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第08話:揺らぐ側妃と求められぬ姫
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翌朝、古城の門前で、またもや王宮からの使者が訪れた。
今度は騎士ではなく、二人組の従者風の男たちだ。
どちらも疲れ切った表情で、フィオレンティーナを見上げる。
「お嬢様……
王都が少し混乱し、殿下はお嬢様が元気にしているか気にされておられます。
もし何か必要なものがあれば送る、と」
その言葉を聞いて、フィオレンティーナは笑いを堪える。
必要なもの?
王太子は本当に何を考えているのか。
自分を追放したくせに、今更「元気にしているか」などと。
魔物の脅威が迫っているからこそ、余裕がなく、彼女を再び手元に置きたいのだろうか。
「いいえ、特にありませんわ。
わたくしは十分平穏に暮らしております。
殿下にそうお伝えくださいな。
『もう遅いのですわ』と」
従者たちは困惑するが、フィオレンティーナの冷たい笑みに抗えず、頭を下げて帰っていく。
彼女が示した拒絶は明確だ。
王太子がどんなに取り繕おうが、もはや遅い。
◇
昼過ぎ、ライヴァンが再び気になる話を持ってきた。
レイシャの治癒魔法が衰え始めているという噂があるらしい。
どうやら、過剰な負担と魔物の瘴気によって、彼女の力は思ったほど安定していないようだ。
「そう……やはり儚い愛は脆いのね。
王太子はあの娘に全てを依存しているかもしれない。
でもレイシャが力を失えば、殿下はどうするのかしら」
フィオレンティーナは薔薇園を見つめながら独り言のように呟く。
自分を冷遇した王太子が、今頃慌てふためいている姿を想像すると胸がすく思いだ。
もしレイシャが治癒魔法を失えば、王太子は守りを失う。
魔物が王都を脅かし、人々が混乱すれば、真の力を持つ者を求めるはず。
◇
夕刻、村人から新たな報せが届く。
王都の衛兵たちが疲弊し、レイシャが治癒魔法を振るえずに倒れたという噂が流れた。
真偽は定かではないが、混乱は深まっているようだ。
王太子は高殿で頭を抱えているのではないか。
フィオレンティーナは冷酷な愉悦を覚えるが、同時にわずかな憐れみも混じる。
王太子はあまりに幼稚で、己が中心だと信じて疑わなかった。
その愚かさに、ようやく自ら気づく日が来るだろうか。
◇
ライヴァンが小さな花瓶を手に戻ってくる。
そこには、まだ咲ききらない小さな蕾が一つ。
この蕾は、魔力が高まれば立派な薔薇に育つという。
フィオレンティーナは興味深げに蕾を指先で撫で、微かな光が宿るのを感じる。
「この薔薇が満開になれば、わたくしはより強い魔力を行使できるかもしれない。
もし王都が崩壊寸前になれば、わたくしが行って助けてやることもできるわ。
でも、その時は……殿下を跪かせてみせますわね」
「お嬢様のご意思に従います。
殿下がどれほど後悔しようと、もう遅い。
彼は側妃を得た代わりに、真の助力者を失った」
ライヴァンは静かに微笑む。
フィオレンティーナは深いため息をつく。
不思議と、ライヴァンの存在が彼女の精神を安定させる。
かつて王宮で得られなかった信頼が、ここにはある。
◇
夜が訪れ、窓外には月が輝いている。
フィオレンティーナは薄闇の中、再び薔薇の魔力を感じ取ろうとしている。
王宮は騒がしく、魔物の影がちらつき、レイシャは弱っている。
その報せを受けて、王太子は再び使者を送り、フィオレンティーナに助力を求めるかもしれない。
しかし、彼女はすでに答えを出している。
「もう遅い」
捨てられた花は、自らの根を張り、美しく強く咲こうとしているのだから。
遠くで小さな地鳴りのような音がする。
魔物が近づいているのか、それとも戦いが始まったのか。
フィオレンティーナは怖れを感じない。
自分には力があり、時間がある。
必ず、この国で最高の花を咲かせ、王太子を悔やませてみせる。
夜風が薔薇の茂みを揺らし、淡い香りが立ち昇る。
その香りは甘く妖艶で、フィオレンティーナの青い瞳に微かな闘志の光を灯す。
いずれ、誰もが知ることになるだろう。
捨てられた姫こそが、本当の救いの手を握っていると。
今度は騎士ではなく、二人組の従者風の男たちだ。
どちらも疲れ切った表情で、フィオレンティーナを見上げる。
「お嬢様……
王都が少し混乱し、殿下はお嬢様が元気にしているか気にされておられます。
もし何か必要なものがあれば送る、と」
その言葉を聞いて、フィオレンティーナは笑いを堪える。
必要なもの?
王太子は本当に何を考えているのか。
自分を追放したくせに、今更「元気にしているか」などと。
魔物の脅威が迫っているからこそ、余裕がなく、彼女を再び手元に置きたいのだろうか。
「いいえ、特にありませんわ。
わたくしは十分平穏に暮らしております。
殿下にそうお伝えくださいな。
『もう遅いのですわ』と」
従者たちは困惑するが、フィオレンティーナの冷たい笑みに抗えず、頭を下げて帰っていく。
彼女が示した拒絶は明確だ。
王太子がどんなに取り繕おうが、もはや遅い。
◇
昼過ぎ、ライヴァンが再び気になる話を持ってきた。
レイシャの治癒魔法が衰え始めているという噂があるらしい。
どうやら、過剰な負担と魔物の瘴気によって、彼女の力は思ったほど安定していないようだ。
「そう……やはり儚い愛は脆いのね。
王太子はあの娘に全てを依存しているかもしれない。
でもレイシャが力を失えば、殿下はどうするのかしら」
フィオレンティーナは薔薇園を見つめながら独り言のように呟く。
自分を冷遇した王太子が、今頃慌てふためいている姿を想像すると胸がすく思いだ。
もしレイシャが治癒魔法を失えば、王太子は守りを失う。
魔物が王都を脅かし、人々が混乱すれば、真の力を持つ者を求めるはず。
◇
夕刻、村人から新たな報せが届く。
王都の衛兵たちが疲弊し、レイシャが治癒魔法を振るえずに倒れたという噂が流れた。
真偽は定かではないが、混乱は深まっているようだ。
王太子は高殿で頭を抱えているのではないか。
フィオレンティーナは冷酷な愉悦を覚えるが、同時にわずかな憐れみも混じる。
王太子はあまりに幼稚で、己が中心だと信じて疑わなかった。
その愚かさに、ようやく自ら気づく日が来るだろうか。
◇
ライヴァンが小さな花瓶を手に戻ってくる。
そこには、まだ咲ききらない小さな蕾が一つ。
この蕾は、魔力が高まれば立派な薔薇に育つという。
フィオレンティーナは興味深げに蕾を指先で撫で、微かな光が宿るのを感じる。
「この薔薇が満開になれば、わたくしはより強い魔力を行使できるかもしれない。
もし王都が崩壊寸前になれば、わたくしが行って助けてやることもできるわ。
でも、その時は……殿下を跪かせてみせますわね」
「お嬢様のご意思に従います。
殿下がどれほど後悔しようと、もう遅い。
彼は側妃を得た代わりに、真の助力者を失った」
ライヴァンは静かに微笑む。
フィオレンティーナは深いため息をつく。
不思議と、ライヴァンの存在が彼女の精神を安定させる。
かつて王宮で得られなかった信頼が、ここにはある。
◇
夜が訪れ、窓外には月が輝いている。
フィオレンティーナは薄闇の中、再び薔薇の魔力を感じ取ろうとしている。
王宮は騒がしく、魔物の影がちらつき、レイシャは弱っている。
その報せを受けて、王太子は再び使者を送り、フィオレンティーナに助力を求めるかもしれない。
しかし、彼女はすでに答えを出している。
「もう遅い」
捨てられた花は、自らの根を張り、美しく強く咲こうとしているのだから。
遠くで小さな地鳴りのような音がする。
魔物が近づいているのか、それとも戦いが始まったのか。
フィオレンティーナは怖れを感じない。
自分には力があり、時間がある。
必ず、この国で最高の花を咲かせ、王太子を悔やませてみせる。
夜風が薔薇の茂みを揺らし、淡い香りが立ち昇る。
その香りは甘く妖艶で、フィオレンティーナの青い瞳に微かな闘志の光を灯す。
いずれ、誰もが知ることになるだろう。
捨てられた姫こそが、本当の救いの手を握っていると。
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