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42 呼び出し
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それからしばらくして、魔獣討伐の日が決まったという噂が騎士団内に流れた。
実際、その話が出てから翌日には正式な行軍の日程が張り出され、レイズンはそれで噂が事実だと知ったのだった。
出兵は明後日。かなり急だ。
どうやら溢れ出す魔獣をもう砦の兵だけでは抑制できなくなってきたらしく、予定よりも早めに討伐の要請が来たのだという。
(小隊長殿、一度くらい連絡くれてもいいじゃんか)
仕事が終わり一人になったレイズンは昼間に見た行軍日程を思い出し、一人でぶつくさ言っていた。
なんせ本当にあれから連絡が一度もないのだ。
いやハクラシスが本当に忙しいことは分かっている。
討伐の日程が差し迫っているせいなのか、それともハクラシスとアーヴァルの不仲が原因なのか、上のピリピリした雰囲気は部下であるレイズンにも伝わってきていたし、選抜メンバーはみんないつもへとへとで、慌ただしく準備が進んでいることも知っている。
しかしそれでも、出兵してしまったら本当にしばらく会えないのだから、隙を見て会いに来てほしかった。
(俺から会いに行くわけにも行かないし……)
レイズンは、はぁーっという大きなため息と同時に、寮の自室のドアを開けた。
「ん?」
開いたドアの隙間から、挟まっていた何かがハラリと床に落ちた。
思わず踏みそうになり、慌てて足を上げ、落ちたものを確かめる。
それは二つ折りのメモだった。
「……え——、まさか……」
この形状のメモはあのベイジルがアーヴァルからの呼び出しの時に寄越すものだ。
(おい、まさか出兵前に相手をしろってことじゃないだろうな)
アーヴァルならやりかねない。
あれから呼び出しもなく安心していたのにと、レイズンはメモを拾い上げることに躊躇し一瞬手を止めたが、このまま放置するわけにもいかず嫌々拾い上げる。
まるで危険物を開封するかのように指先でそろっと広げて内容を確認した。
やはりいつものベイジルの字。
メモにはいつものように時間と場所が——
(あれ? 場所が書いてある。邸宅じゃないのか? いつもの呼び出しじゃないってことなのか?)
不思議に思いながらメモの端まで目を通す。
「!」
一番下に書かれた記名を目にするや否や、レイズンは部屋から飛び出した。
メモにはいつもの几帳面なベイジルの字で、いつものように呼び出しの時刻が書かれていたのだが、今回はそれだけではなく場所までが記され、そして注目すべきは一番下。
"ハクラシス"と、名が記されていたのだ。
本人の署名ではなくベイジルの代筆だが、これが記載されているということは——!
レイズンは寮の玄関を駆け抜け、目的地に向けて全力で走った。
メモに書かれていた時刻は、やや過ぎている。早くしないとと心が焦る。
指定された場所は寮からちょっと遠い。全速力でももう少しかかってしまう。
ライアンと冗談とか言ってないで早く終われば良かったと、走りながら後悔した。
走って走って、目的地の手前まで着くと、レイズンは立ち止まって乱れた息を整えた。だがこの胸のドキドキは、走ったせいだけではないだろう。
——さてたどり着いたこの場所は、事務官が仕事をする施設が集約された地区で、メモに指定があったのはその地区内にある図書館、その裏だ。
レイズンは用がないから一度も来たことがなかったが、そこはきちんと整備されたまるで庭園のようなとても綺麗な場所だった。
まるで小汚い訓練場から隔離するかのように木々が多く植えられていて、ちょっとした林のようになっている。
窓の近くの席でこの木々を眺めながら読書をすれば、さぞ落ち着いて本が読めることだろう。
だが今はもう夜で薄暗く、ハクラシスがいるはずの林の奥は真っ暗でよく見えない。
レイズンはフーッと息を吐いて気持ちを整えると、身だしなみをチェックし髪を手でパッと撫で付けて、それから林のほうに歩き出した。
もしかするとこれはアーヴァルの悪戯かもしれないと、少しの警戒心が胸に湧く。
……まさかそこまで暇じゃないとは思うが、あり得なくもない。
警戒しながら木々の間からそっと覗くと、中に人影が見えた。
最初は暗くてよく見えなかったが、雲が動き木々の間から月明かりがさし、その人影の顔を明るく鮮明に照らし出す。
その顔、それはハクラシスだった。
「しょ……小隊長殿!」
レイズンは木の陰から飛び出た。
その音に反応するかのように、ハクラシスもレイズンのほうに顔を向ける。
「レイズンか……?」
「……あ……あの……」
なぜだかレイズンは一歩飛び出たそこから動けなかった。
いつものように走り寄って抱きつけばいいのに、なんだかモジモジしてしまう。
やはり討伐部隊の選抜会で、上官としての顔を見てしまったせいだろうか。
それよりも恋人だって言ってくれたのに、ずっと放置されたせいかもしれない。
そんなレイズンを見て、ハクラシスはちょっとだけ苦笑いを浮かべ咳払いをすると、小さく手を広げた。
「レイズンだろう? ほら、ここに来なさい」
そのいつもの優しい声に、レイズンはぴょんと跳ねると彼の元に駆け出した。
「小隊長殿!!」
レイズンは広げられた腕の中に飛び込んだ。ハクラシスは笑いながら、飛び込んできたレイズンの髪にキスをした。
「すまなかった。ちょっと色々あってな。お前に連絡することができなかった」
首にしがみついたレイズンが、泣くのを堪えるようにグリグリと肩に額を押し付けると、ハクラシスがポンポンとあやすように頭を叩いてくれた。
「うー…………どれぐらい待ったと思ってるんですか! 酷いですよ。俺、討伐部隊に入りたくて手を挙げたんですよ! ……上位騎士にもなったんです。討伐、一緒に行きたかった」
「すまなかった。アーヴァルはお前を推していたんだがな。どうしても今回はお前を連れて行くことができなかった。だからわざと外したんだ」
「お前はよく頑張っている。えらいぞ」とハクラシスが頭を撫でると、レイズンはグスグスと鼻を鳴らしながら「へへへ」と笑った。
「それにしても何でここなんです? 俺、ここ初めて来ました」
改めて見ても林の中は真っ暗で、のんびりできるベンチがある訳でもなく、ただ草木が生い茂るのみ。ゆっくり話をするような場所ではない気がするのだが……。
「それもいろいろあってだな……。俺にはどうも監視がついているらしくてな。誰とどこでどんな話をしていたか、王に全て筒抜けになっていたようだ。だから今回はベイジルにお前を呼び出してもらったんだが……。ここは昔、アーヴァルとルルーが逢引きに使っていた場所で、監視の目をかいくぐって会える場所がここしか思いつかなかったんだ。すまない」
「え!? ここで!?」
あのアーヴァルとルルーがこんなところで逢引きとは。
あの二人ならもっと堂々としているかと思っていた。
「まあ、……いや、そのことはいいんだ。レイズン、もう少し奥に行こう」
レイズンはハクラシスに手を取られ、林の奥へと歩いていく。
少し歩くと一際大きな木が現れた。その木の陰に入ったと思った瞬間、ハクラシスはレイズンを引き寄せ、覆い被さるようにしてキスをした。
「——……ん……」
「……レイズン、会いたかった……」
その言葉に応えるように、レイズンは自分からハクラシスの唇に吸い付き、隙間から舌を差し入れる。
「ん……く、ふ……俺も…………」
ハクラシスの手がレイズンの頬を包み、さらに深く舌を絡めていく。
息をつく暇もなく、唇が離れては吸いつき、舌を弄っては絡め合う。これまで離れていたお互いの心を確かめるように唇を貪りあった。
しんと静まり返った林に、密かな水音と二人の吐息が漏れ響いていた。
「……俺としてはもっとお前を堪能できる場所が良かったんだが、屋敷も人の目がある。お前と会っていることを誰にも悟られたくなかった」
ハクラシスは愛おしげに、何度もレイズンの柔らかな唇を啄んでは離し、頬を指で撫で上げる。
「……悟られたくないって、誰に……?」
「……王陛下だ。あの方はお前を使って、俺を騎士団に繋ぎ止めようと考えている。だからお前との仲が継続していることを極力隠しておきたかった」
「——は? なにそれ!?」
キスの余韻で恍惚としていたレイズンも、驚きのあまり素に戻った。
「お、俺を使ってって……何でそこまでして小隊長殿をここに縛り付けておく必要が……!?」
「おい、声がでかくなっているぞ。誰かに聞かれるとまずい。声を落としてくれ」
ハクラシスの注意に、レイズンは慌てて口を押さえてコクコクと頷いた。
ハクラシスは警戒するかのように周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、「大丈夫そうだな」と呟いた。
そして大きな木の根本にレイズンを座らせると、自身もよいしょとその横に片足を立てて座った。
「……なぜ王が俺に執着するのか、その話をしていなかったな。少し話が長くなるがいいか」
レイズンはハクラシスのほうに向いて座り直し、うんうんと顔を縦に振った。
実際、その話が出てから翌日には正式な行軍の日程が張り出され、レイズンはそれで噂が事実だと知ったのだった。
出兵は明後日。かなり急だ。
どうやら溢れ出す魔獣をもう砦の兵だけでは抑制できなくなってきたらしく、予定よりも早めに討伐の要請が来たのだという。
(小隊長殿、一度くらい連絡くれてもいいじゃんか)
仕事が終わり一人になったレイズンは昼間に見た行軍日程を思い出し、一人でぶつくさ言っていた。
なんせ本当にあれから連絡が一度もないのだ。
いやハクラシスが本当に忙しいことは分かっている。
討伐の日程が差し迫っているせいなのか、それともハクラシスとアーヴァルの不仲が原因なのか、上のピリピリした雰囲気は部下であるレイズンにも伝わってきていたし、選抜メンバーはみんないつもへとへとで、慌ただしく準備が進んでいることも知っている。
しかしそれでも、出兵してしまったら本当にしばらく会えないのだから、隙を見て会いに来てほしかった。
(俺から会いに行くわけにも行かないし……)
レイズンは、はぁーっという大きなため息と同時に、寮の自室のドアを開けた。
「ん?」
開いたドアの隙間から、挟まっていた何かがハラリと床に落ちた。
思わず踏みそうになり、慌てて足を上げ、落ちたものを確かめる。
それは二つ折りのメモだった。
「……え——、まさか……」
この形状のメモはあのベイジルがアーヴァルからの呼び出しの時に寄越すものだ。
(おい、まさか出兵前に相手をしろってことじゃないだろうな)
アーヴァルならやりかねない。
あれから呼び出しもなく安心していたのにと、レイズンはメモを拾い上げることに躊躇し一瞬手を止めたが、このまま放置するわけにもいかず嫌々拾い上げる。
まるで危険物を開封するかのように指先でそろっと広げて内容を確認した。
やはりいつものベイジルの字。
メモにはいつものように時間と場所が——
(あれ? 場所が書いてある。邸宅じゃないのか? いつもの呼び出しじゃないってことなのか?)
不思議に思いながらメモの端まで目を通す。
「!」
一番下に書かれた記名を目にするや否や、レイズンは部屋から飛び出した。
メモにはいつもの几帳面なベイジルの字で、いつものように呼び出しの時刻が書かれていたのだが、今回はそれだけではなく場所までが記され、そして注目すべきは一番下。
"ハクラシス"と、名が記されていたのだ。
本人の署名ではなくベイジルの代筆だが、これが記載されているということは——!
レイズンは寮の玄関を駆け抜け、目的地に向けて全力で走った。
メモに書かれていた時刻は、やや過ぎている。早くしないとと心が焦る。
指定された場所は寮からちょっと遠い。全速力でももう少しかかってしまう。
ライアンと冗談とか言ってないで早く終われば良かったと、走りながら後悔した。
走って走って、目的地の手前まで着くと、レイズンは立ち止まって乱れた息を整えた。だがこの胸のドキドキは、走ったせいだけではないだろう。
——さてたどり着いたこの場所は、事務官が仕事をする施設が集約された地区で、メモに指定があったのはその地区内にある図書館、その裏だ。
レイズンは用がないから一度も来たことがなかったが、そこはきちんと整備されたまるで庭園のようなとても綺麗な場所だった。
まるで小汚い訓練場から隔離するかのように木々が多く植えられていて、ちょっとした林のようになっている。
窓の近くの席でこの木々を眺めながら読書をすれば、さぞ落ち着いて本が読めることだろう。
だが今はもう夜で薄暗く、ハクラシスがいるはずの林の奥は真っ暗でよく見えない。
レイズンはフーッと息を吐いて気持ちを整えると、身だしなみをチェックし髪を手でパッと撫で付けて、それから林のほうに歩き出した。
もしかするとこれはアーヴァルの悪戯かもしれないと、少しの警戒心が胸に湧く。
……まさかそこまで暇じゃないとは思うが、あり得なくもない。
警戒しながら木々の間からそっと覗くと、中に人影が見えた。
最初は暗くてよく見えなかったが、雲が動き木々の間から月明かりがさし、その人影の顔を明るく鮮明に照らし出す。
その顔、それはハクラシスだった。
「しょ……小隊長殿!」
レイズンは木の陰から飛び出た。
その音に反応するかのように、ハクラシスもレイズンのほうに顔を向ける。
「レイズンか……?」
「……あ……あの……」
なぜだかレイズンは一歩飛び出たそこから動けなかった。
いつものように走り寄って抱きつけばいいのに、なんだかモジモジしてしまう。
やはり討伐部隊の選抜会で、上官としての顔を見てしまったせいだろうか。
それよりも恋人だって言ってくれたのに、ずっと放置されたせいかもしれない。
そんなレイズンを見て、ハクラシスはちょっとだけ苦笑いを浮かべ咳払いをすると、小さく手を広げた。
「レイズンだろう? ほら、ここに来なさい」
そのいつもの優しい声に、レイズンはぴょんと跳ねると彼の元に駆け出した。
「小隊長殿!!」
レイズンは広げられた腕の中に飛び込んだ。ハクラシスは笑いながら、飛び込んできたレイズンの髪にキスをした。
「すまなかった。ちょっと色々あってな。お前に連絡することができなかった」
首にしがみついたレイズンが、泣くのを堪えるようにグリグリと肩に額を押し付けると、ハクラシスがポンポンとあやすように頭を叩いてくれた。
「うー…………どれぐらい待ったと思ってるんですか! 酷いですよ。俺、討伐部隊に入りたくて手を挙げたんですよ! ……上位騎士にもなったんです。討伐、一緒に行きたかった」
「すまなかった。アーヴァルはお前を推していたんだがな。どうしても今回はお前を連れて行くことができなかった。だからわざと外したんだ」
「お前はよく頑張っている。えらいぞ」とハクラシスが頭を撫でると、レイズンはグスグスと鼻を鳴らしながら「へへへ」と笑った。
「それにしても何でここなんです? 俺、ここ初めて来ました」
改めて見ても林の中は真っ暗で、のんびりできるベンチがある訳でもなく、ただ草木が生い茂るのみ。ゆっくり話をするような場所ではない気がするのだが……。
「それもいろいろあってだな……。俺にはどうも監視がついているらしくてな。誰とどこでどんな話をしていたか、王に全て筒抜けになっていたようだ。だから今回はベイジルにお前を呼び出してもらったんだが……。ここは昔、アーヴァルとルルーが逢引きに使っていた場所で、監視の目をかいくぐって会える場所がここしか思いつかなかったんだ。すまない」
「え!? ここで!?」
あのアーヴァルとルルーがこんなところで逢引きとは。
あの二人ならもっと堂々としているかと思っていた。
「まあ、……いや、そのことはいいんだ。レイズン、もう少し奥に行こう」
レイズンはハクラシスに手を取られ、林の奥へと歩いていく。
少し歩くと一際大きな木が現れた。その木の陰に入ったと思った瞬間、ハクラシスはレイズンを引き寄せ、覆い被さるようにしてキスをした。
「——……ん……」
「……レイズン、会いたかった……」
その言葉に応えるように、レイズンは自分からハクラシスの唇に吸い付き、隙間から舌を差し入れる。
「ん……く、ふ……俺も…………」
ハクラシスの手がレイズンの頬を包み、さらに深く舌を絡めていく。
息をつく暇もなく、唇が離れては吸いつき、舌を弄っては絡め合う。これまで離れていたお互いの心を確かめるように唇を貪りあった。
しんと静まり返った林に、密かな水音と二人の吐息が漏れ響いていた。
「……俺としてはもっとお前を堪能できる場所が良かったんだが、屋敷も人の目がある。お前と会っていることを誰にも悟られたくなかった」
ハクラシスは愛おしげに、何度もレイズンの柔らかな唇を啄んでは離し、頬を指で撫で上げる。
「……悟られたくないって、誰に……?」
「……王陛下だ。あの方はお前を使って、俺を騎士団に繋ぎ止めようと考えている。だからお前との仲が継続していることを極力隠しておきたかった」
「——は? なにそれ!?」
キスの余韻で恍惚としていたレイズンも、驚きのあまり素に戻った。
「お、俺を使ってって……何でそこまでして小隊長殿をここに縛り付けておく必要が……!?」
「おい、声がでかくなっているぞ。誰かに聞かれるとまずい。声を落としてくれ」
ハクラシスの注意に、レイズンは慌てて口を押さえてコクコクと頷いた。
ハクラシスは警戒するかのように周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると、「大丈夫そうだな」と呟いた。
そして大きな木の根本にレイズンを座らせると、自身もよいしょとその横に片足を立てて座った。
「……なぜ王が俺に執着するのか、その話をしていなかったな。少し話が長くなるがいいか」
レイズンはハクラシスのほうに向いて座り直し、うんうんと顔を縦に振った。
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