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第17話:ラヴィーニアの密使と隣国間の思惑

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 翌日、セシルは王宮の応接室で、ラヴィーニア王国の公務官たちと面会した。
 アーロンやグリーゼ側の書記官が同席し、公的な会議の形を整えている。

 ◇

「セシル・ラインハート殿、私どもはラヴィーニア王国・外務省より参りました。貴国との友好関係と災害対策の連携を深めたく、意見交換に伺った次第でございます」

 公務官の一人が整然と挨拶を述べると、セシルは丁寧に頭を下げる。

「ようこそ、グリーゼ王国へ。私も災害管理を担当する者として、できる限りの情報共有は惜しみません」

「それはありがたい。……ただ、我々は先に王子殿下がお越しになった際の話も聞いておりまして。殿下は貴女を再び王国へ呼び戻そうとしているのではないか、と」

 ストレートな言葉に、セシルは少しだけ表情を強張らせる。
 隣席のアーロンがやんわりと口を挟む。

「セシル殿は当国の官吏として、すでに重要な任務を担っております。我々としては、お引き渡しするつもりはありません」

 アーロンの落ち着いた口調に、ラヴィーニア側の公務官たちは苦笑しつつも、ある程度織り込み済みという様子だった。

「もちろん、その点については理解しています。ただ、殿下は“かつての婚約者として手助けが欲しい”と強く願っておられるようで……。なにか、融和策はないものでしょうか?」

 セシルは眉をひそめる。
 融和策とは、要するにセシルを通じてラヴィーニアとグリーゼの関係を円滑にしたいということだろうか。

「私個人としては、ラヴィーニア王国とは敵対関係ではありません。ですが、私が戻ることはありません。今はグリーゼの一員ですから」

 きっぱりと答えたセシルの声には、揺るぎない決意があった。
 それを受け、ラヴィーニア側は微妙な表情を浮かべる。

 ◇

「しかしながら、当王国としても、セシル・ラインハート殿の意見は非常に貴重だと考えております。もし可能であれば、災害管理に関するノウハウを共有していただきたい。ラヴィーニアも魔物被害や自然災害が増えつつあるので……」

 セシルは一瞬躊躇しつつも、「情報共有はやぶさかではありません」と答える。

「ただし、グリーゼ王国の了承が前提です。私はこの国に仕えておりますので、公的な手続きを踏むならご協力します」

「もちろん、その点は承知しております。では、後日改めて手続きを……」

 こうして、ラヴィーニア王国との“災害対策連携”という名目で、セシルが一部の情報や計画を提供する可能性が出てきた。
 しかし、その裏にはレナードの思惑が渦巻いていることを、セシルは敏感に察していた。

 ◇

 面会が終わり、公務官たちが帰ったあと、アーロンが心配そうに声をかける。

「セシル殿、大丈夫ですか? ご無理なさらないでくださいね。彼らの本当の狙いが何か分かりませんし……」

「はい、ありがとうございます。でも、公的な支援をするのは悪いことではありません。災害対策を共有するのは両国にメリットがありますから」

 セシルはそう言って微笑むものの、その表情には一抹の不安が滲む。
 レナードが絡む以上、単純な国際協力だけで済むとは限らない。

「……何かあれば、すぐに私や将軍に言ってください。セシル殿を守るのが我々の使命でもありますので」

 アーロンの真剣な瞳に、セシルは素直に頷く。
 王子の思惑など、自分が動揺する必要はない。今の彼女はもう“雑用係”ではなく、グリーゼを守る立派な官吏なのだ。
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