薔薇園に咲く呪われ姫は、王宮を棄てて微笑む ～もうあなたの愛など欲しくない～

第28話：宮廷の陰謀とライヴァンの忠告

　夜風が王宮の石畳をなぞる頃、フィオレンティーナは自室で蝋燭の灯りを見つめていた。
　書卓の上には、領地の収支報告や再建計画書、隣国との交渉記録などが山積みだ。
　彼女は怠ることなく国政を把握し、より安定した秩序を築こうとしている。

　扉が静かに叩かれ、ライヴァンが入室する。
　銀の瞳は警戒心を帯びている。

　
「お嬢様、夜分失礼いたします。
　どうやら、王宮内で何やら不穏な動きがあるようです」

　フィオレンティーナは微かな笑みを浮かべる。

　
「不穏な動き、ですって？
　当然でしょう。
　わたくしがこれほどの力を握れば、いつか反発する者が出る。
　彼らは虫のような存在、捻り潰すだけですわ」

　ライヴァンは頷くが、慎重な表情を崩さない。

　
「確かに、その程度かもしれません。
　しかし、敵が過去の文献や魔力の弱点を探っているとしたら……
　お嬢様と薔薇の魔力は確かに強大ですが、完全無欠とは限らない」

　フィオレンティーナは視線を蝋燭からメダリオンへと移す。
　机上にはあの古いメダリオンが置かれ、淡い光を放っている。
　これがある限り、結界は強固なままで、魔物も外敵も入れない。
　だが、魔力は無尽蔵ではないし、仮にメダリオンが破損すればどうなるか分からない。

　
「ライヴァン、わたくしがそう易々と破られると思う？
　彼らには魔力がない。
　薔薇園の結界に触れることも叶わぬでしょう」

　ライヴァンは穏やかな声で諭すように言う。

　
「お嬢様、油断は禁物です。
　人は策を巡らし、道具を使い、弱点を探り、毒や罠を仕掛けることができる。
　我々は魔物に対して万全でも、人心の揺らぎには慎重になるべきです」

　フィオレンティーナは考え込む。
　確かに、薔薇の結界は魔物を防ぐが、人間の裏切りを防ぐ術は完璧ではない。
　王太子アーサーが愚かにも再び陰謀に関与する可能性もあるし、小物の貴族が奇妙な連合を組むかもしれない。

　
「分かりましたわ、ライヴァン。
　わたくしの治世を盤石なものとするため、徹底した監視体制を敷きましょう。
　怪しい者を洗い出し、必要ならば処罰する。
　この国に不穏分子は不要です」

　ライヴァンは微笑み、深く一礼する。

　
「了解いたしました。
　お嬢様の御心のままに。
　わたくしは裏で調査を進め、危険な動きを察知すれば即報告します」

　フィオレンティーナは満足げに頷く。
　もはや慈悲に頼る段階は過ぎた。
　彼女が国を守るためには、棘を持つ薔薇の如く、侵入者を痛めつける必要があれば躊躇しない。
　闇夜に揺れる蝋燭の炎が、彼女の決意を妖しく照らしている。

　内外の敵など、結局は小さな雑草。
　圧倒的な魔力と民の支持を背景に、彼女は王太子すら踏み台にして、更なる安定と支配を確立する。
　この国はもはや、フィオレンティーナという薔薇の女王の庭であり、弱い芽は摘まれるのみ。
　夜は深まるが、彼女の野心は決して揺らがない。