2 / 34
第02話:冷たい蔑視と王太子の側妃宣言
しおりを挟む
翌朝、フィオレンティーナは冷えきった心を抱えながらも、完璧な微笑みを浮かべ、宮廷の廊下を歩いていた。
礼儀作法の先生がいつも言っていた。
「貴女は王妃となる器であれ」と。
だが王太子アーサーは、もはやフィオレンティーナに何も求めていないかのように見える。
その証拠が、今日起こるという噂話だ。
「お聞きになりましたか?
殿下は本日、学問院で成果を祝う宴の席で、レイシャ様を側妃として迎えるおつもりだとか」
「ええ、あの平民上がりの魔術師の娘が、側妃に。
正妃候補がいるのに、なんてこと」
宮廷を行き交う女官たちが、噂を囁き合う。
フィオレンティーナの耳に痛いほど突き刺さる言葉の群れ。
だが彼女は表情一つ変えず、廊下を進む。
◇
大理石の柱が並ぶ晩餐の広間、鮮やかな花々が飾られ、貴族たちが集う中で、王太子アーサーは高座に立った。
隣には、儚げな笑みを浮かべるレイシャ。
フィオレンティーナはその場から少し離れた位置で、静かに二人を見守っている。
「諸君、今日は学問院での研究成果を祝して、我が手に得た新たな知識と、人材を紹介しよう。
こちらにいるレイシャ、彼女は治癒魔法に秀で、我が国に新たな光をもたらす存在だ。
そして、我が心に寄り添う花。
彼女を側妃として迎えることを、ここに宣言する」
その瞬間、場内はざわめきに包まれる。
フィオレンティーナは唇を引き結び、胸中で血が逆流するのを感じた。
王太子妃候補である自分を差し置いて、側妃を先に宣言するとは。
これは明確な冷遇であり、彼女の立場を脅かす行為である。
「しかし、殿下!
正妃候補であるフィオレンティーナ様は……」
「フィオレンティーナ?
彼女は確かに才色兼備だが、如何せん冷たい。
この国を癒すには温かな愛が必要だと、私は学問院で学んだ。
レイシャは人を癒し、支え、私の心にも寄り添う。
正妃は国を統べるにふさわしい存在だが、それが必ずしも形だけの高貴さである必要はない。
まずは人として、私に寄り添える者が傍らにあるべきなのだ」
アーサーの言葉は会場に波紋を広げ、誰もがちらりとフィオレンティーナを盗み見る。
その視線は同情、嘲笑、戸惑いが入り混じり、彼女を傷つける。
しかし、フィオレンティーナは微笑みを崩さない。
かつて教わった「王妃たる者、動じぬ心を持て」を守り抜く。
けれど、その心中は荒れ狂う波のよう。
「レイシャ、そなたが側妃となることを、ここに正式に宣言しよう。
これより、私の右腕として、そして心の安らぎとして、私に仕えるがよい」
「殿下……光栄に存じます。
フィオレンティーナ様のような立場には及びませんが、私なりに殿下をお支えいたします」
レイシャは頭を下げ、その言葉はあくまで謙虚な響きを持つ。
だが、その謙虚さが却ってフィオレンティーナの存在を痛々しいものに見せる。
人々は思う。
「冷たい正妃候補」対「優しい側妃」の構図が、今まさに出来上がったと。
◇
宴が終わった後、フィオレンティーナは人気のない回廊へと足を運んだ。
そこには、彼女を呼び止める声がある。
「フィオレンティーナ様、よろしいでしょうか」
「……はい。
どなた?」
振り向けば、一人の侍女が小走りに近づいてくる。
その侍女は小柄で、少し怯えた様子を見せている。
「あの、これは内緒ですが……
殿下は近々、正妃の地位を見直すとか……
つまり、フィオレンティーナ様が正妃になることすら、再考する、という話が……」
その言葉は、フィオレンティーナの肝を冷やす。
彼女が長年努力してきた地位すら、今や危ぶまれている。
自分を支えてきた誇りは崩れ落ち、代わりに怒りと絶望が押し寄せる。
だが、ここで取り乱せば負けだ。
彼女はただ、静かに息を整える。
「そう……わかったわ。
知らせてくれて、ありがとう」
侍女が去った後、フィオレンティーナは唇を噛み締め、拳を強く握る。
王太子はとことん傲慢で自己中だ。
愛を得たいなら、まず自分が誰かを思いやればいいのに、なぜ平民上がりの魔術師娘と比べ、正妃候補を蔑ろにするのか。
その理不尽さが、彼女の心に炎を灯す。
◇
夜、彼女は自室で薄暗いランプの光を見つめていた。
いずれ、婚約破棄を言い渡される日が来るかもしれない。
彼女はその時、どう振る舞うべきかを考える。
もし追放されるなら、王宮を出て、古い領地に身を潜めることになるだろう。
だが、そこで終わりにはしない。
フィオレンティーナの中で、冷たく澄んだ決意が育まれている。
王太子が自己中心的であるならば、後に必ず後悔させてやる。
彼が捨てた花は、枯れずに新たな薔薇園を咲かせるのだから。
フィオレンティーナは目を閉じ、心の中で復讐の芽を育てながら、微かに唇を弧に歪めた。
礼儀作法の先生がいつも言っていた。
「貴女は王妃となる器であれ」と。
だが王太子アーサーは、もはやフィオレンティーナに何も求めていないかのように見える。
その証拠が、今日起こるという噂話だ。
「お聞きになりましたか?
殿下は本日、学問院で成果を祝う宴の席で、レイシャ様を側妃として迎えるおつもりだとか」
「ええ、あの平民上がりの魔術師の娘が、側妃に。
正妃候補がいるのに、なんてこと」
宮廷を行き交う女官たちが、噂を囁き合う。
フィオレンティーナの耳に痛いほど突き刺さる言葉の群れ。
だが彼女は表情一つ変えず、廊下を進む。
◇
大理石の柱が並ぶ晩餐の広間、鮮やかな花々が飾られ、貴族たちが集う中で、王太子アーサーは高座に立った。
隣には、儚げな笑みを浮かべるレイシャ。
フィオレンティーナはその場から少し離れた位置で、静かに二人を見守っている。
「諸君、今日は学問院での研究成果を祝して、我が手に得た新たな知識と、人材を紹介しよう。
こちらにいるレイシャ、彼女は治癒魔法に秀で、我が国に新たな光をもたらす存在だ。
そして、我が心に寄り添う花。
彼女を側妃として迎えることを、ここに宣言する」
その瞬間、場内はざわめきに包まれる。
フィオレンティーナは唇を引き結び、胸中で血が逆流するのを感じた。
王太子妃候補である自分を差し置いて、側妃を先に宣言するとは。
これは明確な冷遇であり、彼女の立場を脅かす行為である。
「しかし、殿下!
正妃候補であるフィオレンティーナ様は……」
「フィオレンティーナ?
彼女は確かに才色兼備だが、如何せん冷たい。
この国を癒すには温かな愛が必要だと、私は学問院で学んだ。
レイシャは人を癒し、支え、私の心にも寄り添う。
正妃は国を統べるにふさわしい存在だが、それが必ずしも形だけの高貴さである必要はない。
まずは人として、私に寄り添える者が傍らにあるべきなのだ」
アーサーの言葉は会場に波紋を広げ、誰もがちらりとフィオレンティーナを盗み見る。
その視線は同情、嘲笑、戸惑いが入り混じり、彼女を傷つける。
しかし、フィオレンティーナは微笑みを崩さない。
かつて教わった「王妃たる者、動じぬ心を持て」を守り抜く。
けれど、その心中は荒れ狂う波のよう。
「レイシャ、そなたが側妃となることを、ここに正式に宣言しよう。
これより、私の右腕として、そして心の安らぎとして、私に仕えるがよい」
「殿下……光栄に存じます。
フィオレンティーナ様のような立場には及びませんが、私なりに殿下をお支えいたします」
レイシャは頭を下げ、その言葉はあくまで謙虚な響きを持つ。
だが、その謙虚さが却ってフィオレンティーナの存在を痛々しいものに見せる。
人々は思う。
「冷たい正妃候補」対「優しい側妃」の構図が、今まさに出来上がったと。
◇
宴が終わった後、フィオレンティーナは人気のない回廊へと足を運んだ。
そこには、彼女を呼び止める声がある。
「フィオレンティーナ様、よろしいでしょうか」
「……はい。
どなた?」
振り向けば、一人の侍女が小走りに近づいてくる。
その侍女は小柄で、少し怯えた様子を見せている。
「あの、これは内緒ですが……
殿下は近々、正妃の地位を見直すとか……
つまり、フィオレンティーナ様が正妃になることすら、再考する、という話が……」
その言葉は、フィオレンティーナの肝を冷やす。
彼女が長年努力してきた地位すら、今や危ぶまれている。
自分を支えてきた誇りは崩れ落ち、代わりに怒りと絶望が押し寄せる。
だが、ここで取り乱せば負けだ。
彼女はただ、静かに息を整える。
「そう……わかったわ。
知らせてくれて、ありがとう」
侍女が去った後、フィオレンティーナは唇を噛み締め、拳を強く握る。
王太子はとことん傲慢で自己中だ。
愛を得たいなら、まず自分が誰かを思いやればいいのに、なぜ平民上がりの魔術師娘と比べ、正妃候補を蔑ろにするのか。
その理不尽さが、彼女の心に炎を灯す。
◇
夜、彼女は自室で薄暗いランプの光を見つめていた。
いずれ、婚約破棄を言い渡される日が来るかもしれない。
彼女はその時、どう振る舞うべきかを考える。
もし追放されるなら、王宮を出て、古い領地に身を潜めることになるだろう。
だが、そこで終わりにはしない。
フィオレンティーナの中で、冷たく澄んだ決意が育まれている。
王太子が自己中心的であるならば、後に必ず後悔させてやる。
彼が捨てた花は、枯れずに新たな薔薇園を咲かせるのだから。
フィオレンティーナは目を閉じ、心の中で復讐の芽を育てながら、微かに唇を弧に歪めた。
194
お気に入りに追加
798
あなたにおすすめの小説
私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~
すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。
幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。
「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」
そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。
苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……?
勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。
ざまぁものではありません。
婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!!
申し訳ありません<(_ _)>
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
余命わずかな私は家族にとって邪魔なので死を選びますが、どうか気にしないでくださいね?
日々埋没。
恋愛
昔から病弱だった侯爵令嬢のカミラは、そのせいで婚約者からは婚約破棄をされ、世継ぎどころか貴族の長女として何の義務も果たせない自分は役立たずだと思い悩んでいた。
しかし寝たきり生活を送るカミラが出来ることといえば、家の恥である彼女を疎んでいるであろう家族のために自らの死を願うことだった。
そんなある日願いが通じたのか、突然の熱病で静かに息を引き取ったカミラ。
彼女の意識が途切れる最後の瞬間、これで残された家族は皆喜んでくれるだろう……と思いきや、ある男性のおかげでカミラに新たな人生が始まり――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる