。最初親もどこの犬かと思うらしいが、子供の名を呼ぶと返事をし、子供が好きなものを好んで食べるのだという。
それが昔からあるおとぎ話と同じだということで、世間では、いたずら好きの妖精が山に入り込んだ子供を犬の姿にしたのでは、という噂が流れているのだということだ。
ハクラシスは腕の中にいる犬の顔をチラッと見た。
何もかもがその噂話と一緒である。
「……それで、子供が犬になった場合、どうすればいいんだ」
「あれ、どうするんでしたっけ。アンタ」
「なんだったかな。聞いたと思うけど」
おかみさんもおやじさんも首を傾げた。
「酒屋のおやじさんなら詳しいかもしれないから、行ってみるといいよ! ……あ、いらっしゃい!」
話の最中だったが、肉屋に客が来てしまったため、ハクラシスは礼を言い店を後にした。
「あ! ハクラシスさん! これ! レイズンくんが美味しいって言ってたジャム! 私が作ったやつなんだけど、来たら渡そうと思ってたんですよ」
おかみさんがジャムの入った瓶と小さな包みを持って追ってきた。
「あとこれ、燻製肉の端切れもどうぞ。さっきあげた時、この子喜んでたから。えーと、この子のお名前は?」
「レイ……」
お名前はと聞かれ、思わずレイズンと言おうとしたハクラシスは、言葉を詰まらせた。
名前はまだないと言えばよかったのに、今の話の流れだと、レイズンだと言ってしまえばその当人が行方不明になったと言っているようなものだ。
それにそうでないにしろ、ペットに恋人の名をつけたと思われるのも不服であった。
「レイ、……レインだ」
「レインちゃん! かわいい名前だねー。じゃあこれ、レイズンくんに渡してくださいね」
「ああ。いつもすまないな」
「いえいえ、お店にまた寄ってくださいな」
おかみさんは布袋にジャムと肉を入れてハクラシスに渡すと、レインちゃんじゃあねーと犬の頭を撫でて去って行った。
「よかったな。肉をもらったから、またあとで食べよう。ジャムも食べような」
腕の中で犬のレイズン——もといレインは、やったとばかりに「ヒャン」と鳴いた。
さて次はと、ハクラシスは酒屋へと出向いた。そろそろ自分用にいい酒を追加で買おうかと考えていたところだったので、ちょうどよかった。
酒屋の店先でハクラシスが「店主はいるかい」と声をかけると、中から店主が「はいよ」と出てきた。
「ハクラシスさん! いいところに来ましたね! ちょうどいい酒が入ったんですよ!」
「本当か!」
「ほら、これですよ。この辺じゃなかなか仕入れることができない酒ですよ。今年一番の出来だと言われていて、仕入れもこの街じゃこの2本だけ。いいでしょう~!」
「やけに瓶が小さいじゃないか」
「当たり前ですよ。稀少品ですからね~。仕入れるのも苦労したんですよ」
これはいいなとハクラシスが酒に夢中になっていると、腕の中でレインがいい加減にしろと言わんばかりに「ヒャン!」と鳴いた。
「わかったわかった。店主、ちょっと聞かせてほしい。この辺で噂されている、行方不明者が犬になるという話についてなのだが」
「ええ? ハクラシスさんでも、そういう噂話を信じるんですねー! この前レイズンくんも熱心に聞いて帰ったところですよ」
店主はハクラシスが酒以外の話に興味をもったことに驚いていたが、レイズンにも話したというその噂話を惜しみなく聞かせてくれた。その話の冒頭は肉屋で聞いたのと同じだったが、酒屋の店主の話にはちゃんとオチがあった。
「犬に金を巻き付けて返すと、本物の子供が帰ってくる?」
「そうなんですよ。犬をそのままにしておくと、犬は子供に戻らないんですけどね。犬に金を持たせてやると、いつのまにかその犬が子供の姿で戻ってくるということなんですよ」
「金額は?」
「それは分からないですね。なんでそうしたかも、こっちには伝わっていなくて」
「ふむ」
金というところがきな臭い。
妖精がいるとかいないとかそれはさておくとして、もしこれが本当に妖精奇譚であれば、金などでは解決できないのがおとぎ話というものだ。
「妖精が金をせびるものか?」
「それはレイズンくんも言ってましたね。妖精がお金なんか欲しがるかなと」
「レイズンが? ……なるほど。で、その噂のもとになっている街というのは」
「この街の北にある街ですよ。ここから馬で1時間ほど走らせたところにあるんですけどね」
「なるほどな。ありがとう」
「どういたしまして。妖精がどうとかはアレですけど、行方不明の子供がいることは事実みたいですよ。で、酒はどうします?」
「もちろん頂こう」
「だと思いました! ではこちらを」
店主はニコニコしながら布に包んだ小さな瓶を、ハクラシスの差し出したお金と引き換えにした。ハクラシスはそれを、さきほど肉屋のおかみさんがくれた瓶と一緒にして手に提げると、店の外に出た。
「ふむ。なるほどな。レイズンが言いたかったことはこれか」
今日の朝、レイズンがハクラシスに話したかったのは、たぶんこのことだ。
妖精奇譚と見せかけた誘拐事件。きっとハクラシスの意見が聞きたかったのだろう。
もしかするとレイズンは、今日1人で犯人探しをしようとしたのかもしれない。
しくじったレイズンの代わりに、この犬が送られてきた……?
ハッハと舌を出し、丸くつぶらな目でハクラシスを見つめるレインを見た。
まさかとは思うが……。とりあえず調べる必要があった。
この犬はどこから来たのか。
本当にレイズンなのか。
「……レイズン」
犬の眉間を指で撫でると、そこは思った以上にフカフカで手触りがよく、撫でられたレインも気持ちがいいのか、目を細めて嬉しそうにペロペロと舌を出した。
「レイズン、隣町へ行くぞ。お前が気にかけていた謎を解きに行く」
そう言ってハクラシスは、隣街へ行くためレインを抱えたまま馬へと急いだ。
馬で1時間もハクラシスにかかればそこまでかからない。
早々に隣町に着くと、早速犬に変えられた子供のいる家を探すことにした。
見知らぬ街で事件のことについて聞き、正直探すのにもっと時間がかかるかと思ったが、それは意外なほど早く見つかった。なぜならハクラシスが犬を抱えていたおかげで、みんなハクラシスも被害者の1人だと思ったからだった。
だから行方不明者の代わりに戻ってきたという犬にも、すぐに会うことができた。
「この犬……いえこの子がその御子息で」
息子が犬になって戻ってきたという商人の家で、その犬と対面した。だがそれはなんの変哲もないどこにもいるような犬で、ハクラシスのレインよりも普通だった。そしてその凡庸な犬が、子供の代わりに立派なソファへ鎮座していた。
「ええ、息子のヨナスです。いなくなってから翌日に犬の姿で戻ってきたんですけど、ふと姿を消すときがあって。今日の朝も目を離した隙にいなくなってしまって……。みんなで探していたらひょっこりと戻って来て、無事で安堵したところだったのですが、こんな紙を咥えていまして」
仕事で忙しい父親に代わり、母親が親切にいろいろと説明してくれ、その犬が咥えてきた紙切れも見せてくれた。
「……これは結構な金額ですな」
そこにはつたない子供の字で『もとにもどってみんなとあそびたい』という言葉と金額——ハクラシスが騎士団で働いていたときの約半年分の給料の額とほぼ同じ額面——が書かれていた。
ハクラシスは、騎士団で自分が高級取りであった自覚はある。だから儲かってはいるだろうがこのような小さな街の商家で、この金額をすぐに工面するのは大変なことだろうと思った。
「そうなんです。だから今主人が必死にお金を工面しているところで……」
「これは他の被害にあったご家庭でも同じ金額だったのですか」
「それが……」
話を聞くと、子供が人間に戻れた家とそうでない家があるらしく、人間に戻れた家はお金を払ったのだろうという推測だった。しかし金額を公表している家はなく、分からないということだ。
そして戻ってきた子供については、犬になっていた間の記憶はなく、いずれもわんぱくざかりだったはずなのに、妙にぼんやりとした性格に変わっていたという。
「この字は御子息のもので間違いありませんか」
「ええ。でも……ヨナスは数字は習っていますが二桁までで、まだこんな大きな桁は知らないはずなのに……」
(なるほど、誰かに書かされた可能性が高いか。まあなんにせよ、犬に文字が書けるはずはないからな)
「すまないが、その紙切れをちょっと見せてもらえませんか」
「はい。どうぞ」
「レイズ……レイン、この紙切れを嗅いでみろ。臭いで犯人の場所をつきとめられないか」
ハクラシスは懐のレインに紙切れを近づけて嗅がせてみた。レインは真剣な表情で、その艶々とした黒い大きな鼻をヒクヒクと動かして嗅ぎ、一声「ヒャン!」と鳴くと、ピョンと懐から飛び出し、付いてこいと言わんばかりの大きな声で「ヒャン!」ともう一回鳴いて走り出した。
短足でスピードの遅いレインが必死で走り、それをハクラシスが追いかける。
そして辿り着いた先は、その街を出てすぐの山裾にある廃屋だった。かつて貴族が別邸として使っていたのか、館を中心にすえた柵の中は草木に埋もれ鬱蒼とはしていたが、手入れすればきれいな庭になるだろうと思われた。
ハクラシスは、ゼーゼーと荒い息を吐くレインに水をやりながら、背を撫でつつ「よくやったな。ここだな?」と聞くと、レインは水をペチャペチャと飲みながら「ヒャン」と答えた。
レインの足がもうちょっと早ければ明るいうちに辿りつけたのかもしれないが、すでに日は傾き始め、館の周囲はもうすっかりと暗く影を落としている。
(こっそり入るなら暗いほうが都合がいい)
水を飲み終えたレインは、その小さな体を使って勇猛果敢に家を囲む柵の中へ入り込む。
(まるで狩りの最中のレイズンのようだな)
普段はのんびりなレイズンも、狩りとなると勇ましいところ見せる。気がはやりすぎて、勇み足となるのが玉に瑕だが。
ジャムと酒が入った袋を一緒に抱っこ布に収めると、邪魔になる抱っこ布は肩から外して柵のそばに置き、ハクラシスは柵を乗り越え、レインを追った。
街に着くまでの間、犬は大人しくじっと布にくるまっていた。
たまに布の上から背中を撫でてやると、布の中で尻尾を振り、嬉しそうに舌をペロペロと出して、ハクラシスの顔を見上げた。布ごしに感じる犬の体温は温かく、そしてとても柔らかかった。
「レイズン? 今日は来ていないけど」
レイズンいきつけのパブに行くと、店のウェイトレスが、素知らぬ顔で犬の頭を撫でながらそう答えた。今日は朝から、レイズンもブーフも見ていないそうだ。
「ブーフのところへ行ってみるか」
「ヒャン」
犬のレイズンは抱っこ布の中で、尻尾をピコピコと振りながら返事をした。
「あれまあ、ハクラシスさん、かわいいのを連れて!」
肉屋のおかみさんは、ハクラシスの胸に吊るされた布の中から顔を出す犬のレイズンに向かって何度もかわいいと言いながら、「ほら食べな」と燻製肉のかけらを差し出した。
犬のレイズンも嬉しそうに肉を口に含んで、クチクチと食んでいる。
「この辺で迷い犬を探している人はいないか?」
「うーん、いないねえ。もしかしてその子、迷い犬かい?」
「そうなんだ。飼い主を探している」
「ちょっと変わった犬種っぽいから、飼っているとしたら貴族の人かねぇ。この辺じゃこんな子みないし、探し犬の話も聞かないね。ねぇアンタ」
そうおかみさんが振り向くと、肉屋のおやじさんも頷いた。
「もし犬を探している人がいたら、ハクラシスさんに知らせるよ。そういやあ今日レイズンくんは?」
「そちらの御子息と一緒では」
「いや、うちのバカ息子は、今配達の最中でね。今日は朝から忙しくて、何度も行ったり来たりで、今日はレイズンくんと遊ぶ余裕もないはずだけどね」
「……そうか。そういえば、この辺で妙な噂を聞いたとレイズンが言っていたのだが」
「妙な噂?」
「行方不明者が犬になるという……」
その話を出すと、おかみさんが食いついてきた。
「はいはい! 今この辺じゃ、その話で持ちきりですよ」
「詳しく知りたいのだが」
「ええ、いいですよ!」
おかみさんが言うには、近くの街で商人の子供が行方不明になる事件が後を絶たないのだという。その子供らは急にぷっつりと姿を消し、その2~3日後くらいに、犬の姿で帰ってくる。最初親もどこの犬かと思うらしいが、子供の名を呼ぶと返事をし、子供が好きなものを好んで食べるのだという。
それが昔からあるおとぎ話と同じだということで、世間では、いたずら好きの妖精が山に入り込んだ子供を犬の姿にしたのでは、という噂が流れているのだということだ。
ハクラシスは腕の中にいる犬の顔をチラッと見た。
何もかもがその噂話と一緒である。
「……それで、子供が犬になった場合、どうすればいいんだ」
「あれ、どうするんでしたっけ。アンタ」
「なんだったかな。聞いたと思うけど」
おかみさんもおやじさんも首を傾げた。
「酒屋のおやじさんなら詳しいかもしれないから、行ってみるといいよ! ……あ、いらっしゃい!」
話の最中だったが、肉屋に客が来てしまったため、ハクラシスは礼を言い店を後にした。
「あ! ハクラシスさん! これ! レイズンくんが美味しいって言ってたジャム! 私が作ったやつなんだけど、来たら渡そうと思ってたんですよ」
おかみさんがジャムの入った瓶と小さな包みを持って追ってきた。
「あとこれ、燻製肉の端切れもどうぞ。さっきあげた時、この子喜んでたから。えーと、この子のお名前は?」
「レイ……」
お名前はと聞かれ、思わずレイズンと言おうとしたハクラシスは、言葉を詰まらせた。
名前はまだないと言えばよかったのに、今の話の流れだと、レイズンだと言ってしまえばその当人が行方不明になったと言っているようなものだ。
それにそうでないにしろ、ペットに恋人の名をつけたと思われるのも不服であった。
「レイ、……レインだ」
「レインちゃん! かわいい名前だねー。じゃあこれ、レイズンくんに渡してくださいね」
「ああ。いつもすまないな」
「いえいえ、お店にまた寄ってくださいな」
おかみさんは布袋にジャムと肉を入れてハクラシスに渡すと、レインちゃんじゃあねーと犬の頭を撫でて去って行った。
「よかったな。肉をもらったから、またあとで食べよう。ジャムも食べような」
腕の中で犬のレイズン——もといレインは、やったとばかりに「ヒャン」と鳴いた。
さて次はと、ハクラシスは酒屋へと出向いた。そろそろ自分用にいい酒を追加で買おうかと考えていたところだったので、ちょうどよかった。
酒屋の店先でハクラシスが「店主はいるかい」と声をかけると、中から店主が「はいよ」と出てきた。
「ハクラシスさん! いいところに来ましたね! ちょうどいい酒が入ったんですよ!」
「本当か!」
「ほら、これですよ。この辺じゃなかなか仕入れることができない酒ですよ。今年一番の出来だと言われていて、仕入れもこの街じゃこの2本だけ。いいでしょう~!」
「やけに瓶が小さいじゃないか」
「当たり前ですよ。稀少品ですからね~。仕入れるのも苦労したんですよ」
これはいいなとハクラシスが酒に夢中になっていると、腕の中でレインがいい加減にしろと言わんばかりに「ヒャン!」と鳴いた。
「わかったわかった。店主、ちょっと聞かせてほしい。この辺で噂されている、行方不明者が犬になるという話についてなのだが」
「ええ? ハクラシスさんでも、そういう噂話を信じるんですねー! この前レイズンくんも熱心に聞いて帰ったところですよ」
店主はハクラシスが酒以外の話に興味をもったことに驚いていたが、レイズンにも話したというその噂話を惜しみなく聞かせてくれた。その話の冒頭は肉屋で聞いたのと同じだったが、酒屋の店主の話にはちゃんとオチがあった。
「犬に金を巻き付けて返すと、本物の子供が帰ってくる?」
「そうなんですよ。犬をそのままにしておくと、犬は子供に戻らないんですけどね。犬に金を持たせてやると、いつのまにかその犬が子供の姿で戻ってくるということなんですよ」
「金額は?」
「それは分からないですね。なんでそうしたかも、こっちには伝わっていなくて」
「ふむ」
金というところがきな臭い。
妖精がいるとかいないとかそれはさておくとして、もしこれが本当に妖精奇譚であれば、金などでは解決できないのがおとぎ話というものだ。
「妖精が金をせびるものか?」
「それはレイズンくんも言ってましたね。妖精がお金なんか欲しがるかなと」
「レイズンが? ……なるほど。で、その噂のもとになっている街というのは」
「この街の北にある街ですよ。ここから馬で1時間ほど走らせたところにあるんですけどね」
「なるほどな。ありがとう」
「どういたしまして。妖精がどうとかはアレですけど、行方不明の子供がいることは事実みたいですよ。で、酒はどうします?」
「もちろん頂こう」
「だと思いました! ではこちらを」
店主はニコニコしながら布に包んだ小さな瓶を、ハクラシスの差し出したお金と引き換えにした。ハクラシスはそれを、さきほど肉屋のおかみさんがくれた瓶と一緒にして手に提げると、店の外に出た。
「ふむ。なるほどな。レイズンが言いたかったことはこれか」
今日の朝、レイズンがハクラシスに話したかったのは、たぶんこのことだ。
妖精奇譚と見せかけた誘拐事件。きっとハクラシスの意見が聞きたかったのだろう。
もしかするとレイズンは、今日1人で犯人探しをしようとしたのかもしれない。
しくじったレイズンの代わりに、この犬が送られてきた……?
ハッハと舌を出し、丸くつぶらな目でハクラシスを見つめるレインを見た。
まさかとは思うが……。とりあえず調べる必要があった。
この犬はどこから来たのか。
本当にレイズンなのか。
「……レイズン」
犬の眉間を指で撫でると、そこは思った以上にフカフカで手触りがよく、撫でられたレインも気持ちがいいのか、目を細めて嬉しそうにペロペロと舌を出した。
「レイズン、隣町へ行くぞ。お前が気にかけていた謎を解きに行く」
そう言ってハクラシスは、隣街へ行くためレインを抱えたまま馬へと急いだ。
馬で1時間もハクラシスにかかればそこまでかからない。
早々に隣町に着くと、早速犬に変えられた子供のいる家を探すことにした。
見知らぬ街で事件のことについて聞き、正直探すのにもっと時間がかかるかと思ったが、それは意外なほど早く見つかった。なぜならハクラシスが犬を抱えていたおかげで、みんなハクラシスも被害者の1人だと思ったからだった。
だから行方不明者の代わりに戻ってきたという犬にも、すぐに会うことができた。
「この犬……いえこの子がその御子息で」
息子が犬になって戻ってきたという商人の家で、その犬と対面した。だがそれはなんの変哲もないどこにもいるような犬で、ハクラシスのレインよりも普通だった。そしてその凡庸な犬が、子供の代わりに立派なソファへ鎮座していた。
「ええ、息子のヨナスです。いなくなってから翌日に犬の姿で戻ってきたんですけど、ふと姿を消すときがあって。今日の朝も目を離した隙にいなくなってしまって……。みんなで探していたらひょっこりと戻って来て、無事で安堵したところだったのですが、こんな紙を咥えていまして」
仕事で忙しい父親に代わり、母親が親切にいろいろと説明してくれ、その犬が咥えてきた紙切れも見せてくれた。
「……これは結構な金額ですな」
そこにはつたない子供の字で『もとにもどってみんなとあそびたい』という言葉と金額——ハクラシスが騎士団で働いていたときの約半年分の給料の額とほぼ同じ額面——が書かれていた。
ハクラシスは、騎士団で自分が高級取りであった自覚はある。だから儲かってはいるだろうがこのような小さな街の商家で、この金額をすぐに工面するのは大変なことだろうと思った。
「そうなんです。だから今主人が必死にお金を工面しているところで……」
「これは他の被害にあったご家庭でも同じ金額だったのですか」
「それが……」
話を聞くと、子供が人間に戻れた家とそうでない家があるらしく、人間に戻れた家はお金を払ったのだろうという推測だった。しかし金額を公表している家はなく、分からないということだ。
そして戻ってきた子供については、犬になっていた間の記憶はなく、いずれもわんぱくざかりだったはずなのに、妙にぼんやりとした性格に変わっていたという。
「この字は御子息のもので間違いありませんか」
「ええ。でも……ヨナスは数字は習っていますが二桁までで、まだこんな大きな桁は知らないはずなのに……」
(なるほど、誰かに書かされた可能性が高いか。まあなんにせよ、犬に文字が書けるはずはないからな)
「すまないが、その紙切れをちょっと見せてもらえませんか」
「はい。どうぞ」
「レイズ……レイン、この紙切れを嗅いでみろ。臭いで犯人の場所をつきとめられないか」
ハクラシスは懐のレインに紙切れを近づけて嗅がせてみた。レインは真剣な表情で、その艶々とした黒い大きな鼻をヒクヒクと動かして嗅ぎ、一声「ヒャン!」と鳴くと、ピョンと懐から飛び出し、付いてこいと言わんばかりの大きな声で「ヒャン!」ともう一回鳴いて走り出した。
短足でスピードの遅いレインが必死で走り、それをハクラシスが追いかける。
そして辿り着いた先は、その街を出てすぐの山裾にある廃屋だった。かつて貴族が別邸として使っていたのか、館を中心にすえた柵の中は草木に埋もれ鬱蒼とはしていたが、手入れすればきれいな庭になるだろうと思われた。
ハクラシスは、ゼーゼーと荒い息を吐くレインに水をやりながら、背を撫でつつ「よくやったな。ここだな?」と聞くと、レインは水をペチャペチャと飲みながら「ヒャン」と答えた。
レインの足がもうちょっと早ければ明るいうちに辿りつけたのかもしれないが、すでに日は傾き始め、館の周囲はもうすっかりと暗く影を落としている。
(こっそり入るなら暗いほうが都合がいい)
水を飲み終えたレインは、その小さな体を使って勇猛果敢に家を囲む柵の中へ入り込む。
(まるで狩りの最中のレイズンのようだな)
普段はのんびりなレイズンも、狩りとなると勇ましいところ見せる。気がはやりすぎて、勇み足となるのが玉に瑕だが。
ジャムと酒が入った袋を一緒に抱っこ布に収めると、邪魔になる抱っこ布は肩から外して柵のそばに置き、ハクラシスは柵を乗り越え、レインを追った。
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