クズ男はもう御免

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49 帰郷

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 ハクラシスがアーヴァルを呼びつけてから10分ほどが経った。
 
「小隊長殿、アーヴァル様は本当にこの屋敷にまだいるんですか?」
 
「いるはずだ。奴には頼んでいたことがあるんだ。それにここにいないのであれば、使用人の誰かがそう言いにくるだろう」
 
 確かにそうだ。いるかいないかくらいはすぐに分かるだろうから、それを報告しに来ないということはこの屋敷のどこかにいるのだろう。

「それにしても遅いな」
 
 しばらく経ってハクラシスが痺れを切らした頃、ほぼ裸の体にローブを無造作に羽織ったアーヴァルが現れた。
 
「遅い! アーヴァル、待っていろと言ったのに……」
 
 扉が開きアーヴァルが姿を現した瞬間、苛立ったハクラシスが怒鳴り声をあげかけたが、その意味深な格好を見て何か察し、すぐに口を閉ざした。
 
「待たせたか? ちょうどいいところだったんだ。お前たちこそ感動の再会だったんだろう? 長くなりそうだと踏んで、せっかくルルーと愉しんでいたのに、案外あっさりとしているじゃないか」
 
「え? あれ? アーヴァル様とルルーさんが……?」
 
 まだよく状況が分かっていないレイズンは混乱した。
 ついこの前までルルーとアーヴァルはまだ関係を拗らせていたようだったのに。
 
「なんだ、ハクラシス。俺とルルーのことをまだ話していないのか」
 
「お前とルルーのことは話してあるが、ヨリを戻したことについてはまだ話していないな」
 
 アーヴァルはああという顔をして、レイズンを見てニヤッと笑った。
 
「まあ、そういうことだ。小僧悪いな、もうお前の相手はできん」
 
「アーヴァル!」
 
 アーヴァルのレイズンを揶揄うような言動に、苛立ったハクラシスが睨みつけた。
 
「レイズン、ルルーは俺がこっちに戻ってくる前に、アーヴァルの元へいき話をつけたんだ」
 
「ハクラシスの容体を聞きにきて、そのついでにってところだな。まあルルーは元から俺のものだからな。預けていたものが戻ってきたようなものだ」
 
 レイズンは呆気に取られた。
 うまくいく時はこんなにも何もかもがスムーズにいくものなのだなと、感心すら覚えた。
 
 それにしてもあれだけ拗らせていたようだったのに、もののついでにヨリを戻せたということは、アーヴァルは本当にルルーを手放したつもりなどなかったのかもしれない。
 
「そうだ、アーヴァル、書類は持って来てくれたのか」
 
「ああ、これだ。ちょうど今ベイジルが持ってきたところだ。これが退職に必要な書類で、あとはこれが……」
 
 後ろに控えていた執事らしき男が、アーヴァルに紙を手渡す。
 
「レイズン、お前の分もある。目を通せ」
 
「はい」
 
 手渡された書類を見るとほとんどが記入済みで、あとは署名するだけになっている。さすがベイジル補佐官だとレイズンは感心した。
 
「こことここに署名だ。あと、そうだ。団で預かりになっている金はどうする。レイズンはともかく、ハクラシスお前のは結構な額になる。さすがにあれだけを用意するのに少し時間がかかる」
 
「ああ、それなら俺の荷物と一緒に後日送って貰えると助かるんだが。誰か信用できる奴に頼めるか」
 
「ああ、いいだろう。それでいつ立つんだ? 明日にはもう出るのか」
 
 レイズンとハクラシスは顔を見合わせた。
 
「レイズン、俺はもう明日の朝すぐにでも出立したいと考えているが、お前はどうだ」
 
 荷物はここに来てからさほど増えてはいない。だから片付けにさほど時間はかからないが、ふと頭にライアンやデリクの顔が浮かんだ。
 
「そうですね。荷物は少ないので纏めるのにたいして時間はかからないのですが、ちょっと挨拶だけしておきたい人がいます」
 
「分かった。世話になった奴がいるなら挨拶はしておくといい。俺はさっきもう済ませたからもういいだろう」
 
「あー、ルルーさんにも……と言いたいところですが、今は無理ですよね?」
 
「ルルーは今疲れて寝ているからまあ……無理だな」
 
 そうアーヴァルが意味ありげに笑うので、レイズンも(やっぱり)とルルーへの挨拶は諦めた。
 
「いずれルルーと会いにいってやるから、そうがっかりするな」
 
「アーヴァル、俺の分はこれで全部だ。確認してくれ。レイズンは……もう書けたな。よし、これでいい。ではあとはアーヴァル頼んだぞ。レイズンは明日、準備ができたら荷物を持ってここに来なさい」
 
「はいっ」
 
「おい、もしかして二人とも今夜はこれで別れるのか」
 
 アーヴァルが呆気に取られたような顔で二人に尋ねた。
 
「そうだ。俺も荷物を片付けないといけないからな。それがどうした」
 
「久々に会ったというのにやけにあっさりしていると思っただけだ。まあいい。俺もルルーの元に戻る。……そうだハクラシス、どうだ今晩。一人ならばお前も俺の部屋で」
 
 アーヴァルが意味ありげにニヤッと笑う。
 
「アーヴァル!! お前というやつはいい加減にしろ……!!」
 
「え? 何? どういう意味?」
 
 深い意味があるのか、それともただ単にむかし馴染みの三人で思い出話でもしようという誘いなのか、後者だと思いたいがハクラシスの怒りようが気になる。
 
「はっ! まあいい、気が向いたら来い。最後に昔の話でもしよう。ではレイズン、またな」
 
 アーヴァルは機嫌よくルルーの元に戻っていった。
 何だかんだといってもアーヴァルもハクラシスも相変わらずで、仲違いし乱闘騒ぎまで起こした二人とは思えない。
 
(また落ち着いたら二人の喧嘩の原因について、聞いてみよう)
 
「レイズン」
 
 アーヴァルが去り、扉がきっちり閉まるのを見届けてから、ハクラシスはレイズンに向き直った。
 
「全ての手続きがこれで終わった。待たせたな。ここで待っているから、明日の朝早めに来なさい」
 
(早めにだって)
 
 挨拶する時間をくれたと思ったら、急かすんだなとレイズンはおかしくなってへへっと笑った。
 
「小隊長殿、明日が楽しみです」
 
 そう言ってレイズンはハクラシスに抱きついて、キスをした。
 
 
 
 その晩、レイズンは寮に帰るなり自室の片付けを行った。
 ここに来てから別段何も買っていないと思い込んでいたが、しかし案外そうでもなく、実際片付けてみると結構な量の荷物があった。
 その大半は不要な物ばかりで、夜食代わりに置いていたお菓子や朝食用のパンやビスケットなどはその場で晩飯代わりに平らげた。
 
 ごみをひとまとめにし、床を箒で掃き、小屋に持ち帰るものをベッドの脇に固めて置き、もちろんハクラシスが書いた手紙の束も忘れないよう引き出しから出して、大事に布に包んで鞄に仕舞った。
 
 そしてコート掛けに掛けていた、ここに来る時に来てきた服を眺め、一緒に掛けていたシースナイフを感慨深げに手に取った。
 
 とうとう明日、再びこれを腰に着けて堂々とハクラシスと小屋に戻れるのだ。
 
(やっと戻れるんだ……)
 
 一年に満たない期間だったのに、ここでの生活はひどく長く感じられた。
 
(いろいろあったな)
 
 アーヴァルとのことやルルーのこと。上位騎士になったこと。嫌なこともいっぱいあった。
 
 ハクラシスに会えず、不安しかない騎士団での生活だったが、それでも以前小隊にいた頃よりもずっと充実した日々を過ごせていたのではないだろうか。
 
 レイズンは片付いた部屋の中をぐるっと見回した。
 きれいに何もなくなった部屋は、まるでここに来たばかりのような既視感を覚える。
 
(明日は部隊長殿とライアンとデリクに挨拶して……。ああ、あいつらびっくりするだろうな)
 
 レイズンは驚く二人の顔を想像して、一人でふふっと笑った。
 
(……ちょっとだけ寂しいかもな)
 
 久々にできた友達だった。彼らは問題を抱えたレイズンにも真っ直ぐに接してくれた。
 
(また会えるといいな)
 
 そう思いながらナイフをまたコート掛けに吊るし、もう一度忘れ物がないか確認すると、レイズンはベッドに潜り込み、この部屋最後の夜を過ごした。
 
 
 
 ーーーー
 
 
 
「小隊長殿!」
 
 朝食ついでに部隊長やライアン、デリクへの挨拶を済ませると、レイズンは走って屋敷へ向かった。
 ちょっと早いかなと思ったりもしたが、準備を済ませたハクラシスがすぐに出てきてくれた。
 
 立派な隊服とは違う小汚い上着を纏った姿は、小屋にいた時のハクラシスだ。よく見ると髭も少し伸び始めている。
 ——ただ以前と一つ違うのは、左目の眼帯だけ。これにはまだ慣れない。
 
「なんだ、早かったな。もういいのか」
 
「へへ、早く小屋に戻りたくて」
 
 ライアンもデリクもレイズンが騎士団を辞めて今日これから出ていくんだと告げると、当たり前だがひどく驚いていた。
 かなり引き止められたけど、また手紙を書くと約束することでやっと離してもらえた。
 
 理由は簡単にしか言わなかったが、罷免されたハクラシスが退役し出ていったことが騎士団に広まれば、彼らもレイズンが辞めた理由に気付くだろう。
 
(ハクラシスを崇めていたライアンが知ったら、やっぱりズルだったってすごく怒りそうだな)
 
 部隊長は昨日の顛末を知っているからか、あっさりとしたものだった。
 
(何だかんだと問題児だったしな俺)
 
 それでも弓の才能はあるのだから、また戻ってきたくなったらいつでも帰ってこいとだけ言ってくれた。
 
「その荷物は全部持っていくのか」
 
 ハクラシスが、レイズンの両手にある荷物を指差した。
 
「これで全部なんですけど、多いですか」
 
「いや、持ち帰るのは別に構わないが、すぐ必要なものでないなら俺の荷物と一緒に送ろう」
 
 レイズンはここに来た時に持ってきた物だけを鞄に入れ直し、残りを屋敷の使用人に預けた。
 
「そうだルルーさんに最後の挨拶を……」
 
 そうレイズンが屋敷の扉を振り返ると、ハクラシスが渋い顔をして止めた。
 
「あー……ルルーはだな、ちょっと疲れを出して寝ている」
  
 体が弱いと聞いていたレイズンは、ルルーが寝込んだと聞いて心配になった。
 昨日は大人数が急に押しかけたのだ。疲れを出してもおかしくない。
 
「え!? 大丈夫なんですか!? それならルルーさんが元気になるまで、出発を延ばしたほうが……」 
 
 だがそんなレイズンの心配も、ハクラシスは「その必要はない」と撥ねつけた。
 
「昨日はアーヴァルが無茶をしたんだろう。それで疲れて起きられないだけだ」
 
「……あーアーヴァル様ね……なるほど、そういう……」
 
(あの人本当に容赦ないな)
 
「ルルーには俺から別れの挨拶をしてきたから大丈夫だ。そのうちアーヴァルと遊びにでもくるだろう。——では行こうレイズン」
 
「はいっ」
 
 二人は仲良く肩を並べ、城門に向けて出発した。
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