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第22話:動き始めた北部調査と意外な同伴者

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 翌朝、セシルは早速、北部への巡回調査を進めるための段取りに取りかかった。
 あくまで“災害対策の一環”という名目で行うが、実質的にはラヴィーニア王国の怪しい物資搬入を探るための視察に近い。
 オズワルドやアーロンもそれを了承しており、現地の役所に協力を要請する公文書がすでに作成されていた。

   ◇

  「セシル殿、こちらが北部巡回のルート案です。積雪や地形の関係で移動に時間がかかりそうですが、大丈夫でしょうか?」

   アーロンが広げた地図には、山岳地帯や雪原が連なっている。
 王都から遠く離れた場所だけに、移動には丸々数日を要する見込みだ。

  「はい。道中は護衛兵をつけてもらえますか? 魔物も出る地域ですし、万全の体制を整えたいので」

  「わかりました。将軍は本来、中央での軍務が多忙ですが、今回の調査にも同行する方針で動いています。前線視察の意味もあるそうですよ」

   アーロンが微笑みながらそう言うと、セシルは思わず頬を染める。
 オズワルドが直接来てくれるなら心強い。
 だが同時に、二人きりで行動することを意識してしまい、胸の奥が不思議な熱を帯びる。

  「そ、そうですか……将軍が一緒だと頼もしいですね」

  「ええ。あと、意外かもしれませんが、ラヴィーニア王子殿下も北部に興味を示しているそうです。グリーゼの“寒冷地災害対策”を研究したいと、公的に申し込んできたとのことです」

  「え……レナード殿下も?」

   アーロンの言葉に、セシルは戸惑いを隠せない。
 まさか、またレナードが割り込んでくるのだろうか。

  「王子一行がどこまで同行するかは未定ですが、どうやらラヴィーニアの一部高官が同行するようです。実地調査を通じて情報共有したい、と。災害管理局としては拒む理由もなく、国王陛下も快諾なさったようで……」

  「なるほど……。まさに“公的”な形で北部へ調査に入る、ということですね」

   セシルは内心、ため息をつきながらも納得する。
 裏の目的があるかどうかはともかく、表面上は“グリーゼの先進的な災害対策を学ぶため”という名目であれば、拒絶は難しい。

  「……やはり、ラヴィーニア側の動きには注意が必要ですね。特に王子が同行となると、何かしら仕掛けてくる可能性もあります」

  「そうですね。将軍もそこを警戒しておられます。現地での行動にはお気をつけください。何かあればすぐ連絡を」

   アーロンの言葉にセシルは真剣な面持ちで頷いた。
 災害調査と同時に、ラヴィーニア側の真意を探る――厄介な旅になりそうだ。

   ◇

   数日後、すべての準備を整えたセシルたちは、王都グリーヴァを出発した。
 オズワルド率いる数名の護衛兵、そして災害管理局の職員、さらにラヴィーニア王国からの公務官やレナード王子の一行も、別々の馬車や騎馬で移動する形となった。

  「セシル、今日は天候に恵まれたが、北部に近づくにつれて寒さも厳しくなるだろう。防寒具はしっかり用意してあるか?」

  「はい、大丈夫です。将軍こそ、風邪など召されないように……」

   オズワルドとセシルが言葉を交わしていると、少し後方からレナードが馬を駆って追いついてきた。

  「やあ、セシル。今日はよろしく頼むよ。この旅で、いろいろ教えてほしいことがあるんだ」

  「……私は特に、殿下に個人的なことを教えるつもりはありませんが。災害対策についてなら、お答えします」

   セシルの冷たい言葉にも、レナードは苦笑しつつ引き下がらない。

  「もちろん、公的なこと以外は聞かないさ。でも、君がグリーゼで培った知識や経験は、僕らラヴィーニアにとっても貴重なんだ。ぜひ吸収させてもらいたい」

   遠巻きにその会話を聞いていたオズワルドは、レナードに冷ややかな視線を向けつつも、口には出さない。
 今はまだ、大っぴらに敵対する場面ではないと判断しているのだろう。

   ◇

   やがて街道を進む一行は、徐々に標高の高い地域へ足を踏み入れる。
 木々は針葉樹が増え、ところどころに残雪が見え始める。
 ひんやりとした空気が頬を刺し、馬車も少し重くなったように揺れる。

  「セシル様、こちらの地図によると、次の宿場町までは半日ほどかかりそうです。途中、休憩を何度か挟んだほうがいいでしょう」

   災害管理局の職員が声をかけてきたので、セシルは頷き、オズワルドとレナードに伝達する。

  「この先は雪道も増えるので、馬車の速度を落とさないと危険です。休憩を挟みつつ、今夜中には宿場町に入りましょう」

  「了解した。兵たちにも伝えておこう」

  「わかったよ、セシル」

   レナードも素直に従うが、その瞳にはどこか探るような光が宿っている。
 セシルはその意図を計りかねながらも、余計な感情を出さぬよう気をつける。

   ◇

   道中、山間を抜ける狭い峠に差しかかったころ、ラヴィーニア側の公務官の一人が何やら落ち着かない様子で周囲を見回しているのが目に入る。
 セシルは違和感を覚え、こっそり視線を投げかけていた。

  「(何を気にしているんだろう……?)」

   彼は、ときどき路肩の木々や岩陰を確認しながら、なぜか急ぎ足で先を急ぐように進んでいく。
 しばらくすると、別の公務官と小声で何かを囁き合っているのが見えた。
 それはまるで、誰かを待ち受けるような雰囲気だった。

  「セシル、どうした? 具合でも悪いのか?」

   オズワルドが心配そうに尋ねる。
 セシルは首を横に振り、小さく声を潜めて答えた。

  「いえ、ただラヴィーニアの公務官が妙に周囲を気にしているのが気になって……」

  「そうか。俺も注意して見ておく。何か企んでいるなら、必ず痕跡を残すものだ」

   オズワルドがそう言った矢先、森の奥からガサガサと枝が揺れる音が響いた。
 一行の兵士が一瞬身構えるが、風で揺れたのか動物が走ったのか、定かではない。

  「……気のせいだろうか。いや、慎重に進もう。兵を前後に再配置する」

   オズワルドの素早い指示で、一行は警戒態勢を整える。
 ラヴィーニア側の公務官たちも、表向きは動揺していないが、そのうちの数名はどこかぎこちない表情を浮かべている。

  「(いったい、何が起こるというの……?)」

   セシルの胸は、先日の噂――北部で怪しげな動きがあるという話と、ラヴィーニアの不審な動向が重なり、不安でいっぱいだった。

   ◇

   そんな重苦しい空気のなか、夕刻になってようやく一行は峠を抜け、比較的広い道へと出た。
 さらに進んだ先に小さな宿場町があり、そこへ到着するころには、辺りは夜の闇に包まれ始めていた。
 この日は旅籠で一泊し、翌朝から本格的に巡回調査を行う予定だ。

  「今日はここで休む。皆、食事を済ませたら、早めに体を休めろ。明日は朝早く出発する」

   オズワルドがそう言い渡し、兵士や職員たちは散っていく。
 レナードも取り巻きとともに部屋へ向かい、気怠そうにあくびをしながら歩いていった。

  「……今日のところは何も起きなかったけど、油断は禁物かもしれない」

   セシルは宿場町の灯りを見つめ、暗い山々の稜線に目をやる。
 気配こそないが、どこか息が詰まるような圧迫感がある。
 この先、ラヴィーニアの怪しい動きが露見したとき、どう対処すべきか。
 少なくとも、自分が主導で動けるよう準備しておかなければ――そう心に誓いながら、セシルは旅籠の戸を開けた。
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