クズ男はもう御免

Bee

文字の大きさ
上 下
65 / 70
番外編

番外編 犬になったレイズン2

しおりを挟む
 馬から落ちないよう、大きな布でまるで赤子のごとく犬を包み、それを胸に抱くように斜めがけすると、ハクラシスは馬に乗り街へ向かった。
 
 街に着くまでの間、犬は大人しくじっと布にくるまっていた。
 たまに布の上から背中を撫でてやると、布の中で尻尾を振り、嬉しそうに舌をペロペロと出して、ハクラシスの顔を見上げた。布ごしに感じる犬の体温は温かく、そしてとても柔らかかった。
 
 
 
「レイズン? 今日は来ていないけど」
 
 レイズンいきつけのパブに行くと、店のウェイトレスが、素知らぬ顔で犬の頭を撫でながらそう答えた。今日は朝から、レイズンもブーフも見ていないそうだ。
 
「ブーフのところへ行ってみるか」
「ヒャン」
 
 犬のレイズンは抱っこ布の中で、尻尾をピコピコと振りながら返事をした。
 
「あれまあ、ハクラシスさん、かわいいのを連れて!」
 
 肉屋のおかみさんは、ハクラシスの胸に吊るされた布の中から顔を出す犬のレイズンに向かって何度もかわいいと言いながら、「ほら食べな」と燻製肉のかけらを差し出した。
 
 犬のレイズンも嬉しそうに肉を口に含んで、クチクチと食んでいる。
 
「この辺で迷い犬を探している人はいないか?」
「うーん、いないねえ。もしかしてその子、迷い犬かい?」
「そうなんだ。飼い主を探している」
「ちょっと変わった犬種っぽいから、飼っているとしたら貴族の人かねぇ。この辺じゃこんな子みないし、探し犬の話も聞かないね。ねぇアンタ」
 
 そうおかみさんが振り向くと、肉屋のおやじさんも頷いた。
 
「もし犬を探している人がいたら、ハクラシスさんに知らせるよ。そういやあ今日レイズンくんは?」
「そちらの御子息と一緒では」
「いや、うちのバカ息子は、今配達の最中でね。今日は朝から忙しくて、何度も行ったり来たりで、今日はレイズンくんと遊ぶ余裕もないはずだけどね」
「……そうか。そういえば、この辺で妙な噂を聞いたとレイズンが言っていたのだが」
「妙な噂?」
「行方不明者が犬になるという……」
 
 その話を出すと、おかみさんが食いついてきた。
 
「はいはい! 今この辺じゃ、その話で持ちきりですよ」
「詳しく知りたいのだが」
「ええ、いいですよ!」
 
 おかみさんが言うには、近くの街で商人の子供が行方不明になる事件が後を絶たないのだという。その子供らは急にぷっつりと姿を消し、その2~3日後くらいに、犬の姿で帰ってくる。最初親もどこの犬かと思うらしいが、子供の名を呼ぶと返事をし、子供が好きなものを好んで食べるのだという。
 
 それが昔からあるおとぎ話と同じだということで、世間では、いたずら好きの妖精が山に入り込んだ子供を犬の姿にしたのでは、という噂が流れているのだということだ。
 
 ハクラシスは腕の中にいる犬の顔をチラッと見た。
 何もかもがその噂話と一緒である。
 
「……それで、子供が犬になった場合、どうすればいいんだ」
「あれ、どうするんでしたっけ。アンタ」
「なんだったかな。聞いたと思うけど」
 
 おかみさんもおやじさんも首を傾げた。
 
「酒屋のおやじさんなら詳しいかもしれないから、行ってみるといいよ! ……あ、いらっしゃい!」
 
 話の最中だったが、肉屋に客が来てしまったため、ハクラシスは礼を言い店を後にした。
 
「あ! ハクラシスさん! これ! レイズンくんが美味しいって言ってたジャム! 私が作ったやつなんだけど、来たら渡そうと思ってたんですよ」
 
 おかみさんがジャムの入った瓶と小さな包みを持って追ってきた。
 
「あとこれ、燻製肉の端切れもどうぞ。さっきあげた時、この子喜んでたから。えーと、この子のお名前は?」
「レイ……」
 
 お名前はと聞かれ、思わずレイズンと言おうとしたハクラシスは、言葉を詰まらせた。
 名前はまだないと言えばよかったのに、今の話の流れだと、レイズンだと言ってしまえばその当人が行方不明になったと言っているようなものだ。
 それにそうでないにしろ、ペットに恋人の名をつけたと思われるのも不服であった。
 
「レイ、……レインだ」
「レインちゃん! かわいい名前だねー。じゃあこれ、レイズンくんに渡してくださいね」
「ああ。いつもすまないな」
「いえいえ、お店にまた寄ってくださいな」
 
 おかみさんは布袋にジャムと肉を入れてハクラシスに渡すと、レインちゃんじゃあねーと犬の頭を撫でて去って行った。
 
「よかったな。肉をもらったから、またあとで食べよう。ジャムも食べような」
 
 腕の中で犬のレイズン——もといレインは、やったとばかりに「ヒャン」と鳴いた。
 
 さて次はと、ハクラシスは酒屋へと出向いた。そろそろ自分用にいい酒を追加で買おうかと考えていたところだったので、ちょうどよかった。
 
 酒屋の店先でハクラシスが「店主はいるかい」と声をかけると、中から店主が「はいよ」と出てきた。
 
「ハクラシスさん! いいところに来ましたね! ちょうどいい酒が入ったんですよ!」
「本当か!」
「ほら、これですよ。この辺じゃなかなか仕入れることができない酒ですよ。今年一番の出来だと言われていて、仕入れもこの街じゃこの2本だけ。いいでしょう~!」
「やけに瓶が小さいじゃないか」
「当たり前ですよ。稀少品ですからね~。仕入れるのも苦労したんですよ」
 
 これはいいなとハクラシスが酒に夢中になっていると、腕の中でレインがいい加減にしろと言わんばかりに「ヒャン!」と鳴いた。
 
「わかったわかった。店主、ちょっと聞かせてほしい。この辺で噂されている、行方不明者が犬になるという話についてなのだが」
「ええ? ハクラシスさんでも、そういう噂話を信じるんですねー! この前レイズンくんも熱心に聞いて帰ったところですよ」
 
 店主はハクラシスが酒以外の話に興味をもったことに驚いていたが、レイズンにも話したというその噂話を惜しみなく聞かせてくれた。その話の冒頭は肉屋で聞いたのと同じだったが、酒屋の店主の話にはちゃんとオチがあった。
 
「犬に金を巻き付けて返すと、本物の子供が帰ってくる?」
「そうなんですよ。犬をそのままにしておくと、犬は子供に戻らないんですけどね。犬に金を持たせてやると、いつのまにかその犬が子供の姿で戻ってくるということなんですよ」
「金額は?」
「それは分からないですね。なんでそうしたかも、こっちには伝わっていなくて」
「ふむ」
 
 金というところがきな臭い。
 妖精がいるとかいないとかそれはさておくとして、もしこれが本当に妖精奇譚であれば、金などでは解決できないのがおとぎ話というものだ。
 
「妖精が金をせびるものか?」
「それはレイズンくんも言ってましたね。妖精がお金なんか欲しがるかなと」
「レイズンが? ……なるほど。で、その噂のもとになっている街というのは」
「この街の北にある街ですよ。ここから馬で1時間ほど走らせたところにあるんですけどね」
「なるほどな。ありがとう」
「どういたしまして。妖精がどうとかはアレですけど、行方不明の子供がいることは事実みたいですよ。で、酒はどうします?」
「もちろん頂こう」
「だと思いました! ではこちらを」
 
 店主はニコニコしながら布に包んだ小さな瓶を、ハクラシスの差し出したお金と引き換えにした。ハクラシスはそれを、さきほど肉屋のおかみさんがくれた瓶と一緒にして手に提げると、店の外に出た。
 
「ふむ。なるほどな。レイズンが言いたかったことはこれか」
 
 今日の朝、レイズンがハクラシスに話したかったのは、たぶんこのことだ。
 妖精奇譚と見せかけた誘拐事件。きっとハクラシスの意見が聞きたかったのだろう。
 
 もしかするとレイズンは、今日1人で犯人探しをしようとしたのかもしれない。
 しくじったレイズンの代わりに、この犬が送られてきた……?
 
 ハッハと舌を出し、丸くつぶらな目でハクラシスを見つめるレインを見た。
 まさかとは思うが……。とりあえず調べる必要があった。
 
 この犬はどこから来たのか。
 本当にレイズンなのか。
 
「……レイズン」
 
 犬の眉間を指で撫でると、そこは思った以上にフカフカで手触りがよく、撫でられたレインも気持ちがいいのか、目を細めて嬉しそうにペロペロと舌を出した。
 
「レイズン、隣町へ行くぞ。お前が気にかけていた謎を解きに行く」
 
 そう言ってハクラシスは、隣街へ行くためレインを抱えたまま馬へと急いだ。
 
 
 馬で1時間もハクラシスにかかればそこまでかからない。
 早々に隣町に着くと、早速犬に変えられた子供のいる家を探すことにした。
 
 見知らぬ街で事件のことについて聞き、正直探すのにもっと時間がかかるかと思ったが、それは意外なほど早く見つかった。なぜならハクラシスが犬を抱えていたおかげで、みんなハクラシスも被害者の1人だと思ったからだった。
 だから行方不明者の代わりに戻ってきたという犬にも、すぐに会うことができた。
 
「この犬……いえこの子がその御子息で」
 
 息子が犬になって戻ってきたという商人の家で、その犬と対面した。だがそれはなんの変哲もないどこにもいるような犬で、ハクラシスのレインよりも普通だった。そしてその凡庸な犬が、子供の代わりに立派なソファへ鎮座していた。
 
「ええ、息子のヨナスです。いなくなってから翌日に犬の姿で戻ってきたんですけど、ふと姿を消すときがあって。今日の朝も目を離した隙にいなくなってしまって……。みんなで探していたらひょっこりと戻って来て、無事で安堵したところだったのですが、こんな紙を咥えていまして」
 
 仕事で忙しい父親に代わり、母親が親切にいろいろと説明してくれ、その犬が咥えてきた紙切れも見せてくれた。
 
「……これは結構な金額ですな」
 
 そこにはつたない子供の字で『もとにもどってみんなとあそびたい』という言葉と金額——ハクラシスが騎士団で働いていたときの約半年分の給料の額とほぼ同じ額面——が書かれていた。
 
 ハクラシスは、騎士団で自分が高級取りであった自覚はある。だから儲かってはいるだろうがこのような小さな街の商家で、この金額をすぐに工面するのは大変なことだろうと思った。
 
「そうなんです。だから今主人が必死にお金を工面しているところで……」
「これは他の被害にあったご家庭でも同じ金額だったのですか」
「それが……」
 
 話を聞くと、子供が人間に戻れた家とそうでない家があるらしく、人間に戻れた家はお金を払ったのだろうという推測だった。しかし金額を公表している家はなく、分からないということだ。
 そして戻ってきた子供については、犬になっていた間の記憶はなく、いずれもわんぱくざかりだったはずなのに、妙にぼんやりとした性格に変わっていたという。
 
「この字は御子息のもので間違いありませんか」
「ええ。でも……ヨナスは数字は習っていますが二桁までで、まだこんな大きな桁は知らないはずなのに……」
 
(なるほど、誰かに書かされた可能性が高いか。まあなんにせよ、犬に文字が書けるはずはないからな)
 
「すまないが、その紙切れをちょっと見せてもらえませんか」
「はい。どうぞ」
「レイズ……レイン、この紙切れを嗅いでみろ。臭いで犯人の場所をつきとめられないか」
 
 ハクラシスは懐のレインに紙切れを近づけて嗅がせてみた。レインは真剣な表情で、その艶々とした黒い大きな鼻をヒクヒクと動かして嗅ぎ、一声「ヒャン!」と鳴くと、ピョンと懐から飛び出し、付いてこいと言わんばかりの大きな声で「ヒャン!」ともう一回鳴いて走り出した。
 
 短足でスピードの遅いレインが必死で走り、それをハクラシスが追いかける。
 そして辿り着いた先は、その街を出てすぐの山裾にある廃屋だった。かつて貴族が別邸として使っていたのか、館を中心にすえた柵の中は草木に埋もれ鬱蒼とはしていたが、手入れすればきれいな庭になるだろうと思われた。
 
 ハクラシスは、ゼーゼーと荒い息を吐くレインに水をやりながら、背を撫でつつ「よくやったな。ここだな?」と聞くと、レインは水をペチャペチャと飲みながら「ヒャン」と答えた。
 
 レインの足がもうちょっと早ければ明るいうちに辿りつけたのかもしれないが、すでに日は傾き始め、館の周囲はもうすっかりと暗く影を落としている。
 
(こっそり入るなら暗いほうが都合がいい)
 
 水を飲み終えたレインは、その小さな体を使って勇猛果敢に家を囲む柵の中へ入り込む。
 
(まるで狩りの最中のレイズンのようだな)
 
 普段はのんびりなレイズンも、狩りとなると勇ましいところ見せる。気がはやりすぎて、勇み足となるのが玉に瑕だが。
 
 ジャムと酒が入った袋を一緒に抱っこ布に収めると、邪魔になる抱っこ布は肩から外して柵のそばに置き、ハクラシスは柵を乗り越え、レインを追った。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた

しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエル・クーレルがなんだかんだあって、兄×2や学園の友達etc…に溺愛される??? 家庭環境複雑だけれど、皆に愛されながら毎日を必死に生きる、ノエルの物語です。 R表現の際には※をつけさせて頂きます。当分は無い予定です。 現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、現在まで多くの方に閲覧頂いている為、改稿が終わり次第完結までの展開を書き進めようと思っております。 (第1章の改稿が完了しました。2024/11/17) (第2章の改稿が完了しました。2024/12/18)

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...