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第08話:揺らぐ側妃と求められぬ姫

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 翌朝、古城の門前で、またもや王宮からの使者が訪れた。
 今度は騎士ではなく、二人組の従者風の男たちだ。
 どちらも疲れ切った表情で、フィオレンティーナを見上げる。

 
「お嬢様……
 王都が少し混乱し、殿下はお嬢様が元気にしているか気にされておられます。
 もし何か必要なものがあれば送る、と」

 その言葉を聞いて、フィオレンティーナは笑いを堪える。
 必要なもの?
 王太子は本当に何を考えているのか。
 自分を追放したくせに、今更「元気にしているか」などと。
 魔物の脅威が迫っているからこそ、余裕がなく、彼女を再び手元に置きたいのだろうか。

 
「いいえ、特にありませんわ。
 わたくしは十分平穏に暮らしております。
 殿下にそうお伝えくださいな。
 『もう遅いのですわ』と」

 従者たちは困惑するが、フィオレンティーナの冷たい笑みに抗えず、頭を下げて帰っていく。
 彼女が示した拒絶は明確だ。
 王太子がどんなに取り繕おうが、もはや遅い。



 昼過ぎ、ライヴァンが再び気になる話を持ってきた。
 レイシャの治癒魔法が衰え始めているという噂があるらしい。
 どうやら、過剰な負担と魔物の瘴気によって、彼女の力は思ったほど安定していないようだ。

 
「そう……やはり儚い愛は脆いのね。
 王太子はあの娘に全てを依存しているかもしれない。
 でもレイシャが力を失えば、殿下はどうするのかしら」

 フィオレンティーナは薔薇園を見つめながら独り言のように呟く。
 自分を冷遇した王太子が、今頃慌てふためいている姿を想像すると胸がすく思いだ。
 もしレイシャが治癒魔法を失えば、王太子は守りを失う。
 魔物が王都を脅かし、人々が混乱すれば、真の力を持つ者を求めるはず。



 夕刻、村人から新たな報せが届く。
 王都の衛兵たちが疲弊し、レイシャが治癒魔法を振るえずに倒れたという噂が流れた。
 真偽は定かではないが、混乱は深まっているようだ。
 王太子は高殿で頭を抱えているのではないか。

 フィオレンティーナは冷酷な愉悦を覚えるが、同時にわずかな憐れみも混じる。
 王太子はあまりに幼稚で、己が中心だと信じて疑わなかった。
 その愚かさに、ようやく自ら気づく日が来るだろうか。



 ライヴァンが小さな花瓶を手に戻ってくる。
 そこには、まだ咲ききらない小さな蕾が一つ。
 この蕾は、魔力が高まれば立派な薔薇に育つという。
 フィオレンティーナは興味深げに蕾を指先で撫で、微かな光が宿るのを感じる。

 
「この薔薇が満開になれば、わたくしはより強い魔力を行使できるかもしれない。
 もし王都が崩壊寸前になれば、わたくしが行って助けてやることもできるわ。
 でも、その時は……殿下を跪かせてみせますわね」

 
「お嬢様のご意思に従います。
 殿下がどれほど後悔しようと、もう遅い。
 彼は側妃を得た代わりに、真の助力者を失った」

 ライヴァンは静かに微笑む。
 フィオレンティーナは深いため息をつく。
 不思議と、ライヴァンの存在が彼女の精神を安定させる。
 かつて王宮で得られなかった信頼が、ここにはある。



 夜が訪れ、窓外には月が輝いている。
 フィオレンティーナは薄闇の中、再び薔薇の魔力を感じ取ろうとしている。
 王宮は騒がしく、魔物の影がちらつき、レイシャは弱っている。
 その報せを受けて、王太子は再び使者を送り、フィオレンティーナに助力を求めるかもしれない。
 しかし、彼女はすでに答えを出している。
 「もう遅い」
 捨てられた花は、自らの根を張り、美しく強く咲こうとしているのだから。

 遠くで小さな地鳴りのような音がする。
 魔物が近づいているのか、それとも戦いが始まったのか。
 フィオレンティーナは怖れを感じない。
 自分には力があり、時間がある。
 必ず、この国で最高の花を咲かせ、王太子を悔やませてみせる。

 夜風が薔薇の茂みを揺らし、淡い香りが立ち昇る。
 その香りは甘く妖艶で、フィオレンティーナの青い瞳に微かな闘志の光を灯す。
 いずれ、誰もが知ることになるだろう。
 捨てられた姫こそが、本当の救いの手を握っていると。

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