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第19話:レナードの告白と揺れ動く想い
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カフェの片隅は落ち着いた雰囲気で、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
レナードは席に腰を下ろし、所在なさげにメニューを眺めている。
◇
「……何を飲みます? 私はハーブティーでも頼もうと思いますけど」
セシルがそう言うと、レナードは少し気まずそうに目をそらした。
「じゃあ、僕も同じもので構わない。……この店に来るのは初めてでね。グリーゼの町を一人で歩くことがほとんどなくて」
かつてのレナードならば、「こんな店は知らない」と高圧的に言いそうだが、今日は控えめだ。
セシルは注文を済ませると、テーブル越しに彼の表情をうかがう。
「改めて、どうして今日のように民衆を助けようとしたんですか? 殿下にとっては、余計な手間だったのでは」
「……そうかもしれない。でも、君があんな風に必死に動いているのを見て、無視はできなかった。たとえ今は他国の官吏だとしても、君が誰かに尽くしている姿を見ると、何か胸が痛くなるんだ」
レナードは視線を落とし、苦しげに言葉を続ける。
「正直、僕はずっと君に頼りきりだった。書類も雑務も全部丸投げして、その結果、君をあんな形で傷つけた。けれど最近になって、グリーゼに渡った君がどれだけ高く評価されているかを知って……自分の見識の狭さを思い知ったんだ」
「……それは、今さら言われても困ります」
セシルの言葉は冷ややかだったが、その奥には複雑な感情がうごめいている。
レナードが軽率に婚約を破棄したことにより、彼女は苦しい想いをした。
しかし、そのおかげでこうしてグリーゼで自分の才能を開花できたのも事実。
「僕は……戻ってきてほしい。今度こそちゃんと君を支えたい。雑用なんて呼び方は絶対にしない。大切な伴侶として、ちゃんと向き合うから」
レナードの切実な声が静かに響く。
セシルはまぶたを伏せ、ハーブティーの湯気越しに彼を見つめた。
「お気持ちは受け取りました。ですが、私はもうグリーゼの官吏であり、戻るつもりはありません。……それに、私はあなたがたラヴィーニア王家に相応しいとは思えません。あまりにも勝手すぎますよ」
「わかってる。自分勝手だってことは重々承知してる。だけど、これまでの僕を見限らずに、一度だけ考えてくれないか……?」
レナードの必死な様子に、セシルは心が揺れそうになる。
かつては恋い焦がれた相手だったのだから、それを完全に忘れることなどできない。
しかし、彼女の人生はもうあの頃とは変わっている。
◇
「残念ですけど、私の答えは変わりません。今の私にとって大切なのは、グリーゼの官吏としての責務です。あなたからの要請が“個人的な感情”に基づくものである限り、受け入れられません」
「セシル……」
「私が災害対策のノウハウを提供するのは、あくまで公的な連携があるからです。それ以上は何もありません」
セシルははっきりとそう伝えると、立ち上がって一礼をする。
「お茶代は私が払いますから、殿下はごゆっくり。私はもう行きます」
「待って、セシル……」
レナードが手を伸ばすが、セシルは静かに首を振り、彼のそばを離れた。
ティーカップに残るハーブの香りが、切ない余韻を残している。
◇
店を出て風に当たりながら、セシルは少しだけ胸が苦しかった。
あの頃、もう少しレナードが誠実に向き合ってくれていたら、違う未来もあったかもしれない。
だが今は、自分には大切な仕事と、もっと深い想いを抱き始めている相手がいる。
「将軍は……どう思うだろう。もしこのやりとりを知ったら、叱られちゃうかな」
口元に浮かぶかすかな笑み。
レナードへの愛情は過去のもの。セシルの心は、すでに別の方向へ動き始めていた。
レナードは席に腰を下ろし、所在なさげにメニューを眺めている。
◇
「……何を飲みます? 私はハーブティーでも頼もうと思いますけど」
セシルがそう言うと、レナードは少し気まずそうに目をそらした。
「じゃあ、僕も同じもので構わない。……この店に来るのは初めてでね。グリーゼの町を一人で歩くことがほとんどなくて」
かつてのレナードならば、「こんな店は知らない」と高圧的に言いそうだが、今日は控えめだ。
セシルは注文を済ませると、テーブル越しに彼の表情をうかがう。
「改めて、どうして今日のように民衆を助けようとしたんですか? 殿下にとっては、余計な手間だったのでは」
「……そうかもしれない。でも、君があんな風に必死に動いているのを見て、無視はできなかった。たとえ今は他国の官吏だとしても、君が誰かに尽くしている姿を見ると、何か胸が痛くなるんだ」
レナードは視線を落とし、苦しげに言葉を続ける。
「正直、僕はずっと君に頼りきりだった。書類も雑務も全部丸投げして、その結果、君をあんな形で傷つけた。けれど最近になって、グリーゼに渡った君がどれだけ高く評価されているかを知って……自分の見識の狭さを思い知ったんだ」
「……それは、今さら言われても困ります」
セシルの言葉は冷ややかだったが、その奥には複雑な感情がうごめいている。
レナードが軽率に婚約を破棄したことにより、彼女は苦しい想いをした。
しかし、そのおかげでこうしてグリーゼで自分の才能を開花できたのも事実。
「僕は……戻ってきてほしい。今度こそちゃんと君を支えたい。雑用なんて呼び方は絶対にしない。大切な伴侶として、ちゃんと向き合うから」
レナードの切実な声が静かに響く。
セシルはまぶたを伏せ、ハーブティーの湯気越しに彼を見つめた。
「お気持ちは受け取りました。ですが、私はもうグリーゼの官吏であり、戻るつもりはありません。……それに、私はあなたがたラヴィーニア王家に相応しいとは思えません。あまりにも勝手すぎますよ」
「わかってる。自分勝手だってことは重々承知してる。だけど、これまでの僕を見限らずに、一度だけ考えてくれないか……?」
レナードの必死な様子に、セシルは心が揺れそうになる。
かつては恋い焦がれた相手だったのだから、それを完全に忘れることなどできない。
しかし、彼女の人生はもうあの頃とは変わっている。
◇
「残念ですけど、私の答えは変わりません。今の私にとって大切なのは、グリーゼの官吏としての責務です。あなたからの要請が“個人的な感情”に基づくものである限り、受け入れられません」
「セシル……」
「私が災害対策のノウハウを提供するのは、あくまで公的な連携があるからです。それ以上は何もありません」
セシルははっきりとそう伝えると、立ち上がって一礼をする。
「お茶代は私が払いますから、殿下はごゆっくり。私はもう行きます」
「待って、セシル……」
レナードが手を伸ばすが、セシルは静かに首を振り、彼のそばを離れた。
ティーカップに残るハーブの香りが、切ない余韻を残している。
◇
店を出て風に当たりながら、セシルは少しだけ胸が苦しかった。
あの頃、もう少しレナードが誠実に向き合ってくれていたら、違う未来もあったかもしれない。
だが今は、自分には大切な仕事と、もっと深い想いを抱き始めている相手がいる。
「将軍は……どう思うだろう。もしこのやりとりを知ったら、叱られちゃうかな」
口元に浮かぶかすかな笑み。
レナードへの愛情は過去のもの。セシルの心は、すでに別の方向へ動き始めていた。
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