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番外編
番外編 あやしい薬の作り方2
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数日後、レイズンは再びハクラシスの目を盗んで、例の草を持ってあの薬師を訪ねた。
「いらっしゃいませ。……ああ、先日の。あの草をお持ち下さったんですね。どれ、見せてください」
よほど印象的だったのか薬師はレイズンのことを覚えていて、レイズンが抱え持つ包みに目を留めると、眼鏡を光らせた。レイズンが促されるまま包みを手渡すと、薬師は躊躇うことなく布を開き、溢れ出した甘い芳香に頷いた。
「これはこれは……結構な量がありますね。ふんふん、確かに間違いないですね。品質も問題なさそうです。これだけあれば結構な量の薬ができますよ」
薬師は草に残っていた花弁や茎、葉の状態を確認し、重量を見るため秤に乗せた。
「それにしてもこれだけの量をあなたに譲るとは、その方はかなり太っ腹ですね。採取してから何日も経つのに香りは損なわれていないということは、かなり上等な品ですよ」
「ははは……」
まああのアーヴァルが用意したのだから、品質は良いに決まっている。
「ではこちらお預かりして、薬の調合に入ります。出来上がりまで二カ月ほどかかります。またそれくらいに取りに来ていただけますか」
「え!? そんなにかかるんですか!?」
出来上がりに二カ月と聞いて、レイズンは思わず声を上げた。
「ああ、そうなんです。普段でしたら1週間もかからないのですが、実はつい最近、下男の一人が辞めてしまいまして。そしてさらに都合の悪いことに、調合を任せていた者が病気で療養に入ってしまいまして……。他にも調剤の仕事が入っていますし、今ある仕事をこなすだけで精一杯なんですよ。狭いこの街ではなかなか働き手も見つからず、というわけで手が空くのがちょうどそれくらいなんです」
「ええ!? そんな……もうちょっと早くというのは……」
「無理です!」
そうきっぱりと断られ、レイズンはたじろいだ。だが何とかしてもらわないと、薬を受け取るのがかなり先になってしまう。
「いや、でも二カ月先だと雪の時期に入ってしまって、俺、ここに来れなくなるんですよ。なんとかそれまでに出来ないですか」
薬師はうーんと悩む素振りをした。
「そうですね……。あなたがもし手伝ってくれるなら、納期を早めることはできます」
「手伝い?」
「ええ。一日三時間専念しても五日くらいはかかるでしょうか。あなたが私の指示どおりに薬種を加工するんです。もちろん最後の調合や難しいところは私がしますが、乾燥させたり、薬研で挽いたりなど下男がやっていた仕事ならあなたでもできます。いかがですか? それなら一週間程度でお渡しできますし、薬の代金もその分お安くできます。ついでに他の作業も手伝っていただけたら、賃金も出しますよ」
「や、やります!!」
レイズンは間髪入れず承知した。
なんせ二ヵ月かかるところが、手伝えば一週間で薬が出来上がるのだ。しかもちょっとほかの作業も手伝えば賃金まで貰える。
前のめりで同意したレイズンに、薬師は眼鏡を光らせにっこりと笑い皺を作った。
「契約成立ですね! では明日からでお願いします」
「あ、明日!?」
「ええ。早いほうがいいでしょう? 時間はいつでも良いのですが、我々の手が空くのが午後からなので、昼過ぎにこちらに来てください。いいですね!? お願いしましたよ」
「え……あ、ハイ……」
薬師の丁寧でありながら有無を言わせない圧力に、レイズンはたじろぎつつ同意した。
忙しい最中の臨時の働き手としてレイズンをこき使おうとしているのが透けて見えなくもないが、同意してしまったからにはやるしかない。
(明日から最低でも五日か……。ハクラシスになんて言おう)
もうはっきり言ってしまってもいいのだが、物がものだけに言い出しにくい。
(うーん……まあたった五日だ。バレたらバレたで、その時は正直に言おう)
ハクラシスへの隠し事ができたレイズンはいささか憂鬱ではあったが、まあこれも薬の作り方を習ういいチャンスかもしれないと、開き直ることにした。
◇
「では、今日も俺、ちょっと出てきますね」
レイズンはマントを羽織りながら、ハクラシスに声をかけた。
「ああ」
昼飯後、長椅子に寝転んでいたハクラシスは、レイズンのほうへ顔を向けた。
昼寝前で眼帯を外したまま、右目だけを細めて手を上げた。
——あの晩、薬師の元から帰宅後レイズンは、ハクラシスに『明日から五日ほど、昼食後に一人で出かけたい』と話をした。
ここでハクラシスと暮らし始めたとき、"午前は家のことをする"と取り決めをした。ここでは家事だけではなく、暮らすためにやらなくてはならない仕事がたくさんある。それは不便な山での生活には必要なことで、その代わり午後は手が空けば自由に過ごしてもいいことになっている。
だから本来、仕事をきちんとこなしてさえいれば、レイズンが午後にどこで何をしようが勝手なのだが、さすがにハクラシスに何も言わず好き勝手する気はない。
だからレイズンは正直に、翌日から午後に家を空ける話をした。……詳細は伏せてだが。それでもハクラシスは、五日間という期間限定の話に首を傾げてはいたが、自由にすればいいと言ってくれたのだ。
「晩飯までには帰ってきなさい」
「はい! 昨日帰ってきた時間くらいまでには戻ります」
レイズンはそう手を振ると、馬に跨って街へ出かけた。
薬屋に通い始めて今日で三日目。
薬屋は思っていた以上に忙しく、自分の薬以外のこともレイズンは結局手伝う羽目になった。
やはり薬師は若く逞しい働き手としてレイズンに目をつけていたようで、レイズンが店に現れると待ってましたとばかりに煮炊き用の薪を割らせたり、大きな薬研で薬材を大量に挽かせたりとレイズンをこき使った。
けれども案外こういう仕事も面白い。
(薬ってこうやってできるんだな。全然知らなかった)
薬師はレイズンをこき使うだけではなく、たまに腹痛を治す薬や火傷に効く薬など、レイズンでもできる簡単な薬の調合法など、小屋での生活に役立ちそうな知識も与えてくれた。
たった三時間だが密度の濃い時間を過ごし、レイズンは毎日クタクタになって帰り、毎夜グッスリと寝た。
嫌な夢など見る暇などないほどグッスリと。
——そう、それがハクラシスとの共寝の日であったとしても。
「……レイズン」
レイズンは自分を呼ぶハクラシスの声で、ガバッと飛び起きた。
「え? あ、俺、寝ちゃってましたか!?」
どうやらベッドの上で、ハクラシスの股間に顔を突っ伏した状態で寝てしまったらしい。
「ああ。随分疲れているようだな。……その、普通に寝ているだけなら起こさなかったんだが」
口ごもるハクラシスに、レイズンはようやく自分がハクラシスのくたっとしたペニスを握りしめていることに気がついた。
なんとレイズンは、これからエッチをするぞ! というやる気満々の状態のまま寝落ちしていたのだ。
「ひえ! ご、ごめんなさい、俺なんだか急に眠くなっちゃって……」
ハクラシスとのエッチを前に寝落ちするなんて、こんなこと初めてだ。
(うわー、やっちまった……。ここのところ慣れない仕事で気が張ってるせいか、めちゃくちゃ眠いんだよな)
慌てて続きをしようとすると、ハクラシスにやんわりと止められた。
「もういい。無理にすることはない。今日はもう寝よう」
「え、あ、その……本当にごめんなさい」
「こういう日もあっていい」
ハクラシスは落ち込むレイズンに布団をかぶせると、狭いベッドで一緒に横になった。
「……最近、やけに疲れているな。一人寝の日はいつも俺の部屋に来ていたが、それもなくなった。ぐっすり眠れているならそれでいいが……。毎日どこに行って何をやっているのか、俺には言えないか」
レイズンはドキッとした。確かに昨日もその前も、ベッドに潜ったらすぐに熟睡したから、ハクラシスのベッドには行かなかった。
(ああ、そうだよな。急にどこかに行き始めて寝落ちするほど疲れて帰ってきたら、そりゃ気になるよなあ)
ハクラシスは、黙り込んだレイズンを宥めるように、布団からのぞく額を指の背でスリスリと撫でた。
「……無理に言わなくてもいい。ただ、その……どこかで誰かと何か……疲れるようなことをしているのかと、少し気になった」
「え」
(どこかで誰かと何か疲れるようなことって……? え、まさか俺が浮気してるって思ってる!?)
誰かと隠れてスポーツなどするはずないのだから、これはどこかで誰かと疲れるほどヤッてるんじゃないのかという意味だ。
しかし浮気を疑われてもレイズンは、焦るどころか布団に隠れてニンマリと笑った。
まさか浮気を疑われるなんて。嫉妬されるのはちょっと嬉しい。
「もしかして、浮気してるかもって思ってます? 娼館通いとか」
「……そういう可能性もあるかと思ってな」
ハクラシスは明言を避け、ちょっとだけ目を泳がせた。
こういう時、はっきりと「浮気するな」と言わないのがハクラシスだ。
自分が不能だから、レイズンがそう言うところに通っても仕方がないと思っている。
(だけどそう言ってる割に、実際はこうやって嫉妬してくれるんだよな)
これまでのハクラシスの行動を見る限りでは、目の前に浮気相手が現れれば、おそらく激怒して殴りかかるだろう。それなのに、レイズンには浮気してもいいだなんて。矛盾していてとてもおかしい。
「まさか。俺にはハクラシス、あなたしかいないのに、浮気なんてするはずないじゃないですか。それに五日間限定ってのもおかしいでしょう」
「……まあ、そうだが……。だがそういう店は、期間限定で働く者もいるからな」
「ああもう、ないです! ないですよ! 浮気してませんから!」
レイズンは慌てたように起き上がると、神妙な顔をしたハクラシスの髭面に、わざとらしくチュと音を立てて口付けた。
「あと二日で終わりです。五日間俺がどこで何をしていたか、次の共寝の日に全部お話しますから。だから、ね? 今日はこれからもう一回だけ、俺にチャンスをください。今日はイチャイチャしたくて、急いで帰ってきたんですよ。……寝ちゃったけど」
そんなふうに弁解しつつ、レイズンは上から覆いかぶさるようにしてハクラシスの唇に唇を重ね、自身の硬くなったものをハクラシスの手に擦り付けるようにして押し当てた。
そんなこんなで短いようで長かった約束の五日間が終わり、レイズンは薬師から出来上がったあの薬を渡された。
「はい、こちらが昨日まであなたが頑張って作った薬種を、私が調合したものです。効果の度合いを見るため、今回はとりあえず三日分だけお渡ししておきます。媚薬の作用が強すぎたり効果が弱い場合は言ってください。都度調整してお渡しします。飲み方は一日に一回、これを一包飲むだけ。はい、簡単ですね! こちらは飲むとだいたい三十分ほどで体が熱くなったり、気分が高揚したりなどの興奮症状が現れますので、できればそうですね……セックスをする相手がいる時に飲んだほうがいいですね。ただ今回は不能を治すことが目的なので、その限りではありませんが。興奮しても他人に迷惑さえかけなければ、いつで飲んでも大丈夫です」
薬師は出来上がった薬を、三日分、一回分ずつ紙に包んで小分けにしてくれていた。
レイズンが持ってきたものはハクラシスに向けて処方されたものではないため、どれだけの作用が働くか分からないということで、飲んでみて効果の具合を確かめてから調整するそうだ。
残った草は薬屋で保管してくれるとのことで、全てを使い切るには毎日服用して約一カ月。もし不要になったら買い取ってくれるそうだ。
「そしてこちらが五日間、お手伝いいただいた分の賃金です。思っていたよりもあなたは力も強く気が利いて、こちらは大変助かりました。本当ならもっと手伝いに来ていただきたいところでしたが……」
「すみません、長期はさすがに無理なんです」
ですよねといった顔で薬師が笑いながら、お金の入った包みを手渡してくれた。
「薬の代金はここから引いてあります。ですので大して入っていませんが、どうぞお受け取りください」
包を開けると思っていたよりも多くお金が入っていて、レイズンは「あのこれ」と驚いて薬師と包みを二度見返した。
「一応薬屋なのでね、下男でも給金は高めなんですよ」
薬師はそれが適切な金額だと笑いながら付け加えた。
「ちなみにですが、この薬、お酒と一緒でも大丈夫です。だからこそ貴族層に好まれているのですがね。まあ少し風味が変わってしまいますが、効果に差はありません。今回媚薬作用は抑え気味にはしていますが、もし勃起が治まらないとか、動悸が激しいとか生活に支障が出るようなことになれば、またご相談ください」
「ありがとうございます! お世話になりました!」
レイズンは金と薬を受け取り、礼を言うと店を出た。
そして貰った金を握ってニンマリと笑った。
(お酒と一緒でいいならば、俺がとる行動は一つ!)
レイズンはその金を持って、この街一番の酒屋へ直行した。
「いらっしゃいませ。……ああ、先日の。あの草をお持ち下さったんですね。どれ、見せてください」
よほど印象的だったのか薬師はレイズンのことを覚えていて、レイズンが抱え持つ包みに目を留めると、眼鏡を光らせた。レイズンが促されるまま包みを手渡すと、薬師は躊躇うことなく布を開き、溢れ出した甘い芳香に頷いた。
「これはこれは……結構な量がありますね。ふんふん、確かに間違いないですね。品質も問題なさそうです。これだけあれば結構な量の薬ができますよ」
薬師は草に残っていた花弁や茎、葉の状態を確認し、重量を見るため秤に乗せた。
「それにしてもこれだけの量をあなたに譲るとは、その方はかなり太っ腹ですね。採取してから何日も経つのに香りは損なわれていないということは、かなり上等な品ですよ」
「ははは……」
まああのアーヴァルが用意したのだから、品質は良いに決まっている。
「ではこちらお預かりして、薬の調合に入ります。出来上がりまで二カ月ほどかかります。またそれくらいに取りに来ていただけますか」
「え!? そんなにかかるんですか!?」
出来上がりに二カ月と聞いて、レイズンは思わず声を上げた。
「ああ、そうなんです。普段でしたら1週間もかからないのですが、実はつい最近、下男の一人が辞めてしまいまして。そしてさらに都合の悪いことに、調合を任せていた者が病気で療養に入ってしまいまして……。他にも調剤の仕事が入っていますし、今ある仕事をこなすだけで精一杯なんですよ。狭いこの街ではなかなか働き手も見つからず、というわけで手が空くのがちょうどそれくらいなんです」
「ええ!? そんな……もうちょっと早くというのは……」
「無理です!」
そうきっぱりと断られ、レイズンはたじろいだ。だが何とかしてもらわないと、薬を受け取るのがかなり先になってしまう。
「いや、でも二カ月先だと雪の時期に入ってしまって、俺、ここに来れなくなるんですよ。なんとかそれまでに出来ないですか」
薬師はうーんと悩む素振りをした。
「そうですね……。あなたがもし手伝ってくれるなら、納期を早めることはできます」
「手伝い?」
「ええ。一日三時間専念しても五日くらいはかかるでしょうか。あなたが私の指示どおりに薬種を加工するんです。もちろん最後の調合や難しいところは私がしますが、乾燥させたり、薬研で挽いたりなど下男がやっていた仕事ならあなたでもできます。いかがですか? それなら一週間程度でお渡しできますし、薬の代金もその分お安くできます。ついでに他の作業も手伝っていただけたら、賃金も出しますよ」
「や、やります!!」
レイズンは間髪入れず承知した。
なんせ二ヵ月かかるところが、手伝えば一週間で薬が出来上がるのだ。しかもちょっとほかの作業も手伝えば賃金まで貰える。
前のめりで同意したレイズンに、薬師は眼鏡を光らせにっこりと笑い皺を作った。
「契約成立ですね! では明日からでお願いします」
「あ、明日!?」
「ええ。早いほうがいいでしょう? 時間はいつでも良いのですが、我々の手が空くのが午後からなので、昼過ぎにこちらに来てください。いいですね!? お願いしましたよ」
「え……あ、ハイ……」
薬師の丁寧でありながら有無を言わせない圧力に、レイズンはたじろぎつつ同意した。
忙しい最中の臨時の働き手としてレイズンをこき使おうとしているのが透けて見えなくもないが、同意してしまったからにはやるしかない。
(明日から最低でも五日か……。ハクラシスになんて言おう)
もうはっきり言ってしまってもいいのだが、物がものだけに言い出しにくい。
(うーん……まあたった五日だ。バレたらバレたで、その時は正直に言おう)
ハクラシスへの隠し事ができたレイズンはいささか憂鬱ではあったが、まあこれも薬の作り方を習ういいチャンスかもしれないと、開き直ることにした。
◇
「では、今日も俺、ちょっと出てきますね」
レイズンはマントを羽織りながら、ハクラシスに声をかけた。
「ああ」
昼飯後、長椅子に寝転んでいたハクラシスは、レイズンのほうへ顔を向けた。
昼寝前で眼帯を外したまま、右目だけを細めて手を上げた。
——あの晩、薬師の元から帰宅後レイズンは、ハクラシスに『明日から五日ほど、昼食後に一人で出かけたい』と話をした。
ここでハクラシスと暮らし始めたとき、"午前は家のことをする"と取り決めをした。ここでは家事だけではなく、暮らすためにやらなくてはならない仕事がたくさんある。それは不便な山での生活には必要なことで、その代わり午後は手が空けば自由に過ごしてもいいことになっている。
だから本来、仕事をきちんとこなしてさえいれば、レイズンが午後にどこで何をしようが勝手なのだが、さすがにハクラシスに何も言わず好き勝手する気はない。
だからレイズンは正直に、翌日から午後に家を空ける話をした。……詳細は伏せてだが。それでもハクラシスは、五日間という期間限定の話に首を傾げてはいたが、自由にすればいいと言ってくれたのだ。
「晩飯までには帰ってきなさい」
「はい! 昨日帰ってきた時間くらいまでには戻ります」
レイズンはそう手を振ると、馬に跨って街へ出かけた。
薬屋に通い始めて今日で三日目。
薬屋は思っていた以上に忙しく、自分の薬以外のこともレイズンは結局手伝う羽目になった。
やはり薬師は若く逞しい働き手としてレイズンに目をつけていたようで、レイズンが店に現れると待ってましたとばかりに煮炊き用の薪を割らせたり、大きな薬研で薬材を大量に挽かせたりとレイズンをこき使った。
けれども案外こういう仕事も面白い。
(薬ってこうやってできるんだな。全然知らなかった)
薬師はレイズンをこき使うだけではなく、たまに腹痛を治す薬や火傷に効く薬など、レイズンでもできる簡単な薬の調合法など、小屋での生活に役立ちそうな知識も与えてくれた。
たった三時間だが密度の濃い時間を過ごし、レイズンは毎日クタクタになって帰り、毎夜グッスリと寝た。
嫌な夢など見る暇などないほどグッスリと。
——そう、それがハクラシスとの共寝の日であったとしても。
「……レイズン」
レイズンは自分を呼ぶハクラシスの声で、ガバッと飛び起きた。
「え? あ、俺、寝ちゃってましたか!?」
どうやらベッドの上で、ハクラシスの股間に顔を突っ伏した状態で寝てしまったらしい。
「ああ。随分疲れているようだな。……その、普通に寝ているだけなら起こさなかったんだが」
口ごもるハクラシスに、レイズンはようやく自分がハクラシスのくたっとしたペニスを握りしめていることに気がついた。
なんとレイズンは、これからエッチをするぞ! というやる気満々の状態のまま寝落ちしていたのだ。
「ひえ! ご、ごめんなさい、俺なんだか急に眠くなっちゃって……」
ハクラシスとのエッチを前に寝落ちするなんて、こんなこと初めてだ。
(うわー、やっちまった……。ここのところ慣れない仕事で気が張ってるせいか、めちゃくちゃ眠いんだよな)
慌てて続きをしようとすると、ハクラシスにやんわりと止められた。
「もういい。無理にすることはない。今日はもう寝よう」
「え、あ、その……本当にごめんなさい」
「こういう日もあっていい」
ハクラシスは落ち込むレイズンに布団をかぶせると、狭いベッドで一緒に横になった。
「……最近、やけに疲れているな。一人寝の日はいつも俺の部屋に来ていたが、それもなくなった。ぐっすり眠れているならそれでいいが……。毎日どこに行って何をやっているのか、俺には言えないか」
レイズンはドキッとした。確かに昨日もその前も、ベッドに潜ったらすぐに熟睡したから、ハクラシスのベッドには行かなかった。
(ああ、そうだよな。急にどこかに行き始めて寝落ちするほど疲れて帰ってきたら、そりゃ気になるよなあ)
ハクラシスは、黙り込んだレイズンを宥めるように、布団からのぞく額を指の背でスリスリと撫でた。
「……無理に言わなくてもいい。ただ、その……どこかで誰かと何か……疲れるようなことをしているのかと、少し気になった」
「え」
(どこかで誰かと何か疲れるようなことって……? え、まさか俺が浮気してるって思ってる!?)
誰かと隠れてスポーツなどするはずないのだから、これはどこかで誰かと疲れるほどヤッてるんじゃないのかという意味だ。
しかし浮気を疑われてもレイズンは、焦るどころか布団に隠れてニンマリと笑った。
まさか浮気を疑われるなんて。嫉妬されるのはちょっと嬉しい。
「もしかして、浮気してるかもって思ってます? 娼館通いとか」
「……そういう可能性もあるかと思ってな」
ハクラシスは明言を避け、ちょっとだけ目を泳がせた。
こういう時、はっきりと「浮気するな」と言わないのがハクラシスだ。
自分が不能だから、レイズンがそう言うところに通っても仕方がないと思っている。
(だけどそう言ってる割に、実際はこうやって嫉妬してくれるんだよな)
これまでのハクラシスの行動を見る限りでは、目の前に浮気相手が現れれば、おそらく激怒して殴りかかるだろう。それなのに、レイズンには浮気してもいいだなんて。矛盾していてとてもおかしい。
「まさか。俺にはハクラシス、あなたしかいないのに、浮気なんてするはずないじゃないですか。それに五日間限定ってのもおかしいでしょう」
「……まあ、そうだが……。だがそういう店は、期間限定で働く者もいるからな」
「ああもう、ないです! ないですよ! 浮気してませんから!」
レイズンは慌てたように起き上がると、神妙な顔をしたハクラシスの髭面に、わざとらしくチュと音を立てて口付けた。
「あと二日で終わりです。五日間俺がどこで何をしていたか、次の共寝の日に全部お話しますから。だから、ね? 今日はこれからもう一回だけ、俺にチャンスをください。今日はイチャイチャしたくて、急いで帰ってきたんですよ。……寝ちゃったけど」
そんなふうに弁解しつつ、レイズンは上から覆いかぶさるようにしてハクラシスの唇に唇を重ね、自身の硬くなったものをハクラシスの手に擦り付けるようにして押し当てた。
そんなこんなで短いようで長かった約束の五日間が終わり、レイズンは薬師から出来上がったあの薬を渡された。
「はい、こちらが昨日まであなたが頑張って作った薬種を、私が調合したものです。効果の度合いを見るため、今回はとりあえず三日分だけお渡ししておきます。媚薬の作用が強すぎたり効果が弱い場合は言ってください。都度調整してお渡しします。飲み方は一日に一回、これを一包飲むだけ。はい、簡単ですね! こちらは飲むとだいたい三十分ほどで体が熱くなったり、気分が高揚したりなどの興奮症状が現れますので、できればそうですね……セックスをする相手がいる時に飲んだほうがいいですね。ただ今回は不能を治すことが目的なので、その限りではありませんが。興奮しても他人に迷惑さえかけなければ、いつで飲んでも大丈夫です」
薬師は出来上がった薬を、三日分、一回分ずつ紙に包んで小分けにしてくれていた。
レイズンが持ってきたものはハクラシスに向けて処方されたものではないため、どれだけの作用が働くか分からないということで、飲んでみて効果の具合を確かめてから調整するそうだ。
残った草は薬屋で保管してくれるとのことで、全てを使い切るには毎日服用して約一カ月。もし不要になったら買い取ってくれるそうだ。
「そしてこちらが五日間、お手伝いいただいた分の賃金です。思っていたよりもあなたは力も強く気が利いて、こちらは大変助かりました。本当ならもっと手伝いに来ていただきたいところでしたが……」
「すみません、長期はさすがに無理なんです」
ですよねといった顔で薬師が笑いながら、お金の入った包みを手渡してくれた。
「薬の代金はここから引いてあります。ですので大して入っていませんが、どうぞお受け取りください」
包を開けると思っていたよりも多くお金が入っていて、レイズンは「あのこれ」と驚いて薬師と包みを二度見返した。
「一応薬屋なのでね、下男でも給金は高めなんですよ」
薬師はそれが適切な金額だと笑いながら付け加えた。
「ちなみにですが、この薬、お酒と一緒でも大丈夫です。だからこそ貴族層に好まれているのですがね。まあ少し風味が変わってしまいますが、効果に差はありません。今回媚薬作用は抑え気味にはしていますが、もし勃起が治まらないとか、動悸が激しいとか生活に支障が出るようなことになれば、またご相談ください」
「ありがとうございます! お世話になりました!」
レイズンは金と薬を受け取り、礼を言うと店を出た。
そして貰った金を握ってニンマリと笑った。
(お酒と一緒でいいならば、俺がとる行動は一つ!)
レイズンはその金を持って、この街一番の酒屋へ直行した。
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