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第26話:山道の落石と思わぬ助け船

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 崖道の視察を続けながら、セシルたちは細心の注意を払って進んでいた。
 村人たち曰く、この辺りは雪解け水が染み込んで地盤がゆるむため、ちょっとした衝撃で落石が起こりやすいらしい。
 オズワルドが先頭で巡回しつつ、ロープを張って安全を確保している。
 レナードは護衛兵に支えられながら、文句を言いつつも何とか足を進めていた。

 ◇

「ふう、ここまで来れば一旦は大丈夫だろう。少し広めの足場になっている」

 オズワルドが振り返り、皆に声をかける。
 そこは崖の途中にあるわずかな平坦地で、小さな祠らしきものが建てられていた。
 村人の話では、山の神を祭っているとかで、魔物や雪崩から村を守ってくれると信じられている。

「ここ、見たことあるな。前に近くを通りかかったことが……。いや、しかしこんなに崖が険しかっただろうか」

 ラヴィーニア公務官の一人が、ぼそっと漏らす。
 それを耳にしたセシルは、やはり彼らがこの地形になじんでいる証拠だと感じ、ますます疑惑を抱く。

「休憩するなら今がチャンスだ。各自、水分補給を忘れないように」

 オズワルドが言い渡し、全員がそれぞれ岩や木の根元に腰を下ろす。
 セシルもほっとひと息ついたとき、遠くでゴロゴロという嫌な音が響いた。

「……今の音は……落石か?!」

 護衛兵が声を上げると同時に、崖の上方から石ころが転がり落ちてくるのが見えた。
 みるみるうちに大小さまざまな岩が流れ落ち、地面を揺らすような激しい衝撃が走る。

「皆、伏せろ!」

 オズワルドが叫び、兵たちは咄嗟にセシルや村人を守る形で盾を構える。
 岩がガンガンと地面や岩肌に当たり、雪煙と土埃を巻き上げながら転落していく。

「う、うわああっ!」

 レナードが悲鳴を上げ、腰を抜かしたように尻餅をつく。
 公務官たちも逃げ惑い、誰かが足を滑らせて崖の端へと寄ってしまった。

「落ち着いて! くれぐれも崖下に落ちないで!」

 セシルは必死に声を張り上げるが、視界が悪く、あちこちで悲鳴が飛び交う。
 木の幹にしがみつく者、盾を頭上に掲げる兵、みな必死だ。

「オズワルド将軍! あそこ、レナード殿下が……!」

 セシルが岩陰から顔を出してみると、レナードが恐怖で立ち尽くしているのが見えた。
 そのすぐ隣を、拳ほどの大きさの岩が猛スピードで通過する。

「殿下、伏せてください!」

 セシルはとっさに走り寄り、レナードの腕をつかんで岩陰へ引きこもうとする。
 だが、その拍子に足元の雪と砂が崩れ、二人とも滑りそうになった。

「……っ!」

 転倒しかけたところを、がっしりとした腕が支えてくれる。
 オズワルドがさっと駆け寄り、セシルとレナードを同時に抱える形で安全地帯へ移動させた。

「大丈夫か、セシル!」

「将軍……ありがとうございます。こっちは大丈夫です。殿下は?」

 セシルは肩越しにレナードの様子を確認するが、彼は顔面蒼白で何も言えないまま肩で息をしている。
 それでも怪我はなさそうだ。

「くそっ……落石が止むのを待つしかないが、このままじゃ足の踏み場も……」

 オズワルドがあたりを見回すと、幸い大きな岩は転がり終わったらしく、小さな石がぱらぱらと落ちてくるだけになっていた。
 煙や粉雪が舞う中、兵たちが無事を確認し合い、何とか大きな事故は避けられたようだ。

「皆、ケガ人はいないか?!」

「こちらは大丈夫です! 公務官の一人が腕を打撲した程度で……」

 護衛兵が報告し、どうやら全員生きていることを確認できた。
 セシルは安堵するが、その一方で、どうしてこんなタイミングで落石が起きたのかという疑問も浮かぶ。

「……まさか、誰かが仕掛けた? いや、地盤が崩れやすいとは聞いていたから、偶然かもしれないけど……」

 セシルがつぶやくと、オズワルドは険しい目で崖上を見上げる。
 人影のようなものは見えないが、もし意図的に石を落とされたなら今ごろは既に逃げているだろう。

「いずれにしても、ここでの調査は難しいな。崖道の安全が確保されていない以上、これ以上進むのは危険すぎる」

 オズワルドが皆に声を張り上げ、早々に引き返すことを提案する。
 村人も賛成し、ラヴィーニア側の公務官たちも、ただ頷いて従った。
 レナードなどは顔から血の気が引き、完全に意気消沈している。

「(……敵の策か、単なる自然現象か。どちらにせよ、今は身を守るのが先決ね)」

 セシルはレナードの肩を軽く支えながら、皆と共に慎重に来た道を戻る。

 ◇

 なんとか崖を下り終え、広めの安全な道に出たのは昼過ぎだった。
 全員、疲労と緊張でぐったりしている。
 とりあえず村へ戻って体勢を立て直すのが先決ということで、オズワルドは短く指示を出す。

「村に帰ったら、怪我人の手当てを最優先だ。雪崩や落石が起こりそうな場所には近づかないよう、村人にも注意してもらおう」

「はい、了解しました。将軍、私は殿下を――」

 セシルが言いかけると、レナードはようやく口を開く。

「セシル……ありがとう。助かったよ。もし君が引っ張ってくれなかったら、あのまま岩に当たっていたかもしれない」

「お気になさらず。私じゃなくても同じことをしましたよ」

 そっけなく返事をしつつ、セシルはふと、レナードの瞳がどこか純粋な感謝を帯びているのを感じた。
 かつて婚約者だった頃の輝きを思い出すような、一瞬の表情。
 だが、今さら彼に心を揺らすつもりなどない。

「……殿下は少し休んでください。体を冷やすと良くないので、村に戻ったら温かい飲み物でも飲んで」

「……ああ、そうする。ありがとう……」

 レナードは力なく頷き、取り巻きの支えを借りながら歩みを進める。
 その後ろ姿を見つめながら、セシルは深い溜め息をついた。

「(もし落石が偶然ならいいけど、ラヴィーニアの兵たちの仕業だとしたら……殿下まで巻き込むとは思えない。やっぱり王子には別の勢力が動いているのか?)」

 疑問は尽きないが、今は何より自分たちの無事が最優先だ。
 セシルはオズワルドの隣を歩きながら、危険を感じるこの地でいかに行動すべきか、頭の中で作戦を練り直す。

 ◇

 ほどなくして村へ帰り着くと、代表の男が心配そうに迎えた。

「皆さん、大丈夫でしたか? 崖道のほうは危険が増していると聞いていましたが……」

「落石があって、少し危なかった。やはり、この時期にあそこを通るのは無謀だったようだ。申し訳ないが、もう少し安全な場所で調査を行えないか検討したい」

 オズワルドがそう告げると、代表は何度も頭を下げる。

「わかりました。村の者も手伝いますから、どこが最も安全か、一緒に地図を見て選びましょう。今後の災害対策にも役立ちますから」

「ありがとうございます。助かります」

 セシルはほっと胸を撫で下ろし、最後尾のレナードたちを振り返った。
 ラヴィーニア公務官の数名は、落石の騒ぎにもかかわらず妙に冷静で、まるで予測していたかのようにも見える。
 彼らの動きには引き続き注意が必要だろう。

「(それにしても、アーロンが送ってくれる援軍はいつ到着するのかな。ここから先、あのテントの存在をどう暴くかが鍵になる)」

 セシルは頭を巡らせながら、きしむ床板を踏みしめて村長宅へ戻る。
 不安と警戒が交錯するなか、思わぬ助け船――アーロンからの増援が、間に合うことを祈るばかりだった。
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