クズ男はもう御免

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33 ハクラシスとルルーの結婚2

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 ここまでの話で、レイズンにもこの三人の関係が理解できた。そしてルルーとアーヴァルとでは話が随分食い違っていることも。
 
 アーヴァルは "ハクラシスがルルーを奪った" と言っていたが、実際は自分勝手なアーヴァルに怒ったルルーが自ら縁を切ったのであって、ハクラシスは何もしていない。
 
 悪いのはハクラシスでなくアーヴァル。
 しかしその当のアーヴァルは、自分が悪いとは微塵も思っていないのだ。
 
 レイズンがそんなふうに反芻している間、ハクラシスは乾いた喉を潤すため、少しぬるくなったお茶をくーっと一気に飲み干した。
 
 そしてフーッと深く息を吐くと、また話を再開させた。
 
「……俺は子供を作る気などなかったし、どこかの貴族との婚姻など、これまでひとり自由にしてきた俺にとって煩わしいだけだった。幸い伯爵であるルルーの家は現王派で、条件に当てはまる。王都では跡継ぎ問題さえなければ、男性同士での婚姻も許されているのはレイズンも知っているな。今は返上したが……当時騎士爵を授かっていた俺は、幸いにも平民と貴族との結婚でも婿に入るのではなく、妻を娶れる立場にあった。……だから利害の一致とばかりに、俺はルルーの提案を受け入れた」
 
「この内乱が終ったら離縁して、お互いを解放しよう。それが結婚の条件でした。ですが内乱は思ったよりも長引いて、いろいろなところに飛び火して……。結果、私はハクラシスの妻だというだけで、追い詰められた反現王派によって腹いせに火をつけられた、というわけです」
 
「……火を……ひどい。自分たちがやられたからって仕返しに家に火を放つなんて……」
 
「それは、騎士爵があったとはいえ、俺が元は平民だったからだ」
 
 この当時は情報統制されていたため、王都では内乱に関係した貴族以外、特に平民には何も知らされておらず、 "貴族の間で起こった戦争" 程度の認識だった。
 
 実際はハクラシスといった平民出身の騎士らも中にはいたわけで、厳密に言えば貴族だけの戦争ではなかったのだが、上位の貴族の中には、平民を人とは思わない者も多い。
 それを考えると平民出身の騎士が貴族に刃を向けたことに、憤慨し報復する者がいて当然なのかもしれない。
 
「ええ、向こうも貴族ですからね。ハクラシスに対しては平民のくせにという貶みもあったと思います。あの日何があったのか……実はその時のことをあまり覚えていないんです。家にいたのは覚えているのですが……。人は恐ろしい記憶は忘れてしまうらしいですね」
 
「……すまなかった。あの時お前を実家に戻すべきだった。俺の判断が甘かったせいで、お前を死なせてしまうところだった」
 
 ハクラシスが苦しそうに眉根を寄せて、複雑な表情を浮かべるルルーの膝の上に、片手を乗せた。
 
「いえ、私は実家から勘当されていましたからね。仕方がありません。そもそも事務官とはいえ騎士団所属でもあった私が、敵襲から逃げることができなかったのが悪いんです」
 
 ルルーがハクラシスの手を彼の膝の上に戻しながら、気丈にそう言った。
 
「……すみません、聞いていいですか。なぜ勘当を……?」
 
 穏やかそうなこの人がなぜ親に勘当されるようなことになったのか。不思議に思ったレイズンは、おずおずと口を開いた。
 
「――私の両親はハクラシスとの縁談を渋ってました。この人はあの内乱で後に英雄と呼ばれるほどの功績を残すほどの人でしたが、両親はそんなことよりも平民出身であることが気に障ったようです。実際この結婚は、彼が王陛下の覚えめでたいため、渋々許したようなものでした。ですが、その功績と王からの重用が仇となり、内乱では敵の標的となりました」
 
「……奴らは卑怯にも俺の家族を狙ったんだ。俺の留守中に家に残党が押し入り、火を放った。知らせを聞いて俺が駆けつけたときには、もう何もかもが焼け落ちた後だった。俺はルルーの遺体は実家に引き取られたと聞いていたのだが……」
 
「実際はそこで私を助けたのがアーヴァルでした。私の実家もその時賊に襲われて、ある程度の被害を出しました。だから彼が治療にお金のかかる私を引き取ると申し出たとき、大喜びで承諾した。ハクラシスに私は死んだと嘘までついて。……そうしてアーヴァルは両親の承諾を得て、酷い火傷で意識のない私を秘密裏にこの屋敷に連れてきたのです」
 
「……お二人は俺のことが憎かったのだろう。俺のせいでお前と財産を失いかけた」
 
 ハクラシスがそうボソリと呟くと、ルルーが「あなたのせいじゃない」と首を振った。
 
「両親は "公爵家" という威光に目が眩んだのです。我が家程度の家門に、縁もゆかりもない公爵家が援助するなど普通あり得ませんから。……そして私は目が覚めると見知らぬ部屋にいて、アーヴァルが見えて……でも私は思わず夫であるハクラシスの名を呼んでしまいました。私の意識はまだあの家の中にあって、ハクラシスのことが気にかかっていましたから。まさかもう戦争が終わっているなんて思いもしなかった。そして私がハクラシスの名を呼んでからしばらくして、ハクラシスがこの屋敷にやってきました」
 
 ルルーもまたカップを手に取り、喉を潤すためカップを傾けた。
 
「アーヴァルは目覚めたばかりの私を利用して、ハクラシスを誘き寄せたのです。それにあなたも巻き込まれた。……アーヴァルもハクラシスが来てからは訪れていません。私たちの問題で、レイズン、あなたには迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
 
「本当にすまなかった、レイズン。……こんな話で驚いただろう」
 
 話し終えた二人は、申し訳なさそうな顔でレイズンを見た。
 
 ここまでの話で二人の事情はレイズンにも理解できた。ただまだ気になっていたことがある。
 
「……あの、もう少しこちらから聞いてもいいでしょうか」
 
「ええ、どうぞ」
 
「ああ」
 
「その、俺はずっと……ハクラシスさん、の奥さんは女性だと思ってて……。前に噂でその、お子さんも亡くなったと聞いてて……」
 
 その言葉に二人は顔を見合わせた。
 
「……俺は子供がいるなんて、そんなこと誰にも言っていないぞ」
 
「戦争孤児の子供を一時的に保護したことがありましたね。その子のことでしょうか」
 
「……ああ、まさかそれのことか?」
 
「きっとそれですね。……レイズン、見ての通り私は男ですし、子供はいません。確かに一時期小さな子供を保護したことがありましたが、すぐに里親が決まって、面倒を見ていたのも半年足らずです。養子にもしていません。それがどこかで変なふうに勘違いされたまま噂になってしまったようですね。……レイズンは、ハクラシスの妻が女性ではなく男性だったのは意外でしたか?」
 
「あ、いえ、そうじゃなく、……なんというかその……」 
 
 意外ではない、と言えば嘘だ。
 
 ハクラシスは奥さん第一で、そして男性よりも女性のほうが好きで、だから自分にあまり触れてくれないのかとそう思っていたからだ。
 そして自分を甘やかすのは、その亡くなった子供の代わりなのだと。
 
 ずっと気にかかっていた問題の答えは、また違うところにありそうだった。
 
 レイズンはチラッとハクラシスの方を見た。
 
「どうした? 遠慮なく言ってみろ」
 
「あー……その、なんというか、俺にあんまり触ってくれないのは、ハ、ハクラシスさんは女性のほうが好きで、それでいて奥さんのことをまだ愛していて、男の俺とのことは "恋人ごっこ" というか、同情して合わせてくれているだけなのかな~って……」
 
「恋人ごっこ……」
 
 ちらりとハクラシスの顔を見ると、あんぐりと口を開けている。
 言ってみろと言われたから言ってみたのだが、言わなきゃよかったかもとレイズンの顔がかーっと熱くなった。
 
「……ハクラシス。確かにあなたから聞くレイズンの話は、息子を心配する父親のようでしたが……あれは惚気でしたよね?」
 
「……俺は恋人として接していたつもりだった」
 
 ハクラシスが呆気にとられたまま、ボソリと答えた。
 
「え、だっていつもお小言が多いし……。好きだってはっきり言ってくれたことないし、いつもキス止まりだし、あの手紙だって……」
 
 そういえば手紙!
 とレイズンがハクラシスの側においてある手紙の束に目をやったのを見て、ルルーもその手紙の存在に気がついた。
 
「……ちょっとその手紙を拝見」
 
 ハクラシスが「おいっ」と止める間もなく封筒のひとつを取りあげると、奪い返そうとするハクラシスから逃げるように立ち上がり、開封済みの封筒から便箋を取り出して読み始めた。
 
「……あー……、なるほどこれは……」
 
「おい、ルルー返せ! それはお前に宛てた手紙じゃないぞ」
 
「分かっていますよ。……ハクラシス、これでは確かに不安になるのもわかります。これはアーヴァルもさぞ面白い読み物だったでしょうね……」
 
「そ、そんなにか……?」
 
 ふふっとルルーが笑うと便箋を丁寧に封筒にしまい、ハクラシスへと返した。
 
「中身はお小言ばかりじゃないですか。こちらのことはほんの2~3行で、他は全部レイズンへのお小言とは。……まああなたにラブレターを期待するほうがおかしいのでしょうが。毎晩遅くまで起きてこんなことを書いていたなんて……本当、ハクラシスったら……」
 
 ルルーは込み上げる笑いを、手で口もとを押さえて堪えていた。
 
「ふふっ、なるほどね。ここから先は二人でゆっくり解決しなければいけないことのようですね。お互いに齟齬があるようなので、きちんと話合ってください。レイズン、今日はもう遅いのでそのままここを使って構いませんよ。では邪魔者の私は退散いたします」
 
 ルルーはクスクスと笑いながら、レイズンにそう伝え、自分の使っていたカップをトレーに戻してから二人に背を向けた。
 
「あ、あの、すみません、ルルーさん、俺……」
 
「はい?」
 
 引き止めるレイズンの声に、ルルーが振り返りにこりと笑う。
 
「いくら契約結婚とはいえ、それでもやっぱり俺みたいなのがここにいたらだめだと思うのですが……」
 
「……レイズン……」
 
 やっぱりいくら本当の夫婦ではないと言われても、レイズンにはまだ抵抗がある。
 それに書類上とはいえ妻という立場であれば、夫の愛人を疎ましく思ってもなんらおかしくない。
 ルルーからはそんな空気は感じられないが、うまく気持ちを隠しているということもある。
 
「……うーん、まあ、そりゃあ夫が恋人を連れてくるなんていい気はしませんが……しかも相手はかなり若いし」
 
「……ルルー……」
 
 わざとらしく悩むように顎に手をやるルルーを、ハクラシスがショックを受けたような顔で見た。それを見たルルーが、ふふっと吹き出すようにして笑った。
 
「正直言って、結婚を持ちかけた時、あんまりにもあっさり同意したことが気になっていたんです。他に好きな人はいないのか、もし好きな人ができたらどうするんだって。もちろんこの人が本気で私のことが好きだったとか、そんなこともありません。だって私たちは白い結婚そのものでしたから」
 
「白い結婚……?」
 
 レイズンは驚いてハクラシスとルルーを交互に見た。
 
「……本当だ。閨を共にしたことはない」
 
「そうなんですよ。私たち二人の間は、ずっと友人関係のままなんです。だからハクラシスがこうやって大事な人ができたことは、私にとって僥倖とも言える出来事なんですよ。それに本当ならもう別れているはずだったんです。だから気にしないでください」
 
「……ルルーさん……」
 
「……それに私にもずっと待っている人がいるんですよ」
 
 ルルーが浮かべた笑みは、少し悲しげに見えた。
 
「待っている人……」
 
「……アーヴァルのことだ。レイズン」
 
 ルルーが答えるよりも早くハクラシスが答えたのを聞いて、ルルーがふふと小さく笑った。
 
「私は別れてからもずっとアーヴァルのことが忘れられないんですよ、レイズン。私は彼が謝ってくれるのを、ずっと待っていたんです。でも彼は詫びに来なかった。昏睡状態から目覚めて、一番にアーヴァルの顔を見たときは、本当は嬉しかったんですよ。なのに、頭が混乱して彼の名を呼べなかった。私はここに置いていかれ、いまだに彼を待ち続けているんです。……彼が君にこういうことをしでかしたのも、もしかすると私に対する意趣返しなのかもしれません。……ふふ、別れてから何年も経つのにまだアーヴァルが私を好きかもしれないなんて、それこそ思い上がりにも程がありますね」
 
 最後はそう少し寂しそうな声色で、ルルーはドアの外へ姿を消した。
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