クズ男はもう御免

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23 出立

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 寝ている間、男二人で一体どんな会話をしたのか、レイズンは知らない。
 
 あの日、目が覚めた時にはもう翌日の朝になっていて、少しの会話の後、カーテンが開け放たれ眩しい光が目を刺した。
 
 ハクラシスの目の下には濃い隈が少しの弛みを作り、アーヴァルもまた珍しくやや疲れた表情を見せ、事件の話になるとレイズンを気遣うでもなく、ただ事務的にレイズンが巻き込まれたことについての詳細を説明した。
 先ほどまで体を重ねていたなどと聞いても信じられないくらいには、ただ白む室内ですべてが淡々としていた。
 
 別れ際、レイズンが「ご迷惑をお掛けしました」と謝罪をすると、アーヴァルは意外そうに片方の眉だけを上げた。そして「もし今後何かあれば俺を訪ねてくればいい」と口の端を少しだけ上げて薄く笑った。
 
 
 それから1週間。
 ハクラシスが王都に行く日が来た。
 
「レイズン……本当に一人で大丈夫か」
 
 旅装束に身を包んだハクラシスが、心配そうにレイズンの顔を見た。
 
 
 あの日にあったことについて、ハクラシスは多くを語らなかった。聞かなくてもアーヴァルの説明で自分の身に何が起こったのかは想像できたし、ハクラシスが何度も言うようにあれは治療行為で、あの状況では仕方がなかったのだと、納得もできた。
 
 それにそもそも自分も迂闊だったのだ。レイズン自身、実際そこまでブーフのことを信用していた訳じゃない。
 あのだらしのないブーフのことだ。そのうち少額の金をせびられたり、何か都合よく利用されたりはするのではないかとは思っていた。だからもう少し注意していれば、大ごとになる前に気付けたかもしれない。
 
 しかし……まさか薬を盛られるとまでは考えていなかった。しかもまたラック絡みだなんて、誰が想像できるのか。
 
 ショックがないといえば嘘になる。
 
 だが幸いなことにレイズンは行為の最中のことをほとんど覚えていない。だから今回のことは夢の中の出来事として、忘れることにした。
 
 しかしハクラシスはそうではないようで、あれからずっと自分自身を責めているように見え、そしてレイズンのことをひどく心配していた。
 だから自分が王都へ行かないといけなくなったことについてもなかなか言い出せなかったのか、かなりギリギリになってからレイズンはハクラシスから聞いたのだ。
 
「たった一カ月なんですよね? それくらいなら俺は一人でも大丈夫です」
 
 レイズンは無理に明るく笑ってみせた。
 もちろん本当は嫌だ。嫌に決まっている。でも王命ならばどうしようもない。ただ登城理由が『とりあえず顔出せ。話はそれからだ』というような内容で、要領を得ないのが気になるところだが。
 
「……ああ。その予定だ。どうせ大した用事じゃないだろう。くだらない内容ならばすぐにこっちに戻ってくる。本当はお前も連れて行きたいが……」
 
 さすがにそれは無理だろう。王都まで一緒に行けたとしても、レイズンは騎士団施設のある王城内には入れない。だから結局は城下街で一人離れて暮らさないといけない。
 
 ——いろいろあったあの街で、一人で暮らすのは、まだ少し怖い。
 
 ハクラシスは仕事が終われば戻ってくるのだから、それまでこの家を守っていよう。レイズンはそう考えた。
 
「……そうか」
 
 ハクラシスは心配そうな目でレイズンを見ると、頬に口づけた。
 そして口元にも口づけ、最後は唇に口付けると、ギュッと強く抱きしめた。
 
 しばらくはこのくすぐったい髭ともお別れだ。
 
「狩りに出るときは無茶をしないように。危険だと思ったら必ず逃げるようにするんだぞ。崖や岩場の穴に足を取られないようにな。飯を作るのが億劫だからと、菓子ばかり食べるのも禁止だ。肉ばかりでなく、きちんと野菜も食べるんだぞ」
 
 ハクラシスだって、一人住まいだったとき酒とチーズと干し肉くらいしかなかったくせにと、レイズンは笑いそうになる。
 
「夜ふかしもするんじゃないぞ。ベッドで菓子を食べるのもダメだ。いいな。それから——」
 
「それから?」
 
「——いや、とにかく、体にだけは気をつけてくれ」
 
 ハクラシスは最後に何かを言いかけたが、言葉を飲み込むと目を細めてレイズンの頬を指で撫でた。
 
「ハクラシス閣下、御支度は終えられたでしょうか。もう出立の時刻です!」
 
 ドアの外で迎えに来ていた騎士の一人が、大きな声で伺い立てた。
 アーヴァルが寄越した迎えの騎士らが、ハクラシスが出てくるのを今かいまかと待っている。
 
 ハクラシスはもう一度、レイズンにキスをした。唇を食み、レイズンの舌を吸い、深く口づけては最後、名残惜しそうにゆっくりと音を立てて離れた。このままベッドにもつれ込んでもおかしくない、そんなキスだった。
 
「あっちに着いたら手紙を寄越す。何かあれば都度報告もする」
 
「わかりました。小隊長殿、俺、待っていますね」
 
「——その呼び名もそろそろ直さないとな。帰ってくるまでに名前で呼べるように練習しておくように。いいな」
 
「へへへ」
 
「……帰る時にはお前の好きそうな甘い菓子を土産にしよう。楽しみにしていなさい」
 
 無邪気に笑うレイズンを見てハクラシスが両目を細めると、頭を撫でてからドアを開けた。
 
「ハクラシス閣下、こちらの馬にどうぞ。王都までの道程ですが——」
 
 外に出ると、待っていた騎士の一人が素早く近づき、ハクラシスに王都までの行程や着いてから予定についての説明を始める。別れを惜しむ暇さえも与えず、さっさと馬に押し上げると、一行は出発した。
 
 馬に乗るハクラシスが、最後に一度振り返り、レイズンに向かって片手を上げたのを見て、レイズンも振り返す。
 
 家の前の坂を下り出すと、すぐに背中が見えなくなって、レイズンは慌てて走り出て、彼の背中を追う。
 ——だが曲がりくねった山道のせいで、もう見えなくなっていた。
 
 彼らが出立して一人になるまでの時間はあっという間だった。
 
 日差しは暖かく、風も爽やかで気持ちがいいはずなのに、レイズンはなぜか肌寒く、無意識に両手で自分の体をさするように抱いて立っていた。
 
 
 
 その日からレイズンは、いつものように起きて、いつものように朝食を作り、いつものように畑を見て、少しばかり昼寝をして……一人だけど、ハクラシスに約束をしたように、きちんと規則正しい生活を送った。
 
 やっぱり朝、一人で目覚めるのは寂しく、起きたらついハクラシスの部屋を覗いてしまう。
 荷物が減った部屋は、より一層生活感がなく、ただベッドに残った匂いだけがハクラシスの気配を感じる唯一の物だった。
 
 残された布団に包まって天井を見上げると、つい大きな独り言が出てしまう。
 
「早く帰ってこないかなあー」
 
 あれから1週間が経つが、ハクラシスからの手紙が来ないのだ。
 
 もう王都に着いて、手紙くらい書けそうなものだけど、忙しいのだろうか。
 久々の登城で、きっといろいろ仰せつかって、きっといろいろ忙しいに違いない。でも夜に自分のことを思って手紙を書くくらいできないのかと、センチメンタルになりながらも恨み節が出てしまう。
 
(気長に待つかあー……)
 
 レイズンはハクラシスの布団を跳ね除けると、今日も頑張るかと、大きく伸びをした。
 
 
 それから2日経ち、1週間経ちと日数だけが過ぎていく。おかしいことに、その後もハクラシスから手紙が来ない。
 出立して半月経つのに何も連絡がないなんて。
 
(うーん、一カ月で戻ってくるって話だし、待っておけということなのかな~)
 
 結構早く仕事が終わって、帰宅が早まりそうだから手紙は後回しになっているということも考えられる。
 もしくは本当に忙しい。
 
(こういう時、ブーフがいてくれたら気が紛れたんだけどな)
 
 家の横に作り直した畑の草むしりをしながら、レイズンは大きくため息を吐いた。
 
 さすがのレイズンもブーフを許す気はない。アーヴァルの話だと、レイズンに盛った薬のヤバさを理解していなかったとは聞いたが、ヤバい薬じゃなかろうと人に黙って薬を盛って良いわけがない。それに金に目が眩んで貴族に友人を売る事自体、どうかしている。
 
 ——でも彼と一緒に酒を飲むのは楽しかった。
 
 少し滲んだ涙を拭うように、捲った袖で顔を擦って立ち上がった。
 
「クソッ、ブーフのクソバカ野郎!」
 
 そう顔をしかめて苦々しく吐き出した。その時——
 
「呼んだか?」
 
「え? ヒッ」
 
 返事をしたのはなんとブーフだった。ブーフがなぜか家の玄関付近からこちらに顔を覗かせていたのだ。
 
 レイズンは目を見開いたまま固まった。正直どんな態度で接するか、決めてなかったということもある。ここにハクラシスがいれば怒鳴り上げてつまみ出してくれるのだろうが、その頼みの綱も今はいない。
 
「ブ、……ブーフか?」
 
 何でここに、と言おうとして言葉を飲み込んだ。これまでのブーフとは明らかに違う雰囲気だったからだ。髪型も、服装も。
 もうあの派手なバカみたいにダサいブーフではなく、あの小さな田舎街に似合いの素朴な格好をした男が目の前にいた。
 
 あの事件のあとブーフは早々に釈放されたと聞いた。
 レイズン媚薬拉致事件は、"平民間で起こった友人同士のちょっとしたいたずら"として片づけられたのだ。
 
 国としては子爵家の内情や危険な薬のことが世間に出回ることを恐れたのだ。子爵家については騎士団が内々で処理をするのだろう。レイズンもハクラシスも釈然としなかったが、こればかりはどうにもならない。
 
 無罪放免で釈放されたなら、街に行けば会うことになるかもしれない。だからあれから街にもなるべく行かないようにしていたのに。
 
「へへ……、あの、レイズンの前に顔を出すべきか悩んだんだけどよ。親父が謝りに行けって、言うからさ」
 
 モジモジとしながら話すブーフが、チラッと後ろに目をやった。そちらに視線を向けると、家の前の道に肉屋のオヤジさんがおかみさんと一緒に立っていて、レイズンに深く頭を下げた。
 
(家族で謝りに来たのか。出ていけと言いづらくなってしまった)
 
 本当にいい家庭で育ったのに、なんでブーフはこんなクズに育ってしまったのか、本当に不思議だ。早くに両親を失ったレイズンからすると、羨ましくて仕方がないくらいいいご両親だと思うのに。
 
 それにしても成人したいい大人が、一人で謝りに来れないものか。レイズンは呆れた視線をブーフに投げかけた。
 するとその視線を察して、いきなりブーフは骨が折れるんじゃないかと思うくらいの勢いで腰を直角に折った。
 
「本当にすまねえ!! レイズン!! 謝っても許して貰えねえとは思うが、やったことに対して反省しているし、もう二度と迷惑はかけねえ!! 親父たちにいい顔したくて、あっちの取引きに乗っちまった。もう二度とそんな過ちは犯さないと誓う!! 本当に申し訳なかった!!」
 
 ……正直、こういうときはどうすべきなのだろうか。優しい人ならば許すと言ってやるのだろうが、レイズンはそこまで寛容ではないのだ。
 もしアーヴァルが助けてくれなかったら、今頃レイズンは媚薬漬けのボロボロの状態で、ラックの元に送られていただろう。運良くそうならなかっただけだ。
 
 レイズンが考えている間、ブーフはずっと腰を折ったままだ。
 本当になんでハクラシスがいない時に来るかな。どうしようかと、レイズンは悩んだ。
 
「……ブーフ、聞きたいことがある」
 
 そう口を開くと、ブーフはガバッと顔を上げた。
 
「なんだ!? 何でも聞いてくれ!!」
 
「お前、もし俺があのまま拉致されていたら、その後どうなると思ってたんだ?」
 
「へ? ……あー……、いや、本当言うと、そんな大ごとになるとは思っていなくてだな。貴族のオッサンは、薬の効き目を観察したいから2~3日監視下に置くだけだと言っていたんだよなあ。レイズンは強いし、目が覚めたら勝手に帰ってくるんじゃないかって、俺はそう思ってた」
 
「はあああ????」
 
 こいつ本当にバカだったのかと、レイズンは大いに呆れた。呆れて変な声が出た。
 
(2~3日監視下に置くってなんだよ。本人に内緒で泥酔状態で引き渡すって、それは拉致だってすぐに気がつけよ)
 
 いくら喧嘩が強くても監禁場所から逃げて来られるなんて、普通の感覚なら絶対思わないだろう。
 
「いや、それに、その後、尾行して居場所を突き止めて、レイズンとこのオッサンに言えば、助け出してくれるだろうし……。俺が頼まれたのはレイズンを引き渡すまでだし、その後レイズンが逃げても取引きには影響しないだろうし」
 
「お、おま……」
 
 あまりに都合良い楽観的な思考に、呆れすぎてもう声すら出なかった。
 
「いや、薬のことは本当に知らなかったんだ! あんなヤバい薬だって知ってたら、俺だって手を貸さなかった! 本当に無事で良かった~レイズンよお~~」
 
 演技なのか、ブーフはわざとらしく泣いて見せた。
 
 アーヴァルも取り調べでブーフは薬のことを知らなかったと言っていたが、この様子だと"ヤバそうな薬だが、そこまでヤバいとは思っていなかった"が正解のようだ。
 
「……ブーフ」
 
「ん? ん? なんだレイズン」
 
 許してもらえると思ったのか、期待したような目でレイズンを見る。やっぱり嘘泣きじゃないか。
 
「許すかどうかは、まだ俺の中で判断できない。だから今日ここで許しますとは言えない。今後ブーフがどう普段の行いを正すのかで、許すかどうか決めようと思う」
 
「普段の行い?」
 
 レイズンは、ずっと立って不安そうにこちらを見ている肉屋の夫婦を見遣ると、ブーフもそれにならった。
 
「どうすれば俺が許す気になるか、オヤジさんたちと話しをしろ。それで自分が正しいと思える道を探せ。ブーフがどのような生き方を選択したか、今後俺がそれを見て判断する」
 
「わ、分かった!! 分かったよ、そうする。レイズン!!」
 
 希望の光が見えたかのように喜ぶブーフを見ながら、俺って甘いよなあとレイズンは独りごちる。
 本当はブーフがどうなろうと知ったこっちゃない。自業自得だ。……でもあの肉屋のオヤジさんの顔を見ると、少しくらい考えてやってもいいかなという気になってしまう。
 
「あ、それで、これ。ウチの肉。お詫び」
 
 ブーフが小脇に抱えていた包みを差し出す。チラッと肉屋の夫婦の方をみると、またペコリと頭を下げたのが見えた。
 突き返すのも何だし、貴重な食糧だし、これはもらっておくことにした。
 
「それで、今日、あのオッサンは……? レイズンの恋人の……」
 
 相変わらず怯えたようにしながら、キョロキョロと辺りを見回す。
 
「……ああ、今ここにはいない」
 
「そ、……そうなのか」
 
 なんとなくホッしたような顔をするブーフだが、怯えるほど怖い相手に何の用なのか。
 
「あーいや、ほら、一応迷惑かけたし、オッサンにも詫びをと思ったんだけどな。殴り飛ばされるの覚悟だったんだけど、そっか、いないのか」
 
 殴り飛ばされる覚悟で来たって、レイズンにも殴られる可能性もあっただろうに。まあ迫力と腕力はハクラシスの方が明らかに上なので、怯える気持ちも分からなくはないが……レイズンへの謝罪よりハクラシスに殴られることのほうが怖いとは。釈然としない。
 
 ブーフはハクラシスがここには今いないと分かって、あからさまに安堵を顔に出していたが、急に何かを思い出したように話を切り出した。
 
「なあ、そういえばオッサンの名前"ハクラシス"で合ってたよな」
 
「ああ。そうだが」
 
「もしかして騎士団に所属しているとか、あったりするか?」
 
「……まあ」
 
「うお、マジか……。そりゃ納得の怖さだな。いや、この前王都に行った時さ、貴族のオッサンたちがそのハクラシスのオッサンの話をしてたんだよ」
 
「……どんな?」
 
 少し嫌な予感がした。
 
「うーん、何かさ、接待の席で他にも人がいたから、騒がしくて全部は聞こえなかったんだけどよ。オッサンが騎士団に復帰して、騎士団長の次に偉い人になるとかなんかそんな話をしていたんだよ。何て言ったかな~、アレ、ほら」
 
「復帰? ……なんだよそれ」
 
「えーっと、何つったっけ。あーーえーっと、…………そうだ! 総司令官! 騎士団の総司令官に任命されるってヤツ!」
 
「……総司令官? そんなポスト聞いたことないぞ」
 
 騎士団長の下は副騎士団長だったはずだ。総司令官など聞いたことがない。
 だが今度はすごく嫌な予感がした。
 
「貴族のオッサンたちは、新しくその制度を王様が作ったって言っていたぞ。平民が貴族を押し退けてトップに立つなどけしからんとか、平民に国は守れないだろうとかなんとか……。平民をえらくバカにしてて俺も聞いてて腹が立ったけどよ、まあ俺もこそこそ話を盗み聞きしてたから何も言えなかったんだけどな。でもなんか感じ悪かったぜ。で、そのハクラシスのオッサン、もしかして今王都に行ってるとか言わないよな?」
 
 ブーフの話を聞いて、ちょっと待て、これはハクラシスから聞いていた話と違うぞと、レイズンは青ざめた。
 
 これが本当の話なら、ハクラシスがここに帰ってくるなんて万が一にもない。騎士団長の次に偉い立場になるのであれば、王都から離れることは許されず、王都に住むことを強制されるだろう。
 ここで待つだけ無駄だ。手紙が来ない理由もなんとなく分かった気がした。
 
「……ハクラシスさんは、野暮用なだけだ。すぐに帰ってくる」
 
「そっか。じゃあまたオッサンが帰ってきたら、また改めて謝罪しにくるな。すまなかったなレイズン」
 
 ブーフはもうすっかりいつもと同じ間抜けな顔で笑うと、肉屋のオヤジさんたちと帰っていった。
 
 レイズンの頭からは先ほどブーフから聞いた話が頭から離れなかった。
 だがもしかして、ブーフが聞いた話は単なる噂話で、取り越し苦労だということもある。
 
 レイズンは不安な気持ちを抱えたまま、約束の一カ月が過ぎるまで一人で待つことにした。
 だが相変わらず手紙は届かず、レイズンから送った手紙にも返信が来ることはなかった。
 
 
 
 
 ーーーー
 
 
 
 
「おーい、レイズン、もうハクラシスのオッサン戻っているか」
 
 ブーフはハクラシスにも謝罪するために改めて小屋を訪れていた。
 誠心誠意心からの謝罪と見てもらえるよう、服装もちゃんと整えた。その緊張ぶりは、まるで結婚の挨拶にきた娘の彼氏のようだ。しかも今回は殴られてもいいように、湿布に痛み止めも持参している。
 
 しばらく家の前でモジモジしていたが、大きく深呼吸をすると、勇気を出してブーフはドアをノックした。しかし家の中からは誰の声もしない。

 留守なのかとキョロキョロとあたりを見回すと、窓という窓すべてに戸板がかけられ、まるで冬支度のようだ。
 ドアも鍵がかかっている。
 
「あれ? レイズン、どっか行っちまったのか?」
 
 何度かドアを叩いたが反応もなく、少しだけ玄関の前で座って待ってはみたが、レイズンもハクラシスも帰ってくる気配はなかった。
 
「すぐに帰ってくるのかなー。……ま、いいか」
 
 ブーフはさっきまでの緊張感はどこへやら、元のダラけた顔に戻り、鼻歌まじりでそのまま山道を下っていった。
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