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第27話:迫る援軍と混乱の予兆

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 落石騒動から一夜明け、集落は不穏な空気に包まれていた。
 昨日の事件を受け、外出を控える村人も多く、集会所には不安を訴える声が上がっている。
 セシルやオズワルドは改めて状況を整理し、魔物や崖崩れへの対策を村と協力して進める方針を打ち出したが、ラヴィーニア王子一行の動向が気になって仕方ない。

 ◇

「セシル、アーロンからの返事が届いた。どうやら少数精鋭の援軍が今日中には近くまで来るらしい」

 朝早く、オズワルドが通信魔法書状を手に部屋へ入ってきた。
 セシルは夜中まで資料を整理していたが、その疲れを感じさせないほど目を輝かせる。

「本当ですか! よかった……。ようやく動けますね」

「ああ。アーロンたちは“災害調査の補助”という形で来るから、ラヴィーニアの連中に怪しまれないように合流地点を決める。なるべく人目のつかない場所で落ち合いたい」

「合流後は例のテントを調べるんですね。もし武器や物資の備蓄が大量にあるなら、その場で押さえてラヴィーニアの陰謀を暴くことができるかも」

「そうだな。ただ、相手も気づいて撤収する可能性がある。昨夜の落石が彼らの仕業かどうかはわからんが、何らかの妨害工作を仕掛けてくる余地はある」

 オズワルドが警戒心を露わにするのも無理はない。
 ラヴィーニア公務官たちは今日も朝早くから村の周囲を散策すると言っており、何か新たな動きがあるのかもしれない。

「私もなるべく同行して、怪しい行動を抑えられないか観察しますね。将軍は合流場所の準備と、兵たちの配置をお願いします」

「わかった。気をつけろよ、セシル。絶対に一人で危険な場所に行くな。今回は護衛兵を増やす」

「はい、ありがとうございます」

 セシルは微笑んで頷き、急いで身支度を整える。

 ◇

 外へ出ると、レナードたちはちょうど馬車や装備を整えているところだった。
 彼らにとって、この集落は居心地が悪いのか、いまにも移動しそうな雰囲気を醸し出している。

「殿下、これからどうされるおつもりですか?」

 セシルが問いかけると、レナードは苦い表情を浮かべた。

「正直、こんなところは早く離れたい。落石は起きるし、寒いし……。でも、公務官たちが“もう少し調査を続けたい”と言っていてね」

「そうなんですね。どんな調査なんでしょうか?」

「さあ、細かいことは聞いてないよ。災害対策とか言っていたけど、僕にとってはどうでもいい話で……」

 レナードの口調からは不満と苛立ちが混ざっている。
 王子であるにもかかわらず、部下の公務官が勝手に行動している様子は、セシルには奇妙に思えた。

「(やっぱり、殿下は利用されているだけかもしれない。真相を知らずに、ただ“セシルを呼び戻したい”という個人的な思いでついて来ただけ?)」

 セシルは心中でそう推測しつつ、表情には出さずに微笑を返す。

「わかりました。お体には気をつけて。私はもう少し村の方々とお話をしますので、何か困ったことがあれば声をかけてください」

「……ああ、ありがとう」

 レナードはどこか沈んだ声で答え、馬車のほうへ歩いていく。
 その背中を見送りながら、セシルは“レナードは敵か味方か”という疑問に一瞬だけ迷いを覚えるが、やはり今は下手にかかわらないのが得策だと判断する。

 ◇

 ラヴィーニア公務官たちが再び村外れへ向かい、何やら地形を調べると称して出かけて行ったのを見送った後、セシルは村長や住民たちを集会所に呼び寄せた。
 オズワルドも同席し、落石や魔物被害の対策を再度協議する。

「昨日の落石が、自然現象であれ人為的なものであれ、あの崖道は当面危険すぎます。冬場は特に脆いですし、通行は控えたほうがいいでしょうね」

「ええ、我々もそう考えています。今後、どうやって物資を運んでいくか……そこが課題です」

「王都から援軍や支援物資を呼び込む方法を考えましょう。もし少し遠回りでも、比較的安全なルートがあるならそちらを活用して……」

 セシルは地図を広げ、別の迂回ルートを示しながら説明を続ける。
 オズワルドが軍事的観点から警備拠点の設置を提案し、住民側も協力を申し出てくれるため、会議はスムーズに進んでいた。

「……こうした災害対策の取り組みを、ラヴィーニア王国とも共有すれば、境界地帯での魔物被害や物流の混乱を一緒に解決できるはずなんですけどね」

 セシルが嘆くように言うと、村長は苦笑しつつ頷く。

「本当にそうだ。国同士が争うより、手を携えたほうが皆が幸せなんだが……。まあ、下々の者はただ生きるのに必死で、政治のことまではわからんよ」

「はい……。私たちも現場レベルで出来ることをやるしかないですね。上層部がどう動くかは正直、私にも読みづらいところがあります」

 セシルは思わず深いため息をつくが、そこへ外から報告の声が響いた。

「将軍、セシル様! 馬車が二台ほど、こちらへ向かっているようです。見慣れない紋章を掲げていますが、もしかしたら王都からの支援かもしれません!」

 護衛兵がそう伝えてきた瞬間、セシルとオズワルドは顔を見合わせる。
 アーロン率いる援軍が到着したのだろうか――期待が胸を高鳴らせる。

「よし、来たかもしれん。村の代表や住民の方々には、“追加の災害調査要員”が来たと伝えてくれ。こちらで迎える準備をする」

「わかりました!」

 セシルが笑みを浮かべて外へ飛び出すと、遠くから雪煙をあげながら馬車が近づいてくるのが見えた。
 先頭の御者台に立つ人影――やはりアーロンらしき姿だ。

「アーロン副官、来てくれたんですね!」

 セシルが手を振ると、馬車は停車し、中から精鋭らしき兵士が数名降りてくる。
 アーロンは柔和な笑顔を浮かべながら、セシルに会釈をした。

「お久しぶりです、セシル殿。将軍からの通信魔法を受け取って急ぎ手配しました。道中、雪で難儀しましたが、どうにか到着しましたよ」

「ありがとうございます。実は大変な事態で……詳しい話は中で。とにかく来ていただいて本当に助かります」

 セシルはほっと胸を撫で下ろし、アーロンに昨夜の出来事や落石騒動、そしてラヴィーニアの怪しい動きについて簡潔に説明する。

 ◇

 馬車の陰に隠れるようにして降り立った精鋭兵たちは、皆鍛え抜かれた雰囲気を漂わせている。
 彼らは物音を立てずに周囲の地形や家々を観察し、警備配置を頭の中で組み立てているようだ。
 その無駄のない動きに、セシルは頼もしさを感じる。

「状況を把握しました。なるほど、では例の“秘密のテント”を押さえるには、今が好機というわけですね。公務官たちが動く前に、奇襲をかける形が理想です」

「そうなんです。私は昨夜こっそり目撃しただけなので、場所はおおよそしか分かりませんが……。崖下の空き地にテントが張られていて、数名の兵が出入りしていました」

「それでも十分です。兵を分散させ、小規模部隊で周囲を包囲すれば逃げ道も少ないでしょう。兵の半数は村で護衛に徹し、残り半数でテントを調べに行きます」

 アーロンは地図を確認しながら軍事経験に基づいて淡々と提案を進める。
 オズワルドも合流し、さらに具体的な配置を協議するうちに、勝算が見えてきた。

「この作戦をラヴィーニア王子一行に悟られぬようにしなければならない。そのためにも、彼らが村に戻らない時間帯を狙うのがいいだろう」

「公務官たちは今朝、また“山の地形を調べる”と言って出かけました。帰ってくるのは夕刻かもしれませんし、その間に動けば……」

「よし、早速準備しよう」

 オズワルドとアーロンの指示で兵たちが素早く動き出す。
 セシルはそれをサポートしながら、一抹の不安を抱えつつも決断を固める。

「(これで、ラヴィーニアの陰謀を抑えられるなら……。何としてでも成功させなきゃ)」

 混乱の予兆が漂う中、グリーゼ王国の守護を賭けた静かな攻防戦が、まもなく始まろうとしていた。
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