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第23話:雪深き村と偽りの協調

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 翌朝、宿場町を出発した一行は、さらに北部へと足を進めた。
 標高が上がるにつれ、積雪が増え、道はぬかるみやすくなる。
 馬車もところどころで立ち往生しそうになり、そのたびに護衛兵や職員が総出で手を貸す場面が続いた。

   ◇

  「はあ……ここまで雪が深いとは。これじゃ物資を大量に運ぶなんて至難の業だな」

   オズワルドが険しい表情で呟くと、セシルも同じ感想を抱く。
 それでも、ラヴィーニア側の公務官たちは特に驚く風でもなく、むしろ慣れたように馬を操っている。

  「(やっぱりおかしい。ふつうはもっと驚くはずなのに……)」

   セシルは馬車の窓から彼らの様子をこっそり観察する。
 そんな中、レナードだけは慣れない雪道に少し戸惑っているようで、取り巻きに助けを求める場面があった。

  「おい、もう少し馬をしっかり制御してくれ。こんな寒いところ、早く通り過ぎたいんだが……」

  「殿下、足元が凍結しており危険です。転倒しないように気をつけてください」

   取り巻きの公務官が慌ててレナードを支え、雪道を慎重に歩かせる。
 その様子を見て、セシルは少しだけ安堵する。
 少なくともレナード本人は、どうやらこの北部の地形に不案内な様子らしい。

   ◇

   正午を過ぎたころ、一行は小さな雪国の村に到着した。
 ここでは災害管理局の名目どおり、雪害や魔物被害の状況を聞き取るために立ち寄ることになっている。

  「セシル殿、どうぞこちらへ。村長がお待ちかねですよ」

   アーロンが誘導し、セシルやオズワルド、さらにラヴィーニア側の代表者も揃って村長宅を訪れる。
 そこは小さく質素な家だが、暖炉の火が温かく、外の寒さを和らげてくれた。

  「よくお越しくださいました。グリーゼ王国の災害対策を担う方々が来てくださるなんて、なんと心強いことか」

   村長は白い髭をたくわえた優しげな老人で、出迎える言葉には心からの期待が滲んでいた。
 村の周辺は雪崩や地滑りの危険がある上、魔物が食料を狙ってやってくることも多いという。

  「さっそくですが、冬の間はどうやって生活物資を調達しているのでしょうか? 主要街道が塞がれがちと聞いていますが……」

   セシルが尋ねると、村長は困ったように笑いながら答える。

  「もっぱら秋のうちに備蓄しておき、どうしても足りないものは、雪山に慣れた若者が山道を越えて町へ買い出しに行きます。ですが、最近は魔物の出没が増え、危険が増しておりまして……」

   村長の話によると、実際に被害を受けることが多く、物資の高騰や不足が深刻化しているらしい。
 セシルはメモを取りながら、魔物対策の必要性を再認識する。

  「そうでしたか。やはり新たな護衛拠点を設置するなど、対策が急務ですね。王都までの道のりが遠いため、支援も届きにくいでしょうし……」

  「もしよろしければ、近隣の村とも連携した上で護衛隊を組織できないか、我々としても検討させていただきます」

   オズワルドが真剣な面持ちで提案すると、村長は目を輝かせながら頭を下げた。

  「何卒、お願い申し上げます。私どもも協力は惜しみませんので……」

   こうして村の現状を詳しく聞き取り、必要な支援策を議論するのがセシルたちの本来の目的だ。
 その一方で、ラヴィーニアから来た公務官たちは、どこか上の空のように思える。
 レナード自身は興味半分で地図を眺め、「ふーん、こんな場所だったのか」と呟く程度。

  「ラヴィーニアの皆さまは、何か質問はありませんか? 災害対策について学ぶとのことでしたが……」

   セシルがやんわり話を振ると、公務官の一人が慌てたように書類をめくり、「ええ、いえ、こちらは特に……」と視線をそらしてしまう。
 どうやら本格的に学ぶつもりはなさそうだ。
 その様子がますます怪しさを際立たせる。

   ◇

   村長宅での打ち合わせを終え、周辺を軽く視察してから、セシルたちは村の広場に移動する。
 そこには大きな屋根付きの共同倉庫があり、村人たちが何人か集まっていた。

  「ここが食料や生活道具を保管する倉庫です。魔物に破壊されぬよう、頑丈に作ったつもりですが……」

   倉庫の扉を開けると、比較的整然と物資が積み上げられている。
 とはいえ、他国からの支援物資が届いている気配はない。
 セシルは倉庫の隅々まで見渡しながら、ラヴィーニアがここに何かを運び込んでいるわけではないと感じた。

  「やはり、この村では何も怪しい動きはなさそうですね。北部で“ラヴィーニアの大量物資”という噂があったのに……」

  「もっと奥の地域でしょうか。あるいは、我々に見られないようにルートを変えているとか……」

   アーロンと小声で交わすセシル。
 オズワルドも黙ってその会話を聞き、首をかすかに横に振る。

   ◇

   一方、レナードは倉庫の外で手持ち無沙汰にしていたが、突然、村の若者に気軽に話しかけられ、戸惑いながらも応じている。
 「王子殿下ですか? はじめまして!」と屈託ない笑顔で挨拶を受け、いつもの高慢さを発揮できずにいるようだ。

  「な、なんだお前。俺に何か用か?」

  「あ、すみません! お偉い方だとは思わず……。雪山で遭難しないよう、お気をつけくださいね!」

   屈託なく声をかける若者に、レナードは拍子抜けしたように「あ、ああ……」と答えるだけだ。
 セシルは少し離れた場所からその様子を見て、知らずくすりと笑ってしまう。
 こうした素朴な村人とのやり取りは、彼にとって初めての経験かもしれない。

  「セシル。そろそろ村を出るぞ。次の目的地まで今日中に行っておきたい」

   オズワルドが声をかけ、セシルたちは馬車に戻る準備を始める。
 村の人々に別れを告げ、近隣の村の調査へと急ぐのだ。

   ただ、ラヴィーニア公務官たちの態度はどこか上の空のままだ。
 表面上は協調しているように見せているが、災害対策への熱意は感じられない。
 彼らが本当に求めているものは何なのか――セシルはその答えがつかめないまま、次の目的地へ向かう馬車に揺られることになった。
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