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第1話:失墜の祝宴
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豪奢なクリスタルのシャンデリアがきらめく大広間で、王国を揺るがす一大儀式が始まろうとしていた。
赤い絨毯の上には、王家の血筋を継ぐ第一王子リシャールが立ち、視線の先には選ばれし聖女候補たちが列をなしている。
その中央に佇むのが、公爵令嬢ユリエ・アルトローデである。
彼女は周囲から最有力候補と言われ、今夜こそ正式に“聖女”の称号を得ると信じて疑わなかった。
穏やかな夜会服に身を包み、青い瞳を輝かせるユリエは、生まれた時から貴族の規範を忘れず、誰よりも王家への忠誠を尽くしてきたのだ。
しかし、式典の始まりとともに奇妙な空気が流れ始める。
王子リシャールの口から、誰も予想しなかった言葉が告げられた。
「この国を導く聖女は、侯爵令嬢セシル・バーミリアに決定する」
突然の発表に、大広間は一瞬息を呑んだかのように静まり返った。
「え……」
ユリエは割れるような心臓の痛みを感じながら口を開く。
だが、言葉は宙を漂うばかりで、次の瞬間、まるで追い打ちをかけるかのように周囲がざわつき始めた。
祝福の声はセシルに向けられ、ユリエが目を見開くまま、さっと人々の視線が離れていく。
「皆さま、大変お待たせいたしましたわ。わたくしセシル、喜んで聖女の務めを果たします」
明るい声で誇らしげに宣言するセシル。
その後ろには、にこやかに微笑むリシャール王子が並んでいた。
まるで長年支え合ってきた仲間であるかのような親密さを漂わせ、手をとり合いながら祝福を受けている。
だが、そこにはユリエの居場所など微塵もなかった。
「……どうして、なぜセシル様が?」
王宮に仕える司祭たちすら、ユリエを有力として認めていたはずだ。
新たな聖女がほかに存在するなど考えられなかった。
ユリエが困惑していると、知り合いの伯爵令嬢が、まるで厄介事から逃げるかのように視線を逸らしながら告げる。
「ユリエ様……あの、すみません。セシル様が選ばれた以上、もう聖女に関しては……」
それきり言葉を濁して立ち去ってしまう伯爵令嬢。
肩を落とすユリエの前に、まるで鍵をかけたように冷たい表情を浮かべたリシャールが歩み寄ってきた。
「ユリエ、今回の件は本当に残念だが……これからはセシルが聖女として王家を支えてくれる。
……だから、僕との婚約の話も白紙に戻させてもらう」
信じていた人からの突然の婚約破棄宣言。
ユリエは頭の中が真っ白になった。
婚約とは、幼いころから将来の約束として交わしてきたものだ。
少なくとも、リシャールとはある程度の信頼関係を築いているはずだった。
しかし、その期待は儚くも砕かれる。
「リシャール様、それは……」
言葉を探す彼女の胸に、さらに追い討ちがかけられる。
「もう必要なくなった、ということさ。次期王妃は聖女であるセシルがふさわしい。
だから、君のような“選ばれなかった令嬢”に、王族としての責務を求めるわけにはいかないよ」
高慢な態度で話すリシャールの姿は、ユリエが知っていた優しかった王子とはまるで別人に見えた。
彼女を冷酷に突き放して、さも当然のように退場を促す。
ここまで壮絶に踏みにじられるとは、誰もが予想していなかっただろう。
周囲の貴族たちが、まるで腫れ物に触れるかのように視線を避けて通りすぎていく。
それでもユリエは衝動的に声を上げるわけにはいかなかった。
こんな場所で王子を責め立てるなど、貴族としての礼儀を欠く行為だ。
必死に感情を抑え、うつむきながら息をのむ。
「……どれほど私が愚かに見えるのかしら。
信じていた相手に、あっけなく捨てられるなんて……」
その自嘲を、誰も聞き取ろうとはしない。
ちらりと見えたセシルの笑みは、勝ち誇ったようで、しかし綺麗に飾られた仮面を思わせる。
王妃となることを誇る彼女には、ユリエの心情などまるで理解できないのだろう。
祝宴は盛大な祝福の声に包まれ、ユリエだけが取り残される。
まるでひとり、場違いの空間に迷い込んだようだった。
もはやここにいる意味も見つからず、立ち尽くす彼女の背に、冷たい嘲笑が突き刺さる。
「ユリエ様、そのドレス、もう場に合わないのではなくて?」
誰かの意地悪な声が聞こえる。
次期王妃が決まった今、もはや聖女候補ですらなくなったユリエには、祝宴に参加する資格はないとばかりに。
彼女は唇を噛みしめながら、大広間を後にした。
失意の中で感じたのは、自分が何も知らずにここまで来てしまったことへの悔しさだった。
聖女として必要とされるはずが、なぜあの場であっさりとセシルに取って代わられたのか。
そして、リシャール王子までが突然の翻意を示したのはなぜなのか。
答えの見えない暗い廊下をただ歩きながら、ユリエは心の中で誓うようにつぶやく。
「私は必ず、この真実を突き止めてみせる。
そして、私からすべてを奪い去ったあの人たちを、絶対に許さない」
夜の闇が王宮の回廊に静かに広がる中、ユリエの瞳には薄闇をも穿つ強い光が宿っていた。
赤い絨毯の上には、王家の血筋を継ぐ第一王子リシャールが立ち、視線の先には選ばれし聖女候補たちが列をなしている。
その中央に佇むのが、公爵令嬢ユリエ・アルトローデである。
彼女は周囲から最有力候補と言われ、今夜こそ正式に“聖女”の称号を得ると信じて疑わなかった。
穏やかな夜会服に身を包み、青い瞳を輝かせるユリエは、生まれた時から貴族の規範を忘れず、誰よりも王家への忠誠を尽くしてきたのだ。
しかし、式典の始まりとともに奇妙な空気が流れ始める。
王子リシャールの口から、誰も予想しなかった言葉が告げられた。
「この国を導く聖女は、侯爵令嬢セシル・バーミリアに決定する」
突然の発表に、大広間は一瞬息を呑んだかのように静まり返った。
「え……」
ユリエは割れるような心臓の痛みを感じながら口を開く。
だが、言葉は宙を漂うばかりで、次の瞬間、まるで追い打ちをかけるかのように周囲がざわつき始めた。
祝福の声はセシルに向けられ、ユリエが目を見開くまま、さっと人々の視線が離れていく。
「皆さま、大変お待たせいたしましたわ。わたくしセシル、喜んで聖女の務めを果たします」
明るい声で誇らしげに宣言するセシル。
その後ろには、にこやかに微笑むリシャール王子が並んでいた。
まるで長年支え合ってきた仲間であるかのような親密さを漂わせ、手をとり合いながら祝福を受けている。
だが、そこにはユリエの居場所など微塵もなかった。
「……どうして、なぜセシル様が?」
王宮に仕える司祭たちすら、ユリエを有力として認めていたはずだ。
新たな聖女がほかに存在するなど考えられなかった。
ユリエが困惑していると、知り合いの伯爵令嬢が、まるで厄介事から逃げるかのように視線を逸らしながら告げる。
「ユリエ様……あの、すみません。セシル様が選ばれた以上、もう聖女に関しては……」
それきり言葉を濁して立ち去ってしまう伯爵令嬢。
肩を落とすユリエの前に、まるで鍵をかけたように冷たい表情を浮かべたリシャールが歩み寄ってきた。
「ユリエ、今回の件は本当に残念だが……これからはセシルが聖女として王家を支えてくれる。
……だから、僕との婚約の話も白紙に戻させてもらう」
信じていた人からの突然の婚約破棄宣言。
ユリエは頭の中が真っ白になった。
婚約とは、幼いころから将来の約束として交わしてきたものだ。
少なくとも、リシャールとはある程度の信頼関係を築いているはずだった。
しかし、その期待は儚くも砕かれる。
「リシャール様、それは……」
言葉を探す彼女の胸に、さらに追い討ちがかけられる。
「もう必要なくなった、ということさ。次期王妃は聖女であるセシルがふさわしい。
だから、君のような“選ばれなかった令嬢”に、王族としての責務を求めるわけにはいかないよ」
高慢な態度で話すリシャールの姿は、ユリエが知っていた優しかった王子とはまるで別人に見えた。
彼女を冷酷に突き放して、さも当然のように退場を促す。
ここまで壮絶に踏みにじられるとは、誰もが予想していなかっただろう。
周囲の貴族たちが、まるで腫れ物に触れるかのように視線を避けて通りすぎていく。
それでもユリエは衝動的に声を上げるわけにはいかなかった。
こんな場所で王子を責め立てるなど、貴族としての礼儀を欠く行為だ。
必死に感情を抑え、うつむきながら息をのむ。
「……どれほど私が愚かに見えるのかしら。
信じていた相手に、あっけなく捨てられるなんて……」
その自嘲を、誰も聞き取ろうとはしない。
ちらりと見えたセシルの笑みは、勝ち誇ったようで、しかし綺麗に飾られた仮面を思わせる。
王妃となることを誇る彼女には、ユリエの心情などまるで理解できないのだろう。
祝宴は盛大な祝福の声に包まれ、ユリエだけが取り残される。
まるでひとり、場違いの空間に迷い込んだようだった。
もはやここにいる意味も見つからず、立ち尽くす彼女の背に、冷たい嘲笑が突き刺さる。
「ユリエ様、そのドレス、もう場に合わないのではなくて?」
誰かの意地悪な声が聞こえる。
次期王妃が決まった今、もはや聖女候補ですらなくなったユリエには、祝宴に参加する資格はないとばかりに。
彼女は唇を噛みしめながら、大広間を後にした。
失意の中で感じたのは、自分が何も知らずにここまで来てしまったことへの悔しさだった。
聖女として必要とされるはずが、なぜあの場であっさりとセシルに取って代わられたのか。
そして、リシャール王子までが突然の翻意を示したのはなぜなのか。
答えの見えない暗い廊下をただ歩きながら、ユリエは心の中で誓うようにつぶやく。
「私は必ず、この真実を突き止めてみせる。
そして、私からすべてを奪い去ったあの人たちを、絶対に許さない」
夜の闇が王宮の回廊に静かに広がる中、ユリエの瞳には薄闇をも穿つ強い光が宿っていた。
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